30 山川草木
帝国歴78年の二月は瞬く間に過ぎ行き、2年生生徒会の面々は多忙な中、学年末試験をどうにか終了し、三月一日TG75入学3年生の77年度卒業式を恙無く終えた。お世話になった3年生生徒会役員を追い出し、涙の跡が乾く間も無く『3月は講演フェア』の準備に邁進する。
3月2日火の曜日クレマとルイは人影のまばらなカフェテリアでゆっくりと朝食を取っていた。
「なんだか、久しぶりに二人で朝食を取る様な気がする。」
「ごめんね。ずーっと忙しくて、」
「クレマハウスに泊まり込んだりしてたものな。」
「2月の前半はね。12日のオークションを成立させるために、生徒会のみんなには無理をさせたわ。」
「そのおかげで10本の講演は全部売れたんだろ。」
「まあ、いろいろあれこれ無理やり何をあれしてね。」
「と、言うと?」
「オルレアの機織りの研究は、織機ギルドを中心とするシンジケートが帝国金貨10枚₹100万デニーで落札したわ。」
「シンジケートを組んだ割には・・な金額だな。」
「まあね。でも、オプションがすごいのよ。・・あなたにも言えないけど。」
「裏取引か?」
「違うわよ!うちを選択するとこんな素敵なお負けが付いてきますよってことよ。」
「おまけにつられたのか。」
「そうとも言えるかな、」
「他には?」
「オディ川水利組合という怪しい団体が₹100万デニーで、約束手形だけど」
「アダンの処か?」
「アダンというかバルーム商会が中心となって学術的な講演会を開催するわ。」
「それもおまけ付きかい、」
「そう、今回の学術講演フェアの雛形を提供してもらったの。だいぶ助かったのでその分も評価されてね。勿論依怙贔屓でないわよ、」
「クレマが監査してるのにかい、」
「私が監査しているから、より厳しい基準を適用させてもらったわ。」
「本当かい?」
「知的財産権を設定してこのタイプの講演会には学院生徒会に利益の2%が入るように帝国当局と交渉中よ。」
「阿漕な感じがするが、」
「今後の事も考えてよ。その代わり学院もそれなりの指導・協力をするという事でね。」
「商売のタネを残すという事か。」
「そう、流石一流の商会の考える事は違うわね。」
「クレマの考えじゃないのか、」
「残念ながら流石の私も思いつかなかったわ。それも含めての評価よ。」
「カナリーの方はどうなんだ。」
「これもね。バルーム商会が裏で一枚かんでいる事は確実だけど、広範囲な商業、工業、特に若手の経営者などがカルテルを組んで落札に来たわ。」
「いくらだ。」
「200万。銀貨が主ね。集めたお金をそのまま持ち込んだ感じ。」
「おまけは無いのか?」
「若さが出たわね。直球勝負と言った感じ。」
「クレマとしてはそれでいいのか?」
「オルレアの方に力を入れ過ぎて、ちょっと余力が無かったのよ。でも、てこ入れが必要なのは分かっているのでこれから何とかするわ。」
「間に合うのかい、」
「4月6日の最終日に持ってきたから時間が稼げたの。」
「三月は講演フェアじゃなかったのか?」
「硬い事は言わないの。そりゃ三月中に収めたかったけど、いろいろ準備に時間が掛かるし、なかなか聖曜日に講演会場が抑えられなかったのよ。いろいろと参加者のスケジュール調整などの結果、なんとか水の曜日と聖曜日の2日づつ、5週に渡る連続講演会の形式に収まったわ。」
「目玉になるのが、オルレア、アダン、カナリーだけじゃ5週も引っ張れないだろ。」
「幕開けはオルレアで帝都中の評判を取って見せる。」
「それが3月12日か。」
「そう、前座として11日に『耳族別民族衣装の研究』よ。」
「服飾衣料関係者を帝都に集めるのか。」
「勿論。飲食、宿泊、その他周辺企画にも一枚嚙んでるわ」
「金を巻き上げるのか?」
「というよりは、情報収集ね。」
「?」
「何事も先ずは情報でしょ。」
「生徒会で手が回るのか?」
「うーん、無理ね。」
「それじゃ意味がないだろ。」
「内務省が動くからそのお手伝いかな。」
「衣食住の動向ぐらい掴んでいるだろ。」
「それでも、これからどう動くかの基礎資料の蓄積は欠かせないわ。」
「と言うと、他の講演もか?」
「18日はアダンの処のオディ川の水運についてだけど前日は、『馬車の改良研究』よ。」
「船じゃないのか。」
「それも織り込んでの関連研究課題。国内の流通問題は内務省各担当局と軍の兵站研究所の後援を受けているわ。」
「それ程高度な研究なのか?」
「学生の研究よ。いい出来だけど軍を動かすほどのもではないわ。」
「それでは何故、軍が動く。」
「国内外の関係者が興味を持つ討論者を引っ張り出せたのよ。その人を中心に前々前夜祭から後夜祭迄帝都各所でヒートアップした議論が展開するはず。」
「学会とは違うのか?」
「学会だと垣根があって何かと面倒だけど、学院生の研究発表よ、そこまで面子に拘らなくてもいいじゃない。それに、卒業生やら同窓生やらなんやらかんやらの夜の飲み会接待調整力は、流石に帝都の商会連には太刀打ちできなかったわ。」
「学院に夜の接待技術の講座は流石にないか。」
「何かの温床にならないように各部署が目を光らせている以上に新しい情報のさぐりあいでもあるので学院生には酒のつまみとして講演会を頑張ってもらうわ。」
「そうなるな。とすると23、24日の第三週目はどうなる。」
「メインはテヒの『帝国の土壌研究』よ。」
「テヒの研究なら質の高い物だと思うけど、土の研究にどれほどの人が集まる。」
「23日の前座公演は『古代語研究方法論』よ。」
「古代語?土とは関係ない様な気がするが、」
「テヒの講演会の元締めはヒギンズ教授なの。」
「まあ、顔見知りだだし不思議はないが、」
「実はこの講演会が一番の秘密性が高い前夜祭、本夜祭、後夜祭が行われる予定。帝国としては一番の目玉ね。」
「何故?」
「テヒは飲食関係筋には注目された存在になっているけどそれは食研が引き受けることになっているの、」
「豪華な宴会料理が出るのか?」
「そうなるかはウヅキ達に任せているけど、夜の宴会のつまみはjjjなの。」
「それで古代語研究か。」
「そう、ヒギンズ教授が認めたごく少数の人達で今後のjjj研究の方向性を決めることになると思う。」
「とすると、ソシ大佐も来るのか?」
「そのつもりで調整しているわ。極秘にね。ソシ大佐と鳶色が学院のどこかでこの研究に関わらざる負えないわね。」
「しかしテヒ自身はjjjじゃ無いが、」
「ヒュパとアダンが実質担当してるけど、鳶色ともjjjとも関係が深いし、土壌調査、地質調査の研究者として学会や社会に名を売っておけば、今後の活動にもなにかと便利でしょ。」
「それはそうだが、思惑、利害と言ったモノが多すぎないか?」
「そこはヒギンズ教授とソシ大佐にきっちりと仕切ってもらうという事で」
「学術と軍部の押さえをしっかりとして置かないとと言うことだな。第4週はどうなる。」
「落札価格₹318万4649デニー競業者無しの一発落札。」
「そんな凄い研究ってあったか?」
「あったのよ。」
「なに?」
「ダンゴよ」
「うん?」
「ダンゴムシの研究よ。」
「え˝ッ?・・あのダンゴムシの研究か?」
「そうよ。あのダンゴムシよ。」
「・・・しかし、・・・確かに自然博物研究としてはしっかりとした研究であるとは思うが、…その、一般の帝都民が、その、聞いて面白いとか興味がわくと言った類のもではないだろう・・、」
「確かに、ごく一部の虫マニアのしかもダンゴムシマニアなんてこの帝都、いえ帝国中を探しても2000人の劇場を埋める事が出来ると思わないわ。・・・どうしましょう。」
「アダンに知恵を借りるか?」
「アダンにはバルーム商会が付いているとはいえ、自分の計画で手いっぱいでしょう。」
「そうだな、クレマはオルレアとカナリーでそれこそ猫の手も借りたい状態だ。テヒの方も生徒会の人員だけは足らない状態だろう。」
「食研や古研の力を総動員している中で…武研はこういうのには向かないし、本当はあなたの騎士の研究と抱き合わせて発表しようと思っていたのだけど通らなかったし、」
「すまない・・、」
「アッ、そう言うつもりじゃないのよ。私の責なの・・変な煽り文を付けたりしたから・・・」
「「・・・・」」
「それで、どうする?前日はどんな講演だ。」
「軍制改革史研究よ。」
「ダンゴと軍制に関連性はないな・・・」
「ダンゴだけでメインを張って四時間持たせられないわ、」
「・・・・・う~ん、ダンゴムシの特徴はあの甲羅で丸まる事か…甲羅か…軍制は軍政と軍令と軍司法の事だが、講演の最後に軍の制式武具の変遷の話を入れてもらって次の日に繋げないかな・・」
「どういう事?」
「軍制とダンゴムシでは乖離しすぎだろ、」
「そうね。」
「制式武具武器の変遷から甲冑の変遷、甲冑と言えばカブトムシだろ。カブトムシの鎧羽の話からダンゴムシの甲羅の絶妙な動きが板金鎧の構造に影響を与えている、少なくとも参考にされているという風に研究発表をつなげば何とかならないか、」
「なるほど、軍制から制式装備などの研究を入れて、甲冑の話からカブトムシ、ダンゴムシとつなげばそれなりに関連性のある講演会プログラムが組めそうね、流石,武研ね。」
「オタクと言いたかったんだろ、」
「うふ、でも有難う参考になったわ。こちらもいろいろ考えていた事があるので合わせ技で一本いいえ、二本以上になりそうね。」
「また何か悪だくみを思いついたのか、まあ楽しみにしているよ。ガッパーナにあたれば人選なりアイデアなりくれるだろう。」
「軍の方にも伝手を頼って、相談してみるわ。」
「おお、もうこんな時間かそろそろ行くよ。」
「一緒に行きましょ。私も帝都に下りるから、」
「クレマハウスで仕事が待っているか。」
「そうよ、3月も相変わらず全力疾走って感じね。」
「俺は一足早く春休みに入らせてもらうよ。」
「この春休みもジョージア山に行くのね。」
「ああ、今年は一人で行くことになったが、大丈夫だ。」
「テヒもヒギンズ教授も発表が終われば駆け付けるはずよ。」
「そうだな、俺と交代になるが何日かは一緒できるだろう。」
「そうね。4月からはあなたは引き続きリボン砦で部隊経営実習に入るのね。」
「ああ、ジョージア国でチャオリーと一緒に修行するのが楽しみだ。」
「チャオリーか、あなたの話によく出て来るけどあなたより二つ年下だっけ。」
「そうだ。」
「でも、きっとビックリするわよね。」
「そうかな。」
「だって、この身長になってから初めてよね、」
「そうか、自分ではあまり変化した感じはないが、見た目はデカくなったからな。」
「ターレン宗匠は予見なさってたのかしら?」
「それは分からないが、お会いするのが楽しみだ。」
「一応、陛下の使者として外交なのよね?」
「そう言うのはヒギンズ教授に任せてある。俺はみんなと楽しく過ごすのが仕事かな、」
「どうせ、修行でしょ。」
「そうだな。拳と拳、剣と剣を交わせば良く判る。宗匠の処の民は善良な人ばかりだ。」
「・・・そうね。いつかは私も連れてってよ。」
「勿論だ。チャオリーに話したら会いたいと、是非連れて来いとさ。」
「第五週には教授たちもジョージアに行く手筈だけど、テヒはそのままフィールドワークに入る予定で春学期は二人とも学院にはいないのね。」
「テヒはジョージア山系の調査だし教授は適当なところで帝都に戻ってくる予定だな、」
「ソシ大佐が護衛の任を受けてるのね。」
「そうだ。何も心配することは無いよ。」
「あ、グラニは後ろに繋ぐ?バギーで一緒に行くでしょ。」
「君の馭するバギーにお邪魔してもいいのかな、」
「どういう意味、」
「いや、馭するのは男の仕事だろ。」
「帝国は男女平等よ。私のバギーだから私が馭すのが当然でしょ。」
「ハイハイ分かりました。どうぞよろしくお願いします。」
「最初から素直にお乗りください。・・スカートの裾踏まないでよ、」
「男女平等と言っても、スカートをはかなくて済むのは有難いよ。」
「女は女よ。譲れないところ、代われない事はあるし、変わらない所があるのはしょうがないでしょ。」
「そうだな。宿命は宿命、運命は運命だ。」
「女に生まれたのは宿命だけど、感謝しているは、あなたに会えた運命に、」
「それは僕もだよ。」
「あぶないから幌は閉めないで、・・すぐこれだから男は、」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
バギーはゆっくりと帝都へと下っていく。
雲雀の囀りにはまだ早く、三月の風はまだ冷たい。
若い二人の乗るバギーの幌は大きく跳ね上げられている。
遠くまでよく見渡せるように。