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幸せを願う

 好きだけれど、好きになってはいけない。


(難しいことを要求されてしまった)


 アメリは自室のベッドの上で呆然と天井を見上げる。

 自惚れであることは重々承知だが、クラウスは自分のことが好きだ。言っていることとやっていることが一致していない。

 勘以外の根拠が必要ならばルネッタが断言したからと言ってもいい。あそこで逆に押し倒して自分のことを好きなくせに、と言うくらいがヒロインとして正しい態度だったのだろうか。クラウスも攻略するのはヒロインだと言っていたし。


(うわああああああ、あの人最強すぎない!?)


 アメリはごろごろとのたうち回る。ゲームなら無茶苦茶攻略したい。攻略対象としてのスペックが高すぎる。攻略して彼が幸せになるなら間違いなくやる。


 しかし現実はそうはいかない。ここで押したら豹変するかもしれない。溺愛、束縛、ヤンデレ化……ゲームのクラウスはそういうキャラ設定だ。だが、あのクラウスは踏みとどまると思う。色々考えて楽な手段は取らない。吹っ切れるような投げやりなやり方はきっとしない。

 しないと信じるからこそ踏み出せない。つらい思いをさせてまでも一緒にいたいわけじゃないのだ。


 一方でクラウスが言うように不安もある。いくら演技だとしても素質がなければあのセリフにあそこまでの威力はないはずだ。本気を出されたら恐らくアメリは流されてしまう。叶うなら本気は別のところで発揮してほしい。


 ――外堀を埋めなければ。

 クラウスには申し訳ないが、彼が若干の歩み寄りを見せた以上、こちらに引くという選択肢はない。ゲーム要素を全部潰してしまって、もう安心だよと言ってあげるしかない。


 今のところ、フラグ破壊例はカークだけだ。逆に言えばフラグ破壊は可能なのだ。アメリにはカークがクレアから逃れてのこのこ学園に戻ってくるなど想像できない。

 残る二人のエンドを達成させつつフラグを叩き割るか、逆ハーエンドで卒業してもらうか。アメリが取るべきルートはこの二つのどちらかだった。







「そろそろ星祭りの準備が始まります。図書館通いは減らしてください」


 パンを口に入れていなければツッコミを入れていたところだ。

 別に図書館通いをしているわけじゃない。可能な限りジェレミーとの接触を防ぐため、図書館でなくてもできる作業は持ち帰っている。


「割とアメリは生徒会室にいると思うよ。ルネッタは僕よりもアメリのほうが好きなのかな」

「事実その通りですから」


(うーん、なんだろう……)


「使っていない会議室を借りているから、いても気づいてないとか?」

「気づいてますよ。でも基本部屋にいないでしょう? ニコルさんと何かありました?」

「ないよ」

「ニコルはアメリのことを扱いづらいとか言ってたよ」

「――ハッ」


 鼻で笑ったルネッタの横でヴィンセントがにこにこしている。

 なんかもう色々強烈だ、この二人は。


 昼食は食堂でルネッタと取るようにしているが、最近はそこにヴィンセントが加わるようになった。相変わらずルネッタは嫌々ヴィンセントと接しているが、何を言ってもいいと認識している分、二人の距離は近くなったように感じる。疎外感というものはないが、アメリは少し寂しい。寂しいといっても、新しく来た猫に距離を取っていた先住猫が、段々と二匹だけでも遊ぶようになってきたのを見て感じるような種類のものだ。


「クラウス様との仲を取り持ったほうがいいですか?」

「それ多分……嫌がられるわ」


 何かいい表現はないかと考えて出た言葉が「嫌がられる」だった。クラウスはいい顔はしないだろう。二人の主従関係の程度がわからない以上、表現が難しい。


 ルネッタは頷いた。

「この間牽制されましたね」

「わかるよ。人にお膳立てされるのは気を遣うよ」

「そんな繊細な神経が存在したのですか。驚きました」


 会議室への引きこもりは、クラウスと顔を合わせづらいアメリが勝手にしていることだ。彼は気にしないだろうし、自分も避けられないなら側にいたいのだが、好きにならないでほしいと言われて、すぐに突進するのはためらいがある。


 あとはあの、トゥルーエンドを真似たクラウスのやばさを思い出して時折死にたくなるからだ。その時の遺言は「墓」の一言に違いない。クラウスらしくはないし、本気でやられたなら違和感があってずっと怯えていたかも知れないが、芝居だと言うからアメリのオタク心をえぐっている。

 思い出し悶えが治まらないうちは少し離れていたい。


「いや……いえ、ちょっとしばらくはまともに顔を見られない気がするから、少し離れているわ」

「あの日、何かあったんですね」


 若干食い気味にルネッタが確認する。質問ではなかった。確信めいた言い方だ。

「身分からいって公太妃は難しいでしょうが、愛人なら何も問題ないですよ。私も協力しますし」


(そこは問題にしてくれ)


 ルネッタが乗り気だ。何故そんなに乗り気なんだ。助かるけど。


「会長には婚約者はいないのかい?」

「ご卒業とともに発表されるでしょうね」

「それはもういるってこと?」

「調べたらわかることですから言いますけど、選定中です」

「じゃあアメリでも問題ないわけだ」

「ですから身分が釣り合いません」


 そう。だからクラウスはアメリを連れ去って監禁する。曖昧にぼかされていたから公太妃になって、とか思っていたが、現実問題そういうことにはできないだろう。


(もし、彼に一緒に来てほしいと言われたら……普通の日陰の身よりも、近くで監禁されているほうが愛が深いと感じられるんだろうな)


 ゲームなら。

 今のアメリはそれを望まない。それは自分にもクラウスにも辛い選択だ。


(その辛い選択をあえてするというなら、やっぱアメリって病んでるわ)


 苦しむクラウスにそれでも私は幸せよ、と檻の中で告げるのだ。彼を一生縛り付けられるなら、そういうタイプの人間にとっては幸せだろう。


(私には無理だな)




 *****




「生徒会長、どうしたんですか? こんなところで」

「俺が図書館にいるのが珍しいかな」

「……お忙しい方だと伺っていましたから」


 控えめに穏やかに話す姿は特に不自然さは感じられない。ただ不要な会話だとクラウスは思う。ジェレミーが不要な会話を仕掛ける人間だとは思わない。牽制か、――牽制だと思わせたいのか。


(乗ってやる)


 ジェレミーのエンド条件のパターンを脳裏に並べる。三人の攻略対象の中ではインパクトが一番ないのが彼だ。だから逆に気がついたら閉じ込められていたということもあるのかもしれない。

 クラウスは自分とジェレミーのルートエンドの発生を進めようとしている。それがこのゲームからの脱出の鍵になるのではと想定して。達成の確認は、退学ないし卒業。カークはもう達成したものと考えている。退学したカークが学園に戻る可能性はない。クレアから現在のカークの状態を聞く限り、彼が再びアメリの前に現れることは考えられなかった。


「アメリが忘れていたようだから、ついでにね。確か君が窓口だったよね? 今渡しても大丈夫かな」

「構いませんよ」

 クラウスはこっそり抜いていた資料をジェレミーに渡す。リストの抜けならアメリは気が付かないかもしれないと思ったからだが、うまくいったようだ。

 大抵の人間が面倒くさいと感じる作業をアメリは文句も言わずにこなし、かつ丁寧で早い。杜撰なやり方だと彼女が気づいてしまう。抜きん出て優秀な才能というわけではないが、いないと困る。そういうタイプが一番見つけにくく、集めるのも難しい。この問題を解決したら自分から遠ざける必要がなくなる。そんな下心もあった。


「よろしく」

 封筒に入れておいたものをそのままジェレミーに渡し、図書カウンターで司書に話しかける。図書館についでがあったのは本当だ。既に話は終わっているが、恐らくこの用事が終わるまでジェレミーは待っているだろう。


 司書が出た後、後ろに立っているジェレミーに声をかける。


「生徒会も忙しくなるから、そろそろアメリは返してもらうよ」

「それは……よかったです」

「彼女はしぶしぶだろうけどね」


 軽く肩をすくめてみれば、ジェレミーの肩越しに自分を見ている下級生に気がついた。少し微笑んで見せると真っ赤になって口元を押さえる。あまりこういった気障な仕草は好きではないが仕方ない。半分癖のようなものだ。


 呆れた顔でジェレミーが自分を見ているのに気がついた。こんな顔もできたのかと意外に思う。

「人気取りも大変ですね」

「必要だろう?」

 とぼけるのは却って嫌味だと知っている。

「あなたのそういうところをアメリは知っているんです?」

「その疑問は必要かな。どちらでもいいと思うけれど」

 どうとでも取れる言葉はジェレミーの機嫌を損ねたらしい。遠く離れているときに彼が殺気に似た視線を送っていることもある。基本的に自分のことは気に入らないはずだ。


 クラウスさえいなければアメリは自分の方を向いてくれる、とまでは思っていないだろう。アメリを大事に想えば想うほど、自分では釣り合いが取れないと感じるはずだ。自分では相応しくないと思いながら、掻っ攫われるのは許せない。誰かに渡してしまうのは耐えられない。


(だったら、いっそ)


 不意にクラウスの中に浮かび上がった感情はジェレミーの声にかき消される。

「そういえば、ご存知ですか? アメリのイヤリングが前と変わりましたよね」

 言われてみればそんな気もする。褒める必要のない相手だといちいち思い出さない。

「あれはあなたのチェーンと引き換えに、拾い主に渡したそうです。彼女に似合っていたのに、今しているものも可愛いですけど――覚えてないです?」

「彼女は何を付けてても綺麗だからね」

「そうですか。彼女の美しい足からチェーンが消えてしまいましたけれど、あなたが外してしまったんですか? 呪いのようで素敵だったのに」


 自分の目つきが変わってしまったのにクラウスは気づいた。溶かしてから今まで思い出しもしなかったが、指摘をされると思い出さずにはいられない。

(本物の呪いなど知らないくせに)

「俺を挑発してどうしたいのかな」

「挑発になりましたか? よかったです」

 真相をジェレミーは知らないだろう。それなのに的確にクラウスの神経を逆撫でてきた。真意を探らなければと思ったが、血の上ってしまった頭はすぐには冷静にならない。


「彼女をさらってもいいんですよ。僕に遠慮はいりません。あの人の、あなたの望みを叶えてくださいね」


 全く造作は似ているところがないはずなのに、ジェレミーの微笑みはここにはいない彼女の笑顔に似ていて、クラウスは急にこみ上げた吐き気を堪えた。

思った以上に空いてしまいました…


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