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恋をしてもいいですか


『あのね。先輩として忠告しておくけれど、前世の記憶は前世の記憶であって、アメリという君じゃない。その辺りを自覚しておかないと辛くなるよ』


「ご忠告の意味、わかりました」

「何の?」

「私は一体何者なのか……これって、思春期病ですよね」


 一晩明けるとなんだか大したことではないような気もしてきた。それはそれとして、今日も生きていかねばならない。前世とはいえ、社畜歴は長い。長く働いているとそんな境地にも達する。


「とりあえず、死ななきゃいいんですよ。死ななきゃ」

「逞しいね」


 小馬鹿にした口調でクラウスは書類に判を押して脇に退ける。

 生徒会室にはクラウスとアメリしかいない。誰かいるだろうな、とやってきてみたら、他のメンバーは不在だったのだ。


「お一人で何をすることがあるんですか?」

「君こそ何しに来たの。しばらく用事はないって聞かなかった?」


 新歓パーティが終わるとしばらく生徒会業務はない。各部活の新入部員を含めた名簿の提出が締め切られるとまた招集があると、アメリはクレアから聞いている。


「相談なら乗るよって言ってたじゃないですか」

「言ってたな」


 社交辞令だったとしても付き合ってもらおう。


「私、逆ハーレムルートを目指そうと思いまして」

「へー、どういう心境の変化?」

「ジェレミーのフラグ立っちゃったぽいんですよね」

「……馬鹿じゃないの?」

「やりたくてやったわけじゃないです。ゲームの強制力ってやつです」

「好きなの?」

「それ、関係あります?」


 ルートの有無しか考えていなかった。

 ゲーム的にはあまりアメリが積極的にしかけるという感じではないのだ。相手のアクションを幻滅させない程度にうまくあしらうというか……相手の好みの女性を演じ、相手を夢中にさせると勝ちというか。アメリが監禁するゲームならまた違ったのだろうが。


「なるほど。さすが、クラウス様。私が誰も好きでなければルートは潰せると? 行動も三択じゃないですし」

「でも君は彼らの好みの行動を取ったんだろう?」

「――アメリが、ですよ」


 オートモードとかあっただろうか。オートモードのあるシミュレーションゲームの需要なぞない、多分。


「私、あんなに度胸ないですよ」

「度胸ない君って誰のこと?」

「あ。えーっと」


(前世の私は私ではない? としたら、今考えている自分は誰?)


 禅問答だ。我思う故に我あり。少し違うが。

 このゲームと思しい世界で監禁されるのがアメリである以上、アメリである自分は監禁されるのではないかと怯えているわけで。アメリではなかったら監禁はされない。監禁されるアメリとは、攻略対象が惹かれるアメリだ。


「私じゃないと考えるのが無駄なように思えてきました」

「前世の自分、なんてそんなものがあるとしたら、それは現実逃避したい自分が生み出した妄想だ」

「なんか……」

「俺は君よりももっと長くそのことについて考えてきている。その結果わかったことは考えるだけ無駄ってことさ」


(ジェレミーをかばったときのセリフ。あれはアメリにしては品がなかったもんなー)


 前世の自分の影響があってそれとは、前世の自分について落ち込まざるを得ない。品がない、というのはちょっとじゃなくて結構傷つく。


「はぁ、わかりました」

「で、誰が一番好き?」

「……それ、どうしても答えなくちゃいけないですか?」

「何故拒否するのか気になるな」

「クラウス様はそんなに好きじゃないですよ」


 もし気にしているのならそれは言っておこう。間違ってもこちらから恋愛的なことを仕掛ける気はない。


「誘惑する気はありません」

「肝に銘じろ」

「私にデレデレするクラウス様とか本当に勘弁してほしいというか」

「……」


 クラウスは無表情になり席を立った。部屋の端にある椅子を持ってきて、アメリの横に置く。


「どうぞ」

「すみません」


 今更立っていることに気がついたということだろうか。アメリが座るとクラウスは片腕を背もたれに載せた。近い。もう一方の手でアメリの髪を一筋すくい口づける。圧倒的に様になる。


「赤いよ、顔」


 伏せていた目を開けて、クラウスが笑う。アメリは自分の心臓の音を聞きながら完全にうろたえた。逃げ出そうにもどうしていいのかわからない。このためにわざわざクラウスは彼女を椅子に座らせたのだが、アメリは気づいていなかった。


「あ、あ、あ、や」

「……なんで涙目なの」

「やらしい!!」


(ヤバイヤバイヤバイヤバイ)


 尊いとかそういうものじゃない。これはもっといけないものだ。


「もうちょっと相手を選んでですねぇえええ」

「選んだよ?」

「破壊力が過ぎる……」


 クラウスというのはもっとこう爽やかで、人畜無害そうな感じで、ヤンデレ感があって。


「クラウス様ってキャラ違いますよね」

「どういう感じに?」

「爽やか担当から、お色気担当にシフトしました」


 クラウスは心底下らなさそうに鼻で笑った。アメリが悶絶したのは言うまでもない。



 *****



 ゲームの世界でも成績発表というのはある。知力、体力、魅力というステータスに変動がある。知力が上がれば選択肢が増え、体力が上がればイベントの発生量が増え、魅力が上がれば攻略対象がより積極的になる。

 勿論、現実ではそのようなステータスはない。古典や歴史は必修だが、数学、芸術、法律など任意で選択できる科目もある。もっとも人脈作りのみに精力を傾ける生徒もいて、そういう生徒は授業よりも部活、お茶会に熱心だ。それが咎められるわけもなく、そのせいか、定期試験というものはない。月初めに前月の小テストや課題などから評価され、上位下位それぞれ十名の名前が廊下に貼り出される。

 アメリは主席入学という立場上、成績は落とせない。このシステムに気づいてからは毎日予習復習を欠かさないでいる。こつこつ積み上げるのは得意だ。


「へえ、やるな。お嬢さん」

「……」


 アメリは自分の名前の確認が終わったので、次の授業のある教室へ急ぐ。貼り出された名前に順位はない。家の格に従って記名されている。なので誰がトップの成績かわからない。よく考えられたシステムだ。


「おい、あんたの話だぜ」


 アメリは声の主を無視したまま、廊下を行く。それでも声の主は諦めない。楽しそうにアメリの名を呼びながら一定距離を保ちつつ後を付いてくる。


「アーメリ。アメリアメリアメリ、アーメーリーちゃーん」

「やっかましい!」


 思わず怒鳴って振り返ってしまった。今回は教室までが遠すぎる。


「よかったー、振り返ってくれてよ」


 笑う顔は屈託がない。俺様枠改め、兄貴枠にクラスチェンジしたカークがひらひらと手を振る。


「私に構わないでくださいって、言ったはずなんですけど」

「聞いたさ。だからこうやって距離をとって近づかないようにしてるんだろう?」


 学年を超えてちょっかいを出してくるカークに、二メートル以内に近づくなと言ったのはついこの間の話だ。あっさりわかったと言ったのはこういうことか。


「授業がありますの」

「今更取り繕っても無駄じゃねぇか?」

「無駄かどうかは私が決めます」

「カッコいいね。まぁ、待てってアメリちゃん。薬学は休講だぜ」

「デタラメ言わないでいただけます?」

「デタラメじゃないぜ。講堂の前に貼ってあった」


 臨時休講というものも時にはある。そういうときは授業を取っている生徒から伝言で広まるのだが、このシステムには致命的な欠陥がある。ぼっちには届かないのだ。うっかり来てしまった生徒のために授業が行われる教室の前に張り紙がしてあるので、誰も来ない教室でぼつーんと待つことにはならないが、それでもあの張り紙を見るのは辛い。


「……本当に?」

「ホントホント。大事な情報を伝えたのにヒドい扱いだなー」


 軽い。ゲームの彼も軽いといえば軽いが、別方向に軽薄だ。


(こいつさえいなければ、私にも友達の一人や二人、できてたのよ!)


 学園でも有数のイケメンに声をかけられても塩対応をしているような人間を友達にしたいか。元々友人ならともかく、そうでないなら少々厳しい。しかも絶世の美少女ときた。その上学年主席。明確にいじめたりはしないからといって、積極的に声をかけようとかはならない。

 前世の自分にモブみがあったせいで、冷静に分析できる。


「どこ行くんだ? 俺も暇なんだけど、一緒に遊ばね?」

「一応、確認を」

「信用ないなー」


 カークの言う通り講堂前には張り紙がある。アメリはため息をつく。これからどうしよう。きっとカークはついてくる。楽しくもないだろうに、何故だ?


「ほらな? おい、どこ行く」

「図書館で自習します」

「真面目だねぇ」


 本当にゲームは始まっているのか? 期限切れで立ったフラグ。性格の違うキャラクター。これは普通にしていても監禁されないのでは?


 この間からアメリがずっと考えていることだ。説明してもクラウスは懐疑的だ。どうしてもこの学園に入学してしまうのは確かにゲームの強制力かもしれない。だが、それだけかもしれないのだ。ゲームの神の力はここにキャラクターを集めるだけのことしかできないのかもしれない。


 だったらもうアメリは監禁を恐れることはないのでは? クラウスはともかくとして、カークもジェレミーも人として付き合いやすい。何故かアメリを気に入っているが。

 今もカークはアメリの後ろを歩いている。ちゃんと間隔を取って。


(正直、カークはそんなに嫌いじゃないのよね)


 ゲームと違って女を侍らしているわけでもなく、アメリの意思を無視して強引なことをしてくるわけでもなく。キスどころか、体も触ってこない。紳士ではないか。


(顔も声も好みじゃないけれど、だからこそ彼氏としてありというか)




 図書館につく頃にはカークはいなくなっていた。安心して自習できそうな席を探す。


「アメリさん」


 図書館という場所柄か、小さな声でアメリを呼ぶ声がある。


「授業は? あ、自習ですか?」


 嬉しそうに紫の目が細くなる。柔らかな茶色の髪の上には小さな耳が見えそうだ。


(子犬みたい……)


 上級生に子犬とは失礼だが、そう見えてしまうのも仕方ない。こちらはストーカーからわんこ系上級生にクラスチェンジしたジェレミー。今日のように偶然図書館で会ったり、廊下ですれ違って挨拶するくらいの仲だ。カークと同じように一応の距離感を保っている。

 隣の席を使っていいかと訊くので了承すると、丁寧に一つ分席を空けて自身の勉強を始めた。何冊かの分厚い本を持っているところを見ると、レポートだろうか。


 ジェレミーには図書館のイベントがある。アメリが急に休講になり図書館へ行くと、ジェレミーがそこで待っている。お昼時間になるとジェレミーが昼食に誘うのだ。弁当を作ってきたから一緒に食べようと。『行く』『行かない』の二択。『行く』を選ぶと弁当に薬が仕込まれていて、放課後までアメリは寝てしまうといったイベントだ。


『あなたを独り占めしたかったんです』


 ツッコミはあの素敵ボイスの前には意味をなさない。


「アメリさん」


 その素敵ボイスがささやく。びくっとアメリの肩が揺れたのをジェレミーは驚いたのだと勘違いする。


「すごい集中力ですね。もう少し、勉強していきます?」

「えっと……今何時でしょうか」

 時計を探すとジェレミーが時刻を教えてくれた。

「少し早いけれど食堂でご飯にしようと思っているんです。よかったらご一緒にいかがですか?」


 少し違うがこれがイベントというのなら断る一択だ。しかし、ジェレミーが弁当を持っている様子はないし、食堂で薬を仕込むとも思えない。アメリが逡巡しているとジェレミーが続けた。


「早めの時間だと席が空いていていいですよ」


 アメリは行くことにした。



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