発生するイベント
予約に失敗していました。すみません。
寮に引きこもるという強硬手段を使い、アメリはジェレミールートとカークルートの突入を回避した……はずだ。多分。
「おめでとう」
さしたる感動もなく、クラウスが拍手をする。
「ありがとうございます」
「となると、あとは俺が君との接触を避けて、卒業まで過ごせばいいのかな」
「そういうことになりますか」
アメリがクラウスの顔を至近距離で見ることができるのは、今日が最後ということになる。もし何かが起こればまたこうやって話し合いをすることになるのだが、その日が来ないようにこれからお互いに避け合うのだ。
「一応、ルートに入ったからには新歓イベントがありますね」
「欠席するから問題ないよ」
新入生歓迎のダンスパーティーがある。
アメリはクラウスから最初のダンスのパートナーに選ばれるのだ。
「ですよね」
「何? 不満なの」
「いえ、全く」
新歓イベントはカークのルートが好きだった。カークは序盤は割と塩対応だが、このイベントはかなり甘いのだ。
「君はどうする?」
「私は出席で。友達作りしたいですし」
転生というわけなのだからこの先の人生もある。楽しまなくては損だ。
「フラグはへし折ったし、カークが来ても大丈夫ですよ!」
「カークのイベントなの?」
「どちらかが発生するんです。ただ今回はクラウス様でしょうね」
まだ一度も顔を見てないキャラとイベントなど起こらないだろう。ならば顔を見るくらいは問題ないに違いない。イケメンは目の保養だ。
「……俺がいなければ問題ないか」
「ですよね」
「じゃあ、さよなら」
「ありがとうございました」
もうクラウスと会うことはないだろう。
そんなことを思いながらアメリはクラウスの後ろ姿に手を振ったが、大事なことをその時になって思い出す。
クラウスルートに入ると、もれなくあれがついてくるのだ。
*****
ああ、確かにゲームもこんな感じだった。
いきなり一年の教室にモブが現れて、アメリを連れて行くのだ。生徒会室へ。
「初めまして、アメリ・ノーマ。私が副会長のクレア・モータウンよ」
「初めまして」
差し出された手を握る。ミルクブラウンの縦ロールの美少女、というより美女。ほんわかお嬢様のような容姿だが気品があり、どこか人懐こい笑みで、かつ有能そうなオーラを放っている。
ゲーム内でもアメリと親しげに話していた。ゲームの本筋に絡まないのでそれほど登場シーンは多くないが……なんというか、ご都合主義に利用されているようなポジションのキャラクターだ。
美人ではあると思うのだが、いささかテンプレ気味だ。性格も含めて。
「生憎と会長は留守にしているのよね。しばらくしたら来ると思うのだけど」
ゲームでは会長はクラウスだったのだが、二年生のため権利がない。さて誰だろう?
表面上の優雅さを保ちつつアメリが考えていると、先程入ったばかりの生徒会室のドアが開いた。
「会長」
「ごめん。授業が長引いた」
「すみません」
(クラウス様かよ!!)
クラウスはちょっと目を見張っただけで、にこりとアメリに微笑みかける。
「一年生? 申し訳ない。少し急いでいるから、挨拶はまた後でいいかな?」
初対面の挨拶をして、クラウスはアメリの横をすり抜ける。笑顔がちょっと怖かったのは気のせいだろうか。
人目がなければ、何してんの? くらいは言われていたに違いない。
しかし、クラウスが生徒会長? 確かにゲームではそうだったが、今のクラウスは浪人入学で二年生だ。
「あの、」
副会長に訊いてみる。
「クラウス様は二年生では?」
「他の方が会長だったのだけど、進級直前に退学なされたの。家の都合では仕方ないわよね。……あなた、入学式で見ているでしょう?」
確かに生徒会長の祝辞があった気がするがおぼろげだ。アメリは曖昧に笑う。
「あの、これ拒否権はあるんでしょうか?」
「えっ!? 嫌なの!?」
信じられないという顔でクレアが見る。信じられないかもしれないがアメリは本気だ。クラウスも断れと言う圧を遠くからアメリにかけている……と思う。
「主席の栄誉とは存じておりますが、勉学との両立に聊かの不安がありまして……」
「みんなそう言うわ。でも一年はそんなに忙しくないのよ。言ってしまえば雑用だし」
「雑用なら手が足りていたと思うけど?」
会長席に付いたクラウスが机の書類に目を通しながら言う。
いつも思うのだが、こんな書類に囲まれる生徒会長職などあるのだろうか。アメリは前世で中学校の学級委員をやったことがあるが委員会に出なくてはいけないだけで結構暇だ。
「会長もそう仰られていますし」
「会長の仰る雑用係とは、言ってしまえばご自身のお取り巻きでしょう? そんなことをなさると生徒会を私物化していると問題になります」
(あらやだ、副会長たら真面目)
「それに新歓のパーティには手がいくらあっても足りないくらいです」
「俺は欠席するよ。新歓なのに一年生に手伝わせるのはどうなのかな」
「学年最初のイベントですから、そこは仕方ないと……出ないとは、どういうことですの?」
「スピーチはするよ」
「当然です」
縦ロールは高飛車と相場が決まっているではないか。ゲームでは差し障りのない会話ばかりで性格はほとんどわからなかった。
てっきり……と思っていたが、金髪ではないからか親しみやすそうだ。
「それに辞退するなら相応の理由がないと……先生方の心証も……ねぇ」
(内申か!)
アメリはクレアの腕にしがみつくようにして訴える。
「あの! 副会長直々の雑用係というのは難しいのでしょうか?」
「私の?」
「はい。お会いして時間は経っておりませんが、副会長の手腕に感服いたしました。是非副会長のお力にならせてください。勿論、慣例通りの所属という形には異論はございません。ですが、指示は副会長からいただければと」
要するに会長とは話はしたくないということだが、うまくいくだろうか。
背後から殺気なような視線を感じているが、アメリとて立場があるのだ。死にたくはないがそこを乗り切った後のことも考えたい。でないと、その後生活ができなくなる。卒業後の保証、学園生活の謳歌、と命、すべて得たいというのは我儘ではないと思う。
「そうね……実際、生徒会のことなんて会長は興味ないものね。会長、よろしいでしょう?」
「――副会長にお任せします。俺は彼女と話ができないので」
「どういうことなの?」
クレアは不思議そうにアメリを見たが、説明ができない。
「彼女はわかっていますよ、ね?」
今日もクラウスはいい笑顔だ。
*****
「会長のワガママにも困ったものよね」
クレアは上質な真紅のドレス。しかし、控えめにチュールやフリルがあるだけで随分と地味だ。一方のアメリは淡いグリーンの華やかなドレス。ふんだんにレースがあしらわれ、左肩からみぞおち付近にかけて豪華な生花によるコサージュ。これはそういう伝統になっているらしい。
「本当に退出するなんて」
「スピーチは大変素晴らしいものでしたよ。さすが会長ですね」
「まあね、外面はいいのよね」
生徒会のスタッフとして接するうちにアメリとクレアは随分と親しくなった。初回のやり取りのせいで、他の役員から副会長専属の一年生助手と思われたようだ。
元々、生徒会には一年が主席以外関わらないということはなく、三年生の役員が有能そうな生徒をスカウトするため、全校生徒の承認を得る四役以外にもスタッフはいっぱいいる。そうでないと業務が回らないともいえる。なので、現時点では一年生はアメリだけだが、これから増えてくるだろう。友人作りのチャンスだ、と内心アメリは気合を入れている。
「問題なくパーティも進行していることだし、アメリも行ってらっしゃい。壁の花になる必要はないわ。本当に素敵だもの。なかなか花に負けない生徒はいないのよ」
アメリは自身のコサージュを見てため息をつく。白百合を中心とした豪華なコサージュ。まるで花瓶にでもなったような気分だ。せめて百合以外の花であったならば、と思ってしまう。果たしてこの豪華な食事を美味しく食べられるのだろうか。
「この花とドレスってどなたが決められるんでしょう?」
「ご家族からアンケートを取って……最後は業者の独断ね」
「副会長、今年は?」
「自分で決めたわ。来年はできるだけシンプルなドレスを自分で用意されてね?」
クレアと別れてアメリは食事のあるテーブルに向かう。オードブルから……といくべきだが、既にパーティは中盤に差し掛かり、メインの皿も寂しくなってきた。いきなりメインを食べても問題ないだろう。
アメリはボリュームのありそうな肉料理から取る。来年は絶対クレアのような真紅のドレスにしよう。あれが一番汚れてもわからなさそうだ。立食向きに一口サイズにされた肉を黙々と口に運びながらアメリは考える。
(シャンパン飲みたいなー)
などと考えていると目の前にグラスが差し出される。
「いかがですか?」
「ありがとう」
小さな水泡が金色の液体の中で浮かんでは消えてを繰り返している。期待して飲むとシャンパンだった。しかも美味しい。これだけのもの、前世では飲んだことがない。
(あー、でも今口の中肉だし、赤行きたい)
ご機嫌で食べているとグラスを差し出してくれた生徒がダンスはどうかと誘ってくる。食べ終わったらね、と返して追い払う。
今日は肉の日でいい。アメリはそう決めた。
(んー、やっぱりイケメン度ナンバーワンはクラウス様なのよね)
会場を眺めつつ考える。彼とは話すことはできないが、生徒会に属していれば嫌でも顔を合わせる機会がある。その度に毛虫でも見るような顔をされるが、むしろご褒美というか、それを見ただけで今日も頑張れますというか、相談相手であったときよりも毎日が充実している。アメリにとってクラウスとは顔だけでいい存在だ。今ぐらいの距離感であれば楽しくいられる。
程々に食べてから腹ごなしに会場を周遊する。生徒会で知り合った先輩と軽く挨拶を交わしたり、ぼっちではあるが、それほど寂しくはない。
「お嬢さん、お手を」
掬うように手を取られ、ダンスの輪の中に引きずりこまれる。赤い髪に金の目というド派手な外観に一瞬圧倒され、血の気が引いた。
(なんでお前がここにいる!)
カーク・シャイロック。今まで一度も会わずに乗り切った攻略相手の一人だ。
アメリは手が震えるのに気がついた。足もよろけそうだが、カークがうまくエスコートしてくれているからか、なんとなく踊れている。条件反射的に踊れるなんてすごいな私、とか今あまり関係ないような事を考えながらもダンスは進んでいく。
どうすればいい? とかではなく、一刻も早くここから逃げたい。離れたい。大声で叫びたい。
「怖いのか?」
訊かれて思わず頷いてしまう。
「似合わないドレスを着せられてるなと思ったが、見立ては正しいってことか」
「……」
「教師以外の男と踊るのは初めてか?」
(ーーわーあ、カークっぽーい)
少し冷静になってきた。完全にフラグは折ったと思ったのだ。ここにカークが出てくるなど予想外だ。しかしだ、逆に考えろ。フラグは折ったのだ。堂々としていればいいのだ。この男に監禁されてアレされたりすることはないわけだ。
「いいえ、二番目です」
にっこりと微笑んでアメリは姿勢を正す。
「兄のほうが上手ですわね」
「ーーへぇ、面白ぇ女……」
「ぶはっぼ」
笑いをこらえすぎてすごい音になった。周りで踊っていたペアもアメリの方を見ている。
(いやこれ無理だって! 声優さん女優さんすごいな!)
リアル面白ぇ女を聞く日が来ようとは……涙が出そうだ。
第三者ならどんなセリフも聞けた。床に転がってジタバタできた。やろうと思えば通勤電車内のイヤホンでも可能だ。しかし、面と向かって当事者となって聞くとなると話は別だ。いっそ無になれたらよかったのに。
(いつか、推しに好きなセリフを言ってもらえることができても、これだけはやめよう)
完全に足が止まってしまった。マナー違反は重々承知だが、今は緊急事態だ。どうか許してほしい。
「し、失礼しまし……たっ!」
離れようとすると、カークが強引に腰を抱いて引き戻した。さすが俺様枠。当然というべきか。
「やはり見立ては間違っているな。次は俺がドレスを選んでやるよ」
カークはアメリのコサージュの白百合の花を一つ手折ると自分の胸に挿した。
アメリの手の甲にキスをし、紳士の礼をしてカークは立ち去る。タイミングよく曲は終わり、アメリは楽団の腕に感心した。