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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
158/204

 35 マリー少尉と

 風の香りに遠い懐かしさを覚え、振り返る。 


 昨日は馬車の長椅子にほとんど横になったまま過ごしたルイも、今日は後部座席にひとり座りながら流れる景色を見ていた。

 客室にいることに飽きたマリー少尉は馭者席に座り高い位置からの眺めを楽しんだり、馬車の操縦をラフォスに教えてもらう。そして、いよいよ騎馭することにも飽きると馬を下りて走ったりもしていた。

 道も良くなり馬車の中での会話が楽しめるようになったが、ビスバル教授、テヒ、クレマの三人は口を利かずにいる。

 何度目かの小休止の後、愛馬(シルバー)の騎乗をマリー少尉と交代したクリスが客室に乗り込んできた。客室の前椅子でテヒとの間にヴィリーを挟みながら自分の肩越しに後部座席のルイを見つめるクレマにクリスが声を掛ける。


「クレマ様、もう慣れましたか。」


「もう、すっかり見慣れたわ。それより、時々顔を顰めるの。やっぱりまだ、何処か痛むのね。」


「そうじゃな。あれだけ悲鳴を上げたんじゃ、そう簡単に痛みが収まるものでもないだろう。」


と、ビスバル教授が相槌を打つ。


「儂も、昔読んだ話を思い出した。」


「どんなお話しです。」


「なに、ルイと同じように、いや、それ以上か、ひと晩に五寸も背が伸びた男の話じゃ。」


「五寸と言えば15㎝程ですよね。」


「ルイは10㎝あまりですね。」


「そうだな。ひと晩に一気に背が伸びた。ルイはそれなりに筋骨を鍛えておったから無理やり引き伸ばされた感じだな。筋も腱も骨もそりゃ痛かったとろう。」


「その物語の男はどうなったんです。大丈夫だったんですか、」


「確か六尺五寸の大男になったとあったが、他には特に何も書かれていなかったと思う。普通の生涯を送ったのではないかな。」


「男の子ってこういう事がよくあるのですか?」


「いや、無いじゃろ。儂も初めて見た。本にあるぐらいだから昔もとても珍しい事だったのだろうな。」


「普通、しばらくぶりに会ったら、ひどく背が伸びていてびっくりしたと言う事はよく聞く話だけど。」


「そうね、夏休み明けに男の子の背が急に伸びていて、声が変になっているなんて言うのは何人か知っているけど。」


とテヒも話に加わる。


「普通女は15,6になるころまでに身長が伸びてそのまま止まる感じだけど、男の子はどうなんですか?」


「男は、そうじゃな、18位までは伸びるかの。たいていはそのあたりで止まる。ルイは16じゃったな。もう止まっていてもおかしくないし、これから伸びてもおかしくはないが、ひと晩に三寸余りとは驚いた。3、4年かけてゆっくり伸びても良かったろうに。」


「そう言えばこの頃よく食べてたわね。二人前なんて当たり前3人前でもまだいけそうだったわ。」


「そうでした。(まさ)しく食べ盛り、伸び盛りと言った感じでした。クレマ様がお腹が出ないかと心配なさるほどでした。」


「クリス、今後の彼の修業に影響するわよね。どう?」


「はい、クレマ様。痛みが治まっても筋骨が安定するまでは特に修練鍛錬のようなことはせずにいようと思います。」


「そう、慌てることはないわよね。」


「はい。関節が落ち着いてからゆっくり筋腱を鍛え直します。幸い基礎ができていますので、新しい体でそれをなぞるという事になると思います。鍛錬が始まればそれほど時間を掛けずに元に戻ると思いますが、・・」


「何?途中でやめないでよ。」


「喉の、声の調子から察するに内傷が少しあるようで、この三日は水とひと口ふた口汁物を啜られただけです。」


「そうよね。お腹の中が痛いと言ってたわ。」


「学院に帰ったら、ルシアに見てもらおうと思います。」


「ルシアもだいぶJ*J*Jに慣れたかしら、」


「イシュクに解剖学の手解きを受けながら自分なりに能力を理解し使い方を研究しています。」


「それじゃ、イシュクとルシアと相談しながら修行のやり直しね。無理しないようにご指導よろしくお願いします。」


「畏まりました。ルイも自分の意見を持つようになったと思いますので、よく話し合って進めて行きます。」


「教授、このまま行けば今日の夕方にはお宅にお送り出来ますが、」


「クレマ達はどうする?」


「ルイの服をなども整えたいので今日は買い物などしながら帝都のフローラ館へ帰り、明日学院寮に入りたいと思います。」


「そうか。しかし、今から帰っても家には誰もおらんのでの~、どうしたものか。」


「でしたら、今夜は私共の館でお泊りになりませんか?明日、改めてお宅にお送りします。」


「しかし、なるべく早く陛下との面会を取り付けて、復命を果たしたいとも思う。」


「では、少し早いですが中食を摂りながら計画を練り直しましょう。」


・・・・・・・・・・・・


 リボン砦へ向かう時も利用した大きな食堂に馬車を乗り入れる。食堂の者も覚えていたのか他の客から離れた一角に一行を案内してくれた。ルイはアンドレの肩を借りながらだが、歩いて席に着いた。特別にパン粥を作ってもらい、少量だが食べる事が出来るようになった。そんな様子に安堵しながら打ち合わせが進む。


「少尉は今日中に軍大の宿舎に入りたいのね。」


「はい、大尉殿。」


「その呼び方は止めて。」


「では、なんとお呼びすればいいのでしょうか。」


「みんなと同じ、クレマでいいわよ。」


「しかし、それは些か憚られます。」


「そんなことないでしょ。年も近いんだし、お友達のクレマでよろしく。」


「いえ・・」


「何なら命令にしましょうか?」


「分かりました。クレマ‥さん、」


「まあ、いいわ。ではマリーさん。一度、教授とルイを館に送って行って、買い物がてらあなたを宿舎に送っていくという事でよろしいかしら。」


「はい。たい・・へんよろしいですわ。」


「それじゃ、アンドレは、シルバーに乗って教授の親書をイーファン閣・・おじさまの処へ届けてもらいます。それから、この馬車は一度館によって教授とルイを下ろします。お二人にはよく休んでい頂きます。その後は私達四人でお買い物をしながら、マリーさんを送っていくという事でいいですか。」


「もちろんじゃ、ルイも儂もご婦人の買い物に付き合うほど体力が無いのでな。それでよしなに願おう。」


「分かりました。ラフォス、四人乗りの馬車があったわよね。」


「お館様のキャリッジをご用意します。」


「やめて、学生がそんなのに乗ってどうするの。古い二頭立ての馬車があった・・いえ、バギーで(ふたりのり)行きます。クリスと少尉は馬で、其の方が小回りがきくわ。ラフォスには馬の世話や旅の後始末を、ヴィリーには教授とルイのお世話を頼みます。終わったらよく休んでください。」


・・・・・・・・・・・・

 

 秘色色(ひそくいろ)の日除け天布で隠されてるような玄関扉を開けて四人はその茶店に入る。

 

「庭がけっこう広いのね。」

と、テヒがテラス戸側の椅子に座り庭を見やる。


「馬車溜まりから近くて良いですね。」

とクリスが入り口を見渡せる席に着く。


「暖かくなったら濡れ縁(テラス)でお茶したいわね。」

とクレマがクリスの対面に座る。


「どうしたの、マリーさん座ったら?」

とテヒ。


「テヒさんの前に座ってもよろしいのでしょうか・・」


「少尉としてはちょっと出遅れたわね。気にせずどうぞ、クレマも気にしないというか、ちょっと意地悪ね。」


「あら、友達同士で一番の歳頭に敬意を示しただけよ。さっ、マリー少尉。座って下さる。お茶とお菓子を注文しましょ。」


四人は買い物の戦果をあれこれ吟味しながらお茶を楽しんだ。


・・・・・・・・・・・・


「でも、バッファおじ様がこんなお店を知っているなんて驚きね。」


「バッファさんのお店凄かったです。」


「11番街のガッパーナ商会の支店は武具、馬具というよりは鞄なんかの革製品をいろいろ扱っているけどバッファおじ様は革職人としては帝都一番のマイスターよ。」


「それで何かご注文になったのですか、」


板金全身鎧(フルプレート)をお願いしているんだけど、チョとね。相談をしてたの。お待たせしてしまって、申し訳なかったわ。」


「いえ、一流のお店を見れて良かったです。でも、金属鎧ですか?革鎧でなくて。」


「まあ、いろいろあるんだけど、マリーさんも何かあったら言ってね。紹介するから。」


「いえ、私のお給料ではとてもとても。制式品で十分です。」


「でも、士官なら自分の装備は自費で賄うんでしょ。」


「はい。建前上はそうですが、軍の酒保で割と安く揃える事が出来るんで助かっています。」


「それじゃ、軍大学入学お祝いに何か送りたいわね。」


「そんな、有難いですけどお気持ちだけで結構です。」


「でも、街に出る時のドレスとかはどう?」


「いえ、クレマさん。軍人は外出時も常時軍服着用です。」


「あら、意外とつまんないわね。」


「国民の手本となるべく、陛下と帝国に対する忠誠の体現として軍服に誇りを持っています。」


「軍に入ってからず~と、軍服だけ?」


寝間着(パジャマ)以外は、士官学校入学以来、常に軍服を着用しております。」


「でも、確か軍大学の卒業パーティーは夜会服(パーティドレス)だったって、ちゅうさじゃなかった大佐が仰ってたわ。」


「はあ~、」


「だから、何か送らせて、」


「しかし、それは速くて6,7年先の事です。」


「へえ?」


「軍大学の正式な卒業は7年先になるという事です。」


「どうして?」


「どうしてって、この1年は軍大学初期過程を学びます。」


「士官学校を出ているのに?」


「整頓と言って、予備士官過程の義務年限2年を終えた者の中から改めて現役将校を目指す者と、士官学校は出たけれど高級将校にはどうにも不向きなものが隊付き少尉の時に篩にかけられ、改めて軍の中枢を担わせる人材として選別選抜試験を行い、共通の教育を施し軍の基盤を整頓します。」


「なるほど、将来の軍中枢部を鍛えるのね。それで何人ぐらいが入るの?」


「ここのところは平時ですので500人で来ています。」


「と、いう事は・・そういう事ね。で、其の500人は1年したらどうなるの?」


「ほぼ原隊に隊付中尉で上番します。」


「中尉で現場に戻るのね。それを大佐が期待してまっているという事ね。」


「それで、中尉の実役定年が3年です。中尉任官中の3年間のうちに軍大上級過程に進めなければ軍大初級過程終了者という事に分類されます。」


「先には進めない?」


「一般将校としてはそうです。」


「何人が上級に進めるの?」


「たぶん、50人。」


「10倍の狭き門なの!」


「広くて10倍。12倍の時も珍しくないとのことです。」


「それで、晴れて卒業なのね。卒業して何かいいことあるの?」


「大過なく勤めれば、大佐までは確実に昇進できるとのことです。」


「将官はまた別の学校があるの?」


「流石に学校はありませんが、将官の6~7割は軍大卒業者だということです。」


「将官になるには何か別の資質の様なものがいるのね。」


「それが分からないので運とか、縁とか、宿命とか天命とか巷では言われています。」


「巷ではと言うと軍では?」


「見えない天井です。」


「見えない天井(シーリング)なのか、伸びしろが尽きたのか、何かの呪いか、本人には計り知れないという事ね。」


「はい。」


「マリー少尉が将官になるにはどうすればいいのかな?」


「私ですか?」


「大佐の期待が大きいわ。」


「私より大佐が先だと思いますが。」


「ソシ大佐にとっては将官の地位なんてどうでもいいのよ。寧ろ邪魔かもしれないわ。」


「邪魔・・ですか、」


「古代には女将軍のお話しがいくつもあるけど、帝国では未だ一人も現役女性将官はいないわね。」


「そうなんですか、」


「取り敢えず、マリー少尉には現役女性戦闘将校大尉になってもらわないと。」


「は~、順当に行けば軍大1年、中尉の実役定年が3年ですから、頑張ればあと4年ですが、」


「それじゃ駄目なのよ中尉2年で上級過程に進んで3年で卒業なら6年後に大尉任官でね。」


「そっれって、無理ですよ~」


「何が何して何とかなるわよ。」


「無理ですって!」


「大丈夫私達がついてるわ。そして、この五番街は軍政軍令の官衙の街よ。30歳までには少佐でこの町に帰って来るって誓いを立てて。」


「なんですかいきなり、誓いを立てるだけで軍大を卒業できるならだれも苦労しません。それなら大尉も誓いを立てて下さい。」


「私は無理なの、」


「どうしてですか!」


「だって私は結婚寿退社だから。」


「は~あ~、なんですかそれは~」


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