プロローグ
「そこにいるのは誰?」
その声を聞いた瞬間めまいがした。立ちくらみのような視界が回る感じではなく、いきなり後頭部を鈍器で殴られたような感じだ。実際に鈍器で殴られたことはないので想像に過ぎないが、これほど衝撃ならば記憶をなくしてしまうことだって起こりうるだろう。
ただこの場合、記憶が増えてしまったのだが。
ディスプレイには金髪碧眼のキャラクター、から画風が変わって緑、ピンク。セーラー服に、昔はやっていたキャラクターの消しゴム、ランドセル。初めてのチョコレートケーキを前に大喜びする自分、擦りむいた小さな膝……の記憶から戻って、とあるゲームソフトを手にした自分。
なんなのこれは。
頭は混乱したまま、体は勝手に動く。堂々とした立ち居振る舞いは息をするようにできる。正解の選択肢もまたミスをすることはない。
「ごきげんよう」
目隠しのようになっていた低木をかき分け進み、アメリはにっこりと微笑む。
「本を読んでいたのに邪魔されちゃったわ。私はアメリ。はじめまして、学園の王子様」
金髪碧眼。絵に描いたような典型的な王子様然とした佇まい。
名乗ったというのに王子は少し目を見張って黙ったままだ。こんな演出あっただろうか。実際は考えられていて、容量の都合でなくなっただけなのかもしれないな、とアメリが考えていたところで、信じられない事が起こった。
「それはすまなかった。失礼させてもらうよ」
王子はふっと背を向けて歩き出してしまう。
あまりのことに立ち尽くし、その姿が見えなくなってから、アメリは今度は声に出して呟いた。
「なんなのよ、これは」
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ここは前世で自分がプレイしていたゲームの世界。アメリがそのことに気がついてから納得するまで一晩かかった。いや、一晩で済ませたというべきか。
前世の自分が寝食を忘れるほどにハマりにハマったゲームに転生するのがこの世界のルールならば、何故別のゲームをやりこんでいる時にしてくれなかったのか。このゲームが出る前はとても平和なゲームをしていたというのに。
この世界、『エターナルキャッスル』は監禁ゲーだ。
しかも監禁をするのではない。されるゲームだ。エンドを迎える、もしくは付近で監禁されるのだ。攻略対象は一国の公太子だったり、それなりの貴族だったりで、なかなかよい監禁生活が送れる場合もあるのだが、とはいえ監禁である。エンドとなれば簡単に部屋の外には出られそうではなかった。
というか、そういうゲームであるのでトゥルーエンドがやばい。ハッピーエンドよりある意味クリアしやすいのもやばい。困ったことに基本的にどの攻略対象も好感度が上がりやすいのだ。誰にも愛されないというバッドエンドがない。ヌルゲーである。
難易度といえば、攻略対象が少ない分、ルートとそれに伴いスチルが多く、回収に手間がかかるところが難しいといえば難しい。同じハッピーエンドでもスチル違いというのがある。
イケメンに尋常じゃないほど溺愛されるのは、浮世のストレスから逃れるには良かった。性癖ど真ん中だった。しかしこれをリアルにやられたらどうだろう。
死ぬ。間違いなく精神的にやられる。
というか、王子キャラ――クラウスのトゥルーエンドは殺されて愛でられる、である。
一番避けるべきキャラのルート選択のフラグを立ててしまった。
命惜しければ決してこのルートに突入してはならなかった。しかし既に出会ってしまった。条件反射のように適切な会話を選んでしまった。
どうしたら……どうしたら平和にこの世界で生きていけるか。
一晩悩んだ末にアメリが出した答えは、逆ハーレムルートに突入することだった。