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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
 二年生編 帝国歴77年
184/204

 25 客臘

 帝国歴78年の「初日の行」は晴れやかな青空の中で終えた。


 もう去年となった一昨日の大晦行は参加人数も増え、何かと手狭な旧礼拝堂から、学園内敷地の室内競技所(アリーナ)に場所を移して行った。大会議場や宿泊施設、展示区画(ブース)飲食区画(フードコード)等を合わせ持つ研究棟の一翼を形成するアリーナは学院生街からも近く利便性はあったが、暖房は無くやはり寒い事には変わりはなかった。


 オルレアが光芒主座に座り、内陣首座をルイが今回も務めた。初参加の者も子の刻子の行(ネノコクシノギョウ)までは座り通した。体もでき上り練習も積んできたのであろう、卯の行(ボウノギョウ)までやり終えた者も20数名を数えた。


 今年は学生食堂(カフェテリア)は通常営業しているので食研の活躍は無かったが、ルイはクレマと共に窓際のいつもの席で少し遅い朝食を摂った。


「新年あけましておめでと。ルイ。」


「おめでとう。クレマ。」


「相変わらずいつもと同じ朝食だけど、この黒豆の小皿は何?」


「ああ、クレマは知らないか。新年の祝いの膳(メニュー)には地方によっていろいろあるのは分かるよね。」


「ええ、知っているし、実家でも新年のお決まりメニューはあったわ。」


「五小王国地方では黒豆もその一つなんだ。それで、気持ちだけお祝いという事で黒豆の小皿が付いている。」


「詳しいのね。」


「そう、さっき食研の者たちが喋っていた。」


「あら、新年早々盗み聞ぎ?」


「おいおい、たまたま聞こえてきただけだ。」


「ふふっ。分かっているわよ。食堂(ここ)の心づくしでしょ。」


「ああ、あんまりからかうなよ。」


「揶揄うつもりじゃなかったけど、あんまり知ったかぶりが板についているから、」


「そうか、少し気をつけよう。」


「今年も変わらず、素直なルイでうれしい。」


「それはそうと、生徒会の報告書は間に合ったのか?」


「報告書の方わね。」


「報告書の方以外がたいへんか。」


「大変よ。」


「研究講演会開催権獲得オークション、略してオークションがね。」


「どう大変なんだ。」


「生徒会の方で絞り込んだオークション候補の研究論文に選択根拠と選択理由をでっち上げて、教授会主催の審査会議に提出する苦労は並大抵のものではなかったわ。」


「おいおい、こんな所で声に出していいのか?」


「今は、831と生徒会だけだもの、みんな当事者みたいなものよ。」


「そうか、それで?」


「こちらの思惑通りに落選と当選が審査会で決定されるように資料を作成するという高度な情報戦をアダンの指揮の下実行して、今は週明けにも開催される審査会待ち。」


「アダンにそんな才能があるのか?」


「あら、誑しの二つ名(ネームド)は伊達じゃないわ。宥めたり賺したり、仄めかしたり言わなかったり、匂わせたりちらつかせたり、じゃらつかせたりたわむれたり、手練手管のオンパレードよ。」


「もしかして、クレマ・・」


「大丈夫よ、今のところ生きている女には使っていないみたいだから、」


「そうか、それで本命はどれか教えてもらってもいいか?」


「う~ん、作戦名“バトンタッチの幕開け”というオークション作戦の本営は2年生生徒会で間違いではないのだけど、」


「オークション作戦の方がまだスタイリッシュな感じがするが・・、」


「何か疑問?」


「いや続けてくれ。」


「策源地は大奥様なの」


「なの?」


「王室絡みの案件と言うことよ、」


「学院生の研究講演がどう王室と絡む。」


「生徒会がオークションに掛けたいのは2本。1本は『絹織物と古代帛画』オルレアよ。」


「もう一本は?」


「『現代リシャ語とスィアール王国時代の古リシャ語』カナリーよ。」


「どちらも古研が協力したものだ。第三としてはうれしく思うが、」


「普通ならね。」


「何処がいけない。」


「いけなくはないのよ、どちらかと言うと2本ともかなりイケてる。」


「分からん。」


「オルレアの方には大奥様に取り入ろうとする一派が共闘加盟組織(シンジケート)を組んで落札に動くは、」


「もう一方は?」


「奥様のご機嫌取りに各業界がカルテルを結び暗闘中。いずれは一番資金力がある所か連合を組んでこれも高額で落札に来る。」


「オークションの元締めとしては願ったりじゃないか。」


「単なるオークションならばね。」


「単なるオークションじゃないのか?」


「大奥様はかなりの策士よ。このオークションを切っ掛けに帝国の空気(ムード)を一変させるお積りよ。」


「たかが学院生講演が帝国のムードを変えれるのか?オルレアの魔法か?」


「それは無いわ。純粋に人の世の営みの理に則った策よ。」


「それで策源地が大奥様なのか。」


「そして私達は手駒として働かされている。」


「いやなのか?」


「とんでもない。寧ろ好都合よ。」


「何が都合が良いんだ。」


「オルレアのデビューよ。」


「デビュー?何処にデビューする。王室にはもうお披露目はすんだろ。」


「帝国によ。帝国臣民によ。」


「全国デビューだな、」


「そう。太皇太后のお気に入りのオルレアが大奥様の肝煎りで全国デビューよ。」


「何のメリットがある?」


「オルレアには今のところこれと言った後ろ盾はないわ。」


「せいぜい831(おれたちぐらいだ。」


「ありがとうルイ。そう言ってもらえると凄く嬉しい。」


「ああ、泣くなよ、」


「ごめん。・・・オルレアは学院生で教会の神司と言っても帝国臣民にはほとんど関係ないけど、」


「そうだな。」


「太皇太后のお気に入りで大奥様の後援があるしかも研究内容が古典的絵画と女の仕事と思われて来た機織り。これで保守派や旧スィアール王国系の人々の心を掴む、少なくとも心情的親近感(シンパシーを持つ人を増やしたい。」


「なるほど、これは心理戦か、カナリーはどうする?当て馬か?」


「カナリーも臣民にとっては無名の学院生だけど、奥様の意向を受けてオーバル城内の王室内の改革に取り組んでいる印象を与えます。メイドに語学教育などは他の貴族には思いも付かない事でしょうから。」


「確かにそうだ。それにカナリーの自分の時間を使って王室に奉仕する姿は称えられべき事だと思う。」


「講演内容も古大陸との貿易交渉言語である現代リシャ語の研究とスィアール王国で雅語として使われていた古リシャ語の比較。新しい風、皇后さまの新時代を予感させる風を感じてもらいます。」


「印象操作作戦か。」


「そうよ。」


「でも、それだと大奥様と奥様の対立を連想させないか?」


「大奥様の狙いの一つはそこよ。」


「どこだ?」


「つまり、嫁姑対立を煽り騒ぎその機に乗じて何おかを企む輩のあぶり出し。」


「又は、騒ぎを心配する忠心派を見定めるか、」


「そうね。オロオロするだけの者と勇気ある忠言を吐ける者の見極めも。」


「厳しいな、」


「そうよ。多分、貴族と商人がある程度選別されるわね。」


「でも、一般臣民には関係ないだろ。」


「そこが最も重要なポイントよ。」


「良く判らんが。」


「スィアール王国はもう今は昔。ノスタルジーの対象でしかないという事を感じさせたい。というのが大奥様の狙い。」


「なるほど、そして新しい時代は既に動いているという事を若いカナリーとメイド達で感じるのか。」


「そう。」


「なかなか難しい作戦だな。」


「戦争は戦闘の停止を持って終了ではないという教訓よ。」


「戦闘の形態が様様あるのは学院の戦争論で学んだが、実戦をまじかで見ている訳か。」


「これは私達の世代の戦争の幕開けでもあるの。」


「俺たちの世代の戦争?世代間戦争なのか?」


「今、今年中には太・・大おばあさまがなくなられる。」


「・・・!本当か?」


「少なくとも大奥様はそう感じられている。」


「何処からの情報だ?」


「グレースの観測報告よ。」


「信頼度は高いな。」


「それと同時に大奥様は引退をお考えと洞察される。」


「誰の洞察だ。」


「クレマスタッフよ。」


「なるほど、それを根拠にクレマ達は何を画策している、」


「特には・・何も。ただ、オルレアの侍女(レデイメイド)としてはオルレアの帝国へのデビューのいい機会かと捉えているわ。」


「オルレアをデビューさせてどうするつもりだ。」


「取り敢えずはそこまで、先の事はまだ分からないわ。」


「そんなこと言ってもなにかあるんだろ。」


「決まっているのはあなたが軍に入るという事。私はどうすればいいのかしら、」


「…すまん…。」


「あなたに謝られてもというより、謝ったりしないでよ。あなたはあなたの道を歩いて欲しいの。私は私で何とかするわ。」


「そうは言っても・・」


「なんじゃなんじゃ、痴話げんかか?」


「オルレアにクリス、明けましておめでとう。」


「さっき別れたばかりじゃろ。何だかこそこそとわらわの名前を連呼するものがおるようじゃで来てみれば犬も食わぬとは、わらわも無粋じゃのー、かーかッかッかッかッか。」


「これじゃーね~、先が思いやられるわ。」


・・・・・・・・・・・・・・・


「これじゃ~ね~。先が思いやられるわ。」


 2年生生徒会室の机の上の山積みされた書類をどうにか押しやり、マグカップを一つ置くとユニの嘆きに答えるように


「どうしたの?何か問題発生?」


と言いながら、グレースは椅子を引き寄せ腰を下ろす。


「ありがと・・・先月の対抗戦の実況報告とその対策報告書(レポート)なんだけどさ、」


一口啜り、ユニが答える。


「誰のほうこく?」


グレースも自分のカップで両手を温めながら、


「新人さんたちのよ。」


「酷いの?」


「報告書はよくできているわ。流石学院生と言った所よ。」


「だったら何が問題なの?」


「3年生の対抗戦の伝統種目に私達が改良を加えるべき新しい工夫の余地が見当たらないのよ。」


「学院が今の形になって五十有余年。棒倒しは棒倒しでしょ。改良とか必要?」


「伝統墨守という道もあるけど、」


「勇猛果敢、支離滅裂で行く?」


「それは全体会議で決めましょ。」


「そうよ。今はオークション対策よ。」


「分かっているけど“バトンタッチの幕開け”ね。プロジェクト名だけでも何とかならないかしら、」


「オークション計画でいいじゃない。誰かさん以外はこれで行きましょ。」


「でも、先月は2年生生徒会役員のメンバー補充をしてくれて本当に助かったわ。」


「体育会や文化会の手助も、もちろん助かるけど、責任感が違うものね。来年じゃない、今年の文化祭、対抗戦、卒業就職という三大プロジェクトの他にもいろいろあるからね。分担しないと回らないわ。」


「文化祭と対抗戦の傾向と対策は継続して研究してもらうとして、取り敢えずオークションと今年の3年生の卒業式を何とかしましょ。」


「3年生の卒業式の運営は私達2年生の仕事だけど、これは伝統墨守でいいわよね。」


「何か変わったことは各研究室や部活で行ってもらうからいいとして、3年生生徒会役員の追い出しは私達の仕事。お世話になったのだし何か趣向を凝らしたいけど、スケジュールが・・」


「オークションを開催して、講演会も実質私達主導で行うんでしょ。」


「そうよ。落札者に任せとくと地味な学術講演にしかならなそうだし、少し演出がいるというクレマの強い主張を無視するわけにはいかない、」


「あ~、其処はクレマの意向を優先して、私からもお願するわ。」


「グレースのお願いはオーバル城からのお願いも同じという事で、私達はいいけど新人さん達にはどう説明するの?」


「そこは次期生徒会長さんの手腕に期待するところ大よ。」


「そう言われてもね~。お気軽なアダンにでも相談して何か捻り出さなきゃ。」


「そう言えば、新人さん達の所属は決まった?」


「一応、採用面接の時に聞いた希望に沿って調整しているけど~、」


「けど~って、何か問題?」


「何だか監査希望者がいないのよ。」


「どうして?」


「まあ、仕事の内容がいまいちイメージしにくいとか、他人のアラを探すみたいでとか、何よりもクレマの二つ名がね~。」


「クレマって二つ名があるの?」


「いろいろあるみたいだけど、一番の通り名がね。」


「何?」


「黄色い悪魔!」


「う~ん、それって私達の所為?」


「自業自得でしょ。」


・・・・・・・・・・・・・・・

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