8 風騒に遜る
帝丘の九月の風に爽籟を聞く。
近衛第四練兵場で、練習する軍専3年生達を見てユニの溜息が漏れる。
「生徒会長がこんな所で何をぼんやりしている。」コーキンがユニに声を掛ける。
「ああ、コーキン悪いわね。面倒事に巻き込んで、」
「どういたしまして、だな。ため息なんかついてどうした。」
「ちょっと不安で、」
「何か問題でもあるのか?」
「コーキンだから言うけど、生徒会長には前年の生徒会長からの申し送りがあるのよ。」
「そんな秘密、俺に話しても大丈夫なのか。」
「たいした事ないのよ。『対抗戦を何とかしろ』って、だけなのだけど、」
「何とかしろって、具体的には何か指示があるのか?」
「去年は伝統を復活させろ。ね。」
「ああ、分る。一昨年は失茶化滅茶化だもんな。」
「なにその堅苦しい言い方、でもハチャメチャ感は伝わるわ。」
「それで、今年は?」
「新風を吹き込め」
「ちょっと漠然としているな。」
「まあ、文化祭は私達の研究論文発表に刺激されて、今年の2年生は頑張っているわ。それを後押しする形で、各研究室や部会を仕切って行けば文化祭は行けると思うのよ。」
「俺たちの発表スタイルとは異なるが、積極的な姿勢は見てとれる。」
「で問題は対抗戦なの。」
「完全に3年生の問題だからな、それでこれをやってるんだろ。」
「そう、軍専でなくて、でも軍専の事は分かっていて、ファイやルイ達とツーカーで私と顔見知りの生徒会以外の人って事でコーキンあなたに、これを手伝ってもらっているんだけど、」
「新しもの好きのクレマは喫茶店ごっこに夢中だし、グレースはお城に籠りっきりで、アダンやイシュトはこういうのには向かない、ルネは試験に向けて猛勉強中。」
「新しい人たちの面倒をアダンに頼んでいるし、イシュトは客観的に記録を取ってもらっている。そのうち全員参加だけど。どう?形になりそう?」
「ルイの指導だけじゃ基本的な動きで、実際これがどう面白いのか分からいから、みんな乗りが悪いな。」
「実際の試合を見ないと、どうしていいのか分からいのね。」
「出来れば見たいが、何処のどいつがこれをやっているんだ。知ってるのか?」
「知っていると言えば知っているけど・・・しょうがない!軍に頭を下げに行ってくるわ。」
「軍関係には散々頭を下げたんじゃないのか?」
「廃棄処分前の革鎧を掻き集める為にいろいろ伝手を頼って頭を下げまくったわ。」
「それをまたやるのか?」
「ウウウン、あれは担当の下士官達だからこんな私でも、ニッコリ笑えば何とかなったけど、今度はそういう訳にはいかないわね。」
「お偉いさんに頭を下げるのか、ユニの可愛いい笑顔で『お願いっ‼』て言っても通じない相手か。」
「そうよ。残念ながらね。」
「伝手とかあるのか?」
「こういうのはクレマの得意分野よ。そうだ、これから帝都に下りてクレマに会ってくるわ。」
「いくら明日が聖曜日だからって、手続きとかあるだろ。」
「こう見えて私は生徒会長なの。おまけに週末宿は生徒会の運営よ。ルネにひと言ことわっておけば、どうとでもなるわ。何なら一緒に行く?」
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ユニとコーキンの二人が二階席に通されたのは、午後のお茶のお客たちが引けた頃であった。
「事情は分かったわ。ところで、コーキンはここは初めてだわよね。」とクレマ。
「改装後は初めてだ。ここは確か二階のクレマの部屋だったはず。」
「そう。随分変わったでしょ。」
「下の壁を取っ払ってL字の応接広間を拡げたのはいいが、大丈夫なのか、耐久性とか?」
「そこは、学院の建築研究室と金属研究室を信じるしかないわね。」
「石造りのどっしりとした造りだったが、金属資材に置き換えたのか、」
「随分軽やかに感じると思うけど、建築構造的には安全強度は十分に取ってあるそうよ。」
「この二階の大ガラスの窓も大丈夫なのか?」
「それは、jjjの作品ね。絶対秘密だけどあなたの力じゃ割れないわ。」
「なんだか、そこら中に秘密が一杯がありそうだな。」
と話していると、一人の妙齢の女性がいつの間にか現れてクレマの後ろに立った。
「驚いたでしょう。突然人が現れて。階段の登り口の反対側の観葉植物の裏に隣の部屋から入れる扉があるの。で、コーキンこちらの素敵な美人は『白い椿亭』の店長、バイルーさん。店長こちら学院生のコーキン。831ではないけど、ルイの親友。今はユニの秘書と言うか片棒を担がされている可哀そうな身なの。832と833の橋渡し?的な仕事をしてもらう事になったので特別に紹介しました。よろしくね。」
「畏まりましたクレマ様。」
「コーキンも宜しくね。」
パイルーに見とれていたコーキンは慌てて立ち上がると、深くお辞儀をしてゆっくりと体を起こす。
「失礼しました。白いモミジのような可憐なお姿に見とれてしまいご挨拶が遅れてしまいました。コーキンと申します。」
「なに訳の分かんないこと言ってんのよ。」と、ユニが小突く。
「店長。後は私の部屋で話すからいいわ。これ以上バカ男を喜ばす必要もないしね。」
「畏まりました。コーキン様はルイ様のご親友で、ここの現業についてご助力を頂くお方として、皆に伝えておきます。ところでユニ様のご来店の予定がございませんでしたがどういたしますか。」
「どうするユニ?」
「生徒会長の抜き打ち視察という事でお願いします。」
「畏まりました。では、お茶をお部屋の方にお持ちいたします。」
「アッ、そうね、お茶は要らないわ。この後ユニハウスに移るわ。自分で淹れるから大丈夫。ありがとう。グリーン商会の方の夕食はどうなってる?」
「今日もご注文を頂いております。」
「このメモをグリーン商会のマリー支店長に届けてくれるかしら。それから私達三人も夕食は向こうで一緒に食べることになると思うのでそのつもりでお願いします。支払いはユニに付けて於いて。」
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バルコニーを歩き行き、832との境界の仕切り壁を押し開ける。そこから週末宿の二階に入ると、そこは粗末な応接セットが置かれただけの殺風景な部屋だった。
「さっきの部屋とは随分、落差があるな。」と、コーキン。
「現実はこんなものよ。生徒会にはお金がないもの。」と、クレマ。
「ようこそ、粗末な私の部屋に。」と、ユニ。
「ところでユニハウスと言うのはここの事か?」
「そうよ。週末宿じゃ何だかでしょ。いかがわしい宿屋と勘違いされそうなので、ユニハウスと呼ぶことにしたわ。」
「私は反対したのよ。実質クレマが差配しているんだから、」
「でも、生徒会長の名前で購入登録してあるから、代表者の名前を付けるのが自然でしょ。」
「そりゃそうだな。週末宿へ行ってくるというよりはユニハウスに行ってくる方が親しみやすい。いっそユニの処に泊まってくるって・・」
「止めてよコーキン。調子に乗って、それに何さっきの、白いモミジって。モミジなら赤でしょう、季節によっては緑もあるけど、美人を見るとすぐに舞い上がっちゃって、」
「あら、でもパイルーさんは頬を赤らめてたわ。」
「へ~、それは高度な社交技術じゃないかしら。言い間違いを指摘せずに恥ずかしい事ですねって、いうサインよ。」
「まあ、ユニには出来ないテクニックね。」
「そんなことよりクレマ、ここじゃお茶の一杯も出ないのか。」
「それは主のユニに言って、」
「分かったわよ。私が淹れればいいんでしょ。」
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「相変わらず、酷い味だな。」
「しょうがないでしょ。美味しいお茶が飲みたければ『白い椿』にいって飲みなさいよ。ちゃんとお金を払ってね。」
「そうっ突っかかるなって、ところでクレマ、例の事だけど解決策はあるのか?」
「まあ、大丈夫だと思うけど。」
「そもそもあれは何なんだ。」
「あれは‥そうね。あれはルイが4月から部隊運営訓練に出た時そこの部隊で流行っていたモノなの。」
「帝国の軍隊で流行っているのか、」
「う~ん、ちょっと違うかな。帝国で一番にあれを取り入れて兵の訓練に取り入れようとしているんだけど、割と娯楽として人気が出ちゃって、取り敢えず、兵たちに人気の遊びかな。」
「ルイの説明だと大男同士がぶつかり合っているみたいなだけなんだけど、ユニどうなんだ。」
「私もルイの解説文でしか知らないのよ。練習風景を見て男同士抱き合って何が面白いのか悩んでいるところよ。クレマはどうなの?」
「私も、ルイの話でしか聞いていないし、どんなものかは、ただルイが剣術以外であんなに熱く語る、夢中になるモノは初めてだから、何とかしてあげたいと思っているんだけど・・調度いい処に・・」
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階段を駆け上がり、荒々しくドアを開け部屋に入るとスカートの裾をパタパタと叩いてちょっと小柄な乳苦しい感じの日に焼けた女が屹立する。さらに姿勢を硬直させると、
「お呼びにより、参上しました、タ、タ、タイ、大変遅くなりました。」
クレマのひと睨みに言い淀んだが、勢いよく一礼した彼女をクレマは二人に紹介する。
「こちら、グリーン商会の帝都12区支店長のマリーさん。南の方の出身でアレの遊び方に精通しているという事でお呼びしました。」
そう紹介されて、もう一度ぺこりと頭を下げるマリーに、
「マリー支店長、こちらは帝国学院の生徒会長のユニさんと、ルイの親友のコーキンさん。この二人に鎧球の手解きをお願いしたいのだけど、どうかしら。実際の試合を見れれば一番いいのだけれど。」
「了解です。今より30分後に建設中の我がしょうたい・・元い。商会にお越しください。準備を整えておきます。」
「分かったわ。それでお願いします。」
「ではしょうかんは・・元い。商館は建設中ですので何のお持て成しも出来ませんがお許しください。」
「いえ、こちらこそ突然押しかけて、ご迷惑をおかけします。」
「では、失礼します。」
勢いよく一礼してマリー支店長は駆け出して行った。その様子を見送り、
「あれって、軍人さんだよね。」
「元軍人という事でよろしく。」
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屋根に板壁を取り付けただけのバラックに吊られたカンテラの周りを一匹の虫が飛び回っている。
「そろそろ秋本番ていう感じよね。」
同じ食卓を囲んだ誰にとは無しにユニがつぶやく。
「どうしたの黄昏ちゃって、」とクレマが聞く。
「俺も同じ気分だ。」とコーキンが答える。
「ムハ、ムハ・・」とマリーは食べる。
「気持ちは分かっるって‥どう分かるの?」とクレマ。
「確かに、見ていて面白い。興奮する。ルールとか良く判らないが熱くなる…しかし、だ。」
「そう、しかし、よね。」とユニ。
「何がしかしなの、」
「あれを俺たちがやるのかと思うと・・」
「そうあれを、私達がやるのかと思うと・・」
「それで、二人で黄昏ているのね。マリーさん、美味しい?」
「はい。とても美味しいで在ります。週末のこれが楽しみでみんな頑張っています。」
「それは、よかったわ。ところで、あなたの処から帝丘に上って1週間ほど学院生に鎧球を指導して欲しいいといったら、人を出してもらえるかしら、」
「う~ん、工期が押しておりまして、人手を取られるのはお許しいただきたいです。」
「そう困ったわね。みんなも下を向いているし、あんまりいい話じゃないみたいね。」
「タ、タイ、大変申し訳ございません。」
「例えば9月の週の真ん中、土の曜日の夕食は、迷惑をかけた此処の皆さんに白い椿亭の料理を出すって、条件だったらどうかな、」
一瞬全体がざわついたが、いやいやソシ大佐の恐ろしさに比べれば、
「みんな何をそんなに恐れてるの、3人程出してくれればいいだけなのに、そしたらみんなに椿亭の食事がでるのよ。」クレマが畳みかける。
「仕事がきつくなるのは、ま~いい・・、」「‥それより、人身御供に出された奴がかわいそうだ。」そんな囁きが聞こえた。
「もちろん、教えに来てくれた人にはちゃんと食事ぐらい出すわよ。テヒの料理で良けれ・・」
「「「「「「 俺が行く 」」」」」」」」20人ぐらいが一斉に立ち上がった。
「マリー支店長。人選は任せるわ。」
マリーは肩を振るわせ、何とか立ち上がり、
「アーロン!貴様が二人選んで連れていけ~、」と叫ぶと泣き崩れた。
後は狂乱の渦が巻き起こる。「俺を連れていけ~!!!!!」
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週末宿の女性部屋のカイコ棚式の隣り合った下段を使い、二人が眠る。
「ねぇ、クレマもう寝た?」
「どうしたの、眠れないの?」
「グリーン商会ってさ、クレマの部下でしょ。」
「う~ん、元部下よ。」
「元なの?」
「軍を退役しても何かをして食べて行かなきゃいけないでしょ。」
「そうだけど。」
「社会復帰事業みたいなものよ。」
「マリーさんみたいな若い女の人が支店長だなんて、」
「当分は前の上下関係とかが尾を引くのはしょうがないでしょ。」
「そうね。クレマが軍人だったのって本当だったのね。」
「あら私は普通の学院生よ。」
「どこがよ。大尉殿。」
「やめてよ~。」
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結局、軍のお偉いさんに頭を下げたことになったのかなと思いながら、
ユニは眠りに落ちた。