7 森の中
四番手夜番のクリスとラフォスが馬車の中に入り、ラハトとテヒが馭者台に座ると朝靄の中へゆっくりと馬車を進める。
7月の七つ立ちは既に明るい。テヒの手綱捌きか光量に誘われたか、四頭の馬車馬の足音が段々に揃っていく。
古都リーパへの分かれ道から暫くして街道は甃から踏み固め道へと変化し、それにつれて直線だった道筋は地形に沿った自然道となっていた。
森の中も多少の起伏や曲がりはあったが馬車は快調に走る。馬蹄音はいつしか二拍子へと変わっていた。
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「そろそろ休憩にしよう。」
ルイが手を挙げて停止準備の合図を送りながら馬車横に下がってくる。
「朝食にしよう。」
というルイの言葉にラハトが馭者台を素早く降り、焚火台を出すと湯を沸かす。ラフォスも起き出してきて馬の世話を始めた。馬も人も軽い朝食を摂り始めた。
ひと息ついたころアンドレがルイに、
「物見に出ます。」
とグレファの頸を叩きながら許しを求めた。
「お願いします。」
という声を聴き、アンドレは鞍上に姿勢を正し、
「出ます。」
と、乗馬長靴の内当てに軽く力を入れる。
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四半時もせずにアンドレが帰って来た。
「ルイ様、此の先に街道を塞ぐような形で木が倒れていました。どうも誰かがワザと木を倒した様なので周辺を見ましたが誰もいませんでした。馬車は通れませんが馬なら飛び越せます。綱を掛けて動かすことも容易そうですが、そのままにしてきました。」
「つまりは意図的な障害物ですね。」
「おそらくは、」
「では、クリスと私で偵察に出ます。アンドレはバリケードから安全な距離まで馬車を進めて待機願います。」
そう指示を出すとクリスと二人、森の奥へと走り去った。
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「クリス、人の気配がしない。」
「いや、丸太の障害物向こうの方に大勢いる。」
「俺には見えない。」
「では、あれを飛び越えて向こうに行こうか?」
「そうだな。」
というと、グラニを一旦後ろに下がらせ助走をつけて丸太を飛び越えると、そのまま馬を進めて走る。丸太越しには曲がり込んで立木の影で見えなかった場所に、農夫の様な集団に取り囲まれた帝国軍歩兵の一団を見つけて速度を落とす。
「ルイどう見る?」
「落ち武者狩りではないな。軍装が綺麗だ。紛争などの情報もない。一揆にしては殺気立ったものが無い。偶然野盗に囲まれた移動中の分隊と言った所か。」
「順当な見方だが、どうする?」
「にらみ合っているみたいだが・・殺気立った感じがしない。」
「暫く様子を見よう。」
「兵士も槍を振り回すだけで連携が取れていない。」
「野盗の方も腰が据わっていない。まともに剣を振れていない。」
「つまり・・」
「つまり?」
「素人のやり取りか・・」
「そうだな。新兵を取り囲んだ野盗だが、野盗の方もまともな武器もなく剣を持っているものは数えるほど、斧や鍬を掲げていればいい方で長槍が怖くて踏み込めないでいる。・・・ここは騎士殿が割って入って野盗討伐か?それとも仲裁か?」
「町の不良の縄張り争いか?」
「村の水争いの様な切羽詰まったものが無いが、圧政に対する一揆なら野盗側に立つか?」
「ここで成り行きを見ているだけだと怪我人が出そうだな。」
「そうか。では、ルイ騎士爵。どうぞ。」
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「双方静まれ。」
ルイが大音声を揚げて一団の前に姿を現す。
「なんだおまえは。」
野盗の一人が振り返ってルイをみると決まり文句を発した。
「なに、通りすがりの騎士だが、先ほどから見ていると一向に話が進まないので事情を伺う事にした。怪我人が出てからではかえって収まりが付かないとだろうと思ってな。」
「騎士が何でこんな所にいる。」
「こちらの事情は追々という事で、さて、取り敢えず話を伺いたいが。」
「話を伺いたいと言っている割には偉そうに馬の上からか。」
「これは失礼。」
と言うとルイは剣帯をはずし前鞍に掛け、馬を降りると手綱をクリスに渡した。そのまま振り返ると兵士を取り囲む集団に近づいて行った。
「とまれ、止まれ。そんなに近づくんじゃない。」
まともな剣を持った1人が声を荒げた。ルイは両手を挙げてマントの下の丸腰を見せ歩き寄る。相手の一足一刀の距離まで何かと言葉を掛けながら近づくと手を下ろし立ち止まった。
「流石にこれ以上は怖いですね。私は見ての通り丸腰です。ところで皆さんはどうして剣を向け合っているのですか」
「フン、度胸だけは一人前の様だな。鎖帷子を着ているからといっても一撃を食らえば怪我をするぞ。」
「そうですね。ちょっと離れます。」
「その方が利口だぜ。」
「ところで、帝国軍の方と話せますか?」
「駄目だ。こいつらは俺たちの敵だからな。」
「帝国軍が敵とは、あなた方は敵国の方ですか?」
「お、俺たちはこの森に住むものだ。ここは俺たちの領地だ。だから、この道を通るものから通行税を貰っている。それをこいつらは駄目だと言いやがる。」
「通行税は領主の専権事項のはず、領主の命令で通行税を取り立てているのですか?」
「おお、おー、そんなところだ。」
「では、命令書なり割符なりをお持ちのはず。見せて頂きたい。」
「そ、そんなものはどうでもいい。とっとと金を出しやがれ。」
「それでは、野盗同然ではないですか。」
「うるせ~」
と叫ぶと片手剣を振り上げる。ルイはスッと間を詰め振り上げられる右上腕に右掌を摺り上げるように添えると、左手をポンと相手の右肩に置く、立ち止まる事なく相手の向こうにすり抜ける。
後ろ腰に差していたシナイが右手に現れスタスタと歩きながら行く手を阻む数人の肩や腕をポンポンと打ち、野盗と兵士の間に立った。
最初に剣を振り上げた男は腕をだらりと垂らし青ざめていた。あとの者は腕を抱え、蹲り、呻いていた。
「指揮官はどなたです。」
ビックリしたように直立して一人が、
「自分であります。」
「私はルイ=シモンという旅の騎士です。官姓名を。」
「カスケード伍長です。」
「この領地軍の方ですか?」
「失礼しました。リーパ連隊第一大隊第二中隊第一小隊Ⅽ分隊分隊長カスケード伍長です。」
「リーパ連隊第一大隊と言えばゴールデンヴァーム少佐の処ですか。」
「はい。ご‥ご存じですか!」
「少佐のご高名は。では伍長、分隊を一列横隊、槍を中段構えにして下さい。」
「はあ~、」
「さあどうぞ」
「は、ハイ。」
伍長の号令で分隊10名が一列横隊になり中段に長槍を構えるには多少はドタバタとしたが、
「さて、通行税徴収隊の皆さん。責任者はどなたです。」
ほとんどの者が隣と顔を見合わせ、そして一歩後ずさった。一番前にいた男が取り残される。ルイはその男の前に立つと
「お名前を。」
「お、おらか。おらはただ、、、ただ、誘われてきただけだ。」
「そうですか。では、その辺の事情をお聞かせください。」
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オルレアが森に帰る食い詰めた村人たちの背中に手を振り終えると、振り返って、
「さて、次は兵隊さん達の番ね。」
とニッコリほほ笑み、焼き上がったパンを配り始めた。クレマが簡易机を間に対面していた伍長に
「そんなに緊張せず、どうぞ気軽にしてください。」
とお茶を勧める。カスケード伍長はどうしたものかと縮こまっていたが、何とか手を伸ばしてカップを持ち上げると、小さく一口飲む。
「ところで、伍長。」
慌ててカップを置くと、
「ハッハイ。」
「そんなに固くならないで・・リーパ連隊と言えば、ユニヴァ連隊長はお元気かしら?」
「連隊長をご存じなのですか?」
「以前ちょっとね。ご迷惑をおかけしたことがって、」
「そうですか?・・たぶんお元気です。」
「伍長は連隊長にお会いしたことはあるの?」
「いえ、閲兵式でチラと遠目に拝見しただけです。」
「そう、伍長は何年目かしら?」
「軍に入ってですか?」
「そうよ。」
「招集兵になるくらいならと16歳で志願兵として入隊して5年目です。」
「あら、意外と優秀なのね。」
「いえ~、たまたまです。」
「どうして?たまたま、だなんって。そんな奥ゆかしくては軍では出世できなくてよ。」
「いえ、ほんとにたまたま、偶然です。」
「そう、」
「はい。今年になって突然、連隊の第四大隊が無くなりまして、その穴埋めに大隊を新設したいらしいのですが、平時編成ではどの大隊からも兵を出す余裕が無く、当分は残りの三つの大隊を拡充増員して何年か後に第四大隊を新設する予定らしいです。」
「あら、そんなことが・・、」
「そうんなんです。特に下士官が足らないのでⅭ、Ⅾ、E分隊長は伍長が当てられています。」
「それで、新兵を連れて行軍演習中だったの?」
「行軍と言うか、巡回演習ですね。二泊三日でこの森を抜けたら馬車が迎えに来る予定です。」
「そういう事ですか。それで、野盗じゃなかった逃散でもなくて、徘徊村民に遭遇したのね。」
「バリケードの処にいた村民に追いかけられてここまで逃げたというのが本当の所です。」
「逃げる時は逃げる。それは大切な決断が出来ましたね。自分たちに倍する敵に遭遇した時は取り敢えず撤退すべきです。分隊長としては良い判断です。」
「いえ、そんな立派な事ではないです。新兵訓練が終わったばかりの二等兵ばかりです。しかも自分も新米伍長です。あっという間に追い詰められてしまいました。」
「でも、私達が来た時には一列横隊で槍を構える凛々しい姿を拝見しました。姫様も立派な指揮ぶりに感激しておいででした。」
「いえ、あれは・・」
「謙遜もほどほどに、これからのご活躍を期待します。それでは皆さんとお食事をどうぞ。」
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兵隊たちを見送った後、クレマとルイは自分たちの食事を片付けながら、
「今日の分と合わせて、丸一日は遅れが出るわね。」
「13日中には着ける計算だけど、」
「この後何も起こらないことを願うわ。」
「俺もだよ。」
「でも、みんなうまくやってくれたわ。」
「何を?」
「私達はルイ=シモンとその仲間たちという事で、オルレアは姫様、ヒギンズ教授はお館様、その他はお付きの方、従者の方で押し通してたわ。」
「でも、リーパ連隊長の手紙には流石にそれを押し通す訳にはいかないだろ。」
「ユニヴァ大佐の親書には私の名前で特務につき詳細は述べれないとしたわ。」
「それでいいのか?」
「帰ったら、ソシ大佐に一報を入れるし、教授から王室に報告が詳細に上がるから取り敢えずは大丈夫よ。」
「しかし、新年の大雪の影響で家がつぶれたり、去年の洪水の影響で農地が荒れたりしたままで復旧作業が追い付いていない所があるなんて驚いたよ。」
「川沿いや谷間の小さな集落とか地理的条件や地方領主の裁量によって復旧に格差がでるのは致し方無いとはいえ、もう少し何とかすべきよね。」
「親書には何と書いたんだい。」
「リーパの領主とご相談の上、帝国に上奏をお願いすると共に、周辺の他領ながら何らかの緊急援助をお願いしたわ。」
「そうだな。先ずは領主の責任だけど、男爵領や子爵領は上位の寄り親爵を頼るべきだろうが最終的には帝国の責任だからな。」
「弱い立場の者、老人や寡婦、身寄りのない子供の生活福祉は最終的には帝王陛下の責任だものね。」
「領主は大変だね。」
「特に領地領主には大きな権限と重い責任が付いてくるわ」
「俺にはとても向かないな、」
「あら、騎士爵さまでしょ。」
「それはそうだが、自分の領地が何処にあるのか、一人の領民の顔も知らない。」
「それもなんだかだわね。」
「卒業したらちゃんとしようとは思うが、」
「そうね。何とかしなくちゃね。」
「ところで何とかしなきゃいけないことが、もう一つある。」
「なに?」
「明日からの食糧が無い。」
「あ"!」
「オルレアが大盤振る舞いするから・・」
「お腹を空かした20数人を取り敢えず食べさせて、お土産のパン迄持たせたのよ。」
「俺たちの6食分は消えたな。」
「まるまる二日分以上ね。どうするの?」
「取り敢えず、残りを確認して、今日はここで野営して食べ物を探そう。」
そこへオルレアが来て言い放った。
「何か木の実でも取るのか、余は満足じゃ。もう食えぬぞ。」