26 初陽
古い暦では冬至を含む正月の十五夜迄のひと月を純陰と呼ぶ。そして十六夜からは初陽である。望月の夜クレマは太陰の瞑想を行い、禅那にて南中を迎える。丑寅の2刻は横になって眠るが、卯の刻からは通常通りに一日を始める。
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「ルイ、おはよ。」
「どうした、なんか不機嫌そうだが、」
「まあね、」
「話ぐらい聞くが、」
「ありがと。」
「あれか?オークション。」
「そうよ、オークション!」
「それで、」
「堅物の教授たちがね、」
「ヒギンズ教授か?」
「ヒギンズ教授もダビチオ教授も私達の擁護派よ。」
「分かった堅物教授達がどうした?」
「あいつとか、こいつとか、あれとか、その教授達が言うには学院生が神聖なる学友の研究成果をオークションに掛け、お金を得るというのは如何なものか。だそうよ。」
「なるほど。一理あると言えばあるが、」
「ルイ迄!そんなこと言うの?」
「帝国からの援助で学費は免除され、生活も保障されている学院生が帝国の資産を活用して得た研究成果は何処に帰属する?」
「名誉は研究者に、成果は学院を運営する学園にでしょ。それは分かっているのよ。」
「でも?」
「でもその研究成果の恩恵はすべての人々が、少なくとも帝国臣民は受けるるべきでしょ。」
「最終的にはだな。」
「でも、ほとんどが世に知られる事なくお蔵入りよ。」
「すべての研究が直接的に即時的に成果をもたらす訳ではない。」
「分かっているわよ。直ぐには日の目を見ない研究も積もり積もって大きな成果をもたらす基礎となる、植物を育てる土壌や肥料のようにでしょ。」
「そうだ。」
「でも、より成果を得るために大地は犂起こされ、灌漑され、丁寧に種が植えられ見守られ、適宜肥料が当てあれ、手入れを受けている。」
「ある程度はな。行き過ぎが幾多の文明国家の滅亡を招いたかは歴史の示唆するとこらだ、」
「でも、ただ埋もれてしまう前に一度ぐらいは光を当ててあげるぐらいの事はすべきよ。少なくとも自分達で世に問う事ぐらいは生き残るための手段としては許されるべきでしょ。」
「分かった。それがオークションという事だな。」
「ううん違うわ。それはポスター発表よ。」
「そうなのか。」
「世間に自分を、自分の研究を問うことは研究した者の使命でありそれは最低限の自助努力であると思うの。あなたが小さすぎる鎧を着て道端に立ったように、」
「そうか。自助努力か。ありがとう。」
「生徒会は、その後押しをしたいのよ。」
「いろいろ工夫をしてきたのは横で見てきたよ。」
「ありがとう。でも、何か活動するには元手がいるのよ。」
「話はそこに行くのか。」
「そう、すべては予定通り、予算案通りにはいかないのが、世の中とゆうーものです。」
「はい、先生それは分かります。」
「ですから、生徒会にもそれなりの当座資金、自前の手持ち資金、がいるという事よ。」
「臨機応変自由な活動の為にはという事だね。」
「そう。でも、審査員会はそれを取り上げよーとしたの。」
「オークションの収益金をか?」
「そう、学園の会計に臨時収入として入れよーと。」
「う~んちょっと引っかかるな。」
「そうでしょ。そしたら後から作った規則で、それ以前の事件を如何こうするのは如何なものかと法律関係の教授から異議が出たの、」
「後だしはいかんと、物分かりのいい教授だ。」
「原則論よ。それで、まあシンパの教授が、今回のみ、学院生の創意工夫、進取の気象の顕れという事でオークションの運営及びその売り上げの配分の仕方を見守り、利益はすべて生徒会に帰属するという事で教授会は大人の対応を見せましょうと言うことになったの。」
「良かったじゃないか。ヒギンズ教授達に感謝だな。」
「そうなの。大人の対応で赤字の分だけ学園から補填するという事で今回のみの特例という事になったの」
「それだったら、むしろ良かったじゃないか。」
「いいえ。教授会は私達の出した、収支予想を軽く見て赤字の予想を立てているのよ!」
「黒字なのか?」
「かなり希望的観測に基ずく落札価格で、パーテーション代金や紙、印刷代金その他を賄える予想案を出してはいるけど、」
「希望的観測が外れると大赤字か?」
「いえ絶対に、黒字よ。」
「かなりの自信だな、」
「そうね。こうなったら度肝を抜いてあげましょう。」
「おいおい、非合法活動は無しだぜ。」
「黄色い悪魔の本領を発揮して見せてあげる。」
「自分で言うーか!」
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「オークションの運営・実施を2年生徒会に任されたわ。私達への挑戦ね。」
鼻息荒くクレマがそう言い放つと2年生生徒会室の会議机の椅子にドスンと座る。
「何を言っているんだ。分かるように言え、」
アダンが窓辺に持たれたままクレマに言い返す。
「なにスカしてるの。この非常時に!」
「何を言っている。概ね、お前の思惑通り審査会の審査を通ったろ、10本の論文が。」
「その点に関してはアダンを始め皆に感謝しているわ。本当に心から。」
「それにしては不機嫌と言うか鼻息が荒いな、あれか?ルイの論文が通らなっかたのがそんなに不満か?」
「そっ、それは関係ないわよ。」
「オークション出品希望論文の申し込み者の講演会開催趣旨書に〈ルイ騎士爵の雄々しい雄姿を是非多くの人に見てもらいたい、云々〉って何処かの親戚のおばさんが書いたような意見書が付いていちゃ通るものも通らんだろ。誰が書いたか知らんがな、」
「うっう~、当然よ。そんなミーハーな講演会開催理由で神聖な研究論文をオークションに出品することを許すなら審査委員会の見識を疑うわ!」
「見識の高い審査委員会が許可した10本の論文。この著者の講演会開催権を我々2年生生徒会が責任を持ってオークションに掛ける。これは名誉な事だろう。何が不満なんだ。」
「なっ、なんにも不満なんかないわよ。ただ、不安なだけよ。こっ、こんな帝丘の山奥に籠っていて、帝都の生き馬の目を抜く海千山千に出し抜かれやしないかってね。」
「確かに、オークションは駆け引きだ。事前の調査、情報戦が成否を決めるともいえるが、たかが学院生の学術研究にどれほどの値が付く?。最低落札価格を今までの経費を織り込んで、いくらにするつもりだ。」
「パーテーション代金や紙代、印刷代等含めて一人当たり$3~4千デニーよ。これからのオークション会場や経費を取り敢えず織り込んで一人$1万デニー、×500人で$500万デニーがざっくりとした採算ラインよ。」
「とすると、10本の論文で割ると、1本$50万デニー。帝国金貨で5枚か、」
「それだけあれば、もしかして講演者に支払われる講演料が少ない時は生徒会から金貨一枚くらいは支払えるでしょ。」
「迷惑料か、」
「出演料よ。当日の日当はもちろん、それまでの準備に費やす労力に見合った額だと思うわ。」
「売れなかったらどうする。」
「私が責任をもって赤字を補填するわ。」
「クレマお前なら実家に泣きつかなくても何処から金を引っ張て来れると思うが、個人無限責任制では来年に繋がらないだろう。」
「来年の生徒会は来年の生徒会よ。これを伝統にする気はないし、教授会も成功すれば制度化するはずよ。」
「なるほど、お前の覚悟は分かった。ところでプランはあるのか?」
「取り敢えず、帝都のどこかに部屋を借りるわ。」
「帝都に部屋を借りる?」
「ここにいては話が遠いのよ、講演会開催に興味のありそうな商人や有力者に接触して情報戦を仕掛けるのよ。」
「非合法活動か?」
「そこはグレーゾーンね。あなたの誑しのテクニックが非合法でない程度に合法的活動よ。」
「なるほど、勝算はあるのだな。」
「金額的にはそこそこの黒字よ。」
「金以外の勝利条件がありそうだな。」
「それは、権利を売るだけではだめという事よ。」
「つまり?」
「立派な?素晴らしい?画期的講演会にする事よ。」
「開催権だけのオークションでなく、何か条件を付けるという事か?」
「そうすることが出来るなら・・、」
「それはオークションでなくオーデションだな。」
「う~ん、人選でないので・・こちらが開催条件をある程度決めてそれをクリアできることが最低条件のような・・」
「コンペティションか?」
「そうね。それに近いかも。最も良い購入条件を提示した者に講演会開催権を売るのよ。」
「なるほど、金額だけでなくその他の条件、講演会場や入場料、集客方法、招待者や前座なんかもいいか。」
「流石アダン。私より私のやりたいことが分かっているわ。」
「こちらの審査基準のようなもの、求めているもの、希望条件の様なものをそれとなく流して好条件を引き出すのか。」
「そう、あくまでもこちらからの要求ではなく、向こうからの申し出の形を取りたいの、」
「流石、黄色い悪魔。ストロベリー・クレマ」
「やめてよ~。その二つ名は誤解を生むから、」
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一月十七日は水の曜日、週末の午前の授業を終えるとクレマは監査部新人四人とアダン、グレースと共に帝都に下りてきていた。アダンが帝都の空き家に心当たりがあると言うので先ずは下見という訳である。
「なんだか、目立たないというか帝都にもこんなな所があるのね。」
「クレマの屋敷がうちの商会とは反対方向にあるという事なので中間の23番街にある物件を押さえた。」
「あら、そんなこと話したっけ?」
「まあな、覚えていないならまあいいが。それよりここはどうだ?」
「ちょっと奥まっているけど・・没落貴族のお屋敷と言うのを気にしなければ、それなりに遣えそうね。」
「週末はここに泊まり込めるようにするんだろ、」
「そうね。3年になったら帝都でフィールドワークをする学院生の支援所にも出来そうね。」
「帝都に実家や縁故が無いものの方が多いから週末宿にもちょうどいいか、」
「ここに決めてよければ早速行動に移したいが、」
「う~ん、アダン、あなたの実家がお金持ちなのは知っているけど、どうしてここまで良くしてくれるの?貴方商人でしょ。利害に基づいて行動するのよね。」
「貴様の言いたいことは良く分かる。アンシュアーサ導師の教えとは違うという事だろ。」
「利害や善悪という判断基準は自己中心主義に基ずくモノでしょ。自己中心主義や二項対立は結局は戦争でしか解決できないのよ。」
「まあな、それは理解している。それを乗り越えるための不二一元なのだという事も判る。黎明の女神達が向かう道もそこなのだろう。」
「あなたも黎明の女神でしょ。」
「俺は男だが、たぶん俺の嫁が女神なのだろう。」
「アッハ~ン⤴。あなたは女神を娶るつもりなのね。」
「で、この現実世界であなたが取っているこの行動の商人としての損得勘定はどうなっているの?」
「一つはクレマの心意気に感動した。」
「お世辞?・・まさか・・誑しのテク・・やめて!」
「何を言っている。お前にはルイがいるだろ。」
「そうよ。だから私には効かないわよ。」
「貴様が女神だからと言って1㎜も否、鼻毛ほども興味がない。」
「言うに事欠いて鼻毛とは、」
「世辞ではなく賛辞である事は誠だ。ただ商人としての思惑もある。」
「なに?ほんりょうはっきね。」
「実は、オークション論文の〈オディ川の水運について〉の落札を狙っている。」
「なるほど、それで生徒会に便宜を図ったという事ね・・他には?この事務所だけかしら?」
「う~ん、流石ストロベリー・クレマ。侮れんの〰、」
「やめて~!その名前は、」
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バルーム商会のヨハンはアダン付きの執事である。そのヨハンの手配で23番通りを五条筋右入る(帝丘に向かって)、五条筋の8番に建つ目立たぬ石造りの邸宅を2年生生徒会は生徒会帝都支部として手に入れた。7人は建物内の掃除を済ませたところで今後を話し合う。
「明日は仕事机を入れて事務所の体裁を整えましょう。」
「クレマは泊まり込みも考えているんでしょ?」
「そうね。週末水の曜日の夜と聖曜日はここに泊まって、週明け木の曜日の朝いちで学院に走れば授業には間に合うわ。」
「それじゃ、泊まれるようにベットを幾つかと、薪炭その他台所周り、水回りも必要ね。」
「グレースは明日はお城よね、」
「9時前に北門よ。」
「そっか~、どうする?今夜は女子はうちの館に泊まってもらって、明日も頑張ってもっらおうと思っていたのだけど。」
「う~ん、パジャマトークは魅力的だけど・・」
「そういう事なら俺が明日の朝、馬車で送ろう。生徒会の仕事もあるし、午後はここに必要な書類や備品一式を運んで来よう。」
「そうしてももらえると有難いはアダン。」
「それじゃ、明日朝7時でいいか?」
「グレースは7時出発という事でここに集合しましょう」
「それじゃ、エリオス、シマオ、うちの馬車に乗ってくれ。俺の家に泊まって男子会だ。何もないが歓迎するよ。」
「アルバ、ルイーズ、グレース。迎えの馬車が来るまでお話ししましょ。」
「なんだかワクワクするわね。」
「なんだかドキドキする夜になりそうね。」
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