20 文化祭3
喫茶金合歓の窓から見える金合歓の大木の下にいたカップルが突然痴話喧嘩を始めると別々の方に歩き去った。アダンはカナリーを呼ぶ。クリスがマントの隠しから紙の束を出してカナリーに渡した。カナリーは生徒達に向かって、
「さあ、お茶の時間は終わりです。この後は各班に分かれて街中を人混みの中を歩く練習です。これからお店を出て右手の公園で説明します。皆さんは美味しお茶とケーキを出して下さったお店の方と親切な紳士にお礼を申し上げましょう。」
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「お城のメイドとは言え流石に少女20人は疲れるな、」
「アダンは大人の女性が好みなの?」
「もちろん君達も十分範疇だが。」
「私達に囁くより、この後どうするのよ。他のお客が入って来たわ、私達も出る・・?」
「いや、今日は俺とルネの奢りという事で、ルイとクリスも来たとこだしもう少し付き合ってくれ。」
「まあ、お前の奢りなら余計な事は言わないが、好きなものを頼んでいいか、」
「もちろんだ。」
「メニューの一番上のお茶でなくても大丈夫か?」
皆がどっと笑う、ルイが怪訝そうに、
「なんだか楽しそうだなぁ、」
と呟いた。
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甃の道を歩きながら思う。帝都には年に一度か少なくとも2年に一度は来ているが帝丘に登るのは何年ぶりだろうか、従姉上の結婚式以来だから20年ぶりか、
「若様。・・若様。」
「うん・・どうした。」
「少しこちらにお寄り下さい。」
「・・ああ。」
と、メイドの一団を道端によけ、やり過ごす。今日は帝丘の北側は学園の文化祭とやらで人通りが多い。若様と呼ばれた男が従者に声を掛ける。
「指定の喫茶店は何処だ?」
「あの木の下あたりのはずです。」
「約束の時間に間に合うか?」
「はい。遅くもなく早くもなく指定の時間に着きそうです。」
「それは上々。」
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喫茶店の扉を開けると稲穂鈴が鳴る。誰もこちらを気に留める事もなくお茶を飲み話に興じている。見渡せば空いている席が無い。10人程の学生服の?いや、学生服に交じって無理やり甲冑を括り付けた感じの騎士風の偉丈夫と黒マントとを羽織った秀麗な剣士とが一緒に賑やかに話している。奥の席に老夫婦が幼子と若いナースメイドを静かに見守りながらお茶を飲んでいた。ナースメイドはまだ不慣れなのか幼子にケーキを食べさせる様子を見て、老貴婦人が何か小言を言っている。商人風な男が女子学生に何か必死に訴えられている・・商談か売り込みか。学生街と聞いていたので若いカップルが多いのには驚かないが、しかし何故か男が二人横並びに座っているテーブルがある。空いたテーブルが無いのでどーしたものかと入り口でただ様子を見ていると、一番見晴らしの良さそうな窓際のテーブルでお茶をしていた金髪の女学生と黄色い髪の女学生の二人連れが、
「こちら空きますのでどうぞ。マスターご馳走様。忙しい時間なのにごめんなさい。」
と、立ち上がった。黄色い髪の女学生が大人数のテーブルに近づいて行く、黒マントの剣士が半仮面を付け、細長い棒を持って立ちあがり黄色い髪の女学生と二言三言言葉を交わす。黄色の髪の女学生は一足早く店を出る。剣士と先ほどの金髪の女学生がゆっくりと出口に向かってきた。二人は軽く会釈をして店を出ていった。テーブルの上のカップがかたずけられ左程待つこともなく座る事ができた。ちょっと迷ったが入り口がよく見える席に座ると女学生が2名入って来た。一瞬立ち止まったが男が二人で並んで座っていたテーブルに「お待たせ。」などと声を掛け自分の後ろの席に座った。テーブルはすべて埋まっている。席を譲ってくれた女学生に感謝だなと思ったが金髪だったこと以外は思い出せなかった。店の者が注文を取りに来た。それは待ち人が来てからと答え、大きなガラス窓から外を見る。店の目印となった大木の向こうから貴族のご婦人が女学生と腕を組んで店に向かってくるのが見えた。髪を整え視線を扉に向ける。扉鈴が鳴り、にこやかに談笑しながら入ってくる二人を立ち上がって迎える。
「従姉、お久しぶりです。」
「ロッド、お待たせしてごめんなさい。」
「いえ、私も今、座ったとこれです。」
「このお店すぐ分かったかしら?」
「はい。手紙に書いてあった通りにやってきました。ちょっと人通りがあって、驚きましたが、」
「そうね。今日は学園の文化祭だから。私も娘とこのお嬢さんと3人で文化祭を楽しんで来たところよ。」
「娘?ルナですか?」
「そうよ。」
「・・ルナは?・・久しぶりです。ずいぶん大きくなったでしょう。」
「そこまで一緒に来たんだけど、お友達とばったり会ったのでそちらの方に行ったわ。親といても面白くないみたいでちょっと寂しいわね。」
「そうですか。確か11か12歳になったと思いますが、あねうえに似て美人さんになったでしょう。会いたかったな、」
「何年ぶりかしら、」
「あね上にお会いするのは3年ぶりですかね。どこぞの饗宴で少し立ち話をして以来ですが、帝丘でお会いするのはご結婚式以来です。」
「そうなるかしら。」
「今日はどのようなご用件でお声を掛けて下さったのですか?」
「あなたが帝都に来ていると聞いたので久しぶりに元気な姿をみたかったのよ。城だと大仰になるし、ここならいろいろ気にせずにお話ができるから、・・・無理を言ったかしら。」
「そうですか。それで侍女と?」
「あ~、この娘はグレースと言って、義理の姪なの。ここの学院生なので時々話し相手になってもらっているのよ。」
「おうけの・・?」
「そこはいろいろあってね。今は王家とは関係ないのでこうやって気軽に付き合えるの、あなたも何かと気を使わなくてよくてよ。」
「そうですか、そうですか。それでしたら改めて、グレースさん私はロッド・クラールと申します。以後お見知りおきを、できれば従姉上の近況などお聞かせください。」
「ロッド・クラール様。ご丁寧にありがとうございます。わたくしはグレース・ロンドと申します。わたくしの方こそ、叔母様の事をいろいろお聞きしたいとお願い申し上げます。」
「二人とも堅苦しい挨拶はそれぐらいにして、気軽な文化祭と言ってもそうは時間が無いのよ。ひまそうなおばさんに見えるかもしれないけど、ロッドあなた35歳になったはずよ。結婚の報告も相談もないのはどういうことなのか説明して、まずはそこからよ。」
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にぎやかな声が店内に響く。10人程の学院生達の声だ。
「それで、ルイ。その恰好でポスター発表した効能は有ったのか?」
「ファイ、何か馬鹿にしていいないか?」
「馬鹿にしているのはむしろそっちの方だろう。」
「そうかな、騎士の格好をして騎士について語るのは良くないか?」
「いや、むしろ普通ならそれは正しいと思う。騎士が騎士を語る事こそ正当だ・・・が、その無理やり甲冑を着けました感がいけない。いくら何でもその甲冑は身長170前後のサイズだろう。いくらベルトで調整できると言っても190のお前には小さすぎる、ムリがある。」
「流石に俺もそう思った。ベルトを一番長くのばしても入らなくて、とに角無理やり胸甲を取り付けたけど、ちょっと動くとずれて落ちそうになる。」
「それで、何だかおかしな動きなのか。新しい道化の登場かと思ったぞ。」
「ちょっと、ファイ。それはあんまりだわ、」
「そうよ。そんなに言うならあなたが代わりに着なさい。」
「それがいいわ。ルイの研究発表は水の曜日最終日でしょ。ファイはもう終わっているんだから当日はファイが甲冑をつけてルイの発表を手伝いなさいよ。」
「おいおい、何で女子はみんなルイの味方なんだ。」
「何を言ってるの!ルイはクリスの直弟子よ。みんな知っているわ。」
「それがどうした。お前たちと何が関係あるんだ。」
「おお有りよ。クリスの弟子なら私達06の舎弟も同然でしょ。」
「どうしてそうなる。」
「当然よ。男女平等とは言っても何かと男が偉そうにしているわ。01が隊長で06が副隊長なんて誰が決めたのよ。」
「そうよ。そうよ。」
「偉そうにしてるなんてそんなつもりはないが。いや、それは便宜上と言うか伝統的にそうなっているんで取り立てて意味は無いと思うが。」
「ベイシラは黙ってて、あなたはテヒの尻に敷かれているからって男であることには変わりないんだから。」
「おいおい、どういう意味だ。」
「それはいいのよ。今は。問題は01のルイが06のクリスの弟子であるという事よ。」
「そうよ。当然ルイは私達06の舎弟としてそれなりの礼節を取るべきでしょ。そうよね風紀のルネ。」
「えっ!なんでそうなる?」
「些細な礼節を尊重することが風紀の第一歩。風紀紊乱の予防でしょ。生徒会の風紀担当としてどうなのルネ。」
「いや、礼節を尊重する事が風紀であるという意見にはもっともと思うけど、クリスとルイの事は二人の個人的な事情であって、他の者には関係ないのじゃないかな。」
「まあ、師弟の礼を取れと言っている訳ではないけど、師匠の姉妹筋に当たる私達にもそれなりの敬意を払いなさいと言っているのよ。」
「百歩譲ってルイが君達06に師姐の礼を取れとと言うのを認めたとして、それがルイ以外の俺たちに何の関係がある。」
「ファイ。あなた忘れていない?あなたた達ルイの馬上槍同好会でクリスの教えを受けているのよ。」
「そうだがそれがどうした。」
「例え学院生の同好会と言えども、教えを受けたからには師と仰ぐべきでしょ。」
「う~んそうきたか。」
「そう来たかじゃないわ。クリスは何も言わないかもしれないけど、いやしくも騎士道を学ぶものが礼節を軽んじるのは如何かと思うわ。」
「なるほど、君達の言う通りかもしれない。」
「オイオイ、コ―キン。裏切るのか。」
「ファイ、ここは騎士らしく女性陣の意見に従うべきだと思う。」
「でもな~、」
「いや、今の議論を整理してみれば一理あると思う。」
「ウエイズまで・・」
「そうだファイ。俺たちは全員騎士の嗜みとしての馬上槍をクリスに教えてもらっている。それは事実だイイな。」
「ああ、」
「つまり、クリスは俺たちの師匠だ。」
「取り敢えずはな、」
「そして、この女性たちはおなじ06としてクリスの同世代の姉妹の様な関係であると主張する。」
「そうよ。」
「古き礼節では、師匠の兄弟弟子は師伯や師叔と呼ぶ。よって俺たち01にとって06は師叔いや女性だから師叔母と呼ぶべきだな。」
「いや、ウエイズ。そこは師姑だなテヒの処ではそう言っていた。」
「ベイシラ、姑と呼ぶのは一般的でないと思う。嫁入り前だし。ここは素直に叔母さんと呼ぼうじゃないか。それでいいなルネ風紀担当。」
「エ~!なによそれ~!」
「なんであんた達におばさん呼ばわりされ中いけないのよ。」
「それは、風紀礼節のためさ。おばさん!」
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窓際の従弟と義理姪と貴婦人が座るテーブルのお茶とケーキは消え、
「そろそろ時間かしらグレース、」
「はい。」
「それじゃロッド。あなたの今の様子は分かったわ。元気でやっているのは何よりと言いたいけど、そろそろ貴族の務めを果たす頃よ。近日中にお城から呼び出しがあると思うけどちゃんと出て来てよ。」
「はい。従姉。」
「それじゃせっかくだから文化祭を楽しんでいってね。私も帰り道だけど少しは面白いものが見たいわ。」
「畏まりました、義理叔母。」
「おばさま・・か~、私もあの若いおば様たちの仲間に見えるかしら、」
「あねうえそれはどういったお気持ちで、」
「馬上槍同好会なんてのがあったのね、」
「はい、義理叔母。学生の同好会ですので馬も鎧も対戦相手もいない情けない状態ですが。」
「そう、それはチョット不憫かしら・・・、ロッドあなたの屋敷に甲冑の一つや二つ転がってないかしら。」
「そうですね。今時、全身甲冑というは珍しすぎて特注になると思います。古い練習用か供揃え用の物なら探せば何処かにあるやもしれません。」
「そういうものなのね。お城に飾ってあるものじゃダメかしら。」
「それは些か、あれらは名品ですので高級馬車並みのお値段がします。学生のお遊びに貸し出すの如何なものかと思います。」
「そんなにするモノなの?」
「はい。」
「それは残念ね。若者の夢のお手伝いをしたいと思ったのだけど。」
「分かりました。あねうえ。屋敷の倉庫になければ古道具屋などを当たってみてましょう。」
「ありがとうロッド。わたくしも、良いものが見つかるようお祈りしておきます。ではグレース待たせました。皆で店をでましょうか。」
地の秋終の陽光が、朽葉色の諧調を楽しませてくれる穏やかな午後の中に、歩き出して行く。