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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
 二年生編 帝国歴77年
174/204

 15 九月のあめ

 第4聖曜日の午後、オーバル城北門の通用口を出たカナリーは傘をさすと学院と学園の間にある学生街の自分のアパルトマンへは向かわず、一人右手の径へと歩き出した。オーバル城と学園研究棟郡の間の林の陰が屋根にひっそりと落ちる建物の扉を押し開けると溜息ともに中へ入る。扉の上には目立たぬ扁額があった。


〖喫茶  蘭亭〗


 ヒュパは空気の動く気配に扉の辺りを見やると、


「あら、カナリー、」


と呟き、小さく手を挙げた。

カナリーは動きがあったテーブル席に目を凝らす。

部屋の落ち着いた光量に目が慣れると「意外ね。」と唇を動かし歩み寄った。

無言で掌が向けられた椅子を引き、隣の座席に大きめのバックを置くと男の店員に


「今日は24日ですよね。」


と声を掛け座った。


「畏まりました。」


と店員はカウンター奥の厨房へと消えた。ヒュパが、


「お茶を飲みに来るだけにしては、大きな荷物ね。」


「大奥様のご用が有って、」


「あ~、ご苦労様。クレマのとばっちりね。」


「私はまだいいのよ、友達にも会えるし、ご苦労なのはグレースよ。」


「どうして?」


「大奥様と奥様の間に挟まれてね。」


「嫁姑問題というやつね。」


「そういう、直接的な問題ならまだいいんだけど、」


「二人とも影響力が有り過ぎるから・・、」


「そうなの。周りが先走って振り回されるというより忖度の行き違いの未然の調整というやつね。グレースが生徒会に籍を置いていてよかったと本当に思うわ。」


「そう?何故?」


「あれじゃ研究なんかしている暇はないから、」


「王室の諸問題でいいんじゃない?」


「そのテーマなら修士論文並みね。発表できないけど、」


「・・この(ながあめ)が上がったら秋本番ね。」


「天は秋に分かれを告げるけど・・、」


「だけど、カナリーがこの茶店(さてんを知っているなんて、ちょっとびっくりかな。」


「それはこっちの台詞よ、ヒュパ。単なる学院の2年生がここに出入りしているなんて、」


「あら、単なる学院生でごめんなさい。私は去年の学園祭の時、研究棟に入り浸っていたから、その時から目を付けていたのよ。2年になってやっと落ち着いたので、一人になりたい時なんかにきてるわ。」


「そうね、去年は色々あり過ぎたわね。」


「あなたはどうしてここを知ったの?」


「私は皇太后・・大奥様にいいところがあるわよって、」


「えっ、もしかしてここは王室ご用達なの?」


「そういう訳じゃないけど、割と古い歴史と言うか謂れがあるのよ、」


「どんな?」


「ここは帝国歴24年に開店したらしいんだけど。」


「53年前?」


「そうなるわね。」


「それで、」


「う~ん、大奥様のお姑様が名前をお付けになったのよ。」


「蘭亭?」


「そう、それが・・、24年開業なら蘭亭ね。と、おもらしになっとか、ならなかっとか、」


「何故24年なら蘭亭なの?」


「そこが誰も分からないというか聞けないというか憶測と忖度の嵐が吹きまくった結果が素敵な薔薇の庭と蘭の鉢植えに埋もれた店内と言う結果になったらしいの、」


「蘭亭で蘭の鉢植えは分かるけど何故、薔薇園?」


「さあ~、いろんな憶測の結果かな。で、大奥様が毎月24日に行けるのならぜひ寄ってらっしゃいと」


「それで、ここに来たんだ。」


「ところで、ヒュパは何を召し上がってるの、」


「ここのオリジナルブレンドの紅茶とマドレーヌ。新麦のビスケットにしようかと迷ったけれど、雨だからしっとりかな、」


「基本と言うか、堅実ね。春蒔麦は取れたて過ぎて陽の匂いが抜けるまでもう少し落ち着かせた方がいいかな。それに香りを楽しむならもっとシンプルなクラッカーだろうけど。でも、女子が一人クラッカーを摘まみながらお茶はないでしょ。自分で焼いたんならともかく。やっぱり甘い~が、欲しいわね。」


「カナリーは何を頼んだの?」


「それは・・お楽しみよ。そろそろお茶がはいったみたいだから出てくるわ。」


「麦の刈り入れは間に合ったかしら、北の山の雨は大丈夫かな。」


「そうね。この雨が上がったら、またしばらく秋晴れが続くはずだから、大丈夫でしょ・・ほら、きたわ・・・・。」


白いパティシエ帽を被った店員がテーブルにケーキを置き、お茶を一杯注ぐと一礼して帰って行った。


「すごい、こんなの見たことない、」


と、ヒュパ。


「・・彼の作品ね・・」


白いクリームでデコレーションされたケーキの上に玉鬘の薔薇が溢れるように咲き誇り、其処に透明な飴細工の揚羽蝶が一匹止まっている。今にも羽を開き、飛び立ちそうな緊張感に見入りながらカナリーが、


「今月は飴細工・・」


「これを食べちゃ・・・・の?」


「だって、しょうがないでしょ。半分、味見する?」


・・・・・・・・・・・・・・・・


無言の興奮が落ち着くのを即すようにヒュパが声を掛ける。


「カナリーの研究発表って?」


「リシャ語。現代リシャ語についての現状報告ってとこかな、」


「帝国でリシャ語を使う事があるの?」


「年に2回ほど海の向こうの古大陸との貿易船がやってくるのでその時の交渉言語はリシャ語。」


「なるほどね。私達にはほとんど関係ないかな、」


「一般国民にはね。貿易量も少ないしちょっと物珍しいものがある程度みたい。」


「なのになんで?」


「そうね。一つは実家が貿易関係の商売なの。」


「馴染みが有ったのね。それは重要な要素ね。」


「一つはお城の中は古リシャ語が割とあるのよ。」


「ホント?どこに?」


「たぶん、スィアール王国が古リシャ語にかぶれていたっぽい。」


「帝国建国以前のスィアール王国?」


「お城の中にはいたるところに古リシャ語の表記とか公式記録資料なんか、」


「でも、スィアール王国は新大陸語でしょ、ほとんど帝国語じゃない。」


「たぶん雅語として王侯貴族が使っていたみたい。」


「そうなんだ。」


「それで、私は聖曜日の午前中はお城のメイド達にリシャ語の手解きをしているの。」


「なるほど、いいバイトね。」


「無償よ。お世話(ボランティア)よ。」


「何故?」


「2月のお茶会の事は知ってるわよね?」


「だいたいの処は、J*J*Jから。」


「その時ジュリーというメイド見習いと友達になったのよ。」


「ふん!それで、」


「で、向上心?があるのでメイドとしてオーバル城の中で出世するなら、リシャ語でしょってことで、個人的にお友達として教えていたら、それならという事で皇后・・奥様と大奥様の若手のメイド達を中心に20名ほど、リシャ語を教えることになったの。」


「それなら、奥様や大奥様から授業料を頂いたてもいいんじゃない?」


「まあ、初めがお世話として友情からはじまったので、丁寧にお断りしたの、学院生だしね。」


「そう。」


「その代わりと言っちゃなんだけど、お城の中は割と自由に観させてもらえるし、ハウスキーパーに頼めば貴重な資料や蔵庫の中も見せてもらえてるわ。」


「そうなんだ。」


「ここもその流れで大奥様から教えて頂いたの。」


「大奥様お気に入りのお店なのね。」


「それで、」


「うん?」


「ヒュパは?」


「私?・・ああ研究発表ね。・・・まあ、取り敢えず教養としての学問の分類かな、」


「また、漠然としたテーマね。」


「まあね。専門は深くなればなるほど狭くなる。」


「確かに。」


「知識は広いほど薄くなる。」


「しょうがないかな、」


「でも、教養ってその人に欠かせないものじゃない。」


「?」


「人格と言えばいいかしら。その人を作り上げている大きな柱の一つが教養であると思うの。」


「それは分かる。」


「どういった事を教養として学ぶべきなのか、とは言っても全員が一様にバランスよく学んだとしても・・、」


「つまんない世の中になりそうね。」


「かといって、偏りが大きいと・・」


「共通認識?」


「そう、互いを理解できる基盤が無くなりそう。」


「なんだか壮大なテーマみたいね。」


「壮大過ぎて、学院の教育内容計画(カリキュラム)と学問学部としての専門性との区別からかしらね。」


「それで、学問の分類。」


「まあね、」


「でも、それって教育の根本からの見直しじゃない。つまりは学院の改革?」


「そうなるはね、10年で終わるかしら。」


「あなた、大学院へ進むのね。」


「入院確定よ。」


「お大事に」


・・・・・・・・・・・・・・・


茶器(カップ)を静かに置き、カナリーが聞く。


「ヒュパはF-3よね。」


「ジョイ、ジョニス、ルシアと四人部屋よ。」


「F-2がジョー、ジョンソン、ウリとアダン。」


「J*J*Jと世話役の四人部屋よ。」


「F-1は黎明の女神の四人。」


「そう、それがどうしたの?」


「私達第3中隊出身者はその部屋割りについては、納得と言うかそれしかないわよねって思えるけど、他の中隊の人から見ると庭付の戸建てに4人ていうのは如何なものかと言われてね。」


「カナリーは?」


「私はE-5.E棟は5人部屋なの、」


「5人部屋はどう?」


「まあ、それなりに落ち着いたというか楽しくやっているわ。そうは言ってもみんな忙しいから、夕食後に暫く一緒の時間があるかなという程度だけど。」


「1年の時の分隊班部屋とはちがう?同じ?」


「そりゃ違うわよ。一人に一台天蓋紗幕付の寝台と勉強机に収納戸棚付よ。雲泥の差よ。」


「そう、悪いわね。」


「そりゃ、F棟の戸建一人一部屋とは違うけど、そっちはそっちで大変でしょ。」


「テヒハウスは流石に人の出入りが多すぎるわね。こっちに避難してくることもあるし。」


「男子もそうでしょ。」


「結局、男子や古研、武研は基本アダンの処に報告に来るから。大抵はテヒハウスで何か摘まみながらやってるけど。」


「それに比べたら、静なものよ。五人部屋といえどもね。」


「四人部屋の方がよかった?」


「ウヅキのとこみたいにってことね。」


「そう、」


「う~ん、それってマンセル問題よね。」


「色じゃないほうのね。」


「2マンセル、3マンセル、4マンセル、5マンセル。軍なら戦術問題だけど、学院生活でそれを問題にする?」


「精鋭部隊や特殊部隊なら2か3マンセルが基本、それは分かるわ。でも、学院生活のプライベート空間で部屋子の人数が問題になる?でも、上の方ではそう判断したとみているの。」


「ヒュパの憶測?何か根拠があるの?」


「噂程度ね。どうも2人部屋は失敗率が高いとうので今年は二人部屋を極力減らしたみたいね。」


組み合わせ(マッチング)の問題だろうけど、難しいわね。」


「どれほど資料を検討しても、人と人の問題は不確定要素が多すぎる。」


「そう言えばクレマの話聞いた?」


「何?」


「クレマったらルイとの二人部屋を申請してたの、」


「それって・・不倫、」


「非倫でしょ。テヒにしかられていたわ。」


「ヒトとして問題があるじゃなくて、ヒトとしての行いではないと、」


「ヒトで無しよ。」


「二人の事はず~と見て来たし、相談も受けたから心情的には分からなくもないけど、」


「ヒュパも誰かいるの?その、同じ部屋になりたい人が、」


「男?」


「端的に言えば、」


「色恋抜きなら、いい男が一杯よ。みんな選び抜かれて来ただけの事はある。好みを別にすれば顔も頭も体もみんな合格点であるといえるわね。」


「ずいぶん寛大ね。」


「客観的評価の訓練は常に怠らないでいるわ。」


「年下は気にならないの?」


「今は子供っぽく見えても、ルイ?みたいに一晩で大人の男になる事例もあるしね。」


「三日会わざれば刮目どころか目の玉が飛び出たわよ。」


「ルイもそうだけど、クレマも変わったでしょ。」


「まあね、彼の前では女だわ。私達の前だと相変わらずだけど、」


「そういうものよ。ヒトは変わるわ。カナリーだってちょっと大人びた様に見えるけど、」


「わたしは・・・年下の親友?妹みたいなのが出来たから少しはお姉さんらしくなったかも、」


「これだけ若い男女がいて、問題が起きないのは、持って生まれた資質と学院という環境と本人たちの意志によるものだと思うの。」


「うん、それにとに角、忙しすぎる。色恋にボーとしている暇がない。」


「生まれつきの資質や環境、そして運命。それから意思や意志に影響を与えるのが教養だと思うの。」


「なるほど、其処に戻るのね。」


「まずは、学院生としてどんな教養が十分条件で何が必要条件なのかを探りたい。」


・・・・・・・・・・・・・・・


 食べる事ができなくて、横に取り置いた透明な飴細工の蝶をそっと摘まみ挙げながら、そんな条件なんか吹っ飛ばしてしまうのが恋かもとカナリーは思う、


『恋とは可憐に咲き誇るあの薔薇の様なものかもしれない・・・』


 消えてしまったケーキの薔薇を思い出す


『そう・・恋とはぽとりと散る、落花の様なもの・・・』


 窓ガラスの雨垂れの流れ落ちるを見ながら思ってしまう


『唯、流れに身を任せるしかない・・・』






 九月のあめを夢見るようにみていた。

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