25 クレマの紅茶
ドアが閉まり静寂が訪れた。何かから立ち上がるように導師が口を開く。
「クレマさん、紅茶を淹れて頂けませんか。クリスさんがずいぶん美味しいと仰っていましたので」
「ハイ導師様。何かお好みはありますか。」
「お任せします。そのワゴンの紅茶でお願いします」
小さな炉の火を掻き立て、湯沸かしに水差しから水を足してから、紅茶カップを二つ取り出したところで
「一緒に頂きましょう」
と導師から声が掛かる。三つ目のカップを取り出し、湧き切らない湯を注ぎカップを温めながら、茶入れの蓋を開け香りを聞く。茶杓で紅茶をひと掬い取り出し茶葉を見る。カップの湯でティーポットを温めて水引に落とすと丁寧に茶葉を入れる。一瞬戸惑うかの如く動きを止める。が、湯沸かしの鉄瓶を持ち上げ躊躇なく注ぐ。漏れ出る香りを聞く。三杯のカップに注ぎきり導師の前に供する。中隊長と自分のカップをテーブルに置くと、
「失礼します。」
と腰掛、導師を待つ。
「一緒に頂きましょう」
と声を掛ける導師に合わせて自分の淹れた紅茶を啜る。
「いかがですか」
「まあまです」
「初めての茶葉でこれだけ聞かせることが出来れば、お上手としか言いようがないと思いますが」
「テヒには敵いません」
「テヒさんですか。目標ですか?」
「いいえ、次元が違います」
「どう違うのですか」
「テヒなら、無音を聞けるのだと思います」
「成る程、手が止まったのはそれですか」
「”努力するものは楽しむ者には勝てない”ということです」
「成る程、テヒさんは天才ですか。しかし、あなたも天才ではないですか」
「ウフッ。導師様はご冗談がお上手ですね」
「云え、先ほどのメモなどは天才の証でしょう」
「あれは、”周到な準備が勝利を招く”という故事ですね」
「瞬時に引用、実践できるのは素晴らしい才能ですよ」
「ありがとうございます。」
「素直さも謙虚さも持ち合わされているクレマさんの望みは何ですか」
「特にはありません」
「あなたなら、大臣にも宰相にもなれるでしょう」
「過分な評価、恐れ入ります。誣いていうなら”良妻賢母”でしょうか」
「それはまた珍しい。では、家政学を専攻されますか」
「そうですね。周りが天才ばかりで自分が非才に見えてしかたありません」
「例えば?」
「クリスは剣の天才です。オルレアは聖女です。ここには他にもテヒのような天才が何人もいます」
「成る程。でもあなたも何らかの才能があるからここに来たのでしょう」
「そうでしょうか。成り行きで来たとしかおもえません」
「成り行きで入れるようなところではありませんよ」
「そうですね。失礼を言いました」
「まあ、今日の夕べの三行で自分の道が見つかる様に祈っています」
「ありがとうございます。導師様。私のこの小賢しさは誰かの役に立てることが出来るのでしょうか」
「自分のようなものが何の役に立つのか、生きている意味があるのかと迷うのは若者の特権です。大いに迷ってください」
「判りました。取り敢えず、中隊全員を斎戒沐浴させて全員が自分の歩く道を見つけれるよう手伝います。今日はそういう日なのですね」
「毎日がそういう日であり、一瞬一瞬がその時です」
「ありがとうございます。今日はお茶に誘って頂き感謝いたします。」




