34 開講準備
5月12日の聖曜日。宿舎の模様替えが行われていた。廊下や食堂の壁には掲示板が取り付けられ、空き部屋の中が片付けられ小教室になっていく。その様子を見ながらアダンがクレアに話しかける。
「結局、中隊全員を巻き込む形になったな」
「しょうがないじゃない。貴族学院の卒業試験を受かりそうにない50人だけの塾を開くと中隊が二つに分断されるわ。人間だから派閥やグループが出来るのはしょうがないけど、それが意義あるものにしたかったの」
「それでこの形か。」
「そう、今までの小テストで、自分の弱点や自分に必要な科目はわかっているから、とりあえずは必要な事を教えてもらえばいいのよ」
「それで、誰が何を教えることが出来るのかを個別に掲示する訳か。それとは逆こちらの壁には何を教わりたいかの質問を張り出すのか。教わりたいことを?」
「以外に人は些細な問題で躓くものよ。こんな事が、こんなのみんな知っていることだろっていう事が意外に分からなくて、思わぬところに学びのヒントがあるものよ。」
「そういうことはあるな。それと空き部屋を科目別に小教室にしたのはなぜだ」
「教えるのは1対1、40分で教えるルールにするけど、みんな教えるのは初めてだと思うの。だから他人が教えている様子を見て生徒が帰ったあと、教師役同士で相談し合えるようによ。暇な時は専門分野についての意見交換もできるわ」
「それでこの”教え方の手引き”か」
「本人が教わりたいと思っていることと、今、教えるべき事、教わるべき事には乖離があることが多いわ。問題点を見つけて本人が納得するように説明して了解を取りながら先に進んだり前に戻ったりして学ぶ方が結局早いと思うの」
「上から一方的に教えるスタイルは取らないという事か」
「そう、ここの生徒はみんなやる気も理解力もある帝国学院生よ。不足している知識を補充して勘違いや誤解していることを指摘してもらえばあとは自力で成長できるわ。」
「確かにその通りだが、何も中隊全員が参加する必要はなかったのじゃないか?」
「確かに貴族学院の教科書の内容程度ならできる人を何人かピックアップしてというより、当初は中隊長たち士官が教える予定だったらしいけど、どうせならこの機会に新しい事をやってみることにしたの。つまり中隊全員の能力の底上げには互いの理解とリスペクトが必要だと思うの」
「確かにそうだが、上手く行くのか」
「その時はその時で何か解決策があるはずよ。まずはやってみましょ。」
「ほらここにテヒの”教えて♡”カードが掲示してあるわ」
「”今までで一番美味しかったものと、一度は食べたい憧れの料理を教えて♡”か。ハートマークは必ずつけなきゃいけないのか?」
「テヒらしいでしょ。人の幸せは食とつながっていることが多いから。」
「成る程、相手を知る手掛かりだな。ところでクレマは何を教えるんだ?」
「私はダンスよ。」
「ダンス?そんなもの教えて欲しいという人がいるのか。女子ならいるかもしれんが。」
「貴族学院なら社交ダンスは必須でしょ。帝国学院を卒業して軍士官か法服貴族を目指す人には必要な教養よ。」
「そうは言ってもな。武術オタクな男子学生はそこそこいるが、」
「そこは仕掛けがあるの。私のダンス教室の卒業試験は男子はオルレア、女子はルイかクリスとのペアダンスよ」
「色仕掛けか。」
「人聞きの悪い。私の一番弟子の試練よ。あっ、これ私の”教えて♡”カード。」
「なになに、”あなたの故郷の民族ダンスを教えて”」
「この国にはいろんな民族がいて、いろんな舞踊や民族ダンスがあるはずよ」
「帝国の民族研究か」
「だって、ここは帝国よ。この国は5つの小王国の統一から始まっているのよ。」




