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ルート消滅まであと2日

 要するに願望と現実どちらを取るかという問題である。


「二年間あるんだよ」

「それを言われると……」


 肩も触れ合わん距離でひそひそ話。客観的に見て、男女の密会だが、実際にはそんな甘いものではない。議題は生存戦略である。


「ジェレミーだけでもルートに入っておいたほうがよくない?」

「それ絶対自分のルートにさえ入らないでくれたら、ってことですよね?」


 生存を目的としているのは自分のではなく、クラウスのではないのか、と思いつつ、アメリはつっこむ。一国の王子ともなれば、男爵令嬢の一人や二人をかっさらっても、社会的に死なないだろう。切実なのは自分のほうだと言いたい。


「そう。俺がもし君を監禁したくなったとして、ジェレミーがいるなら距離を置けるだろ?」

「助けて下さらないんですか」

「俺が正気なうちはね」


 アメリのためだとは言うが、このクラウスの慎重さは何ともまどろっこしい。何か既に起こっているのかと疑ってしまう。

 好感度が見たい。


「でしたらクラウス様。クラウス様が彼女を作ればいいのでは?」

「自分の彼氏が美少女と隠し事してたら嫌じゃない?」

 とは言ったものの、それほど悪くない考えだと思ったのか、ニヤリと笑った。


「俺がハーレム作るのもありか」

「はあああ?」


 思わずはしたない声を出してしまい、アメリは慌てて口元を押さえた。

 クラウスと初めて会った時にいた低木の裏にいるが、いくら小径から見えにくいといっても、あまり大きな声を出していると怪しまれてしまう。

 男女の密会。それも『学園の王子様』とだ。バックグラウンドもあって、それはそれはクラウスはモテる。ゲーム内では言及されていなかったが、授業の合間の雑談を小耳に挟むレベルでも人気があるのがわかる。


 クラウスからはこういう場所は逢引に使われるから、空気は読んでもらえると言うが、それにしても大声を出せば聞き耳を立てられてしまうだろう。それも男の方がクラウスとわかればどうだろう。

 この男は自分が女生徒にどういう存在なのか自覚がないのだろうか。


「駄目かな。そういうキャラじゃないし、二人きりのイベントも起きにくくなるよね」

「まぁ、そうなんですけど」


 自覚はないらしい。


「羽目を外せるのもここにいる間だけだしね」


 クラウスは一国の公太子。ゲームのようにただの記号ではないのならクラウスにはやるべきことがたくさんあるわけだ。

「それはそれで大丈夫なんですか?」

「実際手を出すかは置いて、取り巻きを増やすくらいはいいと思う」


(あれ? 自覚あったの?)


 増やす、ということは既にいるということだ。


「あの、気になってたんですけど、クラウス様の前世って、女性ですか?」

「そうだよ」

「……」

「なんでショック受けてるの。男があのゲームやってたほうが引かない?」

「確かにそうなんですけど」


 クラウスはアメリを見て、ため息をつく。


「あのね。先輩として忠告しておくけれど、前世の記憶は前世の記憶であって、アメリという君じゃない。その辺りを自覚しておかないと辛くなるよ」


「今すでに辛いです」


 クラウスは言葉の真意に気がついたのか眉をひそめた。

 

「……協力するの嫌になってきた」

「だってクラウス様の顔がさいっこうに好みなんだから仕方ないじゃないですか!」

「……えーと、君。俺のこと好きだったの?」


 クラウスの言う『好き』は、前世で推しだったのかということだ。


「顔は好きだったんですけど、性格がちょっと」

「俺のどこが不満なの」

「ゲーム的には一番だったんですけど、最推しは別の作品でした。すみません」

「謝らなくてもいい」


 クラウスは天を仰ぐ。

 懐中時計を出して、少し表情を変えた。


「時間ですか?」


 昼食の後の授業がないから、とクラウス都合でアメリは呼び出されたのだ。そういうタイプには思えなかったため、うっかりきゅんとしてしまい、アメリはホイホイと出てきてしまった。

 勿論、アメリには授業がある。一年生には空き授業はない。二年生以降で授業は選択制となり、組み合わせによっては半日丸々空いてしまうこともある。


「そろそろね。アメリ、授業休ませて悪かったね。ついていけそう? わかりにくい所があれば教えるけれど」

「大丈夫そうです。アメリってかなり優秀みたいで」

「そりゃあ、学年主席だし」

「え! そうなんですか?」

「新入生挨拶、君だったよ」

「じゃあ、私成績落とせないってことですよね!?」

「いっそ落として攻略相手に興味なくさせたら? 少なくとも俺には効果がある」

「いちいち最高ですね、クラウス様」

「は?」


 成績を落としてクラウスに軽蔑されるのも悪くない、と思っていたところで、アメリに別の記憶が蘇る。蘇るというより、思い出すといった内容だ。


 入学前に親に言われた言葉――ノーマ家の令嬢として恥ずかしくない成績を保つこと。

 家庭教師からも優秀さはお墨付きだったのだ。少しくらいならともかく、大幅な成績低下は許されない。そもそも学費も安くないのだ。男爵令嬢の場合、箔付けよりも婿探しの方が重要だ。身分が大したことがなくても女主人として見込みがあれば、ちょっとぼんやりとした子息の婚約者にと望まれる。


「駄目です、私。勉強しないと」

「……」

「?」


 クラウスはジェスチャーでアメリにそのまま座っておくように告げると、小径に出た。出てしまうとアメリからも見えない。

 すぐに話し声が聞こえた。片方はクラウスで、もう片方は、カークのものだ。アメリは身を縮めた。意味はないかもしれないが、できるだけ見つけられる要素は減らしたい。


 カークとのルート開始は庭ではない。校舎と女子寮との間の渡り廊下だ。アメリが渡り廊下を歩いていると、カークに声をかけられる。

 廊下を渡り切るには下を向いて黙々と歩けば2、3分といったところだ。アメリはその方法でフラグ回避をしようと目論んでいた。


「クラウスじゃねぇか。王子様がサボりか?」

「授業が空いてるんだ。そういう君は抜け出してきたの?」


 あまり友好的な雰囲気ではない。

 クラウスとカークが特別不仲というエピソードはゲーム内ではなかった。ルートに入っている場合、クラウスにとってアメリにちょっかいを出すカークは面白くない存在だが、逆にカークがクラウスを嫌っているというような描写はなかった。


 アメリはまだカークルートに入ってない。入っていたとしても、カークは他の攻略対象は相手にしないし、他の二人は一番好感度が高い時に、他の攻略対象の好感度が上がると言動に変化が現れるが、カークにはなかった。

 俺様キャラ担当というわけだ。


「退屈だからな」

「そう。退屈というならちょっとおつかい行ってくれる?」

「はあ? どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。目障りだからどこか行ってくれる?」


(クラウス様、それはちょっと!!)


『目障りだから、どこか行ってくれる?』


 これはクラウスルートとカークルートに入っているときに発生するアメリ不在のイベントだ。

 クラウスの好感度が一定以上であり、かつカークの好感度がクラウスより高い場合に発生する。逆転がまだ可能な段階でなら確実に発生するが、不可能な場合は発生しない。


(まだカークルートに入っていないんですけど!)


 フラグも立ててないのに一体何を言いやがるんだこの王子様は!


(むしろ、ルートに入っていないのにイベントが発生したようにして、システムを混乱させる作戦?)


 アメリがクラウスに殺される運命を回避するなら、敵はゲームシステムでいいのか、この場合。


(なんか、色々わっかんないけど、私出ていったらまずいよね……)


「言われなくてもお前には用はない」


 できるだけ体を小さくしてアメリは身を潜める。どう考えても興味を持ってこちらに来そうなシナリオに思えたが、フラグが立っていないからなのか、あっさりとカークは立ち去ったようだ。

 戻ってきたクラウスにアメリは小声で喚いた。


「何やってるんですか! イベント発生させる気なんですか。クラウス様って私のこと好きじゃないですよね!?」

「好きじゃないけど、何怒ってるの?」

「無自覚かよ!」


 頭良さそうに見えて、実は馬鹿なのか、この王子は。


「いくら攻略してないからって、これひどすぎません?」

「何かまずいことした?」

「したかどうかは私にもわかりませんけれども!」


 なんというか、キャラも違うのだ。

 ゲームの彼はもっとそつのない感じ。完璧で王子様で、自然にアメリを夢中にさせて、閉じ込める。


 しかし、前世の記憶を持っているというクラウスは、かなり人間味があってその分失敗もそれなりにしそうな、ゲームほど頼りにはならなさそうな感じだ。


 クラウスルートに突入しても殺されるどころか、監禁すらされないのではないだろうか?


(……とは言いすぎか)


 彼がやる気になったらおしまいだ。

 ならばそういうことだ。




 *****




 ルート消滅まであと二日。いっそ引きこもってしまいたい。


 アメリは授業そっちのけでノートに思い出せる限りの攻略を書き連ねる。思い出しても徐々に忘れてしまうらしいので書き残しておくのは早ければ早いほどいい。


 今のところ、ジェレミールートもカークルートも入らないで済んでいるようだ。ゲームでは現状のステータスが確認できたがそういうものはないのだろうか。


 教師による部分はあるが授業の進め方は前世の記憶にあるものに似ている。時折当てられて発表しなければならないが、アメリは慌てることなく答えられる。

 この優秀さは恐ろしいくらいだ。これがヒロイン補正というものか。そもそもクラウスに軽蔑されようなどと不可能だったのか。


(青春を謳歌したい)


 アメリは午後の授業が始まる前の教室で弁当を食べていた。寮の厨房に無理を言って作ってもらったのだ。学生は昼食は学食で食べるようになっている。しかし、二名ばかり顔を合わせたくない相手がいるため、明日までの期限でお願いしていた。


「明日は引きこもろっかなぁ」


 明日一日耐えればいいならそれもありではなかろうか。


 弁当を片付けぼんやりと頬杖をついていると教室のドアが開いた。二人の女生徒が楽しそうに話しながら入ってくる。


 ゲーム内では毎日攻略対象と会話をして好感度を上げていた。たまにミニゲームも発生する。

 当たり前だが、ゲームよりもずっと一日が長いのに何をすればいいのだろう。


 友達でも作ればいいのか。親しい友達となると今後行動しづらくなりそうだ。

 アメリの未来やら、人には話せないことが多すぎる。


(とりあえず、監禁フラグをへし折らないとね)


 何はともあれ、それが最優先だ。


 翌日、アメリは寮の部屋から一歩も出ないで過ごした。


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