19 文化祭2
文化祭期間でも未明の過ごし方は変わらない。瞑想は雑念を追い払うのに多少手間取ったが、呼吸法はいつもの自分を取り戻せていた。審体操では気合十分、細胞の一つ一つにプラーナを巡らせた。そしてルイと朝食を摂る。
「今日は急がなくていいんだ、」
「01達に会場管理を頼んだから、昨日、うち合わせを済ませたので、今朝はゆっくりできるわ。」
「ファイたちも面白がっていたよ。じっくり他人の発表を聞けるって、」
「生徒会の仕事なんって、興味なかったみたいなのに、」
「まあ、みんなそれぞれいろいろやる事があるからな。」
「この文化祭自体は3年生がいろいろ取り仕切っているから、2年生は割と自由が効いて良かった。」
「それだけ、研究発表に尽力しろと言うことさ。」
「まあね。でも、奥様が突然いらっしゃるなんて、胡散臭いわね。」
「考えても仕方ない。本来なら3年生の仕事だろうが、オーカーベレーにご指名あったんじゃ、しょうがない。」
「そうね。お陰で何の因果か、こんな風にちょっとだけゆっくりできて感謝しているわ。ところで、あなたの今日の予定は?」
「おいおい、すべてを把握しているんじゃないのか。」
「無理よ。午前の発表関係だけでも五百題よ、おまけにポスター発表の準備をしていたので仕事が二倍。このひと月は他の事に手が回らなかったわ。」
「自分で仕事を増やしたように見えるけど、」
「そう言われればそうだけど、一生に一度の発表になる人も多いはず。そうは言ってもこの体験は必ず、これからの自分の人生の基点、基軸になるはず。皆には全力を出してもらいたいの。」
「生徒会のメンバーはどうなる。発表は免除されているだろ。」
「演壇に登っての発表はね。でも、この研究発表会の報告書を提出しなければならない。」
「それが、研究発表の代わりなんだっけ。」
「そうなの。学院長の受領印をもらわなければならないのよ。」
「指導教授の発表許可印みたいなものか。」
「そうよ。特にユニ、グレース、ルネの官僚専攻組には学院長推薦の判断材料になると言われているわ。」
「そうか、でもクレマには関係ないんだろ。」
「そうね、私には関係ないけど、でも何事も楽しまなくっちゃ。」
「何事も楽しむためには全力で取り組まないとか、」
「そうよ。」
「ところで、そろそろ出た方がいいんじゃないか。」
「あら、もうそんな時間?楽しい時間てあっという間にすぎちゃうわね、」
「この後はどうするんだい?」
「え~と、各発表会場を見て回って、その後グレース達とリハーサルね。」
「任せたんじゃないのか。」
「もちろん、信頼して任せたわ。だけど激励に行ってもいいでしょ。」
「そういう事ならまあいいか、」
「あなたは?」
「ユニと各隊員との最終打ち合わせ、ほとんどぶっつけ本番の奴もいるんで、設定とサインの確認をしておく。」
「自分がどんな役回りで歩いているのか、走っているのか分からないと頓珍漢な通行人になっちゃうわね。午後はアダン達と01達のお礼のお茶会よろしくね。はい、これ金合歓の入場券」
「あー、貸し切りにしたんだって、よくそんなお金があったな。」
「グレースとカナリーの話を聞いた家政婦のコル女史が、メイドの教育費と言う名目でそれなりのお金を下さったの。」
「へ~、物分かりのいいハウスキーパーだな。」
「おまけに大奥様のハウスキーパーにも話を通して下さって、12時30分から14時30分までカナリー先生の特別城外研修という事に。あの子たち初めてお城の外を歩くみたいよ。喫茶店も初めてらしいので指導役に5人も中級メイドをつけて下さったの。」
「それはすごいな。カナリー先生も大変だ。」
「あなた達もお行儀良くしてよ。お店で一緒にお茶するんだから。」
「あ~、俺はチョット遅れてい行くけどファイたちにはよく言っておく。」
「遅れていくって、この大事な時に何の用事があるの。」
「ポスター発表さ。今日は最終日、水の曜日の研究発表者がポスター発表の割当日だろ。」
「えっ!・・そうだった。え~ッ!!ルイのポスター発表見れないじゃない~!」
・・・・・・・・・・・・・・・
喫茶金合歓のいつもの窓際の席ではなく奥まった場所に4人掛けのテーブルを3台寄せて大きな島を作り、アダンを始め10人の2年生が軽い昼食を摂っていた。他の席はいつの間にか無人となっている。
「おいおい、ここは俺たちだけか?貸し切りか?」
と1-1-01ファイがアダンとルネに話しかける。
「そんなことは無いが、似たようなものか。取り敢えずみんなお行儀良くしてくれ。」
「なんでそんなことをわざわざ言う、アダン。何かあるのか、」
「来れば分かるが、お城の新人メイド達がここで喫茶店研修をすることになっている。どうか良いお手本になってくれ。反面教師というのは無しだ。彼女らは高等小学校を出て田舎からすぐにお城に上がった。そういう訳で城の外に出るのは今日が初めてだ。喫茶店の利用の仕方と文化祭の模擬店で街中にお使いに出る練習というのが目的だ。」
「アダンが何故メイドの研修をしているの?」
と、1-1-06ゾーイが聞いてくる。
「俺じゃない。3-3-09カナリーがいろいろあって引率してくる。」
「カナリー?あ~言語学部リシャ語研究室のカナリーかしら?」
と、5-1-06セオドアが聞き返す。
「でも、お城のメイドって貴族学校や女学校を卒業したそれなりの良家のお嬢様が就職するものじゃないの?」
と、2-1-06ヨランダ。
「私の友人も去年お城に上がったわ。」
と、4-1-06のクセニア。
「それは所謂、行儀見習いというやつだ。」
「なにそれ、」
「つまりどこぞの貴族の子女が2,3年お城でメイドをしてました。という事で釣書に書くためにお城に上がるのとは違い、本当の意味での縁の下の何とかだ。」
「ずーとお城に勤めるのか?」
「いや、コ―キン。22、3で大半が外に出るそうだ。」
「22じゃちょっと嫁に行くには遅くないか?」
「そうだが、お城で10年メイドを勤め上げたという事はそれなりに職業経歴としては上等でメイドギルドに入るにしても縁談にしても十分な条件だそうだ。」
「つまり、俺たちのお茶の飲み方が彼女達の将来を左右するという事か。」
「ファイ、其処迄貴様に影響力があるとは思えない。」
「ウエイズこそ、幼気なメイドに手を出すなよ。」
「もうあなた達いい加減にしなさい。」
と叱られたところで稲穂ベルが鳴る。カナリーが店に入って来て店長が出迎える。カナリーの後に続いてメイド達が入って来る。お仕着せの外套を手に持ち午後のメイド服、エプロンやホワイトブリムなどは外して仕事中でないことを示していた。カナリーがアダンの処に来て、
「アダン、今日はよろしく。」
「1時間ほどだな。」
「ええ、合図よろしく。」
「心得ている。」
「皆様、お騒がせしますがどうぞよろしくお願いします。」
と、カナリーは全員に頭を下げると後ろに向き直る。四人一組で一つのテーブルに着いている。
「では、皆さんお座りになってください。セカンドメイド長の方は個別指導の程よろしくお願いします。では、生徒の皆さんただいまから研修を始めます。」
カナリーは一同を見渡し一礼した。
「皆さんはこのような喫茶店は初めてと伺っています。ここは学院の学生もよく利用するとても親しみやすい良い喫茶店です。皆さんがお休みの日にひとりで又は友人とお茶をする時など先ずはこの喫茶店をお勧めします。でもそれはまだまだ先の事です。しかし、メイド長のお供をしてお城の外で、出入りの商人などとお仕事のお話しをすることになる日が突然やってくるかもしれません。もしかするとそれは明日かもしれません。その時どのように振る舞えばよいかをこのお店をお借りして今日はお勉強します。これは奥様のお計らいで実現しました。ちょうど城北は文化祭というお祭りですので帰りには少し人通りのある道の歩き方を練習しながら帰りますのでそのつもりでいて下さい。」
まだ幼さの残る顔立ちの少女たちが目を輝かせて頷く。
「皆さんはお仕事で喫茶店や食堂に入りました。お客様が「さあ、お好きなのを頼みなさい、掛かりは気にせず私が持ちますから」などと言われる事が度々あります。そのような時はどうしたらいいのでしょうか?」
暫くの間少女たちの反応を見ていたカナリーは再び語りだす。
「その時はメニューの一番上にある一番お安い紅茶を頼みます。」
チョットがっかりした息が漏れる。
「皆さんは、これからいろいろな仕事の専門職となっていきます。ハウスメイド系やキッチンメイド系などに分かれていきます。それは皆さんがお仕えしている奥様の代わりにこの国一番の仕事をしなければならないからです。なんでもしなければいけないオールオブメイドとは違うという事です。きちんと教育と訓練を受けたこの国一番のメイドであるという誇りを持ってメニューの一番安い紅茶を注文してください。では、お店の方に注文をセカンドの方々は良く見守ってあげて下さい。」
お店の店員がテーブルを回って注文を取り厨房に下がると再びカナリーが、
「相手の方が「お茶だけでなくケーキもどうぞ」と食べ物などを勧めて下さることが間々あります。そういう時はどうすればいいでしょうか・・・、そういう時は「お茶だけで、結構でございます」と丁寧に遠慮、お断りをして下さい。」
溜息が漏れる。
「再三、勧められた時、上司のメイド長などが「それでしたら有難く頂きます。」と言い、「あなたもお好きなのを頼みなさい」と言われた時はどうしたらいいでしょうか・・・その時はメイド長と同じケーキをと答えます。大丈夫心配いりませんあなたの上司は必ず一番お安いケーキを注文しますから。この時の判断は上司の役目、お付き合いという高度な社交テクニックが用いられているので一人の時は「お茶だけで結構です」と必ず言ってください。理由は今は仕事中で取引業者からのケーキや高級紅茶は賄賂つまり犯罪に当たるからです。」
そうこうしているうちにお茶とケーキが運ばれて来た。どうしたものかと困り顔のメイド達に、
「皆さんが注文してもいないケーキが運ばれてきました。これは賄賂の可能性があります。賄賂を受け取ると罰せられます。・・・さあ、どうしましょう。」
美味しそうなケーキを前に困り果てたメイド達。すると、突然アダンが立ち上がり、
「皆さんケーキを食べても大丈夫です。皆さんがもし賄賂の疑いで捕まった時は私が証人になり、あなた達の奥様に証言します。ちゃんとお茶しか頼んでいなかったですと、出されてしまったケーキはお店にもケーキにも悪いので仕方なくお召し上がりになったのですと。」
輝く顔を見てアダンは
「如何でしょうか先生。」
「はい。そうですね。皆さんは必ず相手と二人っきりで会ってはいけません。必ず証人となって下さる他のお客様いるお店に入ってください。今日はこちらの紳士が証人になって下さいました。さあ、大奥様からのケーキを安心して召し上がれ。」
そう言うとセカンドメイド達を各テーブルに付かせケーキの食べ方やお茶の飲み方を指導させた。カナリーはアダン達のテーブルに座りお茶を頼み一息つく様に
「流石、女誑しの異名は伊達じゃないわねアダン。」
「あら、アダンって誑しだったの?」
「そうよ、このバリトンで囁かれるとどうしようもできないんですって、」
「カナリーさんも囁かれたの?」
「わたし?私は相手にされないわね。有難いけどタイプじゃないみたい。」
「おいおい、各組の06に変なこと言わないでくれ、学院中の女子に警戒されたらどうするんだ。」
「アダンが女探しをしているのは事実でしょ。」
「俺は嫁を捜しているんで女漁りをしている訳じゃ無い。」
「うちの生徒達には手を出させないから、」
「何て言い草だ。」
と、湧きあがっていると二人が入って来た。一人はモサモサしたというか無理やり取り付けた甲冑をガシャガシャ鳴らしながら歩くルイ。そして一人は幅広の鍔の黒い帽子に黒マントの裏地の朱赤を鮮やかに翻し、半仮面と四尺の木刀入れをテーブルに置いたクリス。カナリーはクリスに席を譲ると、
「私は生徒達を見て来るから01同士楽しくやって、」
「ありがとう、カナリー。予定通りよ。」
と言葉を交わす。カナリーが生徒達の処に行くとさっきまで楽しく、年若い娘らしく華やいだお茶を楽しんでいた生徒達やセカンドメイドの動きが止まっていた。
「どうしたのみんな、静かになって。遠慮なんかしないでお茶のお代わりを頂いてもいいのよ。」
ひとりの生徒が勇気を振り絞って、
「せんせい、カナリー先生・・先生はあの方とお知り合いなのですか?」
「だれ?・・あの甲冑を着た人?」
「いいえ!あの素敵な剣士様です。」