29 オーデション作戦
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「これは、お茶も差し上げもせず、話し込んでしまいました。」
と、我に返ったかのように、ゆっくりとクレマが言う。
「そうじゃな、何か・・、儂の・・、その・・見えてきそうでつい、年甲斐もなく話し込んでしまった。・・喉が渇いたが・・白湯を下され・・・それでじゃ・・その・・よろしければ、お茶や菓子などを差し入れをしたいと思うのじゃが、宜しいかな、」
「手土産の様なと申しますか、常識的な範囲でならもちろん喜んでお受けします。」
「それから、調度品なども少し持って来よう。空き箱を使った小机などでは仕事がし辛かろう。」
「今のところは机などは間に合っております。お気持ちだけ頂きたいと思います。」
「しかしのう、若い娘が過ごすには些か殺風景な気がするが、」
「・・そうですね。それでしたら少しお力添えを頂きたい相談事がございます。」
「どんなことじゃ、」
「実は、この競売騒動が終わりましたら、此処を学院生の制作品などの発表の場になるような空間にしようと思っているのです。」
「展示場の様なものか?」
「それよりは、もう少しその・・新しい菓子や料理を提供しながらちょっとした発表会や討論会を開いたり音楽の演奏をしたり、そして壁際には制作品を展示したりする喫茶店の様なものを考えております。」
「ほう、喫茶店を発表の場とな。」
「そこまで、大げさな物ではありませんが、運営費を稼ぎながら自分たちの研究を世に出していきたいのです。」
「発表・・物品ならば展示か。それを販売して運営費を捻りだすという事かな、」
「左様です。できればお茶やお菓子もお出して、喫茶店の中に作品、品物を飾り、時々討論会や詩の朗読音楽の演奏などが出来ないかと・・、」
「つまりは、学院生が運営するサロンの様なものかな、」
「雰囲気はそれに近いと思います。」
「う~む・・学生がサロンを開けるかな?」
「主人、女主人役を担える者がいるとは思えませんし、学院生がそこまで大人びた事をするのも憚れますので、喫茶店の様な談話室の様な形態を考えております。」
「ふらっと寄った、茶店に何か目新しい物があり、たまには音楽が聞こえてくるという事か、」
「はい。」
「なかなか面白そうだの~、気に掛けて於こう。」
「よろしくお願いします。こちらの方で今日お申し込みのあった競売のプランをまとめて意見書を付けギルド会館の方へ至急届けさせて頂きます。」
「よろしく頼む。ところで、クレマ嬢よ。」
「はい。」
「儂によく似た、なかなか美男子な孫がいるのじゃが、これがちょっと奥手でのう・・・」
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今日泊まり込む5人の夕食の世話をするために、再び五条8番屋敷にやってきて、今は暖炉に掛かる深鍋の湯沸かしからお湯を汲み上げ、お茶の準備をするヴィリーの様子を見ながらクレマは語り出した。
「みんなが、指示通りに、いいえ期待以上に動いてくれたおかげで会頭とは想像以上のお話し合いが出来たわ。」
「私達は言われた通りにしただけよ。」
「絶妙な位置に待合いの椅子を置いてくれたし、美味しいお茶を淹れてくれたじゃない。」
「何とか、人が飲めると言ったものだぞ。」
「それから、手炙り火鉢を乗せる台に心づくしの敷布もおもわぬ効果があったわ。」
「えっ?だって、本当に何もないのだからしょうがじゃないじゃない。」
「そうね。」
「あれでよかったのら、いいけど、」
「たぶん、タジアン会頭は単に顔合わせ、様子見の心算でいらしたはず、」
「身内以外では、一番最初にお花を、それも自ら持っていらしたのは何とかしたいという気持ちの表れよね。」
「そして、建付けの悪い扉の隙間からアダンのオークションプランの内容を聞いてかなり焦ったみたい。」
「アダンのプランって?」
「アダンは今回の講演会開催の権利をお金だけでなく、如何に素晴らしい講演会にするかというアイデアを持って参加する旨と、それについて何か問題点が無いか助言を求めていたのよ。」
「今回のオークションが単なる金額でだけの問題で無いという事を盗み聞きしたの?」
「たまたま聞こえてきたのよ。建付けの悪い扉の近くに座らされたせいでね!」
「なるほど、シマオの巧妙補助美技という事だ。」
「そう。そうしてみんなが静に粛々と作業に集中していたし、建付けの悪い階段のお陰で安心して漏れてくる話に集中できたはずよ。」
「誰に、覗かれる事もなく聞き耳を立てれたのか・・クレマの指示を忠実に守っただけだが、」
「タジアン会頭は流石に海千山千の強者ね、自分に何もプランがない事を逆手に取って私からプランを引き出しっていったわ。」
「どんなプランなの?」
「ボケた老人の振りをしながら、どうしたものじゃのう・・タダこんな感じがいいと思っておるだけじゃったんじゃがとか、今流行りという事に疎くてのう~とか、昔は良かったとかと言いながら最後には,すまんが物覚えが悪くてのう~という事で、メモ書きを送る約束まで取り付けていったわ。お陰で仕事が一つ増えたけど、」
「でもクレマ、それって誘導とか教唆とかにならないの?」
「こちらから何か提案したり、強要したりした覚えわないわ。あくまでも相手の思いを適切な言葉に置き換えさせて頂いただけよ。」
「それでよく理解してもらえたわね。」
「具体的なイメージが付かないと仰ることには、有名な演劇や絵画や演出家や作家の名前を複数上げてイメージの共有化を図ったけど。」
「演劇や絵画をご存じだったの?」
「勿論ご存じない物もあったけど、繊維や服飾関連の情報通だし流行や美意識その他も相当な見識よ。いくらボケた振りでも隠しおおせるものじゃないわ。」
「それはそうね。」
「そうそう、ヴィリー、その片づけけが終わったら帰っていいわ。後は、私達でするから。明日は卯の正刻前にはここを出発したいので馬車をお願い。授業にはみんな遅れる訳にはいかないから。え~とそれで大筋ではプランのイメージを共有できたと思うのでお節介だけどより具体的な例題というか模擬台本みたいな形でお送りすることにするわ。」
「それで、具体的にはどうなの、アッ、ヴィリーさん、夕ご飯とても美味しかったです。おやすみなさい。クレマが考えているオルレアの講演会はどんな感じなの。」
「テーマは追憶とか慕情という感じね。」
「淡い、懐かしい、ちょっと寂しいという感じ?」
「そう、そんな感じ」
「何に対して?まさか恋人じゃないわよね。」
「オルレアに恋慕の思い出がある訳ないけど。遥か昔、記憶の向こうに対してよ。」
「良く判んないな~、」
「まあ、私達にはちょっと早いかな。でも、タジアン会頭には十分通じたわ。」
「タジアン会頭の心の中にある、少し切ない様な寂しいような感情を起こさせる懐古や追憶って何?」
「それはやはり少年時代の風景でしょ。」
「はあ?。タジアン会頭ってお幾つ?」
「85かな。90にはなっていないはず。」
「そんなに?そんな御歳で現役?」
「これを最後の仕事になさるお積りよ。」
「そう仰ったの?」
「うううん、でも、言葉の端々に最後のご奉公というニュアンスを匂わされていたわ。」
「それで具体的には?」
「・・そうね。講演会だけど演劇的に緞帳を上げる所から始めたいわね。」
「幕が上がるなら、前奏曲はあるの?」
「そこまでは・・」
「幕が上がったら、オルレアが演壇に出てくるの?」
「・・・幕が上がったら、機織りをしているのはどうかしら、」
「機を織る音がプレリュードとなって、幕が上がり夜明けの様に暗い舞台が徐々に明るさを増して行く・・」
「あっ、確か黎明の女神という学院生がいるって聞いたことがある。」
「私もどこかで聞いた事がある。オルレアを黎明の女神の様に見せるのね。」
「・・そうね。そして、客席をふり返ったオルレアは一礼して、語り始めるのよ。」
「講演会と言うよりは演劇みたいね。自分の織っていた布を手に取ったりして、なんだか素敵。」
「・・・そして、もう一人の講演者が古代の図案から前王朝までの今では目にすることが無い、意匠を凝らした服飾や織物を紹介していくのよ。」
「出来れば、その素敵なドレスを着た人に実際に登場して欲しいな。」
「・・・う~ん、ルイーズ、アルバ、もしかしてマヌカンをやってみる?」
「え?、私は無理無理。」
「アルバは?その気があるなら高級服飾店のハウスマヌカンを紹介するけど。」
「私も無理無理無理。」
「でも、将校の制服は自弁でしょ。今からすこし、研究してもよくない?」
「そんな~、オートクチュールの制服なんて着れる訳ないでしょ、冗談いわないでよ。」
「礼装ならアリじゃないかな。アルバなら背も高いしきっと似合うよ。」
「シマオ迄、調子に乗ってあなただって、大学院に残るなら法服ローブがいるでしょ、」
「・・・そうね。いいアイデアだわ。服飾研に要相談ね。マヌカンを男も女も学院生から出せばいいバイトになるかも‥でも特訓が必要ね。」
「もうクレマったら、自分は出ないつもりでしょ。そうはいかないから。」
「そうよ、そうよ。」
「・・・分った、分ったから先に進みましょ。・・演劇仕立てで講演会が出来ないか、劇研に相談するとして、そうなると締め方がが難しいわね。」
「郷愁を誘う終わり方か?それこそ演劇的ね。ロマンティックな王子様とか出番はないの?」
「お伽噺じゃないんだから王子様はチョットね。」
「・・・あれなら、もしかしたらタジアン会頭の胸を打つことが出来るかも。」
「クレマには何かいいアイデアがあるの、」
「そうね。騎士はどうかしら?」
「兜を被れば顔が分からいから想像の余地があるって?」
「そうじゃなくって、・・・そうかもしれないけど古い時代の象徴として舞台の奥に風になびく旗を持った全身板金甲冑の騎士が夢の終わりを告げる様に現れて幕が下りるの。」
「完全に物語りね。」
「でも、素敵かも。」
(これは、クリスにお願いするしかないわね。溝付様式甲冑を貸してもらえるようグレースにお願いしないと。あと、演出家ね。舞台衣装は服飾研の力を借りくことになるけどギルドの力も発揮してもらいましょう。」
「ね、ね~クレマ。何だか物語に出てくる悪だくみをする悪徳商人みたいな顔してるわよ。」
「「「ほんとだ~!!!」」」
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この時期、卯の正刻と言えども暗く帝丘の坂道を登る途中でようやく日の出を迎える。ラフォスが馭車する四頭立ての馬車の後部ステップにはアンドレがフットマンとして立っている。馬車内の後席にはシマオとエリオスの男子学院生が中席にはルイーズとアルバが対面する前席にはヴィリーとクレマがゆったりと座っていた。
「この暗さじゃ流石に書類が読めないわね。」とルイーズ。
「事務屋の習性ね。文字中毒じゃない。」とアルバ。
「クレマとメイドは瞑想しているみたいだけど、後ろの二人は完全に寝ているわね。」
「大口開けてね。」
「こんな立派な馬車に乗るのは初めてだけど意外と乗りごごちがいいわね。」
「そりゃ、貴族様が乗る馬車よ。荷車に屋根を付けたような庶民のとは大違いよ、」
「そりゃそうね。もしかして、こんな馬車が使えるなら帝都の生徒会事務所から毎日通えるかも。」
「午後に予定が無ければ、」
「研究発表が終わって、研究室には時たま顔を出せばいいだけだし、部活も生徒会に鞍替えしたから予定調整をすれば週に何日かは帝都で事務所で仕事が出来そうね。」
「どれだけ仕事が好きなの、」
「そういう訳じゃ無いけど、スケジュール的にね。」
「う~、学年末試験の最中は流石に生徒会の仕事は休みたいわね。」
「でしょ、という事は二月の第4週と第5週は動けないわね。」
「三月一日の卒業式もね。」
「クレマの言うようにオルレアと、アダンとカナリーの講演会を聖曜日に行うとするとやはり3月の第3、4、5週の聖曜日かな?」
「最後の聖曜日は軍専は殆ど部隊運営実習で帝都を離れるからどうかしら、」
「いっそ、オルレアで3月で年度を終了、4月の第1週6日の聖曜日はカナリーで新年度の幕開けと言う手もあるかも。」
「『オディ川の水運と帝国の物流』で学術講演期間の幕開けを告げ連続10本と言うのは?」
「第4週までに終えてしまえば、軍専組も学術の実地調査組もギリギリ手伝えるかも。」
「とすると、三月6日の聖曜日を皮切りに、8、10、12、14、16、18、20、22、24日の10日という事になるかな。」
「オークションに掛かる10本の論文が全部売れたとしてね。」
「そうなると、三月は論文展示即売会みたいね。」
馬車は学院宿舎街の入り口に微かに揺れながら止まる。クレマがゆっくりと眼を開け、
「三月は論文フェア。いいわね!全部の論文を売り切りましょう。」
と静に、しかし力強く宣言した。