22 文化祭5
小春日和という言葉はこの陽光の為にあるのだろう。冬立ちの望月を祭った後の麗らかな日差しを帝都では小春日と言うが、再来週、早ければ来週にも冷たい雨がやってくる。木枯らしが飛ばした落ち葉の踏み音に、冷気と陽光の、吐息の白さと白露の輝きに、「もののあわれ」を刺激される。
文化祭の最後の午後は名残を惜しんで祭りのあとの余韻に浸るのが恒例であり、多くの人々は馴染みの店に入って少し早い酒を詫びれる事なく飲める幸せに感謝を捧げた。帝都から家族連れなどでやって来た人々はオーバル城をまじかに見学し早めに帰宅して、今日の体験や子供たちはお気に入りのお菓子などの話をしながら団欒を楽しむために早めに帰路に就く。
そんな予定を乱された人々がいた。ひそひそと囁く声が伝播して行く。
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「だから何があったんだ」
「ダンゴむようを言い渡されている。」
「ダンゴムヨウ?・・それは、他言無用じゃないのか?」
「・・・そうともいう、」
「他言無用と言うのは他人に話してはいけないという事だ。てめえと俺っちは生まれた時は違えども酔いつぶれる時はいつも一緒。言ってみりゃ義兄弟も同じだ。義兄弟といや~家族同然、もう他人じゃない。だから大丈夫言ってみろ。聞かせてみろ。いや~きいてしんぜよう~。」
「そっ、そうか。家族に言うなら他人に言うのとは違うな・・そういう事なら話そう、」
「よし来た。そう来なくっちゃ、それでどうした。」
「まあ、そうだな。祭りの人ごみに押されてある建物に迷い込んだと思いね~、」
「迷い込んだか。そうか、」
「それで前を歩く4人が盛んに、だんご、だんご、と叫んでいくんで団子でも食えるかと後を付いていったな。」
「団子好きか、おら~饅頭が怖い、」
「それで、どこぞの教室に入って座っていると、今度はわらじ、わらじと騒ぐ五人組が入って来た。」
「草鞋みてーなステーキでも出るのか、」
「いや、椅子だけで食机ひとつない。そんでだ。何だか教室の外が一瞬ざわついたかと思うとシーンと静になって黒装束の一団が入って来たんだ。」
「黒装束?」
「真ん中に青い背広を着たどこぞのうだつの上がらない貴族の若様みたいのを囲んでだ。」
「貴族のボンボンの取り巻き連中か?団子に草鞋に取り巻き寿司か、ははん、大食い大会か、」
「50人程の席がある部屋には女子学生と学院生が10人程に団子と草鞋と巻き寿司で半分ほど埋まったと思いね。」
「それでどうなった。」
「なんだか前の方がざわついて、どうしたんだと思っていたら、学院のおねーちゃんが出て来て話を始めた。」
「何の話だ。」
「ダンゴムシの話だな。」
「団子の虫?なんだそれは、」
「庭の石なんかをどかすと、下に隠れている虫だ。」
「あの、石を持ち上げると丸まって死んだふりをするダンゴムシか!」
「そうだ。」
「それで、」
「それでって、」
「それでどうなったと聞いてんだ!」
「怒ることは無いだろう。それで、学院生のねーちゃんがひとくさり話をしたら、脇にいたガッコの先生みたいなのが、なんか言ったら、わらじ野郎たちがなんか言ったので、団子野郎たちが何か言いかえして、そこへ青背広のボンボンが割って入ってあーだこーだと煽るんで喧嘩が始まるかと思ったら黒装束が懐に手を入れたね。」
「黒装束が懐に手を入れたか、そいつはやばいな。」
「おらもそう思って、どうしたら逃げ出せるかと心配になった。」
「ビビったか、」
「あーちびりそうになった。」
「そうか、情けねー、」
「情けない気分になった時だ。」
「とうとうやったか、ブスッと!」
「いや、前の方に座っていた金髪のねーちゃんが突然立ち上がったんだ。」
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「お静かに。」
凛とした声と姿にその場の全員が動きを止めた。黒スーツの5人はオルレアの後ろのクリスの姿を認めるとその威武の気に抗うことなくゆっくりと腕を下ろす。オルレアが威光を収め、壇上に向き直り、
「座長。お騒がせしました。どうぞお続けください。」
そう言うとゆっくりと着席した。
「ありがとうございます。それでは、時間も、だ、い、ぶ、押していますので、本日第5題の発表に移らせて頂きます。「古代文学における騎士の姿」と題されて76TG3-1-01ルイ=シモン君の発表です。ルイ君は自身騎士爵をお持ちで15歳で学院に入学を許された駿才です。騎士爵の由来となった古代の騎士の姿を明らかにしたいとこの一年研究されました。其の成果をお聞かせいただきます。」
「パリス先生、過分なお心遣いとご紹介ありがとうございます。皆さまに騎士の姿を思い出して頂きたいと思い、私の話を聞きながら騎士の甲冑の着付けを同時にご覧いただきたいと思います。・・壇上に上がったのは馬上槍同好会の学友です。今日の午後馬上槍同好会の実演・模擬練習会を行いますので興味を持たれた方はどうか足をお運び下さい。それでは私の騎士についての発表を行います。」
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「以上が私の騎士についての思いであります。皆さまご清聴ありがとうございました。」
「ルイ君、大変興味深くロマンチックな発表ありがとうございました。プレートアーマー着付け隊の皆さんもごっ苦労様。とても現実的で、でも子供の頃の憧れを思い出させていただきました。さて、時間も押していますが、お一人ほど質問を受け付けましょうか。」
「はい。」
「大変勢いよくお立ちになった、青い背広の紳士の方。ラベルホールの赤い花・・薔薇でしょうか?とてもお似合いです。手短にご質問をどうぞ。」
「パリス座長、ご指名ありがとうございます。大変、興味深く拝聴しました。ルイ氏の意見によると武士と騎士の違いは女性に対する態度と言うか接し方に違いあるという事でしたが、どちらも自分の守るべき民、保護すべき領民であるのには変わりがないのですが、騎士は特に領主の奥方に対しては恋人の様に接するという事でした。それは不倫ではないのでしょうか?」
「プラトニックラヴが不倫なのかはどうかは議論の分かれる所ですが、理想の愛を忠誠を捧げる領主の奥方に捧げるのは、女神に対する敬愛の行為と同じと思っております。古代において領主の奥方は美しさにおいても知性においても女神の具現であったのではないかと思います。武士は武神に対する敬愛はあってもそれ以外にはあまり興味がないようです。一方騎士は武と美と智を愛したのではないかと思います。以上が私の答えです。」
「なるほど、武のみを追求する武士に対して、武と美と智を求める騎士と言う考えに深く感銘を受けました。ところで、今日のデモンストレーションではそう言ったモノを見せて頂けるのでしょうか。」
「恐れ入ります。生憎、学友と練習を始めたばかりです。何とか馬から落ちずに敵に見立てた的に槍が当たればと願っております。」
「ご謙遜を、それはそうと、何時に始まりますか?」
「13時、羊の上刻に始める予定です。」
途端にお付きの者が傍による。「何とかならんのか」「・・・」「では、今から始めよ」「・・・」
「ルイ殿。些か所用があってその時刻には参上出来ぬのです。何とか14時開始にして頂けないでしょうか、」
「しかし、いろいろ他の方のスケジュールがありますので難しいかと思います。」
「そこをなんとか・・」
突然、金髪の女学生が立ち上がる。
「ルイ殿。どこぞの紳士殿が是非馬上槍同好会を見たいと仰せなのだ。何とかならなくても何とかするのが騎士と言うものであろう。」
「しかし・・」
「しかしもかかしもない!ならばお主に代わり拙者が宣言しよう。馬上槍同好会は14時開始じゃ。」
その言葉に何人かが走り去った。
「どこぞの姫様、お力添え感謝します。私は所用がありますのこの辺りで失礼致します。では、14時再びお会いしましょう。」
そう言うと、青い背広スーツの紳士がつかつかと壇上のルイに近寄り、左胸の一輪を抜きだすと「今朝、奥が差してくれたものです。これは騎士殿が持つべきものでしょう、」とルイの学生服の左胸ポケットに差し込んで去って行った。
黒いスーツと青いスーツの一団が去った後、教室の外の廊下当りが些かざわついたが、教室の空気はどっと緩む。壇上の隅でプレートアーマーを着せられ突っ立っていたファイが兜の面当てを上げ
「おい、ルイ。いまの陛下だろ。なんで帝王陛下がこんなとこに来るんだ。」
その言葉に、スッとオルレアが立ち上がる。
「ファイ、今のは帝王陛下ではないぞ。どこぞの貴族のボンボンじゃ。かーかっかっかっか。」
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帝丘の北側の学院の敷地のなかにあるレストランでひそひそ話が続く、
「という事は帝王陛下が学生の団子虫の話を聞きに来ていたということか。」
「どうもそうらしい。」
「陛下は団子が好きなのかそれとも虫が好きなのか、」
「それは分からんが、陛下がご臨席と聞いてもう腰が抜けた、」
「腰が抜けたか、それでどうした。」
「そのまま、最後まで座っているしかないだろう、」
「それもそうか、ところで陛下のご尊顔を覚えているか、」
「そんなもの覚えている訳ないだろう、」
「なんだ、情けない。」
「どうしてだ。」
「それはそうだろ。もし、陛下がその辺を歩いておられたら、こんにちはのひと言もおかけしたいじゃないか、」
「そうだな、朝、道を歩いていたら向こうから陛下が歩いてこられて、すれ違いにおはようございますってか。」
「バカ、そんなことがあるか、」
「ちがいねェ。」
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テヒハウスは大忙し。
「どうしてそんなに料理を作っているのじゃ?」
「だって、御前試合よ。人が集まる、腹が減る、弁当が売れる、でしょ。」
「商売熱心ね。」
「商機を逃さない。来年の活動費の確保よ。」
「ところで、クレマは?」
「ヒュパハウスで待機しているはずよ。オルレア、顔を出してあげて。」
「う~ん、小言を言われそうじゃ。」
「しょうがないでしょ、あんたが撒いた種でしょ。どう蹴りをつけるか相談しておいて、」
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「オルレア、どういうつもり。」
「まあ、しょうがないじゃろ。クレマの男が男を上げる機会を設けたのじゃ、許せ。」
「で、どうするの?」
「クレマの口上で幕開けじゃな。」
「それで、こんな格好をさせたの?」
「古代の騎士が愛を捧げるお后様の設定じゃ。」
「その次は?」
「ファイの軽業じゃな。」
「軽業?」
「ファイは、軽装騎兵、軽騎兵志望じゃ。自前の胸甲も用意している。馬は近衛騎士団のを借りてきたからそれでいいじゃろ。いろいろ練習の成果を披露させる、こんな所じゃ。」
「次は?」
「ウエイズとコーキンに古い甲冑をつけて型稽古の披露じゃ。」
「馬上戦?」
「馬上で何合かやり合って徒歩で木剣でまあ木剣が折れるくらいまでやり合って最後は組討ちでという事で今、形をつけておる。」
「一応筋書きがあるのね。」
「どちらが仕手を取るかで揉めているがの、」
「そこまで何分?」
「40分は持つじゃろ。」
「短いわね。」
「何、次は馬球大会を入れる。」
「馬球?出来る人いるの?」
「近衛騎士団からも人を借りた。馬研究会と乗馬部にも声を掛けた。ファイとウエイズ、コ―キンも参加すれば鬱憤も晴れようぞ。」
「三人の?」
「三人の馬のじゃ」
「これで、40分費やすとして80分か、」
「その後、ルイの馬上槍練習のお披露目じゃな。」
「40分も持たないわ。」
「当然じゃな。」
「それに、馬球大会の後じゃ地味でルイが可哀そうよ。」
「何事も準備運動が大切じゃ。」
「その後何かあるの?」
「当然。」
「クリスね。」
「そうじゃ、クリスが奥様から送られたプレートアーマーに包まれ、冬の夕日に照らされながら、練兵場の向こうに現れる。」
「あの素敵な甲冑を煌めかせながら現れるのね。」
「ファイが挑む。軽く一蹴じゃ、」
「鎧袖一触ね。」
「ウエイズとコ―キンが二人掛で挑む。」
「でも、軽くあしらわれるだけよ。」
「そして、ファイと三人で取り囲む。」
「少しはもつかしら、」
「クリスにはファンサービスを考えよと言ってある。それなりにハラハラドキドキじゃ、」
「でも、敵わないわね。」
「最後はルイとの一騎打ちじゃ、」
「少しは見ごたえがある試合ができるかしら、」
「槍を抱えたルイとあの四尺棒を持った白銀の騎士が一直線に駆け寄り駆け去る。」
「どうなるの?」
「一合一触、完膚なきまでに叩き落されて終わりじゃろ、」
「それじゃ、ルイの見せ場が無いじゃない。あんまりだわ。」
「これも騎士の修業ぞ。かーかっかっかっか。」