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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
 三年生編 帝国歴78年
198/204

 9 一代の天驕

 10月の望月に、去りし日々を思い浮かべ、クレマは静慮に入る。


 4月は講演会フェアによって、新しい時代が(もたら)された。

 5月は卒業後の831の拠点、白い椿亭を得た。

 6月は拠点運営を軌道に乗せた。

 7月はオルレアの独り立ちを促した。

 8月は人材を得て白い椿亭の新体制を構築できた。

 9月は学院卒業に向けて準備を始めた。


 クレマ自身のことについては順調だ。黎明の女神達もそれぞれが、順調に準備を進めている。後は・・・


・・・・・・・・・・・


 3年生生徒会会長室の長椅子にドカリ、と座りクレマは天井を仰ぐ。


「ねぇ、ユニ。」


「なに?」


「この間の軍専の鎧球練習試合だけど、あれが完成形ってことはないわよね。」


「しょうがないじゃない。アーロンが基礎を、次の週はラマーがオフェンスとディフェンスに振り分け、次はラッセルが基本戦術を教えた。10月に入ったけど無理を言って来てもらったトムが、4つのチームに分けたばかりよ。私達生徒会も審判団として模擬試合をしたわ。其の成果があの12日のテストマッチよ。文句ある!」


「テヒの苦労が徒労に終わるような気がして、」


「何言ってるのクレマ。グリーン商会から指導に来てくれた人たちは本当に良くしてくれたわ。それにあのトムをわざわざ学院生の為だけに本店から呼びよせて、指導に当たらせてくれたのよ。」


「ユニ、あなたトムが何者か知ってるの?」


「知らないけど、すごいってことは分かったわ。」


「もうすっかり魅了されちゃって、大人の魅力に弱いんだから。トムだってテヒ飯が食えるって自分から志願して来たのよ。」


「そりゃ、女の魅力もテヒ飯の魅力にも、私にはないけどそんなのいいじゃない。それに今更棒倒しに変更なんて言い出さないでよ。」


「棒倒しの研究蓄積はあるから、今からでも間に合うんじゃない?」


「もうやめてよ。ルイがあんな提案をした所為で私がどれだけ頭を下げまくってきたか、あなたは優雅にお茶を飲んでたから知らないでしょうけどね。」


「ごめん、ごめん。分かったわ。今年の対抗戦は新しい競技、鎧球で行くわ。」


「棒倒しの様な高度な戦略と戦術・実行力を伴う競技との二本立てとかはできないからね。後のは何とかなるけど。」


「そうね。でも困ったわ。」


「なに?不安になるようなこと言わないでよ。」


「だって、対抗戦の四つの隊の隊長は学院長の指名よ。後はこちらで振り分けるけど。」


「それがどうしたの。」


「だって、今でさえあんな状態よ。新チームで新しく出直すなんて悲惨な結果しか予想できないわ。」


「そうね。今のチームで熟成を図らないと目も当てられない気がする。クレマ。会長命令よ。何とかしなさい。」


「う~ん、何とかと言われても。」


「何言ってるの!イチゴ屋クレマの実力をみせてよ~!」


・・・・・・・・・・・


3年生生徒会会長室の長椅子に呼び出されたコーキンとウエイズとが共に座っている。


「それで、コーキン。ウエイズと二人で鎧球問題を担当してくれるている事には感謝しているわ。本当に、だけど、コーキン!ちょっと経費使い過ぎじゃない?白い椿亭の請求書がこんなに来ているのよ。」


「ユニ、そのことについては俺から説明しよう。」


「ウエイズ、何か正当な理由があると言うの?だったら納得のいく説明をしてもらおうじゃない。」


「鎧球の練習内容や試合運営については取り敢えずは、何も言わない。しかし、些か、いや、かなり日程(スケジュール)がきつい。」


「それについては申し訳なく思っているわ。・・クレマが文化祭で模範試合(エキシビジョンマッチをやると言い出したんで、もういろんな部署が抗議の怒鳴り込みにやって来て、私は米つきバッタになった気分よ。」


「今年は『米つきバッタの研究』が学士院新人賞を取るかもな。」


「もう揶揄わないで、研究じゃなくて変身しそうよ。」


「虫なら変態じゃないのか。」


「カイコの研究ね。今年の自然博物分野の圧巻ってそうじゃないでしょ!」


「流石、会長。2年生の研究内容にも精通しているな。」


「で、人を煽てて於いて、何を言い訳するつもり。」


「先ず、部外者の目で鎧球の試合を見た時、一番の気に係る点、違和感と言ってもいいのが、それは見た目の情けなさだな。」


「・・それについては、悔しいけど同意するわ。何しろあの廃棄寸前の革鎧を拾い集めてきたのはこの私だから。」


「先ずはあれを何とかしたい。」


「そんなこと私にだって簡単に出来るわよ。お金さえあれば。」


「お金の問題もそうだが、初めて見るものにとってはごちゃごちゃして、何が何だか分からない。軍の装備に詳しい俺たちだって重装歩兵と軽装歩兵の見分けが付くくらいで、何が何だか分からなかった。」


「敵味方入り乱れて判り辛いから、色分けゼッケンを付けさせたわ。」


「それも、試合中に良く取れていただろ。」


「まあ、取れるというより、裂け散るね。」


「そういう事で、革鎧を始め色分けから兜までいろいろ、帝国学院的な洗練されたものに替えようと学術系の研究室、部会に相談している。それから、ルネには鎧球規則(ルール)の成文化をお願いしている。」


「グリーン商会ではこんなものかと慣れちゃっているし、本業が忙しいから鎧球の革鎧の補修はしても改良・改善までは手が回らないかもね。」


「それに、学院は男女混合チームだ。革鎧の女性用の改良が難問だ。」


「軍専も、というより、軍専は特に男女公平を求めるきらいがあるわ。女だから男だからという事でハンデがあっては公平とは言えない・・、」


「公平を求めると、体重制や能力別という事にる。それはこの競技とは相性が悪い。平等を確保することは出来ても公平を実現することは無理だ。」


「そうね。公平を実現するのは政治的問題ね。」


「それに、軍は公平や平等が無い状況に対処するのがお仕事だろ。」


「不条理の現実的解決・・、」


「現実的解決の為に出来るだけ環境なり状況なりを整えるのが俺たちの役目だ。」


「そうよ。それは生徒会の存在意義でもあるわ。」


「コーキンは生徒会長のその思いを実現する為に頑張っている。」


「あ、ありがと・・、」


「そういう事で、白い椿亭の請求書をなんとかしてくれ。」


「そ、そういう事なら・・致し方ないのね。」


「コーキンは決して椿亭の店長に気があって利用している訳でわないので、よろしく。」


「あ~!私を丸め込もうとしたでしょ。これだから男は~!」


「そんなことは無い。男女差別発言だ!」


「美人店長目当てで通っているくせに、」


「白い椿亭の店長が美人なのはたまたまだ。偶然だ。」


「何が偶然よ。研究室や部会との打ち合わせなら学院の中、百歩譲って帝丘の茶店で済むでしょ。」


「甘いな、ユニ。」


「何処がよ。」


「日程がきついんだ。」


「それがどうしたの!」


「間に合わん!」


「何が?」


「文化祭のエキシビションマッチまでに新しい装備が間に合わない。」


「ど、どうするのよ。」


「取り敢えず対策は立てた。服飾研を中心にビブスを作ってもらっている。」


「ビブス?」


「ゼッケンの改良型た。頭から被り込むタイプで、破れにくく背番号を付けてある。」


「改良型ゼッケンに背番号をつけた?」


「色分けして、ポジション別に番号を振り分けた。ルールブックに乗せて規則化してある。」


「そう。それで間に合うなら、椿亭に行く必要がないでしょ。」


「対抗戦に改良型装備を間に合わせたい。」


「少し時間的余裕があるという事ね?」


「いや、改良研究に人手と時間が無いので見切り発車だ。」


「納期は絶対ね。」


「いや、製作が間に合わない。」


「どうして?」


「文化祭準備で人手がない。」


「どうするの?」


「外注する。」


「何処に?」


「帝都の革鎧の制作実績のある工場や商会、ギルドを通じて委託相手を探している。」


「単なる請負委託ではないという事ね。」


「新たなる意匠、機能、意図をもった革鎧及び周辺装備だ。鎧球の将来性を左右する事業でもある。」


「成る程、全く新しい商機を作りだし、その流れに乗るように相談に応じなが企画・参謀役(コンサルタント)として金の生る木に食い込んでいるのね。」


「なんでわかる?ユニは官専、官僚志望だろう、」


「ここにいればその辺の事情は分かるようになるのよ。悪徳商人に騙されにようにね。」


「ああ、・・・だからわかるだろ。それなりの役職、地位のある者と談笑しながら商談するにはそれなりの場所が必要だという事だ。」


「それで、『白い椿亭』を利用しているのだという、言い訳ね。」


「お前たちの831の売り上げにも貢献しているし、一石二鳥だ。」


週末宿(ユニハウス)を使えば宿代も浮くしね。」


「一石三鳥だな。」


「コーキンには一石四鳥ね。」


「確かに。」


「認めたわね!」


・・・・・・・・・・・


 3年生生徒会室では全員が仕事をしていた。会長室から出てきたユニは全員に向かって訓示する。


「みんな、よくやってくれているわ、ありがとう。でも、明後日から中間試験よ。そろそろ仕事を切り上げて試験の準備をして。生徒会の所為で赤点でした、なんてなしよ。私もそろそろ帰るから、それじゃみんな頑張ってね。ああ、ちょっとクレマ、ファイが怒鳴り込んできた件で話があるの。部屋に来て、」


「どうしたの、何か問題でも発生した?」


「グレースがイーファン閣下から嫌味を言われたって、」


「嫌味ってどんな?」


「そこまでせんでもいいのでは的、ひとり言を囁かれたって、」


「そう。」


「そうじゃないでしょ。グレースに何をさせたのよ?」


「たいしたことじゃないわ。クラールとの面談をセッティングしてもらっただけよ。」


「何故?新婚のクラールの家庭に波風を立たせるなんて、それなりの理由があるのよね。」


「クラールの花嫁がグレースとの関係を疑っているっていう噂は本当なの?」


「本当かどうかは本人にしか分からない事だけど、金棒引きや宮中雀が五月蠅いらしいの。」


「グレースには悪い事をしたわね。以後気を付けるわ。」


「それで、ファイがこんなスケジュール組みやがってと、怒鳴り込んできたのをどう宥めたのよ。」


「文化祭の模擬試合に帝王陛下が来るのよって、耳打ちしたわ。」


「本当⁉、初耳よ。何処からの情報?」


「クレマ情報よ。」


「は~ぁ~、また勝手に、しかも陛下のご臨席を賜るなんて、どうするのよそんなウソをついて、」


「ウソかどうかなんて当日にならないと分からないでしょ。」


「当日になってウソだと分かったらどうなるのよ。ブチ切れたファイなんてあなたのルイだって止められないわよ。」


「それは困ったわ。」


「なにその余裕。」


「要はウソにならなければいいのよ。」


「いいのよって、・・それで、裏から手を回したというの?」


「もちろん表からも横手からも手は回しているわ。」


「グレースを使って、クラールに何を唆したのよ。彼はまだ見習い扱い、そんな権限はないわ。」


「ユニ、言葉に気を付けて。クラールはノムガン侯爵よ。」


「あなたこそでしょ。私はあなたに釣られただけよ。それで、何をしたの。まさか色仕掛け?」


「私にそのスキルがあったらな~。もっとスムースに事が進むのに。」


「無いから・・、早く言いなさい。」


「12区は開発が遅れているわけね。それを逆手に取る方策を授けた?提案したのよ。」


「どんな?」


「帝王陛下のお気に入りの鎧球の専用運動場を作りましょうって、8条地区と9条地区をぶち抜くくらいの大きなのにしましょうって。」


「はあ~、陛下はまだ鎧球を見たことが無いのよ。それなのにお気に入りだなんて、」


「だから、ファイ達に頑張ってもらうのよ。みんなで盛り上げるのよ。」


「たとえ陛下がお気に入り遊ばしても、国民に知れ渡るにはどれだけ時間が掛かるか分かったものじゃないわ。」


「こういうのは一気に行くのよ。トップダウンの方が早いわよ。」


「そうかもしれないけど。知名度が上がるのは早いけど、みんなに知れたからといって人気が出たり、定着したりするのはまた別の問題よ。」


「流石、未来の尚書、いや宰相。」


「そんなのいいからどうするのよ。」


「だから、クラールといろいろ手を打ってるんでしょ。」


「それが、イーファン閣下の嫌味につながるのね。」


「たぶんね。」


「それはいいとして、クレマ。もしかして、それって嫉妬や噂の目がグレースからあなたに移るって事かしら?」


「そんなことがあるかしら?」


「煙の無い処に火を熾すのが宮中よ。」


「火のない処に煙じゃないの?」


「あまい!」


「気をつけるわ。グレースも大変ね。」


「あんたが大変なのよ!」


・・・・・・・・・・・


 文化祭2年生の研究発表が頓挫しないよう陰からサポートし、自分たちの文化祭の仕切りも終えた。対抗戦の布石を打ち、12区の問題に見通しを立て、来年以降の計画を立案した。そして今は目の前の十月の晦行に集中しよう。中間試験はどうにかなる、はず、きっと・・多分・・・。

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