5 秦皇漢武
5月1日に運営を開始した生徒会の週末宿の利用は、当初の見込み通りであった。
「この一ヶ月余りの週末宿の利用率って、週末の水の曜日に新しもの好きの利用者がちょっと増えるけだけで、基本的には帝都で実地調査している3年生が、その辺の宿より安いからって移って来た3人だけね。」 と、ユニがつぶやく。
「奥様が白い椿亭に手伝いに行かせろって、煩いから何か考えろってコル女史が・・」 と、グレースは生徒会長室の長椅子に倒れ込む。
「クレマは?」
「ああ、オークションの報告書であれを何してこれがあれでと格闘中。」
「ねぇ、グレース。この書類にあるこれなんだけどさ」
「なに?」
「この、22番街五条8の3の2って何?」
「週末宿の住所よ。五条8番地3の2ってことよ。」
「私の記憶だと8番だったはずだけど、」
「ああ、それはね、五条8番をオークションの時、シンジケートとカルテルが買い上げて、再度分割販売した結果よ。」
「へっ?」
「オプション?おまけっていうのかな。開発に取り残された古い貴族のお屋敷とその周辺を地上げして関係者?出資者に分配した結果よ。角地とかいいところは大きな商会やギルド関係が抑えたけどね。」
「それで、8の3の2なの?私も見に行ったけど、古い貴族館がひとつしか建ってなかったわ。」
「だからクレマがうんうん唸っているんじゃない。」
「どういう事?」
「まあ、五条8番というのなそこそこ広い区域なの。」
「そうね。全体では古い建物がいくつかあったような・・・基本雑木林よね。」
「その雑木林を五条筋に面した側、その後ろ、真ん中、その後ろ、六条筋に面した土地にとパンパンパンと分けた結果、貴族館は8の3になった訳。」
「で、3の2の、2とは?」
「8の3を、さる方が貴族館ごとお買い上げになり、喫茶白い椿亭のオーナーになった訳。」
「然るお方ね。」
「で、館の後ろの半分を生徒会が買ったのよ。ユニ生徒会長あなたの名前でね。」
「館全部じゃなくて、後ろ半分?」
「そうよ。私達生徒会が古いとは言っても、貴族屋敷とその土地を購入できると思って?」
「確かに。」
「で、ほとんど払い下げみたいな形で購入できた訳。」
「それで白い椿亭が3の1、後ろ半分の建物が生徒会の週末宿で3の2。」
「正確には1/3かな。」
「そりゃ何とかなるわね。」
「3の3とかあるの?」
「それはもちろん。いまのところ雑木林だけど、買い手は決まってるそうよ。」
「もう?」
「クレマが然るお方の負担を軽くする為に、とっとと買い手を見つけて来たらしいわ。」
「う~ん、成る程、それでこの怪しいお金か、」
「なにか不味いの?」
「たぶん、手数料とか仲介料とかの名目で荒稼ぎした痕跡があるのよ。」
「大丈夫?」
「私くらい数字を追えてクレマの素行を知らないと分からないと思う。」
「それで、結局、生徒会にはいくら残るの?」
「50万、金貨5枚程度か・・な。細かいのを拾い上げれば、最終的にはもう少しかしら。」
「妥当な所でしょ?」
「そうね。1本50万のが10本でいろいろ経費を引いて1割の利益ならだれも文句を言わないだろうけど、」
「けど?」
「裏でどれだけのお金が動いたか・・10倍じゃ、きかないわね。」
「さすが、黄色い悪魔。ストロベリークレマ。」
「フフフ、お主もわるよの~、」
・・・・・・・・
生徒会の新規メンバーはそれぞれ研究室に所属しているので常時、生徒会室に詰めている訳ではない。更に、実地調査等に出てるいる者もいるのでさらに少ない。ユニ、グレースと本日出席の数名が生徒会長室に集まったのを確認してクレマが口を開いた。
「喫茶白い椿亭が開店してひと月経ちました。ここで、今日集まってくれた人の感想や意見を聞きたいけど、いいかな?」
全員が頷くをみて、
「みんなは薄々気づいていると思うけど改めて確認して置くわね。白い椿亭は、学院生の発表の場が欲しいという私達の願いに賛同して頂いた、さる大貴族の奥様が亭主です。それで土地と建物は提供して頂いたのですが、運営費は自分達で捻出して行かなくてはなりません。そこで喫茶店という形態をとって、その売り上げで発表の場を維持していきたいと思います。ここまでで何か質問は?」
「はい。」
「トンチェ。どうぞ。」
「サルお方とは、何処の何方かお名前は教えて頂けないんですね。」
「匿名希望という事なので、ごめんなさい。」
「グレースのおばさんだろ、それでいいじゃん。」
と、誰かが言ったのでみんな笑った。
「奥様かオーナーと言う呼び方でお願いします。流れで私クレマがオーナー代理を務めさせて頂いております。他には?・・ないようなので、続けます。」
みんなの顔を見まわす。
「それで、開店初日はそれなりの、講演会フェア関係の方々とか来ていただいて賑やかでしたけどその後がちょっとね。」
「閑古鳥が鳴いている」
「まあ、どんな鳴き声かは分からないけどその通り・・それで、こう何か対策が無いかしら。」
「聖曜日の演奏とか来ていただいた人にはそれなりに、作品とかを褒めて頂けるんだけど、」
「チャンジー、お客様の声を拾ってくれてありがとう。他にどんな声がありました?」
「そうね。平日にわざわざ来るのはチョットかなって言われました。」
「周りは住宅街でも何か商会がある訳でもないものね。」
「でも、6月に入ってから、8番地の周りの馬車や人の流れが増えた気がするわ。」
「そうなのジアミン?」
「そう、なんか工事関係者みたいな雰囲気だったな。」
「トンチェは何を見たの?」
「俺は週の真ん中、土の曜日は必ず帝都に下りて、週末宿に泊まって定点観察してきたんだが、確かに人の流れが出来た。」
「それは多分、白い椿亭の周りの開発が始まったのだと思うわ。」
「クレマどういう事。何か知っているの?」
「それは・・・さる、事情通の方が仰っていたのだけど、」
「サル事情通ね。」
「ええ、さる方が仰るには22番街というか、12区は他の街区に比べて開発が遅れているというの。」
「確かに、他の街区は環内の内側はほぼ建物で埋まっているな。22番街は通り沿いはとも角、開発の波は四条筋辺りで止まっている感じがする。」
「よく見ているわね。基本、帝都の開発は内堀通りから外に向かう感じで進んでひとまず環状通りまで開発の波が到達して、今は一息ついている感じね。」
「しかし、12区の22番街、23番街は開発の波が途中で止まっているという事か。」
「そういうこと、多分白い椿亭の貴族館を基軸に開発しようとしたところで止まったんだと思う。」
「何故そうなったかは興味深いが、それはさて置き、今はまた白い椿亭の開店を切っ掛けに開発がはじまったのか。」
「そうだと思う。他の街区は中の改良充実を図っているけど、外回り関係はあまり動きが無いわね。」
「外回りの人の仕事が無くなったのなら、あぶれる人がいるって事か。」
「そうね、工事が始まるなら土方さんや労務者がやってきそう。」
「でも、その人たちは白い椿亭を利用してくれるとは思えないな、」
「工事の打ち合わせや何かで来る人には利用して欲しいけど、」
「それじゃ、ドンチェを中心に3人で何か計画を立ててみて」
「俺たちがやっていいのか?」
「一応、オーナーの了解を取りたいから書類に纏めてくれる。」
「分かった。」
「今日はこの辺で。また、話し合いましょ。」
・・・・・・・・・・
会長室にはユニとクレマが残った。
「6月に入って一息ついた感じね。」とユニが言うと、
「やっと、やりたい事が出来る基盤が整ったかな。」
「やりたい事って、まだ何かたくらんでいるの?」
「企んでるなんて、人聞きの悪い。憧れの帝都でお店を開けたのよ。流行らせたいじゃない。」
「それはそうだけど、クレマ。一応、私、生徒会長なんだけど、私の知らない事がいっぱいあるような気がする・・」
「そんな事はないわ。ちゃんと報告書をあげてるでしょ。」
「でも、週末宿の番地が8の3の2なんて、」
「ちゃんと、書類を読まないからよ。嘘はかいてないわ。」
「でも、これあれよね。何かあるでしょ、一応説明しておいてよね。」
「あら、第三中隊ならわかるでしょ。」
「だからよ、それに館の改装費にちょっとお金を使い過ぎじゃない?隠し部屋なんか、作ってないわよね。」
「私は監査委員長よ。不正を取り締まる立場の者が秘密のアジトなんか作らないわよ。ちゃんと公式書類に記載された通りよ。」
「はあ~?私はあなたをずっと見てきたのよ。ちゃんと説明してよね。会長の私が知らない事があってはならないのよ。」
「会長が細部のすべてを知る必要は無いでしょ。結果だけ知っていればいいのよ。不審な点があれば部下に調査させれば済むでしょ。」
「その部下の監査委員長が信用できないのよ。」
「だったら、自分で視察でもすれば。」
「そうね。少し時間が作れそうだから、週末宿の使い心地の確認がてら、視察させてもらおうかしら、」
「どうぞ。ご自由に、」
「その時、説明できないものとかとんでもないモノとか無いでしょうね。」
「もちろんよ。でも、地下室とかは見ない方がいいかも、」
「地下室がある?」
「そりゃ元貴族のお館ですもの。それなりの地下室とか秘密の部屋とか秘密の部屋が無いか調べたり、建物の基礎を調査した試掘調査のトレンチが埋め戻されていないとかはあるかもしれないけど。」
「地下室があるのね。」
「喫茶部には関係ないので一応閉鎖してあるわ。」
「そう、それから。」
「一般的な貴族の館の三階って、物置や使用人部屋になっていることが多いけど、其処も割ときれいに片付いているけど閉鎖してある。」
「三階は閉鎖してあるのね。」
「喫茶店には関係ないから。」
「他には?」
「喫茶店の床から床続きの素敵なデッキの床を作るのに、庭を掘り起こしてしっかりした基礎工事をしてあるけどこれはきちんと偽装してあるから、専門家でも一見したくらいじゃ分からいわね。」
「なんで、偽装するの?」
「え?偽装なんて聞き間違いよ。基礎よ基礎。ちょっと立派過ぎる基礎工事がしてあるだけよ。」
「なんで立派過ぎる基礎がいるの?」
「それはお客様の安全の為に決まっているでしょ。」
「あと、突っ込んじゃいけない所は?」
「突っ込まれてもいいけど、実験的な建築技術として木材の代わりに鉄鋼資材をふんだんに使ってある割には改装費が安いのに、全体としてはそれなりにちょっと高めの建築費で収まっているのは学院の廃材を利用しているからだけど、ウソは言ってないからね。」
「学院の廃材をタダで引き取って、浮かした資金をどこにつぎ込んだかは細かい仕様書や明細を見ないと分からないけど、簿記上では常識的な金額になっているのね。」
「あら、タダでもらってきていないわ。廃棄処分費に運搬料を上乗せして引き取らせてもらってるから正当な商取引よ。」
「自分達で運搬して浮かせたわけね。」
「そんなことはしないわ。」
「じゃ、業者に発注たの?」
「ちゃんと精査すればわかると思うけど、馬車ギルドに新技術採用の馬車の使用検証実験の企画運営の提案をしてあるでしょ。ちゃんとコンサル料を頂いてるから報告してるわよ。」
「・・・確か、新型馬車の試作実験の報告書があったけど、・・アコギな手法の見本ね。」
「阿漕って、できれば一石二鳥とか、一挙両得とかせめて、転んでもただでは起きないって言って欲しいわ。」
「いろいろ突っ込むと面倒だけど書類上は不正、不備は無いという事ね。」
「あらずいぶんね。ちゃんと筋は通っているから、痛くも痒くもないわ。う~んちょっとくすぐったいけど・・他のも聞く?」
「なんか頭痛くなってきた。」
・・・・・・・・・・
帝国歴78年の6月17日水の曜日、クレマ達3年生徒会は明日、聖曜日の奥様の訪問に備えて前乗りしていた。
クレマは二階のお茶・ハーブ保管室にいた。薬屋の薬棚を真似た保管棚は壁に組み込まれた特注でクレマがデザインして私財も投じたお気に入りの部屋である。
作業台を片付け、新しくブレンドした茶葉を棚の引き出しにしまい、バルコニーに出る。立ち待ち月が顔を出すのを見ながら胸の内ポケットにしまったルイからの手紙にそっと手を置いた。
どんな訓練をしたか、修行をしているか、自分の小隊の隊員についての長い描写、新しい技や兵士に人気の遊戯などについて書いてありもう何度も読み返した。『部下の兵士なんか、顔が浮かんできそうなくらい』と思う。『鳶色が作った新しい料理や鎧球とか羽球とか塁球とかは手紙だけじゃ流石にイメージが湧かないわね。』と顔を出したばかりの月に呟く。
明日は皇后さまの行啓の途中に、話題の茶館でお休みになるという態の視察。公式行事だからお迎えするだけであるが、警備の近衛には普段お世話になってるし、感謝の差し入れなどはもう準備した。厄介な女性王族専属赤服親衛隊の事前調査にこの館の秘密を知られずに済んだのは事前の入念な準備の成果だ。バルコニーを歩き行き宿泊部屋に入ろうとして、南の空を振り返る。
「ルイったら、肝心な事を書いてくれないんだから。月がこんなに綺麗なのに、」