3 波寄せる6月に・・・
7月の期末試験に向けて準備を始めるこの時期も、ルイはいつも通りの生活を送っていた。
木剣<柳絮爾>で型稽古や動きの研究はするが、素振りの練習は古鉄改め、古霊剣を使って行うようになった。今日もクレマと教室へ向かう道を二人で歩きながら、
「古鉄を使うようになったんだ。」
「ああ、今は古霊剣と名を改めたが。」
「あら、どうして?」
「宗匠が名を与えてくれたからだ。」
「フォン・ターレン宗匠が?」
「ああ、爾霊山の光を受けたので、名前を変えるべきだと、」
「それで、木剣もヴィリーが用意した大剣も名前を変えたんだ。」
「そうだ。でも、今では中太刀になったがな。」
「そうね。あなたが大きくなったので、ロングソードとは呼べないかな、」
「ひと手で隙なく抜けるようになった。ミドルソード、常用帯剣だな。」
「シナイはどうするの、」
「撓いは陛下から常時帯刀を許された代物だよ。無論いつもいっしょさ。君よりも一緒にいる。」
「バーカ、バカ、バカ、バカ!。何を言わせるつもり?」
「別に、」
「別にって!、そうね・・別によね。・・去年は大雨で大変だったけど、今年は平穏無事・・」
「無事これ名馬・・修行に集中できる。」
「それよりは、〝無事之貴人″を目指すべきよ。」
「やる事が多すぎてまだまだだ、」
「ほんとよね。でも、今は、試験準備週間で研究会も部活も禁止。ひま過ぎて返って落ち着かないわ。」
「聖曜日の“学生街の喫茶店”もお休み?」
「当然よ。いくら皇后陛下の後援を頂いたとは云え、流石にお休みするわ。その代わりと言っては何だけど試験明けの7月の最初の聖曜日6日と7日と8日はお店を開ける計画よ。手伝ってね。」
「聖曜日はとも角、平日に大丈夫かい?」
「6日は7日の最後の試験は心配ないという学院生で、7日と8日は自分たちの為に2時間ぐらいづつ反省会を兼ねたお茶会だから大丈夫よ。」
「そうか。それじゃギャルソンとしてお手伝いするよ。」
「ありがと、」
「どういたし・・・なんだかいい香りがするね。」
「生垣の山梔子の匂いかしら・・・それじゃ教室に行くわね。またね。」
・・・・・・・・・・・・
土の曜日の1時限の授業の終了の立礼が終わった瞬間、数名の学院生が大きな鞄を抱えて飛び出していった。クレマはテヒの隣に腰を下ろしながら囁き掛けた。
「何も先生がお座りになる前に飛び出さなくても、」
「許してあげなさいよ。彼等だって必死なんだから。」
「分かっているわよ。軍専の乗馬の授業を取らざる得ない苦しみは、」
「あなたの処は大丈夫なの?」
「去年の夏休み、クリスに散々に扱かれているわ。」
「あ~そうだった。初めて金属鎧を付けて馬車の騎馭しながら気絶してたわね。」
「えっ?そんなことが有ったの?」
「聞いてないの?」
「聞いてないわ。」
「彼にとっては恥ずかしい話かもしれないか。聞かなかったことにしてあげて、」
「聞かなかったことにするわ。」
「あら、随分物分かりがイイ女になったのね。」
「彼、大人になったのよ。」
「名実ともにね。」
「本人が言わない限り聞かないのがイイ女でしょ。」
「都合がイイ女じゃなくて?」
「う~ん~、今日はマグノリア同好会が無くてつまんないわ。」
「ホント、オルレアのお陰ね。」
「もう!びっくりね。口から出まかせ女だわ。尻拭いするこちらの身にもなってよ。」
「でも、お陰で生徒会の喫茶店の後援を頂けたわ。」
「ギャルソン1人一卓責任制なんて聞いたことある?」
「ないから面白いんじゃない。」
「自分の受け持ったテーブルの飾りつけやお勧めのメニューを自分で決めて、自分の同好会や部活のピーアールをする権利を得る。お客に無理強いしないように教育するこちらの苦労も知らずに!」
「それに飾り棚の権利を売り出したのよね。」
「売り上げの20%を手数料として受け取るのよ。いろいろ経費が掛かっている訳だし、利益追求が目的でないけど、売れそうな壺や絵の目利きをするこちらの身にもなってよ。」
「いい物、売れそうな物、貴重な物を見極めるよい訓練じゃなくて?」
「そうだけど、それに小ステージの音楽演奏のオーデション!」
「発表会でもないのにそれほど大変なの?」
「意外とのど自慢が多いのよこれが、そして意外と下手。」
「下手って身もふたもない。」
「喫茶店の背景音楽をお願いしたいんだけど、これが・・・」
「背景音楽って?」
「独りお茶を楽しむ人には心地よく、2人の時間を過ごしたいカップルにはムードよく、おしゃべりを楽しみたいグループには話声が他の人たちの邪魔にならない様に隠れ蓑になる音楽を、となると其れなりの技量がいるのよ。」
「聞きほれるような音楽じゃいけなの?」
「聞きほれる様な音楽となると、お茶もお菓子にも手が伸びずに聞いちゃうのね。回転率が途端に悪くなるの。」
「経営者としては痛しかゆしね。」
「目玉として、タイムサービスとして一曲ぐらいならそれなりの効果があるけど、聞きほれる音楽と背景音楽を使い分けれる音楽家は同好会レベルに居ないわね。聞きほれる音楽が芸術的かと言えばそれは別の問題だし、芸術研究会の人たちにお願いするにはプライドがあるだろうし難しい問題だわ。」
「それは大変ね。何かいい方法がないか私も気にかけておくわ。」
「ありがとう。・・・オルレアの問題だったわね。テーブル責任制、飾り棚権利制、背景音楽審査制はどれも生徒会喫茶店の問題だったけど、マグノリア同好会に至っては、」
「私としては願ったり叶ったりよ。」
「オーバル城内の室内プールを土の曜日の午後女子潜水同好会専用に貸し出して下さるのよ。しかも奥様を名誉会員に迎える事を条件によ。」
「そうね。体育系潜水部にしてしまうと男女公平問題が出るけど、女子潜水同好会なら大丈夫だし、風紀委員からのクレームも回避できるでしょう、室内だし。」
「でも会員が、オルレアとテヒしか居なくて三人目が奥様という訳には流石にいかなくて、クリスは訓練するする必要が無いのに無理して入ってもらうことになって、そうなったら私も必然的に入らなくてはいけなくなって、オルレアのお守りをクリスと交代でするわ。テヒには迷惑を掛けれないもの、」
「気にすることはないわよ。オルレアはあれでちゃんとしているわ。クリスやあなたの前だから甘えているのよ。」
「そうだったらいいんだけど。」
「お茶でも飲みましょ。次の授業まであなたの愚痴を聞いてあげるわ。」
・・・・・・・・・・・・
6月30日の聖曜日の午後、ウエイズとコーキン、ベイシラが連れ立って近衛第3大隊駐屯地横の馬場に向かっていた。
「何とか子の刻参りには入れるようになったが、流石に朝までは無理だ。お前たちはどうだ。」
「俺も同じだ。ベイシラは?」
「まあ、何とか寅の上刻までは、」
「そうか、去年の夏から練習している成果か。」
「練習の成果と言えば何とか乗馬をこなせるようになったが、馬上槍は扱えないな、」
「素槍でもやっとなのに出来る気がしないよ。」
「いっそ馬上投げ槍なんてのはどうかな、」
「ピルムじゃ重装歩兵だろ。馬上槍は重装騎兵や重装甲騎兵と呼ぶべきだろ。」
「流石、ベイシラは古代史研究だったかな?それよりも重装して馬に乗るなら鎧兜に鞍はどうする、乗馬用の鞍じゃ間に合わないだろ。」
「そういう事は取り敢えず回転的にタンポ槍を当てれるようになってから考えても遅くわないのじゃないか?」
「そうだな。当分はルイの鎧を借りて練習出来るぐらい、馬に乗れるようこの夏休みは機会を見つけて練習しておくよ。」
「ところでベイシラ、ルイは馬上槍の練習もせずに変な弓をクリスに仕込まれているがあれなんだ?」
「俺も変に思ってね。弓騎兵なら短弓だろう?それが長弓並みに長くて上下非対称に使う。見たことも聞いたこともないので流石にクリスに聞いたよ。」
「なんて言っていた?それよりクリスによく聞けたな、俺は恐ろしくて口など利けないぞ。」
「あの恐ろしさ、じゃない厳しさで、クレマやクリスの美貌に引かれた浮ついた奴らをあっという間に退会させた手腕には脱帽したね。」
「ウエイズお前もか、俺も一緒にやめようかと思ったよ。それでベイシラ、あの弓は何だ。」
「大弓と言うらしい。」
「大弓?あの上を長く下三分の一ぐらいの所を持って弓を射るのを長弓でなく大弓と言うのか?」
「長弓とは作りが随分違うらしい。長弓兵になるには身長がいるが大弓はまあやりたい奴ならという訳だがそれなりの力がいるのは当然だ。長弓も大弓も200mぐらいは届くらしい短弓はいいとこ100mと言われるが実際、直射の有効射程距離はその半分だろう。戦術的には運用にもよるが短弓の持ち運び性と速射能力が買われて弓歩兵も弓騎兵も短弓を配備している。長弓歩兵を持っている師団もあるが指揮官の考え方次第だな。因みに長弓兵は1分間に10射出来る事が最低採用条件だが短弓歩兵は30射だ。」
「何故そんなに詳しい、軍専でもないのに。」
「それで、何故ルイは大弓を練習している。」
「大弓はその特徴で跪坐打ち、片膝付いて弓を射る。」
「立って打たないのか?」
「長弓なら立射だが、大弓は跪坐打ちが基本だ。だから・・・」
「だからなんだ?」
「騎射も出来る。」
「きしゃ?弓騎兵の様にか?」
「短弓を使う弓騎兵のように曲芸の様な打ち方つまり安息射法が出来るかは分からないが、」
「何だそれは」
「ウソ逃げ射法だ。」
「?」
「敵から逃げるように馬を走らせ、追尾してきた敵に振り向き様につまり、馬の走る方向とは逆の後ろに向けて弓を射る事だ。」
「走る馬から弓を射るのでさえ難しそうなのにそんなことが出来るのか。」
「弓騎兵なら・・・しかし弓騎兵は軽装騎兵だ。」
「それを全身鎧でやるのか!」
「重装甲弓騎兵というものが成立するのかだ。」
「なんでそんな事をする!」
「・・・・ロマン・・・」
「ルイは幻想世界の住人か?・・文学研究って、二次元のひとか~、」
・・・・・・・・・・・・
三人が馬場にやってくると既に騎馬訓練をしている者がいた。学院生の練習用の木馬に飛び乗ったり、飛び降りたり、曲乗りの練習をしている様でウエイズが声を掛けた。
「ファイかい?」
鞍に跨って動きを止めたファイが振り返り返事を返す。
「そうだ。三人揃ってやっとお出ましか。」
「遅れたとは思わないが、お前が早く来過ぎだろ。一人で練習か?」
「そうだ。」
「何をやっている。」
「木馬運動だ。」
「なんだそれは?」
「先ずは木馬の鞍にいろんな方法で飛び乗ったり、鞍の上でいろんな姿勢を取ったりする練習をしている。」
「何故だ。」
「俺は重装騎兵などつまらん。」
「どうした。」
「身体の小さい俺には重装騎兵ではルイには勝てん。」
「それで、」
「時代は軽装騎兵、軽騎兵だ。」
「それで、」
「颯爽と馬に飛び乗り、疾風迅雷と駆け巡る。」
「それで、」
「華やかな軽騎兵こそ軍の花形だ。」
「要するに目立ちたいのだな。」
「華麗な技を身に付ける。」
「要するに目立ちたいのだな、」
「俺も彼女が欲しい。」
「結局それか。他人の事は言えんな。」
「軽騎兵用の鞍を買った。」
「流石貴族、馬はどうした。」
「馬は流石に簡単には買えん。」
「どんな鞍だ。乗馬用のとは違うのか。」
「先ずは鞍前が違う、鞍角でなく鞍把だ。」
「それがどうした。」
「把持しやすく右左から飛び乗りやすく靴先を入れ鞍の上に立つことも出来る。」
「なるほど。」
「鞍把はあるが前輪や後輪は邪魔だからない。」
「重騎兵用は馬上組討ち用に前輪がいるし腰支えに後輪がいるという事だがそれが無いという事は乗馬用のように跨ぎやすいという事か。」
「鐙も騎乗姿勢も違う。」
「当然そうなるか。俺たちも自分のスタイルを考えなければいけないという事か。」
「おい、クリスがこちらに向かってきた。」
「無駄話はここまでだ。」
ゆっくり歩み寄って来たクリスは4人の顔を見て微笑む。緑蒼色の髪が風になびく。
「皆さん楽しそうですね。それでは乗馬のお稽古を始めましょう。」
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