星の降る夜
まるで星の降るような夜空を模した天井にわぁっと歓声が上がる。企画は生徒がするが、所詮貴族の子弟、実務はできない。プロの手でなされたそれらは本物の星空よりもずっと綺麗に瞬いて幻想的だった。
アメリはほうと息をつく。あまりにも嬉しくなって隣のクレアにはしゃいだ声を上げた。
「すごいです。本当に素敵です!」
語彙力を失うとはこういう事を言うのだが、この場で本当に失うわけにはいかない。何か気の利いたことをと思うのだが、いかんせん慣れていない。むしろ無になったほうが社交辞令は上手だと最近気がついたのだが、クレア相手にそこまでの緊張はしないので期待はできなかった。
「期待以上ね」
にっこりとクレアは微笑む。
「私、この瞬間が一番好きなのよ。自分で考えて、手を打って、それが形になる瞬間が……力を尽くせば、できないことはないって思っているのよ」
「あ、だから……」
「え?」
「以前、副会長の講義スケジュールを教えていただいたときに、まるで領地経営される方のような、と思ったので。好きなんですね、本当に」
「――ふふ、それはその予定だから」
アメリは目を丸くする。クレアの家柄を考えれば、卒業後は花嫁修業をしてそのまま結婚だろう。彼女の能力は社交界で遺憾なく発揮されるのだろうと思っていた。
「あのね、私傷物なのよ」
大切な宝物を教える子供のように、クレアは爆弾発言をした。アメリは頭が真っ白になる。ここは何を言うのが正解なのか。
「驚かせちゃったわね。でもね、知ってる人は知ってるわ。去年の話だから」
「えっとそれは、その……」
「胸元に目立つ傷があるの。残っちゃったわ」
(そっちか!!!!)
勘違いしたほうが悪いのだが。いや、クレアは勘違いさせる気だったのだろう。とはいえ、体についた傷、それも大きなものとなると縁談には不利だ。それでもモータウン公爵の令嬢という肩書と彼女の才気があればそれほど問題になるものとは思えない。
「それで落ち着いたデザインのものを好まれているんですね。とても似合ってらっしゃるから、そういうものがお好きなのだと思っていました」
「ふふ、本当は見せたいくらいなんだけど」
(この人酔ってるのかな)
色々ぶっとばしすぎだ。乾杯はシャンパンだったが、かなりアルコールは低かったはずだ。
「でもそんなことをしたら怖がられてしまうから」
「」
今でも十分怖い。
「あら、会長ったらもう行ってしまわれたわ」
「ですね」
「追いかけないと」
訊くまでもなくアメリのことだろう。面倒くさいのでクラウスとは予定がないとは言わないでおく。
「副会長はどうされるんです?」
「私は少し見回りをしてくるわ」
優雅に微笑んで、クレアはアメリの背中を押した。
アメリはしばらくはクラウスの行った方向に歩いていたが、クレアから十分距離をとったと思ったところで足を止めた。
(確かに会長も副会長も、お互いを好きかっていうと違うっぽいのよね)
だが、お互いがお互いに優しいように思える。信頼しあっているような。ただの上司と部下というにはお互いをよく知っているような気がした。
(お似合いだと思うんだけどな)
会場をふらふらと歩く。イベントの性質のせいか、男女のカップルでぴったりと抱き合っているのがよく見える。一人でいるアメリはどことなく場違いだ。かといって、ニコルと一緒にいれたらよかったかというとそんなこともない。好きではない人と一緒に過ごすにはロマンチックすぎる。
外の様子が気になって、アメリはそうっと講堂の外へ出た。
薄曇りの空。予想通り、星空は見えない。星祭りなのに星が見えないなんて。ゲームではこの日はミニゲームがあった。降ってくる星をキャッチするのだ。二十個以上星をキャッチすると、好感度が一番低い相手が登場する。一番高い相手とラブラブした後なのでそういうことになるのだろうが、前世のアメリはこのためにクラウスのイベントをいくつか蹴ったのだった。
講堂の外は暗くて、人影もなく、少し寂しい。
「アメリさん?」
ジェレミーの声がした。
(さすがというかなんというか)
確かに今ジェレミーの好感度が一番低いかもしれない。クラウスはなんだかんだと接点がある分、無関心ではないのだから。
「今、帰るところなんです」
「そうなんですか? てっきりシャイロック家のご子息様と一緒だと思っていたんですけど」
ジェレミーにそう思われているということは、結構有名な噂なのだろうか。
「あの方とは何も約束はしていませんでした」
「そうなんですか」
ジェレミーが少しホッとしているように見えるのは自意識過剰だろうか。しかし警戒しすぎるのに越したことはない。しかし、今の時間が穏やかに流れすぎて、この先の運命を忘れてしまいそうになる。
「あの、何か私噂でもされているのでしょうか?」
「噂とは?」
「いえ、何でもありません。忘れてください」
もし、アメリがカークと付き合っているとか、そういう噂があるのであれば、きっとニコルはアメリを誘わなかっただろう。変な言い方になるが、ニコルはカークには勝てない。よほど自分に自信がない限り、カークを敵に回そうとは思わないだろう。
「知っていますか? 星祭りの夜は大抵天気が悪いそうです」
「ええ、聞きました」
「だからあなたに星をプレゼントしようと思ったのですが、生徒会に先を越されてしまいました。あ、あなたも一員でしたっけ」
穏やかに笑いながらジェレミーは木箱をアメリに差し出した。手のひらから少しはみ出すくらいの素朴な木箱だ。鎖でぐるぐる巻きにされていて、錠前に当たる場所にルービックキューブのようなものがついている。
「差し上げます。できたら、寮に帰る前に開けてほしいのですけど、暗いですから無理は言いません」
「これは鍵ですか?」
キューブを撫でると少しザラザラしていた。
「ええ、でも暗いと意味ないな。僕としたことが失敗してしまいました」
「ありがとうございます」
「お気に召していただけるといいのですが」
ジェレミーと別れた後、アメリは外灯の明るい場所を探した。きっと夜空の下で開けるといいのだろう。部屋に戻ることも考えたが、折角なので中を見てから帰ろうと思ったのだ。幸い、鍵の開け方は覚えている。
探している内に校舎まで来てしまった。校舎の壁についている明かりの下に座って、アメリはキューブの鍵を開ける。キューブのピースには文字が書かれていて、アメリはそれを自分の名前になるように並べる。一度ぐちゃぐちゃにしてしまうと、どうやって直せばいいのかわからなくなる。覚えていてよかった。
中身が何であったかは、曖昧にしか思い出せない。確か、星に関係しているアクセサリーだ。それも本来は誰にもらうアイテムだったかも。ジェレミーではなかったような気がする。
鍵を開けると鎖が解け、十字架の板になるように箱が崩れた。中からこぼれた大小のビーズがまるで星のようにきらめく。その中に重みがあって、箱の底に残る金のきらめきがあった。
真珠がところどころにあしらわれた金のネックレスだ。石はあったとしてもトルマリンか何かのような淡い色合いでこの年頃に合ったような清楚さがある。さすがに制服につけられるかといえば難しいが、貴族の令嬢が普段着につけるのには丁度いい。
そしてビーズとのバランスで本当に星が入っていたように見えた。
(センスいい……)
これはきゅんとする。
(――そうだ、ネックレスだ)
ようやく思い出した。ゲームでの贈り物の正体。
こんな木箱ではなくて、華奢な銀の籠の入れ物ならば、カークからの贈り物だった。同じように――あちらは貴石だったが、その中からごついネックレスが出てくるのだ。
思い出してしまい、アメリは目が死んでしまう。
「……裸ネックレスって……」
カークのイベントは現実となると色々とキツい。ネタとして楽しむ勢もいたのは理解できる。
やることも終わったので帰ろうとアメリは立ち上がった。少しもったいないが、ビーズは拾わないで帰ろう。地面に這いつくばる令嬢というのは美しくない。
「よ、まだいたな」
思わぬ人物の登場にアメリの身体が強ばる。
酒瓶とグラスを二つ持ったカークが校舎の影から現れた。フランクな様子で、これが数日前のことだったら普通に話をしてしまっていただろう。
「そんな怯えなくても」
「もう帰るところです」
「じゃあ、一杯だけ。どうだ?」
何か、本能的にやばいと感じた。どこかカークがおかしいような……?
「いいえ、失礼しますわ」
校舎を通るにはカークをすり抜けなければならない。他の抜け道は校舎を大回りして、玄関の方に出るしか――
校舎の角を曲がると足が止まった。二人の人影がくっついている。
(いいところのお坊ちゃんがこんなところでイチャつくな!)
八つ当たりも甚だしいが、その横を通り過ぎることができるほど、アメリの心臓は強くない。
一歩下がるとカークにぶつかった。右肩からワインの匂いがする。胸元や指先までに液体が滴る感触。
「ドレスが濡れたな」
(早すぎない!?)
ノーマルエンドだ。
*****
「素敵な夜ね。誰もが自分だけの星を手に入れられそう」
講堂の隅で女が囁く。
「やっぱりあなた、一人なのね」
後ろに近付いてきた足音は一人分。少しつまらなさそうに唇を尖らせる。彼女らしくない子供っぽい表情だ。しかし次の瞬間にはうっとりとした妖艶な表情に変わる。
「でも、もういいわ。私はこの瞬間を、ずっと待っていたの」
クレアは斜め後ろを振り向いて、艶やかな微笑を浮かべた。




