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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
 三年生編 帝国歴78年
195/204

 6 文采に劣り

 7月に入り、帝国学院を離れていた3年生たちが次々に帰って来る。実習報告書を提出した軍専や官専は、すぐさま夏季休暇に入っていった。学院に残っている3年生は資料整理(サンプル)分析実験に時間を掛ける学術の学院生か、講義が残っている勉強好きの若干名である。

 生徒会は週末宿の運営を分担割りして交代で夏休みを取ることになったが、全員が早々に帝丘を下り、週末宿に居を移した。

 オルレアは教会神司の修道階梯を進めるために、今年も月光山で独行に入る。教会差し回し(オメツケヤク)の馬車で早々に出発してしまった。

 テヒとアダンは特別許可を貰って学院には戻らず旅を続けている。


 クレマはというと生徒会の仕事に区切りを付け、夏休みの間喫茶白い椿亭の手伝いを志願した1、2年生や、研修という名目でやって来た王室派遣のメイド達の働きを見ていた。テラスに立てた大きな日除け傘の下でお茶をしながら。メイド達の番頭(マネージャーとしてやって来たグレースが相手をしている。

 

「クレマ。ルイと二人っきりで旅に出るのって、それチョット嫁入り前の娘としてはどうなの?」


「カナリーがメイド達の面倒をみてくれるって、良かったじゃない。少しは交代で休みが取れるでしょ。」


「7月中にはみんな帝都に慣れるでしょうし、仕事はちゃんと訓練済み・・ッて、はぐらかさないで。」


「心配してくれてありがと。大丈夫よ、宿に泊まる時はちゃんと別部屋だし、ユニヴァ連隊ではもちろん男女別の宿舎よ。子爵館址砦もそうだし、お山に上がればオルレアが待っているから。」


「まあ、軍の仕事だから、いちゃついている時間は無いと思うけど間違いは起こさないでよ。」


「今日は彼は週末宿泊まりで私は館に帰って準備だし、明日朝早く立つから、あなたとはここでお別れね。」


「私は午後のお茶の様子を見たら学院へ上がるわ。明日からカナリーと交代で登ったり下りたりよ。」


 軍装のルイが日に焼けた顔に笑顔を浮かべて庭先を回って来た。


「やあ、デッキは木材フロアにしたんだ。なかなかいいね。」


「何がいいねよ。グレースにちゃんとご挨拶して。」


「グレース、久しぶり。元気だったかい。」


「ルイは元気そうね。また大きくなったんじゃない?」


「そうかな、体は絞れたと思うけど。グレースはメイド長になったんだって、」


「メイド長じゃないわよ。クレマ!いい加減なこと教えないで、」


「ごめん。ちゃんと言ったんだけど、私の話なんか上の空で聞いてないのよ。」


「ハイハイ、でルイは何が原因でそんなにうわの空なの?」


「三月の講演フェアの原稿や雑誌の記事を読むのにね。みんなすごい講演だったみたいだね。」


「そう言えば、ルイは卒業式の後すぐにいなくなったのよね。いろいろ忙しいみたいね。」


「そうだ、グレース。ユニに頼まれていたんだけど、新しい出し物としてこんなのどうかなと思ってちょっと解説書風にまとめてみたんだけど、ユニと検討してみてくれないかな?」


「出し物って?」


「対抗戦に新風を吹き込みたいとユニが言っていた。」


「そうなの、分かったわ、預かっとく。それじゃっと、仕事に戻らなきゃ。」


「私も帰って準備しなきゃ。ルイは?」


「俺も、日が暮れるまでちょっと用事がある。」


「あら、クレマを送って行きなさいよ。」


「いいわよ。すぐそこだもの、送ってもらったら余計時間が掛かるわ。」


「う~ん、ごちそうさま。厨房にはルイの分も夕食用意するように言っとくね。」


「ありがとうグレース、よろしく。」


「お邪魔虫は退散するわ。じゃー、気を付けて行って来てね。」


・・・・・・・・・・

 

 夏至祭の後の七つ立ちは既に明るく、迎えに来たルイの姿にフローラ館の前でクレマは手を振る、


「おはよう。」と声を掛けルイはグラニの背から降りるとクレマに歩み寄る。


「ちょっと、・・・人目があるわ。」と慌てて顔を引き離しマレンゴに乗る。


「本当に軍服で来たのね。」


「これなら、護衛ですって言えば余計な説明をしなくて済む。君が乗馬ドレスで行くっていうから、」


「まあね。二人共学院の制服で動くと余計な言い訳をしなくちゃいけないものね。」


「取り敢えず、外堀橋まで朝駆けしよう。」


 グラニの銀鬣が朝日を煌めかす。マレンゴの黒い馬体が水面の様に光る。ルイは下士官用の乗馬マントを風に靡かせ、クレマはドレスの裾を揺らす。

 北街道外堀り外橋詰茶店は朝の一番客が席を立ち始めた頃合いであった。ルイが二頭の様子を確認してから店の者に預ける。


「ルイ、朝食が来たわよ。」と枲垂れ衣(ムシノタレキヌ)をわずかに上げてクレマが声を掛ける。


「今、・・行きます。お嬢様。」とルイが言い淀むのをプッと吹き出しながら、


「旅の空の下、そんなに鯱張らなくても・・軍曹さんここに座って、私が落ち着かないから、」


と、強引に隣に座らせる。


「・・麦焦がしと言うから何かと思えばハッタイ溶きか。」


「ハッタイ?ル‥軍曹さんのお家ではこれをハッタイというの?」


「子供の頃よく食べた。こんな美味しいものではなかった・・」


「あら、ミルクで溶いて蜂蜜を入れたのとか好きよ。」


「ああ、ハッタイがあればそれだけでうれしかった・・」


「ごめんね。・・リーパのおじ様の処ではご馳走を期待しましょう。」


・・・・・・・・・・


 少し離れた席の二人連れが名物の芋万頭を食しながら、


「あれは訳アリだ。」


「誰にも人には訳があり悩みがある。」


「なに気取ってんだ。お前の頭にゃ訳アリ、癖アリ、フケがあり、だろう。」


「失礼な、フケなど無い。寝癖は帽子を被れは分からん。」


「そんなことより向こうのテーブルの若い娘と軍人の二人連れだよ。」


「おお、なかなか初々しい感じだ。」


「俺の勘だが、あれは駆け落ちだな、」


「それは一大事。ひとつ意見をして進ぜよう。」


「なに気取ってんだ。余計な事をするな。」


「余計な事とは猪口才な、前途ある若者に人の道を・・」


「人の恋路を邪魔する奴は馬にけられて死んじまえ、」


「いや、今、死ぬわけにはいかん。」


「どこぞの貴族の令嬢と士官学校の3年生の恋の逃避行だな。」


「何故、そのような事がわかる。」


「この時期、軍隊での実習に出された士官学校の3年生が、出先の隊長のお嬢様と恋に落ちてしまった。しかしだ。両家の親の反対にあって遠い親戚を頼って駆け落ちするんだな。これが、」


「毎年の恒例行事なのか?」


「毎年とは言えないが数年に一度ある話だ。」


「何故そのような事がわかる。」


「そりゃおめェ、まずは二人の乗って来た馬だ。素人目にも良い馬だ。きっと、朝の暗がりの中、お屋敷の馬小屋から引っ張り出して、黙って乗って来たね。それに下士官服を着ているだろう?」


「そのようだが、随分若い下士官殿だな。」


「そうだろ。あの若さで軍曹と言えば士官学校の3年生だろ、」


「成る程、夏休みに兄妹で旅行か、」


「バカ。どう見ても貴族のご令嬢だ。庶民であんないいドレスで馬に乗る女はいない。それに貴族の兄妹ならお付きの者が必ず付いてくる。」


「そう言えば、二人きりだな。」


「そうだろう、チラッと聞こえたがどうもリーパの街の親戚を頼るらしい。」


「ふむ。しかしなかなかの偉丈夫。お似合いではないか。」


「貴族同士ならばな。」


「何か問題でもあるのか。」


「ここの麦焦がしをハッタイとぬかしやがった。しかもご馳走だとよ、」


「なかなか庶民的ではないか、」


「貴族が麦焦がしをご馳走だと言うか!あれはどこぞのド田舎の貧乏人の子だくさんの家の倅だな。」


「そうなのか。」


「ド貧乏だが、頭が良かった。母親は自分の食うモノも食わず倅に与え、父親は無理して働き学校へ通わせ、兄弟全員が兄ちゃん頑張ってと家の手伝いに精をだしたんだ。」


「泣けるの~、家族愛じゃ。」


「貧乏人でもタダで学べる士官学校に入って、もう少しってとこで出会ってしまったんだな、これが、」


「縁は異なもの味なものというが、この世で出会えたのならばめでたかろう。」


「めでたいなんてとんでもねぇ。そうじゃないんだなこれが。娘の方は薹が立ち始めて焦った親が家の釣り合いなどどうでもいいと、どこぞの変態ボンボンと婚約させようとした。」


「顔も知らないボンボンとの無理やりの婚約。貴族にはよく聞く話だが、」


「そうだろう。よくある事だ。しかしだ、出会ってしまった若い二人にはどうしようもなく、取るものも取り敢えず逃避行に打って出た。」


「互いの手と手を取り合って恋の道行き、北街道をひた走る逃避行とは、」


「恋の道行き・・そうか!、きっと苧環(オダマキ)持ったボンボンが後を追っかけてきやがったんだ。」


「それは大変、面倒なことになるぞな。わしは貧乏人の味方だ。」


「頑張れよ兄ちゃん!追手が掛かる前に早く逃げた方がいいぞ!」


「恋に上下の隔て無し、俺も応援してるぞ!!」


声援が沸き上がる。軍曹は立ち上がり、一礼すると女の手を取って茶店をでる。素早く抱き上げ馬に乗せると尻にひと鞭、先に走らせる。自分も走り寄って来た馬に華麗に飛び乗り、風のように走り去った。


「よっ!千良役者。粋だね、鯔背だね!」


と、声が掛かった。


・・・・・・・・・・

 

 月光山には7月13の夕暮れ前に、予定通りに着くことが出来た。祖霊庵ではオルレアが一人、二人を出迎えた。


「ヴィリーは?」


「ああ、わらわとお篭りを交代して、ジウリアの実家に行かせたぞよ。」


「どうして?」


「教会のお付きの奴らがうっとうしくての~。食事は自分達で作らせ、水は中隊の森の泉に汲みに行かせてやった!」


「成る程ね。帝丘の教会でお祈りばかりしている人には、荒行を成満させた人はいないのかしら、」


「そうじゃの、他の宗派と違ってわらわのところは肉体を痛めるような苦行は無いが、ひとり静かに篭る独行を終えた者は数えるほどかの、」


「その人だって、帝丘で食事なんかのお世話を受けながらでしょ。オルレアは完全な一人行よね。」


「しかし、ひと月の事じゃ。今の大教司様は3年篭られた。偉大なお方じゃ。」


「オルレアは大教司を目指す訳じゃ無いからひと月で十分なんでしょ。それに学院生との二足の草鞋だし、」


「そうじゃな。二足の草鞋はずっと続く予定じゃから、教会の仕事や布教で教司に進むことが出来んのじゃ、出来る時に出来る修行をするしかないのじゃ。」


「この三ヶ月の実地実習で、集中的に教義や儀礼、典儀をちゃんと習得したんでしょうね。」


「クレマに言われなくても頑張ったぞ。」


「頑張ったかどうかじゃなくて、習得したかを聞いてるのよ。」


「経典や座学でいくら学んでも実際に行わなければ身に付かんものじゃ、」


「それで、その変なしゃべり方を身に付けたわけかしら?」


「変ではないぞよ。年寄りばかりの処にいたからといっても、わらわは普通なのじゃ、かーかっかっか。」


「笑ってごまかしてもダメよ。少しは若い娘らしい言葉遣いをしてよね。それで教会のお付きの方は何処にいらっしゃるの?」


「帰った。」


「帰った?」


「飯炊きも、水汲みもまともに出来ん奴らじゃ。」


「オルレア、あなたが言う、」


「それがしは,一人でなんでもできるのじゃぞよ。」


「お付きの人はそれでいいのかしら?」


「まあ、どんな所でどんな生活をしているか、確認に来ただけだから、わらわの報告が虚偽ではないと分かればいいのじゃ。」


「独行に邪魔だからどうやって帰ってもらおうか考えていたけど、手間が省けて良かったわ。でもヴィリーがいないんじゃ、山の民の皆さんを迎える準備は3人でという事ね。」


「何、クレマが居れば100人力じゃ。ルイがいれば1000人力じゃ。」


「おだてても無理よ。せめて、半人前の働きはしてね。」


「わらわは万人力じゃ~」


・・・・・・・・・・


 星屑の湖では十三夜の月明かりの中、オルレアは一人でふた夜月の行をおこなった。オルレアの代わりにクレマは祖霊庵に篭る。ルイは14日の朝を迎えると、すぐさま天秤桶を担いで尾根道を走った

 巳の刻に入り食事の準備を終えたクレマとオルレアがルイを迎える。


「明日の祖霊祭の準備をしっかりとやりましょう。」


「クリスはどうしておるかの?」


「もう四ヶ月会っとらんが、」


「ルイの為に、大岩村の調査とその後は森の奥で修行ね。8月の開基祭には会えるわよ。」


「ヴィリーはジウリアの実家で山の暮らしを習っとるから今年は本当に寂しいの~」


「何言っているの。来年は半年間一人で暮らすのよ。」


・・・・・・・・・・


 クレマはルイとナンジャモンジャの木の下を散歩しながら、


「今年は十六夜の月は子爵館跡砦で見ることになったわね。」


「ああ、オルレアのお篭りを見届けたら、山の民の人達と一緒に山を下りることになる。クレマ一人で帝都に帰れるか心配だな。」


「大丈夫よ、マレンゴに任せておけば。誰かさんより安心・・」


 待宵の月が影を一つ、作り出した。

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