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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
 二年生編 帝国歴77年
172/204

 13 ロック城

 大岩村林道のどん詰まりは巨大な岩山である。


岩山の麓には建国当時に切り開かれた大隊駐屯地を中心に100軒程の集落がある。

大隊宿舎を改造したのだろう古びた建物が月に二度やってくる荷馬車の為の宿泊所兼唯一の旅館業を営んでいた。

 

 クレマは朦朧とする頭で気だるい体を引き起こし、ガラス窓と鎧窓を開けると二十日余りの淡泊な月を青い空に見て、


「少し、寝すぎたみたい・・」


と、呟き、再びベットに倒れ込んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・


 クレマを除く七人が食堂で朝食の後、話し合っている。クリスが、


「ヴィリー、クレマの様子はどう?」


「はい、姫様。クレマ様は長時間雨に打たれた為、体温を奪われ、風邪(ふうじゃに入られたのだと思います。」


「大丈夫なの?」


「熱を出され汗をかかれましたので、風邪は抜けました。水分を補給して体力回復に三日ほど安静にされれば予後は問題ないと思います。」


「三日後の後も無理はしない方がいいわね。」


「はい。」


「ルイ、この後の計画は?」


「教授を森棲の森にお連れしたいが、アズー川が渡れるかが分からない。」


「アンドレ、意見を、」


「はい、姫様。奥山にどれ程の雨量が有ったのかは分かりません。しかし、アズー川の水量が元に戻るには三日から六日かかるものと経験から推測します。」


「と、いう事は?」


「はい、姫様。教授様が騎行出来るのが条件ですが、三日後に全員騎馬で出発すればそれなりの行動が取れると思います。」


「つまり、本日22日から三日後、25日に出発というのがいいわけね。」


「はい、姫様。」


「水量が低ければそのまま馬で渡河。無理ならば野営して待機、という事ね。」


「そうなります。」


「教授。馬に乗れますか?」


「速歩と常歩混ぜて半刻に一回は小休止が欲しい。駈足は勘弁してくれ。」


「ルイ、それで運行計画を立てて。」


「分かった。去年と同じでヴィリーとラフォスは別行動でいいのか?」


「そうね。ヴィリーはヴィリーで動きたいでしょうし、ラフォスはそのお手伝いをするという事でお願い。」


「クレマは?」


「それは、ルイが聞いてあげて、クレマにも考えがあるでしょうから」


「分かった。」


「では、今日を含め三日間は25日の出発に向けて準備を、私は今日は取り敢えずミヅリ先生を尋ねます。何か質問は?なければ解散。」


・・・・・・・・・・・・・・・


 クレマは順調に回復した。床上げの祝いの花束を花瓶に挿しながら、


「三日寝込んだぐらいで祝いの花束なんて、ルイったら、」


と、呟くと窓からルイ達が消えていった小径を見やる。


「クレマ様」


扉の向こうからヴィリーが声を掛けてきた。


「どうぞ、入って。」


部屋に入ったヴィリーに椅子を勧め、自身はベットに座り、クレマが、


「ルイ達出かけたわね。」


「はい。」


「ところで、どんな御用かしら、」


「はい、クレマ様。クレマ様のご予定を伺いに参りました。」


「そう、ルイ達はどんな日程で動いているのかしら?」


「はい、クレマ様。ルイ様はヒギンズ教授様を森棲の森にお連れするために本日より騎馬で動かれています。」


「そうね、具体的には?」


「晴れてアズー川の渡河に問題が無ければ、三日で森棲の森に入られます。そこでどのような日程になるかは未定ですが、取り敢えず三日の滞在、三日で帰投が最短の計画です。」


計画(プラン)Aね。計画(プラン)Bは?」


「はい。滞在期間が長くなるようであれば一旦アンドレが馬を率いて返ってきます。そして物資を積んで迎えに行きます。」


計画(プラン)Cはあるの?」


「はい。去年と同じように姫様お1人が長期間、お残りになる可能性がありますので、その時はほぼ去年の日程で動くことになると思います。」


「う~ん、それはチョット勘弁かな。」


「はい。」


「プランBで行きましょう。」


「はい。」


「アンドレが最短30日に帰って来るとして、迎えに行くのはいつがいいと思う?」


「その後の計画によりますが、」


「そうね。理想は8月11日ここを出発。15日に関所砦で一泊。16日の正午に月光山の祖霊庵でオルレアの行明け式を執り行うというとこかな。」


「畏まりました。」


「雨とか、大丈かしら、」


「たぶん、大きいのはクレマ様が引き受けられたので、」


「そうならいいけど、ではどんな計画?」


「30日に帰って来て2日休み、3日に迎えに、クレマ様もご一緒に、向こうで1日の滞在、7日に折り返して9日着。10日準備で、11日に月光山に向けて出発です。」


「休みを挟んでいるとはいえ、タイトな日程ね。」


「姫様とクレマ様なら何とかなるでしょう。」


「ヴィリーもいるしね。」


・・・・・・・・・・・・・・・


 クレマは地面から生えたようにそそり立つ大岩の縁から体力回復(リハビリ)の為に崖縁に歩きオディ川の上流を覗き込んだり、宿の周りを一人いろいろ歩きま回って一日を過ごした。夕食をヴィリーとラフォスの三人で取る。


「それで、今、使える馬はグルファだけなのね。」


「はい、クレマ様。」


「後は全部、出払っているのね。」


「はい、クレマ様。シルバーは姫様。グラニはルイ様。グルトはアンドレ。マレンゴに教授様とラハト、それに馬車馬は四頭とも荷鞍を付けて輜重という陣容です。」


「騎兵小隊並ね。明後日あたりからグルファを借りたいんだけれど、大丈夫かな?」


「はい、クレマ様。そのように取り計らいます。」


「ラフォスいいの?」


「仕事は色々あるのでグルファが要り用な事は明日済ませて於きます。」


「悪いわね。ヴィリー明後日ミヅリ先生を紹介して欲しいんだけど大丈夫?」


「はい、畏まりました。」


「何か手土産とかいるかしら?」


「先日、姫様が挨拶に行かれましたので、ちょっとしたものでよろしいかと存じます。」


「クリスがもう挨拶を済ませているのね。だったら大概の事は話してあると思うので、その事の確認になるわね。午前をご挨拶、午後は歩きでここに戻ってくることが出来るかしら?」


「天気さえよければ大丈夫だと思います。」


「そう、では明後日の朝、送って行って頂だい。」


「畏まりました、クレマ様。」


「ところで、ヴィリー達にもいろいろ計画はあると思うけど、ここで私の思惑を話して置くわ。」


「はい。」


「春休みのジョージア山の件と今回の森棲の森の件の功労でルイを陛下の騎士として叙任される事になるはずなの、」


「はい。」


「そしたら、この大岩村がルイの騎士爵領として授与封地される事になるはず。」


「はい。」


「でもルイは軍に入るわ。これは既定事項よ。ルイにとってはここは書類上の存在にでしかないの。」


「はい。」


「で、領地経営を誰かに任せたいのだけど、クリスを代官に立ててあなた達にお願いすることになるわね。」


「はい?」


「でも、あなた達もいろいろ忙しいしので代官の家宰を村民から立てたいのだけど、それとなく目を付けといてくれるかしら、」


「畏まりました。」


「それはいいのよ。問題はね、」


「あの大岩山自体をクリスのお城にできないかなと思って、」


「大岩山をですか?」


「そう、書類上は大岩山の手前迄が大岩村という事になるはず、大岩山は帝国の直轄領になるか森棲の森の領地になるのか、不確実なのね、」


「はい。」


「そこで、どさくさに紛れて既成事実を作って大岩山はクリスの城館だとしたいのよ。」


「はい。」


「なんとかしてね。」


「畏まりました。」


「名前はもう決めているの、人呼んでクリスのロック城!」


「はあ~、」


「え゛パッとしない?だったらセカンドネームのアマダ城とかウエリエルにする?」


「はあ〰、」


「もう~、やめてよ~。」


・・・・・・・・・・・・・・・


 8月15日の夜、ルイ達一行は子爵館跡の旅館に入り、ゆっくりと夕食を取った。クレマが、


「大岩村の件は今日で終了という事になります。教授、総括をお願いします。」


「うむ。ここまで無事にこれたことを神と皆に感謝する。当初の目的の第一は翡翠の原石の半分を友誼の証としてお渡しする事。第二に今後どのように関係を保つかという事であった。それについてもイミンギ師と同意できた。具体的には森棲の住人の代表としてイミンギ師、帝国の代表としてクリス女騎士爵を通して通信を行うという事。当面は帝国民には知らせず帝王陛下の専権事項として最小限の者だけがこの件に関わるという事だ。彼らが言う通りであり私も見分した結果、彼等には特に国とか独立とかと言う思いは無い。これまで通り静かに暮らしたいという思いだけである。よって、まあ、これまで通りそっとして置きましょうという事を陛下に奏上するつもりである。まあこんなとこかな、大岩村と林道についてはクレマの報告をそのまま上げる。」


「分かりまた。私の方は大岩村と林道の現状をリーパ連隊のユニヴァ大佐を通じて報告を揚げます。現状林道の警備はリーパ連隊が担っており、今後もリーパ連隊とは連携を取っていく必要があるので、貸しをひとつ作っておくつもりです。クリス何かありますか?」


「はい、クレマ様。私の方としましては今回の会見は大変実り多いものでした。森の皆さんにも私自身にとってもです。陛下が現状維持を希望される事を願っております。」


「ルイは何かある?」


「個人的に部隊運行の良い訓練になった。大過なくこれてホッとしている。明日からも皆さんの協力を仰ぎたい。宜しくお願い致します。」


「皆さん報告ありがとうございます。明日からはオルレア案件が月光山で待っています。今日は早めにお休みください。」


各自の部屋に戻っていく後ろ姿に、クレマが、


「ルイ、ちょっと明日の事について打ち合わせが有ります。」


と声を掛けた。


・・・・・・・・・・・・・・・


 8月16日の朝、朝靄の中をルイの先導で馬車一行が出発して行った。後ろをクリスが固めている。


「アンドレ、悪いけど少し待っててね。」


というと、旅館前から砦の門柵へとマレンゴを走らせた。門柵の前で馬を下りると番兵に、


「クヘイワ曹長を呼び出して下さい。お願いいたします。」


と、しおらしく声を掛ける。番兵は誰何することなく一目散に駆けだした。ほどなく曹長が現れると、マレンゴを牽いて声の聴かれない距離まで移動し、マレンゴの馬体で興味津々で覗き込む視線を遮るように立った。さらに、小声で、


「曹長。命令です。」


聞き取ろうと、つい屈みこむ。クレマは一歩近づき、


「この手紙をユニヴァ大佐に確実に手渡して下さい。」


「至急ですか?」


「あなたの帰隊に合わせてそれとなく極秘にです。」


「極秘任務ですか?」


「林道調査報告書ですので、内容的には極秘ではありませんが、大ぴらにしない事の方が重要です。」


「しかし、自分には大佐にお会いする伝手がありません。」


「この手紙を連隊本部受付嬢のアヤカに渡しなさい。いい様にしてくれます。」


「しかし、自分は連隊本部のアヤカ嬢など存じません。」


「それぐらい自分で何とかしなさい。何年軍隊にいるの!」


「はっ。恐れ入ります。」


「あなたの協力大なり、そう大佐への手紙には書いてあります。エールの一杯ぐらいは出るはずよ。」


「感謝します。」


「では、縁が有ったらまた会いましょう。」


・・・・・・・・・・・・・・・


 門柵の影から興味津々に覗く兵士の目には、馬の腹の下に娘のドレスと軍曹の半長靴の動きしか見えない。誰かが、


「馬が邪魔だ、」


「曹長が屈んだ、女が近寄った。」


「これは、あれだな、」


「あれとはなんですか?」


「子共は見てはいけないものだ。」


「そう言わず教えて下さい。」


「お前にはまだ早い、俺だってしたことないのに!」


「そんな~、いったいなんですか!」


「おっ、2人が離れた。・・あれは六尺棒を持った従者だ。早くも迎えが来たのか、」


「どういうことですか?」


「バカ、分らんのか、」


「分かりません。教えて下さい。」


「チェッ、面倒臭い奴だな。」


「そこを何とか、」


「つまりは、曹長のお相手は六尺棒を持つようなお付きがいるお嬢様、もしくはお姫様だな。」


「つまりはどういうことでありますか?」


「悲恋だ。」


「悲恋?」


「曹長とはいえ一介の下士官とお姫様が人目を忍んで合わなきゃいけない・・悲しい恋の物語さ、」


「悲恋物語ですか?」


「みんな知らん顔しろよ。せめてもの武士の情けだ。」


「「「おお!」」」


何事もなかったように砦の門柵を潜った曹長は、こそこそ隠れる気配に向かって、


「今見たことをひと言でも喋ってみろ、独房に、いや絞首刑にしてやる。」


と言い放つと、何処か陰から


「誰も何も見ておりません。」


「分かれの接吻(キス)など知りません。」


「ええええええ、あれは、接吻だったんですか~」


と、声が上がった。

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