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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
 二年生編 帝国歴77年
183/204

 24 祭りのあと’77-2

 少し遅いスタートの中食であったが、お八つのお茶も何杯目だろうか、黄昏が降りてこようとしていた。


 皇太后とグレースの話は多岐にわたり纏まりがあるようでいて、纏めたりもせず、深く考えてはあるが口調は軽く、砂糖菓子の話から遠い未来の話まで取り留めもなく続いた。


「もうこんな時間ね。暗くなる前に帰れるかしら、」


「大丈夫です。」


「今日はありがとう。皆と共有できることはよく話し合って、胸にしまうことはそれはそれで、きちんと胸にしまってね。」


「はい。皇太后様。」


「それではごきげんよう。おやすみなさい。」


「皇太后様もどうぞご自愛ください。」


・・・・・・・・・・・・・・・


 ここひと月ほどの間、食研、古研、武研などの策源地となっていたテヒハウス、爺ハウス、ヒュパハウスは何とかこのニ週間で日常を取り戻し、更に今日一日かけて綺麗に磨き上げられた。ヒュパハウスに避難していた物も人も日没前には元の状態に戻された。纏められる資料は纏められ、焼却されるべきものは焼却された。

 夕暮れとなり、食研も古研も武研もそれぞれのメンバーは各自のアパートメントに帰り、賑やかだった建物も本来の住人だけになる。テヒハウスの四人が階下に集まり大テーブルに着く。


「何だか急に、もの寂しくなったわね。」と、クレマ。


「お茶でも淹れるわ、」と、テヒ。


「祭りの後なのじゃ。」と、オルレア。


クリスが磨き上げられた銀色に輝く溝付様式鎧(フリューテッド)を鎧掛けから丁寧に鎧櫃にしまっている。クレマが、


「やっぱりしまっちゃうの?」


「はい。貴重な鎧ですのでお返しすべきかと。」


「そうね。それ一つで高級馬車か、ちょっとした邸宅が買えるとか言ってたけど、」


「お金の事は分かりませんが今では貴重な御業で作られた国宝級の鎧です。」


「まあね、300人程の者が見ただけで宝物殿行きなのはちょっと残念ね。」


「道具は使ってこそ価値があると言っても、普段使いにするモノでもないし、これから使う機会があるとは思えないんだけど、クレマ、これが活躍するような心当たりでもあるの?」と、テヒ。


「なにもないわ、」とクレマ。


「随分あっさりね。」とテヒ。


「でも、ガッパーナたちが随分勉強になったって、」


「そう、ところでこれからどうするの?明日から12月よ。」


「3年生の対抗戦が始まる。」


「何か掴んでいるの?」


「それが何にも。3年生に特に動きが無いので例年通りだろうって、」


「それじゃ今までの資料なんかが役に立つわね。」


「そう願いたいわ。明日からは私達が3年になった時の為にいろいろ情報収集しなきゃ。」


「クレマはどうするの?」


「生徒会として文化祭の報告書の制作。研究発表の報告だけどストリートでのポスター発表も含めると例年の3倍以上の内容になるので他の事には手が回らないわ。」


「そー言えばオークションどうなったの?」


「今は整理して、精査して教授会の審査委員会に上げる為の資料を作成中よ。」


「もう二週間が過ぎたけどそんなに大変なの?」


「記入漏れが有ったり、良く判らないので説明を求める、だのが有ったり。でも大半は面白半分悪戯並みみたいのが、ほとんどっていう所ね。」


「クレマが担当しているの?」


「私はまだ報告書で手いっぱいだもの、新しい生徒会役員にお願いしているわ。」


「わらわ達はもうヒマになったじょ。」


「だったらオルレアも手伝ってよ。」


「それはいかんのじゃ。誰にも向き不向きがあるでな。自分で蒔いた種じゃ、自業自得じゃ。」


「そんなこと言っていると、しっぺ返しがくるわよ。」


「竹箆返し?来るならこいじゃ。」


と、その時、ドアノッカーを打つ音がした。


・・・・・・・・・・・・・・・


「今帰りなの?」


そう問いかけながらテヒがグレースを迎え入れる。そのまま、温かいお茶を淹れ大きなダイニングテーブルに座らせる。グレースがひと息入れるのを4人は見守っていたが、堪え切れずクレマが声を掛ける。


「今日は、中食に大奥様に呼ばれていたわよね。それの帰り?」


「そうよ。」


「もう、酉の刻じゃない。」


「まだ、申の内よ。お腹空いた~、何かない?」


「今日の昼、手伝いに来てくれた人たちのお昼にミートパイを作ったの。たくさん焼いたその残りで今日の夕食にするつもりだったけど、それでいい?」


「テヒありがとう。勿論それでいいわ。」


「それじゃ、ちょっと早いけど、夕食にしましょ。」


全員が手早く夕食の準備を手伝い、温め直されたミートパイをメインに食卓を整えていく。


「それでは、神の恵みの糧としてテヒ飯を頂くのじゃ。こころして食せ。」


オルレアの唱導で簡単な夕食を始める。


「おいしい!これ柔らかいわね。パイってもっと硬くてボソッとかガツッとした印象だったけど。テヒの新作?」


「ゆっくり食べて、食研の試作品よ。ペストリーをいろいろ工夫して生地自体も楽しめるものになって来たわ。」


「今日、大奥様が文化祭ではどんなお菓子が人気だったかとご下問・・質問されて、食研のいろいろなお菓子のことをお話しして差し上げたの。とても喜んでおられたので呼び出しがあるかも、」


「そう、それは光栄なお話しだけど12月は対抗戦でしょ、」


「ええ、大奥様のお話しでは例年通りで帝都のファンも満足するものになるはずとの事よ。」


「そうなの、他にはどんなことをお話しされたの?」


「そうね。まずはみんな気になってる“おばさん、お元気?”作戦の評価だけど、直接的には私達に関係ない事を説明して頂いたわ。」


「どういう事?」


「王室王家ではロッド様の婚姻問題が今、重要課題で、王家親戚筋のプライベートな問題であるけれども王室とも関わり合いが深い問題で、ひいては帝国の重要課題に発展する可能性があるので、早々に解決を図りたい。先ずは従姉の皇、奥様を通じて本人の意思確認からという事でたまたま文化祭が利用されただけだそうよ。」


「あら、グレースのお見合いじゃなかったの。」


「とんでもない!」


「それは残念じゃった。ロッド自身は伯爵位じゃろ、いずれは実家の侯爵家を継げばグレースは侯爵夫人であったのに、もったいない。」


「やめてよ。大奥様にも言われたけどそんなつもりはないわ。それに貴族の世界はいろいろ面倒事が多そうで、私は自由にやりたいの。丁寧にお断りしてきたわ。」


「そうか、まあ、一学院生には王家貴族の継承権争いなどは関係ないの~。巻き込まれでもしたら大変じゃ。」


「そうよ、オルレア。大奥様は学院生の未来に干渉することはしないとお約束してくださったわ。そんなことよりオルレア。あなたこれから大変なことに巻き込まれることになるわよ。」


「なんじゃ。言ってるそばから巻き込まれるのか、」


「太皇太后さまが・・オルレアの発表をお聞きになりたかったと、お漏らしになったそうよ。」


「?」


「太皇太后さまは余りお加減が優れないの、」


「そうか。」


「でも、オルレアの機織りの事は大変気にかけておられて、研究発表を聞きたかったと、」


「有難い事じゃ。」


「それで、ご進講の要請が来るはず。」


「う~ん。」


「それはいいのよ。オルレアだけの問題だから。問題はここからよクレマ。」


「えっ?わたし~!」


「そうよ。大奥様はそれを誰か、たぶん出入りの商人にお漏らしになる。」


「情報漏洩ね。」


「世間話よ。」


「それで?」


「どこぞの多分、どこかのギルドが、繊維か織機、服飾なんかのギルドが太皇太后さまのご機嫌伺いにクレマの研究講演の権利を落札に来るわ。」


「寝たきりの太皇太后のご機嫌を伺うとはそれ程忠義の者がいるのか、」


「バカねオルレア。太皇太后さまの名代の大奥様のご機嫌を伺うのよ。」


「何故じゃ。」


「王室を差配しているのは表向き奥様と言うことになっているけど、実権は今だ大奥様が握っておられる・・」


「そうなのか?」


「と、多くの人が思っているのよ。」


「それがどうした。」


「大奥様はその雰囲気を一掃して今上陛下夫妻が帝国の城外も内裏も実質支配していることを平和裏に印象付けたいのよ。」


「なかなか胡乱な事よの~。」


「太皇太后さまはスィアール王国の王女、大奥様もスィアール王国の大貴族の姫さま。家宰のイーファン侯爵は太皇太后方の貴族、」


「つまりなんじゃ?」


「王室の内所は旧スィアール王国系が掌握してきたの。それは、旧王国勢力を抑えるための政略だったそうよ。」


「つまりは表は小王国連合、裏は旧王国が掌握しているという事か。」


「そうやって帝国のバランスを取って来たということよ。」


「それはそれで問題がないのじゃろ、」


「今ままではね。」


「これからは違うという事か。」


「今上陛下は若くして帝位を継承なされたけれど、前帝王からお仕えしている旧王国系のイーファン侯爵が家宰としてそして、生母の大奥様も旧王国の姫様として旧王国派の願望や希望を受け入れられるものは受け入れ、そうでないものは毅然と排除して現帝国を裏から支えてきた歴史があるけれど、今上皇后さまは五小王国連合出身のお姫様。そしてロッド様も元五小王国連合の王家の血筋。」


「新しい時代が来るのか。」


「五代、70年もたてば旧王国勢力の野望も一息ついたか。」


「そういう意味で、今上陛下の婚姻は画期的で、ロッド様の家宰就任はその仕上げね。」


「家宰を旧王国派から迎える事は出来ないのか?」


「慣例的に婚家筋から家宰を迎えて外戚の諸々を制御する(コントロール)する狙いがあるのよ。」


「いろいろ王家もあるのじゃの~。」


「何呑気な事言ってるのよ。オルレアがスィアール王国の幕引きをするのよ。」


「わらわがか、」


「そうよ。そしてクレマ、新しい時代の幕開けをお願いされたわ。」


「へぇっ?。私がロットと結婚するの?駄目よ、わたしは、」


「何寝ぼけているの。奥様の時代だという事を演出するのよ。」


「どうやって?」


「それを考えるのがあなたの仕事でしょ。」


「う~ん、どうやって、」


「大奥様がオークションはいい機会だと仰るのよ。」


「う~ん、ど~やって~、」


「また、クレマにこきつかわれるのかの~、」


「どうやってよ‼」


・・・・・・・・・・・・・・・


 今、帝国に生きる人のほとんどは、新帝国が成立した後に生まれた人達である。

 お伽噺に、昔話に、スィアール王国時代の様々な話を聞いたことはあるだろう。しかし、帝国人として教育を受け、帝国人としての恩恵を受け、帝国に恩義を感じ、帝国に挺身してきた。今更、スィアール王国の復興を願う者はいるのだろうか?王家の血筋には、世が世ならと妄想を抱くものがいてもおかしくはない。しかし、例え一人二人いたとしても、まともな頭脳を持つ者なら妄想は妄想と片付けるだろう。もし、まともな頭脳の持ち主でなかったら?いや、周りが気づいて適切な処置を取っているはずである。監視の目に漏れがあるのだろうか?監視網から漏れるような者に何か事を起こすような力はあるまい。杞憂である。


 それは多分、郷愁といった感情であろうか。いや、慕情と言う方が適切であるかもしれない。そう慕わしい感情に気づいてもらうのだ。慕わしい、追慕や懐古といった感じ・・母上・・母上の姿を思い出してしまう。そう・・こんな感じでオルレアの発表を演出しよう。誰かいい演出家を探さなきゃ・・


 晦日行明けの月齢0の夜の闇にクレマは眠りへと落ちていった。

 

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