10 大雕を射るを
帝国歴78年の学院文化祭は3年生にとっては、楽しめる文化祭のはずであった。1年生の時は怒涛の中間試験を乗り越え、ホッと一息を入れている間に終わってしまった。2年生の時は自分たちの発表もあったが、人使いの荒い研究室や部会の3年生に追い回され、目が回る様な忙しさであった。そして例年ならば1、2年生を使う立場になり文化祭を楽しむ余裕があるはずの3年生であった。
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「わたし達の生徒会ってさ、結局最後までドタバタさせるわね。」
「ウチなんか、パーラーメイドの喫茶店とギャルソン・セルヴィーズがいる白い椿亭風茶店の二本立てで荒稼ぎしようと思っていたのに、軍専の5人を玉遊びに取られてさあ~、」
「ちょっと背の高いルイの事でしょ、ソムリエエプロンの裾さばき。見たかったな。」
「でしょ~、代わりに田舎者丸出しの1年を使う訳にもいかなくって、交代勤務がキツキツよ。」
「今年も文化祭を楽しむ時間が無さそうね。」
「そうね。・・さっ、愚痴を言うだけ言ったら、手伝いましょうか、」
「皿洗いってさ、1年生の仕事でしょ。またやるのか~、」
「ハーイ、新人でーす。よろしく~!」
「あら、随分擦れた新人ね。」
「まったく!」
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「ねえ、クレマ、」
「なに?何か問題発生?」
「そうじゃないけどさ、ユニの処に凄い抗議の声が、」
「あら、グレース。声に出して行ってくれるだけましよ。生徒会長の背中に向けて恨み、つらみ、怨嗟、呪いの怨念が送られているわ。」
「もう、やめてよ。分かってるなら何とかできなかったの?」
「これも為政者の試練。じっと耐えるしかないでしょ。」
「為政者って、ユニは官専、法服貴族になって官僚を目指しているのよ。領主でも政治家でもないのよ。」
「そうは言っても、為政者の痛みを知っていいる官僚と知らない官僚どちらがいいと思うの?」
「そんな事、今は関係ないでしょ。ユニの苦しい立場を分かってあげなさいよ。」
「分かっているわよ。」
「いいえ、分ってないわ。第一、裏でこの絵を描いたのクレマ、あなたでしょ!」
「ひとを裏で糸引く悪者みたいに言わないでよ。」
「裏で糸引く黄色い悪魔でしょ、」
「そう言うけど、ユニにはちゃんと言ったのよ。棒倒しの方が無難じゃないかって。」
「文化祭にどうして棒倒しが関係あるのよ。」
「ユニが対抗戦に新風を吹かせたいって、で、棒倒しでなく鎧球で行くっていうから・・、」
「それはいいのよ、対抗戦で鎧球をやるのは。わたし達も審判として参加するのに意義はないし、練習もしたでしょ。」
「でも、それじゃいけないのよ。下手すると・・」
「下手すると何か起こるの?」
「下手すると下手な試合、無様な試合しかできない事になってしまう可能性に気づいてしまったの。」
「・・・あれより無様な試合って、・・悲惨な試合ってこと?」
「そう、10月のお試し試合よ。わたし達も下手だったけど、選手たちもお手玉してばかり、」
「お手玉ならいい方よ。直ぐ熱くなって殴り合ったりで私なんか怖くて、鎧で身を固めたむさい男共が怒突きあっている処に割って入れなかったわよ。」
「それで、あれから一ヶ月、練習を重ねてそれなりの動きが出来るようになって、試合っぽくなってきているでしょ。」
「だからって、文化祭で毎日試合をする必要ある?ひと試合くらいで良かったんじゃないの?」
「それだとね。ちょっと面白かった、程度の感想しかもらえないわ。」
「それじゃ駄目なの?」
「ダメなのよ!」
「どうして、」
「どうしてって、それじゃ一般の人と変わらないでしょ。文化祭に来てみたら、変わったものをやっているので、ちょっと覗いてみたら意外と面白かった。程度じゃダメなのよ。」
「帝都の一般臣民にそう思ってもらえたら、十分でしょ。」
「帝都臣民にはそうでも、あの人にはその程度じゃダメなのよ、」
「あの人って?」
「青いスーツのボンボンよ。」
「・・へぇ⁉まさか、帝国王室公式青色の背広スーツのボンボン?」
「そう、その青いボンボンよ。」
「そのボンにどう思われたいの、」
「ボンには帝国一の、いいえ世界一のファン、理解者になって欲しいのよ。」
「何のために。」
「世界平和の為でしょ。」
「はあ~、クレマあんたが世界平和を口にするか、ルイの為でしょ。」
「ルイには活躍して欲しいけど、それには対抗戦で鎧球をする必要があるのよ。」
「なんで、」
「だからユニの願いをかなえる為よ。」
「う~ん、ユニの願いと名誉の為か。」
「そうよ。それは結局、私達3年生徒会の、惹いてはTG76年生すべての為よ。」
「そういう事なら・・しょうが無い。良く判らないけど・・で、世界平和は何処へ行ったの?」
「世界平和は、モノのついでよ。」
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辰巳練兵場に特設された初冬の日向の観覧席には黒い影を背負って、青い背広スーツの男が座っていた。隣には軽やかな金髪に陽だまりを映帯させて、オルレアが座っている。
「こう暖かくては流石に眠気が・・・」
「御曹司がそういう態度では示しがつかないかと・・」
「おっ、わたしは御曹司か?チョット歳をサバ読みし過ぎでないか?」
「では、なんとお呼びいたしますか?・・まさか、へい・・旦那様では設定に無理が、」
「背広スーツとは、どこぞの貴族の次男三男がフロックコートでは堅ぐるしくて、モーニングコートじゃ夕方には似合わない。そこで仕事帰りの女子になんぱ?いや、気軽に声を掛けやすい服、という事で帝都で流行っていると聞いておる。後ろの黒い背広スーツの者と一緒にいれば、どこぞの貴族の次男三男のボンボン達がたむろしている様に見えると思うが、・・・旦那様は頂けないな。」
「では、どこぞの御曹司という事でよろしいですね。ところで試合がつまらないのですか?」
「流石に三日目、五試合目だからな。目が慣れたぞ。」
「左様ですか。御曹司のお目には今の試合はどのように映っているのでしょうか?」
「そうだな。まずは、流石に疲労の跡を隠せない。10分の区切りを4回でひと試合としているようだが、なんだかんだで倍以上の時間が掛かっている。しかも、男同士がレスリングの立ち合いよろしく毎度毎度、激しくぶつかり合う。あれでは身が持たんだろう。」
「へぃ・御曹司。特別模擬練習試合として、軍事専攻の学院生100人にこの鎧球の研究を担当してもらっています。よって、40人は女性です。」
「おっ、おう、そうか。女性軍人もなかなかなものだな。・・しかし、あの攻撃前線五人組は、女には務まらんだろう。」
「いえ、御曹司。何人かは控え選手として登録されております。」
「そっ、そうなのか。」
「同じ学年の学生なので男女別でなく、体重で取り敢えず四組に振り分けました。多少、身長や俊敏性、20メートル走、などの結果を考慮しましたが、全員戦闘将校志願なので各自基本的体力には問題はありません。」
「そっ、そうなのか。」
「それで、御曹司。他には何かございますか?」
「そうだな。昨日も聞いたが、オフェンスラインは球に触ってはいかんそうだが、球技なのにそれは可愛そうじゃないか。何とかならんのか?」
「畏まりました。早速、鎧球規則制定委員会に検討させましょう。」
「そっ、そうか?わたくしの命令だからか?」
「御曹司の勅命だからではありません。・・この球技は、その・・南の方のさる地方から伝わったもので今は、何となくこんな決まりでやっていたよな、と言った感じでやっております。今期の生徒会長が軍事訓練にいいのではないかと軍専に研究を持ちかけた所、なかなか興味深い、球技としても面白いという事で夏休みあたりから研究しておりました。文化祭の余興として是非とも、御曹司に見て頂きたく、こうして各隊に分かれて総当たり戦をやっております。是非、御曹司の御慧眼を拝借致したいと思います。」
「そっ、そういう事なら、ま~そうだな。そのあれだ。やはり球を投げれるようにしたら面白いのではないか、今は真ん中の重装鎧が股の間から球を素早く後へ渡し、その受け取り役が、その球を他の後組に手渡すか後ろに投げるをしている。が、あれを何とかできんのか?」
「何とかと言われますと?」
「先ずは、スナップする者はだれでもいいのではないか。それと、前に投げれんのか。」
「スナッパーについては、センターでなくても良いというのは可能性がありますね。規則委員会に上げます。前に投げる行為については・・学生からも声が上がっていたのですが、前に投げる球技がいろいろございましてそれらと差別化する為と言うのが現在の見解です。」
「そっ、そうだな。・・しかし、後ろにしかパスできないという球技もあったぞ。それとどう差別化する。いっそ、一回だけなら、前にパスしてもいい、なんてのどうか?」
「はあ~、それにつきましては、発祥の地の南の方との兼ね合いがありますので今は何とも言えませんが、確かに、一度でも前に投げれればそれはまた違った面白みが生まれますね。」
「・・南の方か、・・いずれ交流試合をする事になるかもしれんな、よくよく検討すべきだ・・それに帝国は何故か五を好む。試合をする選手が11人と言うのは些か居心地が悪いが、・・これも国際問題だな。」
「はい。へ・御曹司。国際問題と言えば、試合で使われております、ヤードという長さの単位ですが、これも些か問題がありそうですね、」
「ヤードか。いやそれはこの競技に限っての使用という事にすれば良いのではないか。主権だ国粋だと、疑義を言い張る無粋な者もおるまい。他国との度量衡のすり合わせや特殊分野では未だに古い度量衡が生きておるしの。中務省、外務省、内務省の関係部局から物言いが付いたら対処すればよい。」
「心強いお言葉ありがとうございます。」
「はて?何故、オルレア嬢が礼を申す、」
「いえ、僭越ながら、わたくども76年学院生を代表して、へ・・御曹司への感謝の意を表しました。」
「そうか、そうい事なら、もう少し意見を言わせてもらおうか。」
「有難き幸せ。」
「先ず、明日は休みにいたせ。少し疲れすぎておる。実際の戦場ならいざ知らず、訓練で怪我でもしようものなら本末転倒ぞ。」
「はい。」
「疲労回復、怪我の予防も研究対象といたせ。」
「最終日、水の曜日は1位と2位の試合だけで良かろう。」
「畏まりました。」
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「という訳で、オルレアからいろいろ青いボンの御意見感想を報告してもったわ。」
「分かった、クレマ。取り合えず今から各隊の代表者たちと話し合おう。イシュトには怪我の予防や疲労回復のための知恵を借りようと思う。」
「古いぼろ鎧の件は今はどうしようもないけど、試作品があるので服飾研も連れて行って感想を聞いて。」
「分かった。それからルール改正の検討委員会にグリーン商会からも人を派遣してもらえないだろうか、」
「了解。その件は大丈夫。時間と場所、改定案を出してもらえれば対応可能よ。」
「特に、得点問題だな。キックでゴールすると4点と言うのはタッチダウンの苦労に比べると些か割りが良すぎるのではないかと、へい・ボンボンの指摘だ。あまり点のは入らない試合と言うのも見ていて面白くないが・・・」
「点数と獲得の方法の関係は戦術の選択の問題にも直結するし、それは試合の面白さにも多大な影響を与えるわね。」
「ヤードの問題は助かった。フットマンの一歩が90㎝、一足が30㎝の慣習もあり、抵抗は無いだろう。野原で巻き尺が無くても簡単に試合場を作って遊べそうだ。」
「それは良かったわ。それで前に投げる事についてだけど、決勝戦は今まで通りでその後に、エキシビションマッチとして下位チームに前に投げる事を取り入れた試合をしてもらおうと思うの、どうかしら?」
「そうだな。取り敢えず、青組と白組の元締めを呼んで検討しよう。」
「背番号25番のコリマとユカギールね。誰か!軍専青組のコリマと白組のユカギールを呼んできて!・・と、それかから点数問題ね。ゴールキックと言う名称から考えなおした方がよさそうね。」
「そうだクレマ。タッチダウンの価値を上げ最後までゴールエリアへの侵入を試みさせる動機を持たせる工夫が必要だな。こういうのはアダンなんかの知恵を借りた方がいいな。」
「なるほど。誑しのアダンのその気にさせるテクニックを拝借するのね。」
「杓子定規なルネに代わって融通無碍なアダン様の知恵を借りようって言うのか、」
「あら、丁度いい処に来たわね。アダン。」
「全員招集をかけたのはお前だろ、」
「そうだったかしら、みんな集まったら会議を開きましょ。」
「ふん、当意即妙のクレマか!」
「臨機応変と言ってよ。」
「その場しのぎのクレマだな。」
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