17 紅葉の11月は
色の無い風が髪を揺らす。
11月の前半は外套を着こむほど寒い訳では無いので、制服の上に襟巻きというのが、この時期の定番である。学院の1年生は中間試験から解放され騒ぎ疲れてぐったりとしている。2年生は明日からの文化祭の最後の準備に忙しいそんな今日12日カナリーはいつもの聖曜日と同じく12時前にオーバル城北門脇の通用門を潜った。この北門は東西南北四つの正門のうちの一つであるが、王室家族のプライベートエリア直通の門であるため、めったに開くことは無い。脇の通用門を従者か召使いが時折使う程度である。正門は公私の公の為の門である。東門は軍の出征や凱旋式に使われ、西門は外国の使節を迎える為に使われる。南門は城勤めの官僚達の登城門として使われている。公私の区別をハッキリとつける帝国王室の者が北門を正式に出入りするのは生涯に一度きりと言われている。最も正門以外の門があるので非公式に城を出る時はそちらを使っているが。その一つがイヌイ門でる。城に用事がある時、学院生は生徒会長も含めこの門を使う事が慣例となっている。学園の教授を始め教職員はトラの門(ウシトラ門)を使う事になっている。しかし今、2名の学院の制服姿の女子学生がこの北の通用門を毎週聖曜日に使っている。幸運にも聖曜日の北門の守衛番に当たった番兵だけが、お洒落な女学生に遭遇する事が出来た。但し直立不動の姿勢のままで、である。首を巡らせて後ろ姿を追ったりしようものなら・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「グレース、ごきげんよう。今日は一緒に中食ね。」
「ごきげんよう、カナリー。今日は皇太后様からの呼び出しが無かったわ。」
そう挨拶を交わすと、2人は上級使用人用の食事室へと入って行く。グレースはすかさず家政婦長コル女史の横に並んで立つ。他の皆を出迎えるためである。今日は私的なお客様が無いので、執事長、侍史、侍女とハウスキーパーの4人に加え、ハウスキーパー心得という肩書のグレースと家庭教師並みという肩書のカナリーの2名の学院生が中食を取る為にこのメンバーに加わる。時々、私的なお付き合いのある貴族のヴァレットやレディメイド、平日はルナ様の家庭教師などがこの部屋で食事を取っている。王室は王家の長であると同時に最大貴族でもあるので公式の晩餐やパーティ―など多数あるが、公式行事は中務省が取り仕切っている。本当に私的なお付き合いの食事会や個人的な身の回りのお世話をするのがこのメンバーである。
「ところで、グレースさん。」
と、バトラーのブルーベック氏が、コル女史との打ち合わせの途中に話しかけてきた。
「はい。なんでしょうか。」
静にスプーンを置き、口元を拭いてから答える。
「文化祭三日目の土の曜日の午後、奥様がお忍びで文化祭をお楽しみになります。」
「・・・!」
「本来、他のご予定が有ったのですが、都合でキャンセルが発生してしまいまして、それならとルナ様とご一緒に、文化祭にお出ましになられますが、あくまでもお忍びでという事になります。」
「・・はい?」
「つきましては、グレースさんに案内役兼お付きのレディメイド役をお願い致します。」
「はい!」
「警護はオーカーベレーに頼みたいとの奥様のお言葉です。」
「?!はい。」
「13時にトラの門をご出発。15時にイヌイ門からご帰還という事でお願い致します。」
「はい!!」
「グレースさんの叔母上が文化祭にやって来たという態で如何でしょうか?」
「はい~!」
「あと、この方とお茶のセッティングもお願いいたします。」
「ぇッはい。」
「詳細はこちらに認めてありますのでよろしく。では、終わりのお祈りを致しましょう。」
(まだ食べていたのに)という思いを強く抱く事でパニックになる事を回避した。すごい形相をしていたのだろう、給仕練習を兼ねた新人のメイド達、つまりカナリーの生徒達が恐る恐るお皿を下げて行った。
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15時のお茶をバカ丁寧に辞退し、グレースは北門を出ると一目散にテヒハウスに向かった。テヒハウスではウヅキ達が明日からのそれぞれの同好会や部会で出す、食べ物やお菓子の準備に余念がなかった。
「クレマは?」
「どうしたのグレースすごい顔よ、」
「クレマは何処?」
「生徒会室じゃないの?」
「そっか、そうよね。」
「いや、アダンとポスター会場の設営具合を見に行くって、さっきメインストリートですれ違った時言ってた。」
「ホント!ありがとう。」
そう言うと今度こそグレースは走り出していた。
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五百題のポスター展示、雨が降った時の事も考えて十数か所の建物に分けることにした。それのどこだろう取り敢えずメインストリートを走りながら一番大きなホールのある講義棟のエントランスに飛び込んだ。
「どうしたのグレース、その恰好!」
「良かったクレマ。・・一大事よ!」
「えっ?何?」
「みみ・・」
「みみ?耳ね、こう?」
「:::::::::::::::::::::::::」
「アダン!2年生徒会を非常招集して。それから第三中隊の小隊長と副隊長を・・・ヒトナナマルマル時にテヒハウスに招集して、」
「クレマ。落ち着け。テヒハウスは食研でてんやわんやだ。うちでいいだろう。」
「そうね。そうしましょう。ありがとう。それじゃ生徒会もこのままJJハウスで」
「グレースと先に行っててくれ。ここの始末をして後を追いかける。」
「ありがとう、兎に角落ち着くわ。グレース、先に行って皆が集まるまで情報を整理しましょ。」
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「・・・という事で以上が作戦名〈お元気叔母さん〉の概略です。」
「クレマ、概略は取り敢えずいいとして、その作戦名は何とかならんのか。」
「あら、アダン。だったら対案をだしてよ。」
「対案も代案もすぐには思いつかないが‥なんだかな~」
「だったら、<叔母さん、お元気?>だったらいいかしら。」
「ひっくり返しただけだろう。それに「今より<叔母さん、お元気?>作戦を開始する」って誰が号令をだすんだ?」
「それは、ルイでしょ。」
「おい、ルイ。貴様はそれでいいのか。」
「俺も代案が浮かばないんでこれでいいかな、」
「ホントか?」
「お元気?の?マークの言い方ででニュアンスを報告しやすいんじゃないかな。」
「?⤵、?⤴で状況を伝えるか、」
「人混みの中での警護警備作戦だ。〇対無事通過とかいうより、叔母さん元気でした→の方がよさそうだ。」
「そう言われてみれば、良さそうに思えてきた。」
「アダンがよければ、決まりだな。」
「ありがとうアダン。それで、隊長たちには隊員の当日のスケジュールをユニに報告して、総監督はユニで今回も行きます。」
「クレマ、作戦は3つのパートにわけられるな。」
「そう?」
「13時から歩いての移動場面が第一幕だ。次は要人とのお茶の場面。第三幕がお茶終わりから15時までの移動場面だ。」
「そうね。」
「自然な警護となると、すれ違ったり追い抜たり立ち話をする振りをしながら見送ったりなどの演技的要素が要求されると思うが大丈夫か。」
「そこはみんなを信じるわ。」
「まあそうだが。ルイどう思う。」
「去年の人通りを思い出して必要な距離に不自然にならないように人員を配置するには詳細を詰める必要があるな。それと、お茶の場面は何処でお茶をすることになるのか、こちらの都合に合わせてもらえるのかが気になる。」
「通行人を装っての警護プランはやっぱりシグナとベイユに立ててもらうわ。」
「おいおい、大丈夫か。0.1秒単位の指令が来るんじゃないか。」
「まさか、不確定要素満載よ。もっと現実的になるはずよ。」
「そうなるように祈るよ。お茶の設定はどうする。」
「それについては、経験があるのでユニとオルレアとで台本を作ってもらうわ。」
「経験?」
「そうよ。多分みんなに何某かの役が振り分けられるから、ギコチナイ演技なんかせずに自然にいつもどうりお願い。」
「もうプランがあるのか。そうなると後は、お城の親衛隊との調整だな。」
「近衛隊じゃなくて親衛隊ね。」
「黒スーツや赤備えで出張って来られたら、たまらないな。」
「どうしたらいいかしら?」
「ここはひとつルイに親衛隊に出向いてもらって、視界に入らない所での陰護衛で我慢してもらう様話をつけて貰うしかないだろ。」
「分かった。クリスと一緒に俺が行こう。」
「ルイお願いします。」
「午後で良かった。午前中だったらこちらが身動き取れなかった。」
「そうね。アダン、台本が上がったら明日と明後日でシュミレーションして問題点を洗い出して」
「分かった。ユニに報告を上げて、文化祭全体との兼ね合いも確認しておこう。」
「たすかるわ。それじゃ一旦ルイ〆て、」
「それじゃ、隊長諸君はオーカー隊員に事情説明と周知徹底宜しく。スタッフはなるべく早く作戦指令書の作成をお願いする。ワクワクする文化祭になったと思う。みんな頑張ろう。」
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ヒュパハウス。テヒハウスに倣ってJ*J*Jの女子寮をそう呼ぶ。男子寮が爺爺爺ハウスと揶揄されたのに危険を感じ部屋子自らヒュパハウスと呼び始めた。そのヒュパハウスの一階の広い居間でクレマ、グレース、ユニの生徒会スタッフとJ*J*Jの4-19ジョイ、3-10ジョニス、5-09ルシアと部屋長の2-09ヒュパを含めた女子7人がテヒハウスからの差し入れを囲みながら〈叔母さんお元気?〉作戦について検討を行っていた。
「問題はこのロッド・クラール35歳とのお茶会ね。」
「ロッド・クラールって誰?」
「一応、調査報告書によると皇・・奥様の従弟という事です。」
「本当かしら、単なる設定じゃない?」
「そうかも。」
「もしかしたら・・逢引き?」
「それはチョット、奥様にそんなことが有る訳はないわ。第一自分の逢引き現場に娘を連れてく?」
「高度なカモフラージュかも、」
「ヒュパいい加減にしなさい。でも、グレース、ホントの処どーなの、」
「私もそれは無いと確信します。たまたま帝都に寄った親戚のそれも歳の近い従弟と会うだけだと思う。」
「まあ、金髪碧眼で身長がちょっと170が残念かも、独身って書いてあるから、従姉が心配して嫁探しのお見合いを計画したのかも、」
「グレースと?」
「えっ、わたし?」
「だって、グレースは奥様のお気に入りでしょ。」
「あり得るわね。」
「やめてよ~、」
キャーキャーワーワーとひと騒ぎが一段落したところで、クレマが
「まあとにかく、このルートで文化祭を見て回るとなると、お茶会は金合歓でという事になるわね。」
「そこなら私達も慣れているから都合がいいかも。」
「そうね。第二幕はそこでということにしましょ。ユニ、オルレアと金合歓でのお茶会という事で台本お願い。そうすると13時のお出迎えから金合歓迄のストーリーをグレースとヒュパでお願い。どこで立ち止まり、何を紹介し何歩で歩くか想定よろしく。それからジョイとジョニスはグレースと一緒にお出迎えだわね。」
「そうなるのね。ジョニス頑張りましょ。」
「もしもの時は風魔術と土魔術で初撃を防いで、突然襲われても最初の一歩を足止めが出来れば後は何とかなるから。」
「初めての魔術実践!風刃は使っちゃいけないわよね。」
「血を見るのはチョット。魔術も秘匿したいしから、できれば奥様には襲われたと、気づかれないようにしたいの。」
「風圧魔術で押し戻したり、泥濘魔術で足を滑らせたりね。」
「そういう事。」
「分かった。二人で連携して不自然さの無いように動きを先制できるよう模擬実験しておく。」
「第3幕はストーリーがどう展開するかでいくつもの選択肢が発生するわね。」
「どういう事クレマ?」
「もしこれが恋愛劇なら、逢瀬のあと、焼け木杭に火が付いて駆け落ちするとか、」
「えー!」
「恋愛劇ならばよ。もしかして他の愛人が現れて髪を掴み合っての修羅場とか、」
「恋愛劇でなければ?」
「友情ものなら、久しぶりの再会に吐くまで飲むとか、」
「奥様にそれはないわ。」
「戦争物なら秘密の情報のやり取りの現場に・・・」
「それもないわ。」
「単純にお茶して、親戚のうわさ話をして、別れた後は普通に文化祭を楽しむ事にしてよ!」
「いやいや、後からこっそりお嬢様にあの人が新しいパパよって、」
「どうしてもそちらに寄せたいのね。」
「まあ、何事もなく文化祭を楽しむか、そうでなければ無理やりイヌイ門に押し込む道順を考えておくわ。」
「そういう事はクレマの得意分野ね。よろしくお願い。」
「任せて、さあもう夜も更けたわ。明日は文化祭初日よ。ちゃんと休んで英気を養って頑張りましょう。」
クレマが解散を告げグレースとユニは自分のアパルトマンへと帰って行った。
クレマはルイが帰ってこないかと、テヒハウスの玄関に佇み冬の夜空を見上げる。
窓から漏れる灯かりに吐息が白く漂った。