21 文化祭4
11月17日水の曜日。学園文化祭最終日の朝、クレマは慌てていた。
昨日、テヒハウスのクレマ宛に荷物が届けられた。一つは帝丘オーバル城の武器庫から馬上槍用の鎧と馬鎧が一式。すぐさま、古代語研究会を中心に詳しく調査検討するために爺爺ハウスに送った。更に2領の全身板金甲冑が届いた。送り状にはクラーク侯爵家侍史の名で「古い甲冑で申し訳ない」旨が書かれていた。問題は皇后陛下の家政婦長から送られて来た甲冑である。ガッパーナを呼び出し
「女物よね?」
「そうだな、女子としては高身長・・170以上用だな、」
「クリスは着れるかしら?」
「ちょっとした直しでだいじょうぶだろう。」
「何時間でできるかしら?」
「J*J*Jの力を借りれば3時間だな。」
「そんなんに?」
「最高の鋼が使ってあるので硬い。おまけに溝付様式だ。細かい作業になる。古い甲冑とは比べ物にならない。」
「馬上槍用甲冑は?」
「あれも時間が掛かる。特殊な形状だし、馬鎧もある。」
「古い甲冑も今晩中に直した方がいいわね?」
「明日の午後使うとなると、明日の午前中はトーナメントアーマーに掛かりっきりになりたい。そうだな、古い方は着用者を呼んでルイと鍛冶仲間に任せる。女物はその横でJ*J*Jの6人で対応しよう。両方を俺が監督する。」
「明日の朝は全員でトーナメントアーマーに取り掛かるという事ね?」
「それよりももっと人手がいるな。盾や兜の意匠をどうする?」
「イショウ?」
「兜には兜飾り、盾には紋章なんかを普通描くもんだが、すべて削り取られている。」
「う~ん、練習用甲冑という事でそこは省いちゃダメかな?」
「せっかくの晴れ舞台だぜ?」
「でも、みんなに負担をかけるわ。」
「そうだな。では、マントかサーコートでちょと派手にしよう。」
「その辺は無理のない程度であなたに任せるわ。」
「わかった。ルイを呼んでくれ、」
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朝からクレマは慌てていた。それでも朝食はルイと共に摂る。
「あなた、今日発表よね。」
「ああ、」
「講義棟の教室よね。」
「ああ、」
「私は今日は大講堂の担当で見に行けないけどがんばって、」
「ありがと、」
「緊張してる?」
「いや、たぶん顔見知りしか聞きに来ないよ。」
「う~ん。普通教室は小隊50人席、大講堂の大隊1300席に比べれば小さいけど、2年生はいろいろ忙しくて、第3中隊から見に行けそうな人は10人もいないわ。」
「そうだろう、第3は一昨日の件でいろいろシフトを代わってもらったりで空いてるやつはそういないし、そもそも古典文学なんて興味のある奴はまずいない。単純に全学院生1500人を10会場に10分割しても150人。会場警備や運営その他模擬店や部活の企画で3年と2年の半分は発表を見れない。発表見学は完全に自由意志だから面白そうなもの人気のあるものに自然と人は流れる。文学で古典で今はもう廃れてしまった騎士がテーマなんて。同じ文学でも、今流行りの魔法冒険物語研究なんかに比べれば10分の1いや100分の1も人気はないだろう。だから生徒会も一番小さな会場を振り分けたんだろ、」
「まあね。事前の調査でも地味な印象なのか興味があるという人はいなかったわね。」
「まあ、お茶会部の何人かは見に来てくれると言ってくれているし、研究室の2,3人と01の四人は来ると言っているから10人はいるだろう。後は一般の街の人が何人か来てくれるといいんだが、」
「私の代わりにオルレアとクリスが行くわ。J*J*Jたちは忙しいし、テヒ達食研関係は掻き入れ時って感じだし、1年生は軍関係、官僚関係の発表に流れるわね。多少は本当に自分の興味がある分野に行くと思うけど、古典文学ね~、コテンパンよね、」
「何も勝ち負けを競っている訳でない。俺にとって大切な騎士と言うものをどう理解したか発表するだけだ。原稿は読んでくれたんだからクレマが理解してくれればそれでいい。」
「そう言ってくれると、うれしいけど。折角だから多くの人にルイの思いを知ってほしいと思うの、」
「そんなことより、夕べの甲冑はどういうことだ?」
「あれね。まさかこんなことになるとは思わなかったのよ。」
「と、いうと?」
「一昨日の奥様の陰護衛の時、あなた茶店に甲冑姿で来たでしょ。」
「ああ、街頭ポスター発表だったからちょっとは騎士をイメージしてもらえるかと思って、」
「グレースが言うには、あの後、金合歓を出た後ね。暫く奥様とクラールさんが歩きながら話したらしいの、」
「うむ、」
「クラールさんが今時、騎士に興味があって研究する学生がいるんですね。って、」
「ああ、」
「そうしたら、奥様がグレースに、どうなの?って、」
「ふむ、」
「グレースはあれはルイですよ、オーカーベレーのルイですよって、」
「それで、」
「えっ?そうなの、見違えたわ、どうしたの?って聞かれて、グレースは当り障りのないところをご説明して、それで前の甲冑が小さくなって困っています。学院生だから新しい甲冑も用意できなくてって、」
「そうか、」
「そしたら、クラールさんが屋敷を探せばもう使わない古い甲冑があるかもって、」
「なるほど、」
「そう言えば、お屋敷にはいくつか甲冑が飾ってあったわよね。って奥様が、」
「うん、」
「いや、流石にあれは、先祖伝来の物ですし、他人に譲る訳にはいきませんが、供回り用の数ものなら私が見つけてきましょうって、」
「そうか、」
「そしたら、奥様も私も主人に聞いてみるわって、」
「それが、昨日の大騒ぎという事になったのか。」
「そうね。それで御厚意を無下にする訳にを行かないから今日の午後の馬上槍同好会の公開練習にお披露目したくて皆に無理をお願いした訳。」
「いきなり呼び出されて、ガッパーナに何とかしろと言われた時は面食らったが、なかなか面白かった。甲冑の直しなんかそうそう経験できないからな。」
「そう言ってもらうと、気が楽になるわ。ありがとう。」
「いや、それより、大丈夫か?」
「うん?何?」
「時間だよ。」
「え~もうこんな時間!・・はやくいってよ~。」
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朝からクレマは慌てていた。いや、走っていた。
学園の大講堂の運営責任者として30分前には会場入りしようと思っていたのに、
「遅れてごめん、座長を務めて下さる先生方は?」
「楽屋入りされています。」
「挨拶してくるわ。」
そう言って、舞台袖の楽屋に消える。文化会系会頭が回してくれた手助は皆しっかりしていて助かる。いや、当然か。他の中隊の学院生だ、皆優秀だ。打ち合わせは昨日の午後に済ませてあるので挨拶だけだ。「こんな大きな会場の座長に指名してもらって光栄だ。」と言った挨拶に微笑を絶やさず応対する。「流石に文化系の発表は歴史ものが多いけど、この会場は政策の変化と今後への提言を扱ったものが多いよね。」「軍関係の軍制武器と新兵訓練の変移なんてオタクだね。」と言った会話に「官僚、軍関係のお客様も多いと思いますので会場からの質疑応答はお手柔らかに」などと言って進行の円滑化をお願いする。生徒会6人の発表が無い一人分をここに回して時間的余裕を持たせたと言っても24分だ。今は発表の内容より円滑な進行が問題なのだ。文化祭も五日目で慣れが出てきたかもしれない。最終日だからもう大丈夫と言った気持ちが危ない。手助に注意を与える。遅れて来たので外回りの体育会系の警備・誘導担当者たちへも配置を確認しながら声を掛けていく。何とか走り込んで会場の客の入りを確かめ予鈴を鳴らした。
「後は何事も起きませんように!」
そう祈りながら、本鈴を鳴らす。総合司会者の挨拶から座長の紹介があり、いよいよ最終日の発表が始まった。
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クレマは慌てていた。いや、むしろ焦っていた。
2年生生徒会会計ユニが担当するホール会場にはTG77文化祭研究発表運営本部が設置されている。そこから、急報が届いた。「講義棟第10会場。遅滞発生。」何が起こったのだろうか?遅滞とは遅れているという事だが事故とは書かれていない。誰かをやって詳細を知りたいが、割ける人員が無い。責任者たる自分はここを離れられない。いつもは近くにいてくれるウリも今はガッパーナの所だ。時間的にはルイの発表時間である。ルイの前の発表者に何かあったのか?会場の中に問題が、それとも外か。まさかルイに急変があったのか?様々な妄想が沸き上がるがこちらもしつこいというか物分かりの悪いというか研究発表会慣れしていない田舎ものか、農業政策の地域格差について重箱の隅をつつくような要領を得ない質問をしている。もう朝から15分は押している。予備時間を食いつぶしている状態だ。座長に巻きのサインを出す。流石に慣れた態度でまとめてくれたが、あと5題もある。時間が経つのが遅い。次の知らせが無い。ユニ何をしているの!第10会場は小さいし人気のない表題をまとめたので文化会系会頭からの手助に任せた所だ。あ~、私が担当すればよかった。もしかしたら「ダンゴムシ研究」にオタクが殺到したのか。否、いくら何でもダンゴムシに50人以上の人間が集まるだろうか。もしかしたらファイにルイのお古の甲冑を着せると言っていたけど全身完全板金甲冑を着たファイとルイがまた格闘して建物を壊したのかしら・・まさかね。6題目の発表が終わったころ続報が来た。「第10会場遅滞原因解消。20分遅れで進行中。」何だか分からないが、トラブルと言ってもたいしたことが無いようだ。こちらも何とか最後まで無事に終わらせて、12時30分までには3年生生徒会が開く講演会に引き渡さなければ。よし、気合だ!
総合司会者が閉会を宣言し何とか2年生の研究発表会を終えた。さっさと撤収だ。
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クレマは慌てていた。いや、むしろ息を切らしている。
「ユ、ユニ、ホールの撤収は?」
「何とか時間までには終えたわ。」
「ルイの所、何があったの?」
「それは、ここじゃ言えないわ。クレマはルイの槍同好会の公開模擬練習に出るの?」
「裏方を手伝うことになってる。」
「それじゃ、急いだほうがいいわよ。詳しくは誰か、ルイか01達に聞いて。私は研究発表会の後始末にまわるから、」
「分かった。お願い。」
ひと仕事終えたが息つく暇なく、次に走る。ユニは生徒会室へクレマはテヒハウスへと向かった。
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クレマは慌てていた。いや、むしろ喉を詰まらせていた。
「ウッグググッ。」
「クレマ大丈夫、はい、これ、水を飲んで、」
「ありがとう。ヒュパ、」
「ところで状況がつかめないんだけど説明してくれる?」
「そうね、その前に食連提供の新しい中食を取り敢えず食べて。」
「食連?」
「食料関連連合会よ。テヒを名誉会長に食研のラクレとサフランが中心にまとめている。」
「生徒会には報告が上がっていなかったと思うけど、それにラクレって、3-2-17の?」
「そうよ、3-3-07のサフランとね。」
「サフランは分かるけど、食材関連の研究会よね。ラクネは鉱物研究じゃなかったかしら、」
「そうよ、農業生産にはリン鉱石が、栄養としてミネラルという鉱石が必要なのは習った通りよ。」
「そういう事ね。それでラクレとサフランが食料という鍵概念で横のつながりを構築したという事ね。」
「構築しつつあるというのが正確かな。その試験的宣伝的活動として食料・料理関連の研究発表に新しい中食のスタイル、弁当なるものを提供したのよ。」
「なんだっけ、第二と第七だったか料理研究発表の時、軽食を出したいというのを許可するかでグレースが議題に上げていたあれね。それが、これ?」
「そう、その残り?お裾分けかしら、サンドイッチのランチボックスとお米のおにぎり弁当だそうよ。」
「まあまあ、行けるわね。」
「民族的伝統や個人の好みがあるのであくまで弁当なる新しいスタイルの提案ね。」
「軍隊の糧食とは一線を画す問題ね。」
「そうね…って、そんなことより今は着替えて頂戴。手伝うから先ずは制服を脱いで、」
「え~、どうするの。訳をせつめいしてよ~、」
「はい、この下着をつけて、乗馬用よ。・・・訳わね。第10発表会場の3題目の発表が終わって、4題目が始まろうとしたとき、4、5人が観客席に入って来たの。」
「想像が付くわ。さしずめダンゴムシ4兄弟ってとこね。」
「流石クレマ良く判るわね。」
「5題目がルイだから、その前のダンゴムシ研究にムシオタクが五人ぐらいは聞きに来るんじゃないかって朝、話していたの。」
「ちょと外れね。五人じゃなくて、」
「10人もいたの!?」
「内訳はダンゴムシ応援が4人、一般の迷い込んだだけの人が一人、そして反ダンゴムシ派のワラジムシ応援団が5人。」
「ワラジムシ?」
「そう、ダンゴムシ対(VS)ワラジムシ論争が勃発しているらしいの、」
「何処で、」
「主に昆虫界と教育界。さらに森林,造園関連と地震研を巻き込んでね。」
「はあ~、」
「でも、問題はそこじゃない。」
「えっ、どこ?」
「更に、上下黒い服装の一団が乱入してきたの、」
「まさか、クロムシ派の殴り込み?」
「それが、黒スーツが五人!」
「黒スーツ?何それ、」
「陛下の親衛隊の黒スーツよ。更に廊下には親衛隊の赤揃えが1分隊。」
「陛下はお忍び気分で、青の背広スーツで入って来られたんですって。青虫気どりかしら、もしかして青いダンゴムシだったりして、」
「陛下って、虫オタクだったの~!」
クレマは慌てていた、いや、むしろ、絶句していた。