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星祭りのドレス

 週末アメリは寮の部屋で公爵家の使用人の訪問を受けた。

 気がついたら馬車に乗せられていたというほどのスムーズな手並みで、今アメリはクレアと向かい合わせに座っている。


「何から何までありがとうございます」

「いいのよ。本当は私も店で選びたいのだけど難しくて。店なら倉庫も近いから何でも持ってこさせられるじゃない?」


 にこにこと笑う。クレアのこだわりは徹底している。イベント事にあまり関心のないクラウスの補佐として影響力はかなりのもので、彼女がいなかったらもっと適当に生徒会業務は回っていただろう。


「新歓のドレスも今から伺うところで用意されたのですか?」

「そう。あそこは生地がいいのよね。その代わりデザインがちょっと……ね」

「そうですか? あのドレスは本当に素敵でしたけど」

「細かく指定を入れなくちゃいけないの」


 なるほど。ある程度お任せにしてしまうと残念なものが出来上がるということか。

 クレアが一緒に来るということはそれもあるのかもしれない。紹介した商会で仕立てたドレスが残念だったとなると彼女の沽券に関わる。


 店についてからもスムーズだった。既成のドレスが三着用意されていて、とりあえず着てみろという。アメリが着せかえ人形になっている間、クレアは色々な生地、装飾を見ながら店員の指示を出している。


「これいいわね。取っておいて」


 アメリの用と言いながら、自分のものもキープしたりしているようだ。その方がアメリも気が楽だ。


「あまり一年生向きとは言えないんだけど、アメリは大人っぽいデザインが似合うわね。というか、髪が青いから――」


 普通に着ると紺のドレスが野暮ったい。

 二人揃ってため息をつく。今回の星祭りのドレスコードは紺のドレスなのだ。


「ふわふわドレスにしなくていいのは助かったけど。あなたの場合、恐ろしいほど悪趣味になるわよ」

「そうですよね」

「致命的に子供っぽいデザインが似合わないわね」


(ですよね!)


 ドレスのバリエーションが尽きるからかアメリはゲーム中で色々なドレスを着せられていたが、ものによっては似合わなさすぎてドン引きだった。

 カークルートではドレスを変えさせられたが、他の二人ではそのままだった。今回はクレアのおかげで痛々しいドレスは着なくてすみそうでアメリは密かに胸を撫で下ろしていた。

 実は少し警戒していたのだ。ゲームのエビソードにはなかったのでクレアの誘いは嬉しかったが、実はそのせいであのドレスだった可能性も捨てられなかった。


「ドレスは少し短めにしましょうか。公式の舞踏会ではないわけだし……会長も無難に来るでしょう」


(そこ、クラウス様関係ありますかね?)


「あの、本当に会長とは何もないので」

「何かあってほしいのだけど」

「悪趣味です」


 失礼だと気づき、ハッとしたが、クレアは目を丸くしただけで、すぐに微笑んだ。


「そうね。ごめんなさい」



 *****



 明らかに予算を超えたドレスが出来上がった。その他の靴や装飾品も含めたら倍の値段になるのではなかろうか。まともに請求されたらどうしよう。そのことを考えるとアメリの胃が痛くなる。多分ない。ありえないと思うのだが、前世の自分ならちょっと頑張ってもぎ取るだろうと思うので、やはり安心はできない。


 急な用件が発生したからと、クレアはアメリを喫茶店に残し使用人と一緒に出かけてしまった。ディナーを一緒にする予定でそれまでの場繋ぎであるのだが、かなり暇すぎる。かといって、勝手に店を出てうろつくわけにも行かない。治安は悪くないが、いつクレアが戻ってくるかわからないのだ。現代日本がいかに便利か痛感する。連絡手段が人力しかないのは不便だ。


「男爵令嬢が暇つぶしするにはいいところにいるな」


 顔を上げるとカークがいた。

 アメリは攻略記憶を探るが最近どうにも思い出すのに時間がかかる。事前に思い出すことなどほぼなかった。


「人を待っているんです」

「クラウス?」

「いいえ」

「本当に?」

「皆さん会長ことばかりですのね」

「俺じゃなくてか」


 そうかもしれない。

 カークはニコニコと笑っているが、店に入るなり、既に席についている人の元へ行くなどあまり褒められた行為ではない。案の定、店員が慌ててやってきてカークを別の席に案内しようとする。


 モータウン公爵家の名前を聞くと、カークが自分も連れだと言い、強引にアメリの前に座った。


「何言ってるんですか」

「クレアと仲いいんだな。俺もそうだったよ」

「失礼ながら、勘違いでは?」

「言うねぇ。アメリは気が合いそうだな」


 アメリは席を立って近付いてきた店員に言付けをする。


 『先に寮に帰ります』


 不本意だが仕方ない。店が状況を説明してくれるだろう。

 アメリはそのまま店を出た。徒歩で帰るご令嬢など普通は見ないが、まだ日が上っている時間なので不審がられることはないだろう。

 スマートに店を出たつもりなのに、気づくとカークが後を歩いていた。


「どこ行くんだ? クレアを待たなくていいのか?」

「用事は終わったので、寮に帰ります」

「俺がいるからか?」


(そうだよ! 何かやらかしそうだからだよ!)


 勝手に入ってきて令嬢の前に許可なく座るなど、いくら身分が上でもありえない。更に言えばアメリは下でもアメリのホストであるクレアは格上だ。非礼にもほどがある。

 カークの何かやらかしそう感はゲームでもあったが、今のカークはそれとは違う。身の危険は感じない分余裕はできるが、気遣うことには変わりない。


「どこまでついてくるつもりですか?」

「寮までだろ? 送るぜ」


 ガラガラと音を立て馬車が近付いてきた。アメリを追い抜いて止まる。


「お嬢さん、お手を」


 しまった、と思ったときには既に遅い。イベントに突入してしまったようだ。




 このゲームには攻略対象が少ない分、イベントが多い。分岐も非常に多く、緻密なパラメータ設定がなされているとのもっぱらの噂であった。選択前のパラメータがその後の選択後の変動に関係しているということはわかっていたが、イベントが発生する条件にある程度のランダムさがあるのではないかと言われていた。簡単に言うと、規則性がない。見たいイベントを確実に見る方法がないのだ。

 この時期しか起こらないイベントというものでなければ、終盤に発生することもあるかもしれない。しかし、時期に関係しているもの――例えば星祭りであるとか――だと、その周回で外したらもうチャンスはない。


 カークに馬車に乗せられるイベントは女神生誕祭の前のイベントだ。お出かけイベントは他にもあって、こんなふうに一緒に出かけることもある。女神生誕祭の場合は、ドレスを作りに行くのだ。

 となるとこれはイベントではないと言える。星祭りでは馬車に乗り合うことも、街で会うこともない。関係あると考えるならば、生誕祭のイベントが前倒しに発生したのかもしれない。


(ドレスが関係していることがちょっと気になるのよね)


「アメリが街に来ていた理由を当ててやろうか?」

「星祭りの準備ですわ」

「当ててやろうって言ったじゃん」


 不満そうに口を尖らせる様子は気のいい兄ちゃんだ。


「この時期ですもの。カーク様は用意されました?」


 男の場合はドレスではなくてスーツだが。


「まぁな。女は支度が大変だな」

「大変というか、私、あまり紺が似合わないので」


 思わずぼやいてしまう。


 星祭りが行われるのはドーム型の天井を持つ大講堂。その天井にガラスの飾りをぶら下げ、天窓部分から灯りを点す。その準備を生徒会でしていた。

 星祭りの夜はここ数年曇っているらしい。ならばいっそ、星を作ろうという趣向だ。いくら会場の灯りを落とすとはいえ、あまりに綺羅びやかなドレスだと演出が台無しになる。だからこその色指定。


「そうか? 髪の色と一緒のドレスとかいいんじゃないか?」

「そううまくいくものでもないんです」

「俺が選んでやろうか?」

「もう手配したので結構です」


 ゲームでカークが誂えたのは紺のドレスだ。布地を重ねてボリュームを出しているのでスリット状になっているのはわからないようなドレス。下半身にボリュームがあるのでその分上半身はスッキリしていて胸元は結構開いている。セクシーだけれど品もあるなかなかに難易度の高いドレスだった。


(肌が白いからホント映えるのよね)


 思わず自分の手を見てしまう。普段は露出が少ない服なのでこんなところしか確認するところはない。

 プレイ中は気にしていなかったが、アメリのキャラクターも攻略相手によって差分があるような気がする。カークには真面目な優等生。ジェレミーには女王様。クラウスには可憐な少女。


「手、貸してみな」

「いえ、何かあったわけではないので」


 手を引っ込める前に向かいのカークに手を取られる。引こうとした手を引っ張られて体勢を崩したアメリをカークが抱きとめた。


(わざとだ!)


 上半身を引き体を離そうとしたところを支えてくれる腕。顔を上げた瞬間のキス。


(わーん、遊び人だーーー!!)


「そんな涙目にならんでも」

「なりますとも!」

「素直に馬車に乗るからこういう目に合うんだよ。勉強になったろ?」

「そんなの犯罪者の理屈です!」

「犯罪者って……まだ連れ込んでもいないのに?」


 アメリの身体がカタカタと震えだした。このままエンディングにまっしぐらということだろうか。フラグなんてそれほど立ったとは思えない。序盤のつもりでいるのは自分だけなのか?


「ホントにあんた、白百合の君なんだな」


 嗚咽混じりになるアメリの背をカークは優しく撫でる。


「何もしねぇよ。クレアに怒られちまう」



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