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必要と十分

 アメリは胸焼けに耐えていた。ルネッタである以上、ケーキを爆食いしていなければなるまいと頑張ってみたもののやはり限界がある。

 もうバレているだろうし、いっそ自爆してヴィンセントに話してしまおうと思うのだが、ヴィンセントがアメリの行動の先回りをし、アメリはたった一言も言うことができない。華麗に流されてしまう自分の状況を俯瞰すると彼もルネッタも大物だと感心する。


 大体だ。何故こんな罰ゲームをしなければならないのか。罰ゲームのきっかけすらないではないか。気がついたらこの状況だ。

 胃のむかつきも手伝って、アメリの機嫌は最悪だった。

 星祭りだからといって頑張る必要はないのだ。去年の感覚に慣れて、今年も何か慌ただしくしていなければ落ち着かない心境になっていたのがよくない。アメリはウェイターを探す。まだ残っているが、手に持っているお皿は引き取ってもらおう。


「もうやめたら?」


 炭酸水だろうか。シャンパングラスを差し出される。差し出しているのはクラウスで、アメリはヴィンセントを探す。クラウスはその様子を見て面白そうに笑った。

「いないよ。ちょっと休憩しない? ルネ」

「違いますよ」

「まあ、そういうことで、ね?」

 不機嫌に言えば、クラウスは愉しそうに囁く。

「会場にいる間は無表情でいなよ。無事に部屋まで送ってあげるから」


(あっ)


 騙されるはずのないクラウスが騙されたふりをする理由。アメリは今更ジェレミーを探す。カークのイベントだと思って安心していた。そんなアメリの肩をクラウスはつついて促す。


「十分食べたよね。帰るよ」

 アメリは小さく頷いてクラウスの後ろについて歩く。


 ということは、これはルネッタではなくてクラウスの案だったのだろうか。こんな抜けの多いことをクラウスが考えるとは思えないが、冗談のつもりでやった風ではある。彼は何とも楽しそうだ。

 もう誰が誰のイベントとか関係はない。ジェレミーがカークのイベントで何かをしでかすことだって考えられる。各種エンドに直接つながるストーリーではないが、警戒して無駄なことはない。何故ならこんな夜なのだから。

 クラウスはちらりとも後ろを振り向かないまま、会場を出た。



 会場の外は満天の星空だった。

「今年は星が降ったね」

 クラウスは外に出るなり仮面を外した。空を見上げて少し眩しそうに目を細め無邪気に言う。声を出していいのかわからず、アメリは黙ってクラウスを見上げた。

「クレアはこれがやりたかったんだってさ」

「……」

「話してもいいよ。小声でね、ルネ」

 一応ルネッタのままでいろ、ということだろうか。周りが暗ければ十分間違えてもらえる出来のはずだ。

 アメリはちょっとだけクラウスと距離を取った。ルネッタはクラウスの恋人ではないのだ。ロマンチックな星空にまかせて体を寄せ合って歩くのはルネッタに悪い。

「早く帰りましょう」

「あれ? そうなの?」


(どうなのよ?)


 こんなロマンチックな星空の下を好きな人と歩く。ただそれだけなら手放しで喜ぶべきで、一分一秒も長く一緒にいたいと思うのが普通だが、ここは厚意を汲んでイベント回避のために急いで寮に帰るべきだ。

 ――というか、ここで押すべきなのか?


 星祭りの夜に二人で抜け出してしまうのはクラウスのイベントだ。確かキスシーンまである。既に執着の片鱗を見せる、中々濃いイベントである。クラウスはアメリのノートを見て、自分のイベントのことは知っているのだ。またアレをやられたら正気でいられる気がしない。今日はそうっとしておくべきなのだろうか。


 アメリはクラウスの顔を見ながら考えていたらしい。クラウスはアメリの顔を覗き込んだ。

「俺の顔に何かついてる?」

 ついてなどいない。ただただ麗しいだけだ。しかし本性を知っているアメリとしては無条件にうっとりはできない。


「ええと、悪魔が」

 クラウスはアメリの好きな笑い方をした。わざとだろうか。

「アメリは俺の性格の悪いところが好きらしいよ。趣味が悪いよね」

「そこだけじゃないですよ」

「へえ?」

「悪いところも可愛いと思っちゃうんですよ……聞いた話ですよ?」

「悪趣味。こっち。近道行こうか」

 流し目に笑う。本当に、わざとに違いない。


 クラウスは去年迷い込んだところと別の建物の裏に入っていく。そこを突っ切っていくと人影がなくなり、ようやくクラウスは足を止めた。


「こっちの方向へ行くと女子寮に出る。もう建物も見えてる」

 いくつか部屋に灯りがついているあの建物がそうだろう。確かに随分と近道だ。普通に歩いていたらここまで早くは着かない。残念なようなほっとするような複雑な気持ちでアメリは振り返ったクラウスを見る。

「これだけ早く帰るとはジェレミーも思わないでしょうね」

「ルネはまだ会場にいるしね」

 そういえばそうだった。


「ジェレミーに捕まってるんでしょうか」

「わからないけど、彼女ならうまくやるよ」

 アメリの胸がチリっと痛む。なんかこの感じが凄く嫌だ。自分が関係していることなのに、自分が一番知らないことが多い。ルネッタはゲームのことを知らなくても、クラウスが望むような形に状況を整える手伝いをすることができる。


 アメリには何もない。

 唯一であるゲームの知識は思い出そうとしなくなってから、だんだん薄れてきている。


「行きますね」

「待って。向こうの準備がまだみたいだ」


 もうここまでくればいいのではないだろうか。さっきからこめかみが痛い。アメリは仮面を引っ張った。

「私もこれ、外してもいいですか? 痛いんです」

「見せて」

 アメリの仮面は革バンドのようなもので頭の後ろで止めている。これでウィッグも固定しているのでクラウスが仮面を外すと同時にウィッグもずれた。ずれた金の髪をクラウスが戻す。

「これも外したら駄目ですか」

「傷はないみたいだけど、痛いなら仮面は外してもいいよ。でも髪はこのままで」

 かなりの至近距離でクラウスがアメリの顔を見ている。アメリは両手でクラウスの胸を押した。

「ですよね、ジェレミーに見つかったら困りますしね」

「こっちも見るから」

「大丈夫です。痛かったのはこっちなので」

「よく見せて」

「いえ、暗いですし、見えないですし!」

「見えるよ」

 焦るアメリに淡々とクラウスは返す。意識している自分が馬鹿みたいな気持ちになって、アメリは目を瞑ってクラウスの気が済むのを待った。

「目立つ痣にはなってないし……血の匂いもしないけど」

「匂い嗅いだんですか!!」

「シッ、声が大きい」


 いつの間にかクラウスはアメリの後ろに回っていて、自然にエスコートするような形で数歩歩かせた。手を引かれてすとん、と座らされた先は建物の壁の前だった。


「これ、どういう技術なんですかね」

「何が?」


 クラウスは立ったまま寮の建物を見上げている。アメリが背を向けている建物は厨房か倉庫か。周りの景色が参考にならなくてよくわからない。


 アメリはクラウスの視線の先を見上げる。ルネッタの部屋だろうか。灯りのない部屋の方が多く位置がよくわからない。


「ルネッタが戻ってくるまでですか?」

「あいつ、結構な執念だからねえ」

「卒業までこのまま過ごせますよ、きっと」

「そうであってほしいね」

 クラウスが確認待ちということは、寮から何らかの合図があるということだ。基本的に男子は女子寮に入ることはできないが、今夜は何が起こるかわからない。節度を保たない淑女は結構いるらしい。ここに来るまでも何組か見た。


「寒い?」

「大丈夫です」

「……」

「色々、大丈夫ですよ。守ってくれなくても。私、ジェレミーよりクラウス様が好きですし」

「知ってる」


(そうだよね)


 知ってて二人きりになるとかどういう神経をしているのだろう。仕方ないと言えば仕方ない。クラウスの目的は無事に卒業することで、アメリもそれは同じことなのだから、こうしてついでにジェレミーから守ってもらえるならありがたいことなのだ。


「それなんだけど、攻略対象の想いが拮抗しているときに、ヒロインがその中の誰かを一番好きだった場合はどうなる?」

「そういうことを考えるのはクラウス様の役目では?」

「俺の?」

「ゲームならそれはもう運次第なのかもしれません。自分から動けないんですから。まあ、今の私も似たようなものですけど」


 特殊な状況は自分で作っているわけじゃない。衣装を交換しようと誘ったのはアメリではなくルネッタだ。それを断って会場でクラウスにダンスを申し込んだならそれはアメリが自分で決めたことになるかもしれないが、そんなことは非常識過ぎてできない。貴族令嬢にとってダンスは誘われるものだ。


「今日だって、クラウス様がこっちにおいでって誘導してくれてるわけでしょう? クラウス様にどっちがいい? って言われて私は動いていますけど、それってどこかゲームみたいですね」

「そうかな。きっかけはあっても、アメリが選んでるわけでしょ? それはゲームのほうが良く出来てるっていうことじゃないの?」


 アメリは自分の肩にかかる金の髪を見る。

 それはそうかもしれないが、納得はできていない。


「なんか、だって、私、何もしていない」

「してるよ、十分」


 クラウスはそう言うが、アメリはそう思えない。ジェレミーへの対応だって、彼を手玉に取っていたゲームのアメリならきっとうまくやったのだろう。ジェレミーの恋心を生かさず殺さず、彼を満足させて自分に危害を加えないようにする。

 今のアメリのように監禁されるのではないかと恐れることはない。そうなったとしてもうまく言いくるめて解放させてしまうだろう。


「俺のこと、好きなんでしょ」

「そうですよ。早く好きって言ってください」

「俺の好きって、必要?」

「必要ですよ!」

「先はないよ。卒業したら俺は国に帰るし、君は君の伴侶を見つけるんだろう?」


 知っている。想いを通じ合ったってその先はない。それでも出口のない想いをずっと抱えている今より、なにかが変わるような気がする。


「俺のことを好きってだけで、十分だよ」


(今、なんて言った?)


「建前が必要だって、自分が言うとは思わなかったよ。お互いまだ仮面をつけておけばよかったな。――一時の夢だ、俺にくれないか?」

 クラウスに不似合いの言葉にアメリは覚えがある。カークの仮面舞踏会の時の台詞だ。


 どこの誰だか知らないが、一時の夢だ

 俺にくれないか?

 極上の夢を見せてやる


 盛り上がっていた気持ちが一瞬で冷めた。

「……馬鹿じゃないですか。あなたのイベントですよ、これ」

「ルネとイベント起こすのは違うよね」


 何とも言えない表情でクラウスはアメリを見ている。困ったような、後悔するような、複雑な表情だ。


「いい? そのくらい好き?」


 監禁されてもいいくらい好きですよ、という言葉を出そうとしてしまった。これだけは駄目だ。どれだけ正気を失ってもそれだけは口にしてはいけない。


(私たち絶対両思いですよね!?)


 何故攻略できないのか。手を取り合ってキスのひとつでもするハッピーエンドの何が悪いのか。本当にそれでどうにもならないのだろうか。


(ならないよな)


 ゲームではないその先がある。一時の夢などハッピーエンドではない。


 急に冷めてしまったアメリにつられたのか、曖昧な表情を消したクラウスはアメリの頭を撫でる。変わって浮かぶ、面倒くさそうな顔。

「そういえば、なんかよく会うんだよね。消したい」

「誰ですか?」

 訊いたものの答えの予想はついている。

「ジェレミー。ね、いつからあいつのこと呼び捨てしてるの?」

 クラウスはアメリのウィッグの髪を指に絡めて、面白くなさそうに解いた。

「……なんで、素直に好きだって言えないんですか」

「それ言ったら終わりじゃない?」

「好きって言ったら死ぬ病でもかかってるんですか」

「それなに?」

「女がつけあがるからって、言わない男がいるんですよ」

「そういうつもりはないよ。ただ、怖いだけ」


 そう言われるとアメリも少し怖くなる。言葉にして自覚をしたら、クラウスは変わってしまうのだろうか。本来のあるべき状態に戻されてしまうのだろうか。

 それともただ単純に。


「ひょっとしなくてもクラウス様、初恋ですか」

「うん、初恋」


(かっっっっっわいい)


 何度惚れさせるのだ、この男は。


 アメリは顔を押さえて深呼吸をする。尊さで酸素が足りない。


 クラウスはそんなアメリの葛藤に気づかないのか、アメリのよくできたウィッグを触っている。

「失敗したな。他人が見てルネだとわからなければ、このまま連れ去ることもできたのにね」

 一応聞こう。

「どこへですか」

「俺の部屋」


 アメリは前世で例の映画は見たことはなかったが、あの有名な主題歌はこういうシーンでかかるんだろうなと頭の一箇所冷静な部分で思っていた。彼女は立派に訓練されたオタクだった。

 色々な感情がもみくちゃになって、アメリの顔は無表情だ。

「その顔、すごくルネみたい」

 笑いをこらえながらクラウスはアメリのウィッグをぐしゃぐしゃにした。本音だと思わせて限りなく冗談に近いものだったらしい。


 クラウスは寮を見上げた。灯りのついた部屋が増えている。


「アメリ、卒業式には生徒会代表で俺に花束をくれないか? それができたなら、俺の望みは叶うよ」

 ずれたウィッグを戻すと、既にクラウスは数歩アメリから離れていた。

「三十数えて俺が戻ってこなかったら寮に帰るんだ。いいね」

 クラウスはアメリの返事も待たずに元来た方向へ走っていった。

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