6 夜営
クレマと遭遇したオルレア達は馬車を止め小休止を取る。打ち合わせを終えるとすぐに野営の荷物を取り出し空馬だったグレファに積むと、クリスとアンドレも荷物を背負った。
「クレマ様、ラハトも連れていきます。日が高いうちは大丈夫でしょうが、野営地が決まればすぐに私は引き返してきます。それまでオルレア様を頼みます。」
「あら、私が護衛役をすることになるのね。まあ、夕暮れまでの人通りがあるうちは大丈夫でしょう。ラフォスもいるし任せて頂戴。」
「お任せしましす。」
「クリスは心配性じゃのう。ここは外れとはいえ帝都の街道ぞ。心配ない。」
「畏まりました。では、」
騎行するクリス達を見送って、クレマが馬車に乗り込みながら、
「ラフォス、私達も出発しましょう。」
と声を掛けた。ヒギンズ教授が申し訳なさそうに
「どうも済まんの、突然儂が割り込んでしまったせいじゃのう、」
「いいえ、どうかお気になさらず。計画にはない想定を超えたアクシデントこそ旅の醍醐味です。」
「そう言ってもらうと少しは気も軽くなるが、どうなったのかな、リーパには入らないとか、」
「はい。ルイは今日一杯は北街道を走るだけ走らせて距離を稼ぎ、明日西寄りの登り口からミクニ街道に入る予定を新たに立てました。ずっと野営になる事をお許しください。」
「いや、それは全く構わんが当初はどんな計画だったのかな。」
「はい。当初はリーパの街の外縁を回り、リーパ連隊近くで野営。一日分ほど近道をして、あとはリーパからの馬車道をミクニ街道に上る計画でした。」
「儂がいてもそれでよいのでは?」
「道が少々荒れていまして、馬車を飛ばすと私達若い者でも少々きつい旅になります。」
「老体に気づかって多少遠回りでも馬車道を走るという事か。」
「そう言うことになります。」
「日程がきついのか?」
「ルイは12日には月光山に着く予定を立てていました。リーパの街中を通ると馬車は飛ばせないので4泊5日の普通の旅程になります。当初の思惑より1日ずれてしまいます」
「13日に・・何か理由があるのかな?」
「15日に月光山で祖霊祭を執り行います。その準備の時間が欲しいのです。そうは言っても14日についてもこれだけの人数が要れば十分に間に合いますので、どうぞご心配なく。」
「当初の日程を順守したのか。」
「というよりは、新しさを求めたと言うべきでしょう。」
「ホッホッホ、アレか、若気の至りというやつか、」
「それは・・、ルイは若いです。普通の選択です。」
「そうか、年相応か。」
「教授。」
「なんですか、オルレアさん。」
「どちらかと言うと教授の方が問題なのでは?」
「と、言いうと?」
「今回の旅は・・ルイは若気の至りで済まされますが、教授は血気にはやり過ぎたのではないでしょうか?もしくは・・・」
「もしくは?」
「年寄りの冷や水。」
「なんてこと言うの!オルレア。すいませんヒギンズ教授。」
「ホッホッホ、オルレアさん、儂も何とか若気の至りという事にできんかの~。」
「無理です。」
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夏至を過ぎたばかりで日の入りは遅い。まだ一刻半は時間が有ろうかという頃、クリスは遠目に森を背に自分達に向かて来る騎馬を認めた。
「ルイ・・?」
そう呟いて馬を走らせる。
「どうしたのルイ、思ったより早いようだけど?」
「やあ、クリス。追いかけてきてくれたのか、ありがとう。・・いや、ちょっと気になってね。」
「何が?」
「森の様子が・・だ。」
「何かあった?」
「いや、具体的には何もない。」
「そう、・・では、アンドレ。」
「はい、姫様。」
「この辺りにルイの考えに従って野営地を設営。私はオルレア様の下に戻ります。ルイそれでいいわね。」
「分かった。ありがとう。では、アンドレ。森の外縁を流れる川がある。その川に掛かる橋よりここは30メートル地点と言った所だが、」
「では、あれに見える街道沿いに立つ木陰に馬車を引き入れて野営が出来ないか調べましょう。」
「そうだね。ラハトも手伝ってくれ。三人で準備をしよう。」
動き始めた三人に手を挙げてクリスは今来た道を戻って行った。
草を薙ぎ祓い、野営地を拡げる。瞬く間にひと張の天幕を張り終えてルイはアンドレに、
「後は頼みます。私はラハトと森に枯れ枝を拾いに行きたいのですが、」
「ルイ様のいい様になさってください。私はここで姫様たちをお待ちします。」
「では、よろしくお願いします。ラハト、手伝っておくれ。」
というと愛馬とグレファの手綱を引いて森へと入って行った。
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日が沈むには半刻は早く、ルイ達は森から帰って来た。川で処理した獲物を持っている。
「お帰りなさい。」
クレマが出迎えてくれた。獲物を掲げて、
「ラハトと一緒に獲った。夕餉は出来てるみたいだから、明日の分かな、」
「ご苦労さん。アンドレと私で野草入りの汁物を作ったわ。テヒの力を借りずにね。」
「期待せずに頂くよ。」
「何気に酷いわ。・・ところで、みんな待っているから食事にしましょ」
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南中前の月は叢雲に隠れていたが、落陽は夜の女神の気怠い目覚めを告げている。
吊り三脚から鍋を下ろし、ラハトのウサギを焼くのを見ながら食後の時間を過ごす。教授がルイに、
「すまんのー。予定を変更させた様で、」
「そんなことはありません。教授に同行頂いてかえって心強く感じております。」
「そう言ってもらうと、気が楽になるが、今日はもう少し森の奥に進んでから野営しても良かったのじゃないかな。儂の為に早めに野営に入ったようじゃが。」
「そうではありません、ヒギンズ教授。思う所がありまして今日は森に入らずここに野営しました。」
「それはどうしてじゃ。」
「それは、上手く言葉には出来ないないのですが、1時間ほど森に入りますと何となく普通の森でないというか、草や木の香りや時々獣の気配をと言ったものは普通に感じるのですが、なんというか・・」
「違和感。」
「そうです。言葉には出来ないのですが・・何となく普通ではない感じ・・違和感でしょうか。」
「そうか。そいう感じは大切にすべきかな。大切にしすぎるのも良くないが、五感でハッキリと捉えることが出来ない感覚はたしかにある。」
「第六感でしょうか?」
「それとは違うな。あくまでも形にならない五感の延長線上にある感覚じゃ。第六感は儂に聞くより女神たちに聞く方が早いじゃろ。」
「分かりました。」
「それでどうしたのじゃ。」
「それで、あの川から1時間ほどの処には取り敢えず危険は無いと確認してきました。」
「そうか。では、川べりに野営しても良かったのではないか?水汲みも楽だしの、」
「一番怖いのは人間です。敵対するものがある訳ではないので野盗、盗賊の類が心配です。森の木陰から弓の直射を避ける意味で距離を取りました。」
「なるほどの。盗賊の噂でもあったのかな。」
「いえ、これと言った噂は聞いておりません。違和感が無ければ森の中に進んだのですが。」
「いや、今は安全が一番の課題じゃろう。余裕があればというより余裕を如何に作り出すかが棟梁の仕事じゃな。」
それを聞いてオルレアが
「棟梁とは古雅な、キャプテン=ルイとでも呼びましょうか。」
「よしてくれオルレア。それにキャプテンならクレマだろう。」
「え~やめてよう~。」
「ラハト、そろそろウサギは焼けたかしら。」
「はい。テヒ様。言われた通りにしました。」
「さあ、片付けが済んだらみんなそろそろ眠って。夜番の最初は私とラハトの組よ。」
その声を切っ掛けに皆は天幕に入って行った。
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オルレアと交代で女性用天幕から出てきたクレマは、西の空の月を見ているルイに声を掛けた。
「どうしたの?」
「月がもうすぐ沈むね。」
「今日は大変だったわね。」
「身体はすっかり丈夫になったよ。久しぶりに二人で馬を駆けさせて楽しかった。」
「私もマレンゴも夏の日差しの中気持ちよく走れたわ。」
「でも、やっぱり旅の運行は難しいね。いろいろ考える事があって、」
「いつもはアンドレがやっている事でしょ。」
「そう、去年はアンドレの言う通りにしていれば何事もスムースに事が進んだけど、」
「新しい馬車馬の調子も気にかけなきゃいけないし、何よりもヒギンズ教授のお体の事も気にかけなきゃいけない、」
「テヒは以外に馬車の扱いがうまいね。驚いたよ。」
「テヒは故郷に帰れば名家のお嬢様よ。どこに嫁に出されても恥ずかしくない程度には女一通りの事は仕込まれたそうよ。」
「料理が上手なのは分かるが、女一通りの事ってなんだい?」
「貴族のお姫様ならお茶に、お菓子作り、料理も出来た方がいいわね。それから刺繍かな?手習いは重要ね。お礼状のやり取りは奥様の仕事だから、それからお花。部屋の飾りつけは目につくからセンスがどうのと、とやかく云われるでしょ、え~とそれから・・」
「なんだか、大変だね。」
「そうよ。女性じゃなくて、〈おんな〉をやらなきゃいけないのよ。お姫様も大変なのよ。」
「それでもテヒはお姫様じゃないんだろ。」
「庶民と言っても、家族の健康の為には食事つまり料理は基本でしょ。買うと高いから服はなるべく手縫いでとなると裁縫は必須になるわね。ましてや少しでも良いものをとなると技術がいるわ。それから家業の手助けができるくらいのなにがしかね。家の中で出来る機織りは嫁の重要な収入源だからそういう意味ではオルレアの機織り修行は庶民からのそれも女性たちからの支持が得やすわね。」
「おいおい、計算づくか?」
「違うわよ。神のお導きよ。」
「料理も裁縫もお茶やお花だって、男でもやる奴はいるけど、」
「男の料理と女のそれも主婦の料理は違うわ。」
「美味しい料理という事では同じじゃないのか?」
「う~ん違うのよ。どういえば・・そうね、男の料理は突き詰めるものよね。あなたの剣と同じよ。」
「俺の剣と同じ?」
「そう・・突き詰めるものなのよ。剣は突き詰めれば術になるし、もっと突き詰めれば武道というか、生き方・・あなたの〈騎士道〉といった生き方、人生になっていく・・」
「術から道になるのか・・」
「でも女の主婦のつまりは母の料理は術はもちろん必要だけど道にはならないの。」
「何故?」
「きっと・・・それは〈願い〉とか〈祈り〉なの!」
「・・?・・」
「あなたは男の子・・違うわね。・・子供から男の子になって‥今は男、そして大人の男に成ろうとしているわ。」
「・・・」
「女の気持ちは結局分からいの‥あなたは男として生きているのだから。」
「・・俺はどうしたらいいんだ。君の事を理解したいとおもっている。」
「私の事をいろいろ知る事はできるけど・・人は人の事を完全に理解は出来ないわ。」
「でも・・」
「でも、歩み寄る事は出来る。」
「歩み寄るのか・・」
「そうよ。これからも・・末永く・・」
「末永く・・よろしく。」
月はとうに沈み、満天の夏の星芒がひとつの影を作りだす。
「ルイ大丈夫?夜番の真ん中は一番つらいでしょ。」
「クレマだってつらい時間だろ。」
「あなたと一緒なら大丈夫かな。」
「そうか、それじゃ結界を確認してきていいかな?」
「・・・バカ。」