4 惜しむは
帝都の都市計画は帝丘のオーバル城を中心とする同心円状の三本の大通りとその間を平行して走る筋条通り。東西南北を貫く大通りとその間を埋める放射線状の番号通りで規則的に区分けされている。勿論、帝都に流れ込む河川などもあるが、それらは60余年の差月を掛けて運河水路として巧みに都市に組む込まれていった。
帝都の発展は芦原沼地だった帝丘周囲の低地とそれを取り囲む荒れ地の造成開発の連続であり、城壁都市ではなく放射状に発展した開放型都市である。
帝国建国時、11侯爵と太子を十二地支に区分け配置し、帝都建設の任を負わせた。過酷な負担に工事進捗の足並みがそろわず、様々な事情で三つの侯爵家が消滅するなるなどした結果、官職位階制度を抜本改革。中央集権力を強化し帝都の建設を推し進めた。法服爵位の官僚が帝王を中心に国家を運営するも、オディ川東の開発までは力が及ばず、封地転封を大胆に行い、貴族の領地として経営を任せている。
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四月は黎明の女神のクリス、テヒ、アダンが実地調査の為不在であった。また、軍事専門科の全員は軍事訓練に、官僚専門科と学術専科の約半数は学院を離れ実地調査、現場研修に出ていた。いつもの半分ほどの参加者であったが、四月の晦日行を二人の女神で執り行った。クレマはオルレアをよく扶翼し、これを遣り遂げ、今は生徒会が運営する週末宿と付属の喫茶店の明日の開店の為、帝丘を急ぎ下りる。二人乗りの軽快馬車の横席には食研のウヅキが馬車の取っ手にしがみ付いていた。
「クレマ、帝都に入ったんだから少しはスピード落して、」
「え~、怖いの?」
「そ、そ、それ程でも・・だけど、他の馬車も走っているんだから、」
「マレンゴに任せとけば、これくらい縫うように走れるわよ。」
「そうかもしれないけど・・・、やっぱりこわい!」
「わかったわ。・・・これくらいでどう?」
「ありがとう。(*´Д`)ハァ。でも、どうしてそんなに飛ばすの?生徒会の他のメンバーはゆっくり下りて来るんでしょ。」
「なるべく早く、明日の開店準備作業の確認をしたいのよ。」
「第三と生徒会が晦日行で帝丘を離れられなくても、手助を申し出てくれた他の三年生と2年の生徒会役員は信頼できるって言ってたじゃない。」
「それはそうなんだけど、実はグレースの処に連絡があったの。グレースの叔母様がお屋敷を抜け出して帝都に下りたらしいって、」
「グレースのおばさんて?・・・・えッ。もしかしてお元気叔母さん?」
「そうよ。」
「え~!そんなこと出来るの?え、え、え~!それは一大事!早く早く、もっと、とばして~!」
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マレンゴが引きクレマが馭すバギーは、22番街五条8番地の新しく蘇った石造りの館に乗り付けた。三階建ての貴族の屋敷の外観を残して改築された建物の外壁はしっとりと艶やかに白く輝いている。
クレマとウヅキは馬車を飛び降りると玄関扉に駆け寄ったが、一旦立ち止まり呼吸を整える。
「皆さんごきげんよう。お仕事は順調ですか、」
クレマがそう声を掛け乍ら館に入ると、十人程が朝のお茶の最中であった。2年生生徒会の5人と開店準備の手伝いを申し出てくれた3年生5人。そして、近所の庶民の主婦風なコスプレをしてみました感いっぱいのご婦人と高等小学校に通っています風少女がいた。
「あら、クレマさんお早いですね。午後のお茶には間に合うだろうとは伺ってたけど。」
「これは、奥様お久しぶりです。ルナちゃんとご一緒にお手伝いに来て下さったのですか。」
「グレースがあんまり自慢するものだからちょっと見たくなってしまって、開店してからですとお邪魔かと思ってお手伝いがてら来させて頂きました。」
「それで、働きやすいお召し物なのですね。」
「こう見えて、わたくし家事は得意ですのよ。お掃除から洗い物までなんでもおっしゃてね。」
「それは心強い事です。それでは早速、厨房でお手伝いして頂きましょうか。ウヅキお願い。後、2年生も厨房を手伝って。3年生はチョットこのままで。」
「楽しいお茶もあっというまね。さあ、仕事をしましょうか。何だかワクワクします。」
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おば様たちを厨房へ押しやり、残った3年生がクレマを囲む。
「おい、クレマ。助かったよ。」
「随分早かったな、夕方までどうしようかと思ってたんだ。あの人本当にグレースの親戚か?」
「みんなご免。15時のお茶には迎えが来る手はずだから、それまでなんとか・・」
「何とか耐えろと言うのか?」
「そう、耐えて!」
「主婦の割には掃除が雑で、その上いろいろ口数が多くて、」
「布巾は絞れないは、お皿は落とすは、こっちの仕事が増えてしょうがないよ。」
「いろいろご免。」
「主婦にしちゃ段取りが悪いが、どう見ても庶民にはみえないよ。」
「ここだけの話にして欲しいんだけど、グレースの親戚のさる大貴族の奥様なの。」
「はあ~?グレースは貴族なのか?」
「グレースの実家は貴族じゃない、庶民よ。でもいろいろあって、とーい親戚のおばさんと言いうのが、帝都に来て判明して、それで、ここにも多額の寄付を頂いたりしているので邪険には出来ないのよ。」
「出資者か?」
「まあ、そんなものよ。ちょっとお店の?喫茶店のお仕事の雰囲気を味わいたいだけなの。」
「出資者なら、機嫌を損ねるわけにはいかないか。」
「そうよ。開店してから突然来てパーラーメイドをやらせろとか言われるよりはいいでしょ。」
「お貴族様のお遊びで顔を出されてもな。」
「今日だけ、今だけだから。」
「分かった。まあ、ケーキなどの仕込み以外の準備はほとんど終わっている。後は動きの確認とか最終チェックだな。」
「学生街の喫茶店よりは倍は広いから動きやすいが、開店初日の段取りと落ち着いてきたら最低人数でどう回していくのか指示をくれ、」
「それから、クレマ。一応、あなたがオーナー代理でいいのね。だったら調度品や絵や展示品の確認もお願い。」
「ありがとう。早速、仕事に入ってくれるのね。」
「ああ、グレースのおばさんの方は適当にご機嫌と取っておくさ。」
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ウヅキは眩暈に耐えながら、初めての体験に向き合っていた。皇后、いや奥様、いやおばさんの機嫌を損ねず、かつ、何か重要な事を成し遂げたかのような仕事をさせて、且つ、明日の開店準備に支障をきたさず、∩ 絶対に怪我などさせてはいけないという命題にぶち当たっていた。それ以外の条件もあるだろうが頭が回らない。一歩でも間違えたら首が飛ぶ、絶対、物理的に、言葉通りに、だから細心の注意を・・・ああ、もう!
「奥様、では今日の中食を作りましょうか?」 (最低自分たちが犠牲になればなんとかなる!)
「あら、今お八つをいただいたばかりなのに?」
「主婦は家族が元気いっぱい働けるように、先の事を考えて働かなければいけませんよね。」
「先見の明ね。」
「はい。ですから、美味しい中食をタイミングよく出せるよう、今から準備をしましょう。」
「そうね。温かいものは温かいうちにということね。」
「流石、奥様。よくお判りで、」
「これでもベテラン主婦ですもの。お昼の用意は何からしたらいいかしら?」 (イエス!誘導成功!)
「では、鍋にお湯を沸かすのはいかがでしょうか。」
「そうね。まずお湯は必要ね。」 (あ~、そんな小さな手鍋をもってどうするの、)
「奥様、いつものお家の感覚になっていらっしゃいますよ。」
「え?」
「学院生が10名に私達で14名の中食は大家族と同じと言っていいのはないでしょうかと存じます。」 (言い回しがめんどくさい。どこに落とし穴があるのか、)
「あら、わたくしったらいつもの癖で・・たくさんお食べになる男子もいますから少し多めに沸かしましょう。」
「おお、よくぞお気づきに。私は男子野郎どもの事を忘れておりました。」
「ウヅキさん。あなたも年頃なんだから、男の子の気を引く手管を持たないと、」
「それはどういった手管でしょうか?」
「それは・・・うふふっ、男の子の胃袋をつかむのよ。」
「胃袋を掴む。初めて聞きました、」 (気の利かない2年生だ。大鍋を竈にかけろや!)
「恋のテクニックの基本よ。学院じゃ教えないのかしら。」 (お前らいつまで小間使いと遊んでいるんじゃ。)
「さすがに恋の技術講座は学院では見たことがありません。」 (お前らいい加減に私のハンドサインに気づけよ。)
「それは問題ね。学院長にどうなっているのか聞いてみようかしら、」
「ハハハ、奥様に講座を担当して欲しいと言われそうですね。」 (小間使いが気づいて大鍋を引っ張り出しいる~、)
「あら、ルナ何をしているの?」
「お湯を沢山沸かすお手伝いをします。」 (お前ら子供にやらせんじゃねーよ。)
「そうね。大きなお鍋でお湯を沸かすのね。」
「はい、お母様は竈に火をくべてください。」 (おいおい、お母様って、親子か・・・え~!)
「火を燃べるって、どうすればいいのかしら?」 (竈の使い方も知らないのかい~!)
「奥様こちらに薪を入れまして火を移してくべます。火を熾すのはこちらで、」
「あら、わたくし火を点けるのはとくいなんですよ」
「そうですか。それはよかったです。よろしかったら、この火種に火打石で点火して・・・」
「そんな面倒な事をせずとも、ほら、点いたでしょ。」
「そうです~・・・」 (かって、奥様、jjjなの?もしかして無自覚jjj?え~どうするの~、クレマ~!)
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食後のお茶をバルコニーに奥様を誘い、クレマはお茶を淹れる。
「少し広いバルコニーね。」
「はい。貴族の館ですのでバルコニーは無かったのですが、後付けで取り付けました。」
「下のテラスの屋根替わりね。」
「はい、テラスは広く取りました。少しだけですけど雨除けになります。」
「これからの建築スタイルになるかしら、」
「あの~、少しお聞きしたいのですが?」
「何かしら。」
「環状通りからの内側は概ね開発が終わって、これほど広い屋敷地が空いているという事は珍しいのでは、と思うのですが。」
「ああ、クレマさん。あなた学院に入学するためにここにきて2年ほどのはずだけど、良く調べているわね。」
「恐れ入ります。」
「まあ、11侯爵家に帝都の建設を割り振ったのは知っているわよね。」
「講義で聞きました。」
「かなり過酷な状態だったらしく、3つの侯爵家がつぶれたの。」
「はい。」
「そのうちの一つがここ12区なの。」
「今は11侯爵家にもどりましたね、」
「ひとつは直系の跡継ぎが居なく、そして誰も後を継ぐと言い出す親戚筋もなく、自然消滅した侯爵家の代わりをオーバル城の後押しで全く別の者に再興させたから、ブランクが短かった。」
「はい。」
「もう一つは、いいとこ見せようとしたのね。領地に過酷な税を果たして無理やり帝都建設を推し進めたの。そしたらお決まりの、」
「一揆ですか。」
「そう詳しくは分からないけど、一揆に押し込めとかで領主の交代劇があって、立て直しに10年ほどかかったらしいわ。」
「なかなかですね。」
「今でも出るらしいわ。」
「領主の幽霊ですか?」
「領民のよ。」
「はい。」
「そして、ここ12区はう~ん、・・・オルレアの嫁ぎ先って、」
「奥様のご希望通りだと思います。」
「それでいいのね。」
「はい。」
「東西南北の1区、4区、7区、10区と12区は五小国連合の元王家が入った訳ね。」
「はい。」
「それが四小王国になってしまって、譜代と外様の割合が1+4対7になったのよ。」
「勢力的には6対4ですが。」
「まあ、旧スィアール王国系とその他の連携が問題だけど、勢力図的には5対3対2かしら。」
「はあ。」
「それがね、4対1対3対2になりそうなの。」
「そんな。」
「だからなんて言うか、ロッドとオルレアの二つの結婚問題が鍵ね。」
「クラール様の起用はそう言いう理由が、」
「それだけじゃないけど、ロッドには今年中には結婚してもらわないと、少なくとも婚約発表はね。」
「本人の意志ではなく、国情によってですね。」
「貴族だからしょうがないでしょ。本人達も納得済みよ。」
「オルレアの事は?」
「私は嬉しいわ。義母も、おばあさまも望んでいらっしゃるの。」
「本人達も好意的ではあると思います。」
「クレマよろしくね。でも、今日は少し残念だったわ。」
「何か不都合が、」
「ウヅキさんたら、すいとんしか作らせくれないのよ~!」
「何かお作りになりたいものがお有りでしたか?」
「ピザってのがやってみたいの。クルクル回したり、ヘラを振り回したり、石窯を覗いたりおもしろそう、」
「奥様ヘラは振り回しません。それにピザは切り分けるのが難しいです、」
「パイの分割よりは簡単でしょ!」