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とある公爵令嬢の恋

 彼はこれで何も持たない者になった。

 あるとするならば、自分への負い目だけだろう。彼は自分の傷跡から目をそらさなかった。そう、もう何もない。これすらも手放してしまえば、本当に何もなくなってしまうのだ。


 隣で眠る愛しい人の赤い髪をそっと撫でる。


 ようやく籠が用意できた。傷がすべて癒えたとしても、決して外に出すことはしない。彼は自分の籠の中でだけ歌うのだ。



 *****



「副会長もやめられたんですか?」

「うん。彼女から預かった」


 クラウスは真っ白な封書をアメリに渡した。封印はアメリの見たことのない紋章だった。


「開けても?」

「寮に戻ってからでもいいんじゃない?」


 寮に戻ってからでは何も聞けなくなる。きっと手紙に書かれていないこともクラウスは知っているのだろう。話してくれるとは限らないが。


 手紙にはアメリへの謝罪と、公爵家が持っている領地の一つに領主として赴くことになったこと。それは随分前から決まっていたことだったこと。それらのことが簡潔に書いてあった。


「何故、会わずに行ってしまったんでしょうか」

「君への気遣いだと思うよ」


 アメリが静養中の間にクレアはすべての後処理をして退学したのだという。結局アメリはあれからクレアに会うことはなかった。


 怖い目にあったアメリを気遣ったのは嘘ではないだろう。それでもちゃんと挨拶をして別れたかった。

 クレアにとってアメリはただの後輩だったのではないかと思うと悲しく寂しかった。


「大好きな先輩だったんです」


 ぽたりと涙が溢れた。


「やめる必要ってありますか?」


 外聞以外に何もない。あと少しとはいえ、彼女が学園に留まっていたら心無い噂に傷つけられていたと思うと、クレアが学園を去ったのは正しい判断と言えるだろう。

 明日から長期休暇に入る。きっと休み明けには噂は沈静化しているだろう。事件の当事者は誰もいないのだから。


「私は会ってさよならが言いたかったんです」

「――君は怒っていいのにね」


 カークのしたことは完全に秘匿できなかった。アメリは黙っていたし、他の事情を知る者が口外するとは思えなかったが、何故か学園の噂ではアメリではなくクレアをカークがまたも傷つけたことになっていた。


「怒っても何もできません」

「だから悲しむの」

「……気持ちの整理をつけられる気がします」


 アメリにもわかっている。一番口外しなさそうな人間が、口外して一番利を得ることを。楽しそうだった彼女の顔をアメリは覚えている。


「なんか、悲しいです」

「彼女はあれで幸せなんだよ」

「そうかもしれませんけど」

「彼も幸せだと思う?」

「……かもしれません」


「なら、いいんじゃない?」


 アメリがクラウスに連れ出された後、クレアの手配してくれた馬車はどこかの別宅らしい目立たない館に連れて行ってくれた。そこでアメリは傷の手当を受け、一週間ほど滞在していたのだが、その間にクレアは全て片付けて学園を出ていってしまったのだ。

 アメリの不在は過労で入院ということになっていたらしい。当日アメリが生徒会室にいたことや、あのクレアの助手をやっていたということで、役員などからはあまり不審がられることなく納得されていた。


 数日はクレアは普通にしていたらしい。クレアとカークの騒動が発覚し、そのタイミングで学校に姿を現さなくなる。

 できすぎだ。


 アメリの傷は一週間で服で隠せるくらいになってしまい、医者の見立てではいずれ手首のシワに隠れて目立たなくなるとのことだった。

 クレアはアメリと彼女らの当日の関わりをすべて誤魔化してしまった。


「大体、やりたい放題がすぎるんだよ。迷惑料で借りはなかったことにしてもらおう」


 まだ進級まで半分残っている。クラウスの会長任期もそれだけ残っているということだ。あれほど有能な腹心を失って、今後の生徒会の運営が順調に運ぶとは思えない。


「アメリ、副会長やらない?」

「無理です」

「知ってる。みんなそう言うんだよ。どうしてだと思う?」

「副会長が有能すぎたんです」


 あれと同じことをやらなければならないと思うとみんな尻込みしてしまうだろう。無論、アメリなど問題外だ。


「あの、会長」

「何?」

「あの、会長に訊くのはどうかとも思うんですけど、その……」


 本当はクレア本人に訊きたかった。きっと目の前にすると訊けないのだろうけれど。


「クレアの傷跡の話? 嬉々として話しそうだけどね、訊かなかったの?」

「傷跡があるのを嬉しそうに話してらっしゃいましたけども、詳細までは」

「俺はできれば話したくないし、過ぎたことだよ。いつか本人から聞いて」


 かなりうんざりした顔でクラウスが言う。不本意ながらあの二人の関係に巻き込まれたのであろうことは想像がついた。


「女って怖いよね」


 そう呟いたクラウスの目は今まで見たことがないほどに冷たかった。少し口角が上がっているように見えるのがまた恐ろしい。

 アメリはぞっとして言葉を失う。楽しむ余裕などない。本気で怖かった。


「……あの、会長」

「もういいよ、次の人呼んできて」


 アメリが出られるようになって全員揃ったから、とクラウスは残りの任期を担う副会長を選ぶため面談を始めたのだった。アメリの後は少し前に入ってきた同じ一年生だ。まだあまり話したことはない。


「はい、失礼しました」


 まだ少し部屋がひんやりしているように感じるが、彼女は大丈夫だろうか。そんなことを考えながらアメリは席を立った。


「そうだ」

「まだ何か?」

「業務中はいいけど、それ以外だとその会長ってのやめてね」

「……それ以外って、あるんですかね」

「あるんじゃない?」


 クラウスはよそ行きの王子様のような笑顔を浮かべる。


(うん、なんか嘘っぽい。大丈夫!)


 アメリは顔が赤くなるのを感じながら面談用の部屋を出た。


 

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