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同類?

「起きた?」


 ぼんやりと意識が戻ってきたタイミングでそう声を掛けられ、アメリは飛び起きた。


 折りたたみベッドのような硬さを感じさせる上、ビジネスホテルのような薄い布団。どうやらここは保健室らしい。カーテンならぬ天蓋は開けられていて、そばのスツールではクラウスが本を読んでいる。

 彼も転生者(?)だと知って、アメリの抱いている恐怖を理解してくれていると知って、安堵とあまり人目も憚らず泣いてしまったが、そのまま寝てしまったようだ。


「ずっと付いていてくれたんですか」

「いびきをかき始めてからは授業に出たけどね。昼食を取るついでに戻ってきたところ」


 泣きながら寝てしまった上、いびきとは恥ずかしいにも程がある。容姿端麗なヒロインはいびきなどかかない。


「緊張の糸が切れたんだろう。食べられそう?」


 アメリのベッドの横には小さなテーブルがあり、その上にはサンドイッチと氷の入ったボウルの中にピッチャーに入ったジュースが置かれていた。

 そして既に入っているものと、空のグラスが一つずつ。


「食堂に言って作ってもらったんだ」

「ありがとう……ございます」


 気恥ずかしさと距離感のつかめなさで、アメリの口調は丁寧になる。

 転生者とは言うが、前世の――自分の同類という感じはしない。ゲームのことは知っているようだが、どのくらいのことを知っているのだろう。ゲームレビューくらいでネタバレになるようなことを書いているとは思えない。となると、どのレベルのゲーマーなのか。気安く話しかけてもいいものか。


 アメリが悶々と考えながら様子を見守っていると、クラウスはサンドイッチの乗っているトレイの上に、ジュースを注いだグラスを置いた。

 トレイごとアメリの膝の上に置き、自分はスツールに戻る。


「見張らなくても毒など入れないよ。食べて落ち着いたら話をしよう」


 目の前に食べ物を見ると急速にお腹が空いてきた。そういえば朝食も昨日の夕食も何を食べたのか覚えていない。ひょっとしたら食べてさえいなかったのかもしれない。

 突然のことで精神的にも肉体的にも大変だったのだろう。と、他人事のように思いながらアメリはサンドイッチを齧った。


「んー〜〜〜」


 今まで生きていた中で、これほど美味しいサンドイッチをアメリは食べたことがない。卵と野菜と……そんな変わったものは入っていない。それなのに涙が出そうになるくらい美味しい。


 クラウスをちらりと見れば、クラウスも本から目を上げる。


「何? 話せそう?」


 結構サバサバ、というか、ゲームのクラウスから遠い性格をしていそうだ。

 口調は柔らかい風ではあるが、穏やかな優等生キャラといった感じではない。そもそもゲームでは一人称が『俺』ではなく、『私』だった。


(こっちのクラウスは無関心系、だが心を許した相手には世話焼き、みたいな)


 はっきりとしたことがわかるまではアメリとして話したほうがいいだろう。様をつけろよと怒られたことだし。


「胸をお借りして、申し訳ありません」

「気にしなくていいよ。普通に過ごしてるだけで監禁されるってどんなゲームなの」

「意外に売れたんですよ」

「理解できない」


 クラウスは食べ終わったアメリのトレイを元の位置に戻した。ジュースだけ注ぎ足して、アメリに渡す。


「もう最後の授業も終わることだし、情報の共有だけさくっと終わらせたいんだけど」

「あ、そうですね」

「俺のことから話そうか。前世の記憶が戻ったのは三年前。ただ前世の奴と俺は一緒にしないでもらいたいな」


 ひどく憎々しげにクラウスが言うので、一体思い出したときに何が起こったのか……アメリはいくつか予想して少し同情する。


「察してもらえて有り難いよ」

「クラウス様も、なんていうか、察しが良いですね」


 さっきもジュースはまだ欲しいなーと思ったら、口に出さなくてもアメリに渡してくれた。超能力的な要素はこのゲームにはなかったはずだが。


「精神力を鍛える訓練は色々やった。そのおかげかな。何が起こるのか先に予想ができれば、大抵のことには動じなくなるよ」


 何が起こるのか。

 クラウスはこの後、自分がゲーム内でやることを全部知っているのだろうか。少なくとも、アメリを監禁して殺してしまうことは知っているのは間違いない。だから、アメリを遠ざけようとしたのだ。


「クラウス様はゲームのことはご存知なのですよね。それで、私を殺したくないと」

「閉じ込めるだけじゃなく殺して保存するとか、嫉妬し過ぎにも程があるね。ただただ気持ち悪い」

「デスヨネー」


 少なくともこのクラウスは一般的な感性をもっているようだ。


「入学は取りやめにできなかったしね。この俺の心を奪うようなどんな美少女が来るのか、と思ったら君でよかった。何が起ころうと惚れる気がしないよ」

「そう言ってもらえると安心しますけど、私そんなに駄目ですか」

「その自信はどこから来るの? ぎゃー、とか、尊い、語彙力が失われた、とか言って叫ぶのに?」


(ああ……クラウスのCVのファンだったんだ)


 一生寝込むレベルの衝撃だけど、自分で喋らないと声は聞けないし、自分の言ってほしいセリフを言えるし、そうじゃない普通のセリフでさえ一番近いところで聞けるし、でもいちいち卒倒してたら生活できないから黙ってたほうがいいのかなと思うけど、すると推しの声が聞けない……!


(なにこれ、天国? いや地獄? 限りなく天国に近い場所での拷問?)


「叫ぶんだ」


 軽蔑しきったような目でクラウスが見る。


「いや、叫ばないです。むしろ黙ってます」


(ありがとうございますご褒美です)


 ビジュアルが好みなのに性格が優しすぎるのが物足りない、と前世で思っていたアメリからすると、その顔面にこの表情は、


(金髪ドS最高……!)


 何かを察したらしいクラウスが苦虫を噛み潰すような顔をした。

 これから共同戦線を張る(予定の)相手に逃げられてしまってはいけないと、アメリは気持ちを切り替える。この感動は今夜寝る前の布団の中で反芻しよう。


「こほん。私の前世の記憶が戻ったのは昨日なんです。貴方に会ったあのときです」


 チッ


(思いっきり舌打ちした!!!!)


「――えーとですね。まだ記憶とか気持ちとか整理がついてない状態なんですけど」

「じゃあ、ゲームの内容も鮮明に覚えているってこと?」

「そうですね。全ルートやり込みましたし」

「助かったよ。俺の前世はクラウスルートしかやってなくて。詳細も大分忘れてしまっていたんだ」

「喜んでらっしゃるところ申し訳ないのですけど、私、まだクラウス様しかフラグが立ってません」


 このまま行くとトゥルーエンドの確率が高い。


「君が他の攻略対象に行けばいいんだろう? 協力は惜しまないよ」

「私は監禁自体が嫌なんです。どのルートも入りたくなかったんです」

「まぁ、そうだろうね」

「でもフラグ立っちゃって……あの、クラウス様と温室で会えたのも多分ルート入ったからだと思うんです!」


 落ち着いている時は自然とアメリの話し方になるが、感情が高ぶると砕けた言葉遣いになってしまう。

 はたと気づいてクラウスを見たが、彼はあまり気にしていないようだ。


「……ああ、成程?」

「あるんです。イベント、覚えていません?」

「バラを贈るんだったかな」

「それもあるんですけど」


 チェーンを付けてキスをするのはあの場所だ。展開としては序盤ではないのだが。


「それであのチェーン、投げ捨てたんですか?」

「あー……失敗した。あれじゃ戻ってくるよ……」


 クラウスが文字通り頭を抱えた。

「仕方ない」

 そのくせ割合あっさりと切り替える。


「クラウス様は私を殺したくないんですよね?」

「勿論」

「だったらとにかく私と話をしなければよかったのでは? ゲームの進行というか、イベントは起こるでしょうけれど、私に興味はないわけですし」

「今にわかると思うけど、君はゲームの矯正力というものを甘く見ている」

「気持ちがあればなんとかなりそうに思うのですけど」

「それが甘いんだよね」


 クラウスはひとつ大きなため息をつく。


「……顔をナイフで傷つけたことがある」

「!」

「顔と目をさっくりいったつもりだったんだ。死んでもいいと思った」


 こっちだ、とクラウスは左の目を手のひらで覆った。


「覚えていないが城は大騒ぎだったらしいよ。それでも、一週間後、突然傷が消えた。消えたらしい」

「そんな」

「体がバラバラになれば、と思って崖から飛び降りてみたが、五体満足で帰ってきたよ」

「――」

「獣に食べられたらどうなるんだろうね。試してみたいけど……」

「やめてください!」


 血の気の引いたアメリの顔を見て、クラウスは短く謝罪した。


「俺が気にしすぎなのかもね。何にしろ、俺は君のことを助けるつもりだよ。誰かに監禁されたいというなら別だけど」

「それも嫌です」

「それが普通だよね」

「クラウス様は逆ハーレムルートはご存じですか?」

「逆ハーレムルート?」


 知らないらしい。

 CV目的でのプレイなら、それ用のボイスもあるわけだし、回収をしないとも思えないが。


「攻略対象全員と仲良くするルートがあるんです」

「……覚えがないな」

「やってそうですけど、忘れてしまったのかもしれませんね。期待したほど追加がなかったとかで」

「それだと監禁されない?」

「されません。難易度が鬼高いですけど」

「できそう?」

「自信はありません。クラウス様の好感度だけ極端に低いなら無理です」

「既にマイナスだしね」


(知ってた)


「でも、本当何が起こるかわからないから」

 フォローだかなんだかよくわからないことをクラウスは言う。


「プラスになるんですか? 好感度」

「絶対にないとは言えない。こんな話をしておいてなんだけど、俺のことも完全に信用しないほうがいいよ」


 死者も生き返らせるようなゲームの矯正力。それにしても相当に痛かっただろうに、それでも逃げたい未来だったのか。

 誰かを必ず殺す未来。最悪だ。


「じゃあ、私も絶対に監禁されるんでしょうか」

「一応逆ハーレムルートとか、監禁されないルートもあるわけだろう?」

「難易度鬼ですけど」

「それを言ったら俺だって殺さないルートもあるわけだけど」

「一国の王子が監禁ですか。意外とありなんじゃないですか?」

「――本気で言ってる?」

「すみません」


 あのゲーム、攻略対象はみんな生来の性格がアレなのかと思っていたが、本来はこれほど常識的なのだろうか。

 だとすればアメリという存在は彼らにとって一体どれほどのインパクトがあったのだろう。


(プレイ中にこれを知っていたら、もっと楽しめたのになぁ)


 道を踏み違えるような恋。


(いいなぁ)


 と、ゲームなら憧れることができた。

 だが実際に自分の体でプレイするとなると、中断もリセットもできないとなると、プレッシャーで吐きそうだ。


「できたらこれ以上ルートを増やしたくないんですよね」

「俺に監禁してほしいってこと?」

「穏便にご卒業して頂いて……」

「それなんだけど、俺が入学したの去年だから」


 クラウスは自分の赤色のタイを指差す。

 タイの色で入学年度がわかる仕組みになっていて、アメリは黄色、一つ上の学年は赤だ。


「クラウス様、留年したんですか?」

「どっちかというと、浪人? 精神的に安定してないってことで入学を遅らせたんだ」


 確か記憶が蘇ったのは三年前ならば、怪我をしてみたのもそのぐらいの年なのかもしれない。

 色々と重すぎてアメリは話題を変えた。


「まぁその、三人分の出方を考えるより一人に絞ったほうが楽そうですし」

「イレギュラーはパターンが多いほうが発生しやすそうだけど」

「クラウス様は私にビッチになれと?」

「死ぬよりはマシじゃないか」


(そうなんですけど!)


「クラウス様を攻略するのが一番難しそうですよね」

「そうかもね」


 嫌味は通じないのか。

 アメリは思わずため息をつく。


「今晩くらいは考える時間に使ってもいいよ。また明日、結論を聞かせて?」

「はい」


 逆ハーレムルートを目指すなら猶予はあまりない。明日になれば、残るは三日。

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