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味方かもしれない

 ゲーム『エターナルキャッスル』のオープニングはヒロインの入学式だ。

 貴族が多く通う学園に裕福な男爵家の令嬢アメリが入学してくる。希望溢れるような明るいオープニングの光景は確かにアメリの記憶にある。

 ゲームでは制服を着た少年少女の群像だが、体験したものでは学園長の話が長い割に内容がなかったことまで覚えていた。


 攻略対象は三人。入学一週間以内に顔を合わせればルートが開かれるので、逆ハーレムルートを目指すなら、あと四日で残り二人と出会わなければならない。


 ちなみに誰にも会わなければ選択ルートがゼロになるので、そこでゲームオーバーだ。楽しく学園生活を過ごしました、的なモノローグのあとタイトルロゴが表示され、エンドロールもなしにオープニングに戻る。

 今のアメリにはこれが一番よかったがもう戻れない。


(実はヒロインじゃなかった、とかだったら嬉しいのに)


 ヒロインのデフォルトと同じ名前なのだからその可能性は限りなく低いのだが、そんなことをアメリは考える。


 単にゲームと似た世界なだけで、ゲームと同じようには進まないというのであれば大歓迎なのだが。

 アメリとしてはこちらのほうが本命だ。そうであってほしい、そうに違いないと思っているが、放っておいたためにゲームと同じ展開をしてしまったら後悔しきれない。


 アメリは授業をサボってノートに思いついたことを書き出している。

 昨日クラウスに会った中庭の低木の裏は絶好の隠れ家だった。新学期早々、サボる生徒もいないのだろう。近くを通る人の気配もない。


 サボりは良心が痛んだが、前世の記憶が戻ったことで記憶や知識が混乱し、授業の内容もすんなり入ってこない。記憶力のいい身体らしく、昨日の授業の内容もちゃんと覚えているのだが、初めて知ることのようにいちいち戸惑ってしまう。

 なんというか、常にデジャヴが続いているという感覚に近い。

 慣れるのに少々時間がかかりそうだった。


 もうひとつの理由は、重要な記憶を早々に忘れてしまう可能性があるからだ。ここで生活していくうちに、記憶を勘違いしてしまうこともありうる。授業に出ていても内容が頭に入らないのなら、思い出せるだけ思い出しておこう。そういうわけだ。


 徹夜明け、きちんと座っている気力もない。ゴロゴロしていると長い髪には枯れ草のようなゴミがつきそうだ。アメリのイメージを保つためには後でちゃんと梳かしたほうが良さそうだが、気力は残っているだろうか。


 アメリは一束の髪を持ち上げた。これだけだらだらしていては毛先がもつれてしまいそうなのに、紺色の髪は絹のようになめらかで絡まる気配すらない。


 羨ましい。実に理想的な髪だ。


 自分の髪だというのにそんなことを思う。前世では毎朝寝癖を治すのにどれだけ苦労したことか。多い、太い、天パの三重苦だった。


 肌もなめらかで、爪の形も完璧。朝、鏡を見て、憂いのある美しさに見とれてしまった。

 この手のゲームで可愛いというより美人キャラのヒロインというのは珍しい。まあ、監禁をテーマにしているゲームであるから、可愛いヒロインにすると犯罪臭マシマシになってしまうから、というのもあるかもしれない。


(ジェレミールートなんて、女王様みたいな感じのエピソードもあったもんね)


 アメリはノートに目を向ける。


 攻略対象はクラウス、ジェレミー、カークの三人。


 クラウスは隣の公国の王子様。顔面最強。王道。しかし、紳士は監禁しない。このルートは未来の女王様。玉の輿だが、トゥルーエンドでは殺されてしまう。その瞳に自分以外のものが映るのが嫌だ。永遠に自分だけのものにしたい……ということで、死体が腐らないように特殊な毒で殺されて永遠に愛される。


 ジェレミーは伯爵家三男。穏やかに話す優男。CVは納得のキャスティングでいちいち召されるかと思った。アメリを絶対の神のように崇め、家に連れ帰り監禁する。犬。


 カークは侯爵家長男。Mっ気がないとノーマルエンドですら辛い。強引に来るのがいささか趣味に合わなかった。スチルはアダルティで控えめにいって最高。攻略初期のクールなヒロインとの絡みが筆舌に尽くしがたい。この調子で最後までいったら文句はなかった。


 スチルを回収するためにほぼすべての選択はこなした。このゲームはエンドを目指すだけならどの選択肢を選んでもあまり変わりはない。変わるのはイベントの発生だが、この辺は無視してもいいだろう。

 トゥルーエンドへは好感度と、話の整合性を図るためだろう、通らなくてはならないイベントがあるのみ。このイベントを確実に避けるのはあまり現実的ではない。パターンが多すぎる。


(すべてのイベントをスルーすればいいわけだけど)


 そうすれば好感度は上がらないはずだ。つれなくされるのもいい、というM気質なら別だが…。

 そういう意味ではジェレミールートは難易度が高そうだ。初見クリアは攻略情報を使わなければジェレミーのトゥルーエンドというのが一般的だった。


 ハーレムエンドは好感度のキープで発生する。すべてのキャラに対し、まんべんなく高感度を上げていかなくてはならない。一人だけ上がりすぎたから調整しようとしても、イベントの進み具合や差分によっては埋めきれない。


 一番難易度の高いルートが逆ハーレムルートだ。全ての攻略対象の好感度が拮抗するため、一人が出し抜くことができない。よって、監禁は起こらない。


(ジェレミー以外の誰か一人に絞って、監禁されないように頑張るほうが現実的かなぁ)


 ゲームのようなご都合主義が起こらないと監禁などそう簡単にはできないはずだ。

 エピソードだけを積み重ねるゲームとは違って、この世界には前世に生きた世界と同じような日常があるに違いない。ゲームと似たような事が起こっても、全く同じにはならないのかもしれない。


 昨日会ったクラウスがそうだ。ゲームではあのセリフはない。


 ゲームではアメリが自己紹介をすると、クラウスも自己紹介をする。そして、アメリを会話を続けたあと最後に言うのだ。


『何もかも、自分の思い通りとはいかないよ』


 クラウスルートの伏線ともいえるセリフだ。


 どういうことなのだろう。とても引っ掛かる。


 ちゃり


 小さな音がして、アメリは体を起こした。いつの間にか人が来ていたのか、気づかなかった。

 目を凝らすとキラキラと光るものが目に入った。金のチェーンだろうか。

 アメリは拾い上げ、チェーンの先の小さな飾りに気がついた。


(このチェーン)


 ガサガサ


 低木をかき分け、現れたのはクラウスだった。


 まずい! 会うと好感度に変化が現れてしまう。


(まだ残りの攻略対象に会ってもいないのに!)


 顔面蒼白で固まっているアメリを見て、クラウスが端正な顔を歪めた。


「それを渡せ。――いや、好きにするといいよ」

「え……」

「いらない。俺が持っているとろくなことにはならないだろうしね」


 アメリと目も合わせず、再び低木をかき分け、クラウスは行ってしまった。


 嵐のような出来事にアメリは混乱する。誰だ、あれは。本当にクラウスなのだろうか。ゲームのクラウスはもっと紳士で、少し人をからかうようなところもあるけれど、初対面の相手にあんな顔をするキャラではない。


 それにアメリが今持っている金のチェーン。ゲームでは中盤にクラウスから贈られるアンクレットだ。ペンチか何かで引きちぎったようなコインのかけらのような飾りが付いている。

 特にこれ自体のエピソードはなかったが、今のクラウスの口ぶりだとそれなりに大切なもののようではないか。

 それをいらないと。


『俺が持っているとろくなことにはならないだろうしね』


 あのアイテムはクラウスが自らアメリに付ける。足に口づけ、すべてを自分のものにしたいと、これから起こる監禁を暗示させるようなエピソードだ。


 何か、見落としてはならない、何か。


 それが何か気づかないまま、アメリは走り出していた。

 クラウスの豹変。あまりにゲームと違いすぎる。そこに自分を救う鍵があるはずだ。




 ******




 学園は広い。見取り図は体が覚えている。アメリは敢えて何も考えないようにして走る。クラウスには会えるだろうか。クラウスとのフラグは立っている。ゲームを進行させるためにはきっと……!


 何故か誰ともすれ違わない。これはイベントなのだろうか。行くべき道を自分は走っているのだろうか。


 この先は――温室。主にバラを栽培しているそこは、一面のガラス張りだが、壁を伝う枝に中の様子は簡単には覗えない。

 扉は何故か開いていて、アメリは飛び込んだ。


「クラウス!」


「その呼び方を許した覚えはないよ」


 クラウスはいた。碧の瞳がアメリを冷たく見据える。


「クラウス……様」


 アメリは握っているチェーンをクラウスに見えるように掲げた。


「お忘れ物です。……とても大切なものなのでは?」

「大切、ね。大事ではあるけれど、今の俺にとっては捨てたほうがいいかもしれない」


 クラウスはアメリに近づき、手に触れないようチェーンだけをすくい上げた。そのまま、白いバラが咲き乱れる辺りに放り投げた。


「探そうなんて、思わないように」

「どうして……」

「簡単だよ。俺は自分のなりたくないものになりたくないだけ」


 ゲームでの彼は常に優しい目をアメリに向けていたのに、今はどういうことだろう。常に視線はアメリを捉えず、顔も背けたままだ。


「君にも関係ある話じゃないかな? アメリ・ノーマ。命が惜しければ、卒業まで俺に近づかないことだね」


「言われなくても!」


 え、という顔でクラウスが固まった。端正な顔が鳩が豆鉄砲を食ったように少しとぼけた表情になっている。アメリはいきなりシリアスに自分語りを始めた相手に一矢報いたような気分だった。

 ゲームプレイ中ならありだが、今の気持ちとしては最高にウザい。


「言われなくてもそうさせていただきます。私も命は惜しいので! そういうことならルートはできるだけ貴方の方に添えさせてもらいますけど、できるだけスルーでお願いします。では、ごきげんよう」


 なんだかわからないが、クラウスが攻略される気がないなら好都合。初手では自分に近づくなと言うキャラは他ゲームならいくらでもいるが、クラウスはそうではない。影に日向にヒロインを助け、気がついたら蜘蛛の糸で絡め取っている、そんなキャラだ。

 そんなクラウスがこういう事を言う。バグならば大歓迎。できることならこのまま修正パッチなしで走り抜けたい。


 アメリは気分がよかった。徹夜明けのテンションにしては高すぎるが、振り切ってしまうとここまで爽快なのか。


「―ー待て!」

「待ちません。もう関わらないで頂けます?」

「確認したい。君は、」

「私は嫌ですー」

「いいからちょっと落ち着け」

「ヤダー。おまわりさーん!」

「人の話を聞けよ!!」


 クラウスがアメリを抱き締める。暴れるアメリを大人しくさせようとしたのだろうが、美男が美女を抱き止める姿は客観的に見てそういう状況には見えないだろう。


(あ、いい匂いがする)


 我に返ったようにアメリはそんな事を考える。昨夜寝ていないツケがこんなところできているようだ。たった一晩の徹夜など大したことはないと思っていたのに。


「……一つだけ知りたい。答えたら離してあげるよ」

「は、はい」


 抱きしめられ効果か、アメリはのぼせたように顔が赤くなった。テンションは下がったのに相変わらず冷静ではなかった。

 自分を殺すかもしれない相手に抱き締められてときめくなんて、プレイヤーの立場でならあっても、今はない。


「君は知っているの? 俺に殺されるということを」


 アメリは顔を上げた。クラウスと初めて目が合う。


「君も俺と同じなんだね」

「同じって?」

「このゲーム、したことは?」

「!」


 初めてクラウスが微笑んだ。ゲームと同じように。


「したわ。何度もした。あなたは私を閉じ込めて……殺すのよね」


 張り詰めていた気持ちが緩んだ。たった一晩寝ないくらい平気――ではあったが、こんな緊張感で過ごしたことは前世ではない。アメリの瞳から涙が溢れ出す。


「それは俺じゃない。俺は、絶対に殺さない。誰も」


 泣きじゃくるアメリをクラウスは優しく抱き締めた。



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