33 クレマの春休み3
3月19日の朝7時。調査隊の士官はいつもの様に朝食兼会議の為に本部幕舎に集まると、一応に驚いた表情を浮かべた。そこにはクレマ大尉と談笑するソシ大佐の姿があったからだ。
縦長のテーブルの主人席にソシ大佐。ソシ大佐の左辺にクレマ大尉、マリー少尉、イートン主計少尉の女性士官と幕僚班のミッシェル少尉、フランク少尉が座る。右辺には昨日まで主人席に座ってい第3のフィギ中尉、第4のピンチン少尉、第5のアンシュ―少尉、幕僚班のユンサ少尉が座った。空いている席にはエヴァンス少尉が座る予定だが、まだ姿が見えない。
「よし、始めようか。」
とソシ大佐が言うと、遠慮がちにマリー少尉が
「あの~、一人遅れておりますが・・」
「いや、あいつは寝かしといてやってくれ。それでは食べながら留守中の報告をフィギ中尉。」
と、実働部隊の隊長たちの報告を聞きながら食事を終えた。
「いや、実によくまとまっていた。何か補足が無ければ会議はこれまでとしよう。今日の予定を進めてくれ。今後については午後に改めて伝達する。」
ソシ大佐が解散を告げる。従兵たちが片づけを終えると幕舎にはマージー兵長を含む幕僚班と大佐ら8人となった。
「クレマ君お茶を淹れてくれ。」
「お茶なら私が」
とユンサ少尉が立ち上がろうとするのを制して、
「クレマ君のお茶が飲みたいんだ。」
と、いうまにマージー兵長が押してきたワゴンの前に立ったクレマがお茶を淹れ始めた。
「クレマ君のお茶を飲んだことがあるのはマリー少尉だけだろう。美味しいぞ。」
「あの、大佐。お茶はともかく、2,3日の予定だったはずですが、何かトラブルでも。クレマ大尉もマリー少尉も問題になさらなかったのですが。」
「イートン少尉か。君は数字には強いはずだが、確か2と3を足したら5のはずだが。」
「はあ?」
「2かける3のほうが良かったかな?」
「ほらね。言ったでしょ。問題ないって。それよりエヴァンス少尉はどうでした。」
「なかなか見どころがあるな。最初の二日はちゃんとついてきた。最後は負ぶって帰って来たが。今は私のベッドで寝ている。起きたら何か食べさせてやってくれ。二日ほど水だけで過ごしたのでな。」
「あの~因みに大佐は何処で休まれたのですか?」
「なに、ユンサ少尉は私の貞操を心配してくれるのか。こう見えても私は嫁入り前だ。同衾などせんぞ、ちゃんとこの幕舎のテーブルの上で寝た。クレマ君に4時に叩き起こされて些か眠いが。」
若い少尉たちはクレマ、マリーの顔を伺っていたが、二人が何事もないと、この突っ込みどころ満載の話を完全にスルーする様子をみて、無反応を決め込んだ。
「なんだ、みんな元気が無いな。仮面を被ったような表情だぞ。どうせならネコでもかぶれ。」
「大佐、お茶をどうぞ。」
「ありがとうクレマ。君のお茶が飲みたかった。」
「そう言って頂けると、お世辞と分かっていてもうれしいです。皆さんもどうぞお召し上がりください。」
全員がお茶を飲むと一様に驚きの表情を浮かべる。マリー少尉が得意げに、
「大尉はこのお茶で数々の特務作戦を成功にお導きになっているのです。武技、戦闘だけが軍に貢献する手段ではないという証です。」
「分かります。これほど美味しければ敵も戦意を解消するでしょう。」
「大尉の特技はこれだけでないのです。大尉は以前は五人の特務准尉を手足の様に使い、大隊少佐を手玉に取り・・」
「マリー少尉、いい加減にしないと墓穴を掘るわよ。」
「すいません。」
「大佐。若い幕僚士官が書いた様々なアイデア、素案に目をお通しください。赤はマージー兵長が青はマリー少尉が入れました。」
「もう私に仕事させるのね。人使いがあらいな~。」
「5日も遊んでいたからです。自業自得です。」
「テヒのお茶が飲みた~い。」
「大佐~!」
・・・・・・・・・・・・
暫く書類に目を通していた大佐に向かって、クレマが話掛ける。
「そう言えば大佐、マリー少尉に新しい二つ名が尽きました。」
マリー少尉が目を見開いてクレマを見る。
「どんな名だ。」
「女王アリのマリーです。」
「なんだそれは。」
「これです。この一覧表はマリー少尉が作成した、調査隊の兵士一人ひとりについての調査票です。」
「で、」
「大雑把に言えば戦闘向き、力仕事向き、特技持ち、例えば荷車の車軸を修理できるとか、鋳掛やちょとした鍛冶仕事が出来るとか、意外と料理が旨いとか、金勘定に細かいとかです。」
「それが何で女王アリのマリーなのだ。」
「大佐が全国からかき集めた、訳アリ、癖アリ、問題アリ達の、時には鼻をへし折り、時にはおだてて木に登らせ、時には必殺秋波をちらつかせ適材適所に倦まず、疲れず、へこたれずと使い倒しております。」
「貴様のノリノリなネーミングが出る時は要注意だと私もこの一年で学んだが何を言いたい。」
「ですから、訳アリ、癖アリ、問題アリの兵士を戦闘アリや働きアリ、世話焼きアりに変貌させ、その美貌と腕っぷしで女王アリの如く君臨するマリー少尉、略して女王アリのマリーだと言っているのです。」
「それでこちらの名簿は何だ。」
「スルーですか、スルーですね、スルーするんですね。分かりました。そちらはフギィ中尉が行った測量研修及び実習の結果をもとにマージー兵長が立てた新しい部隊編成の試案です。名付けてソシ大佐の測量中隊です。」
「落ちも捻りもないが、誰がそんなことをしろと言った。」
「私です。」
「何故だ。」
「使えない新米幕僚と使えない新規採用兵と使えない荒野を抱えた私には現場を仕切る事は出来ません。そこで有能な人材を最大限活用した副産物です。」
「私への嫌味か。」
「とんでもございません。大佐のご苦労を身をもって体験した私はあえて申し上げます。この独立大隊は人材不足です。大佐には有能な部下が必要です。」
「だったらお前が来い。」
「大佐殿。私には原隊での本業がございます。そこであえて、敢えてご提案申し上げます。」
「もったいぶってなんだ。」
「ブローケン少佐をグリーンベレーの大隊長にお戻し下さい。」
「新人大隊を誰が見る。私にはそんな暇はないぞ。マリー少尉が一年後帰って来ても中尉任官で大隊を見るまでは速くて5年かかるぞ。」
「大佐はマリー少尉をそこまで買っていらっしゃるのですか!」
「いや、言葉の綾だ。私は5年で済ませた、がマリー少尉は女性士官だ。いつ結婚するかもしれんし、普通は10年かかる。お前でもどう頑張っても・・7,8年はかかるだろう。」
「私の事はとも角、いるじゃありませんか適任者が。」
「・・・・」
「そうです。マージー兵長です。」
「無理だ。」
「どうしてです。」
「軍務省がうんとは言わん。」
「軍務省がうんと言えばいいのですね。」
「何を企んでいる。」
「どうしたらうんと言うのかなと、」
「帝王陛下の勅命はいかんぞ。」
「それはもちろん分かっています。・・でも・・ああ~、そういえば今年の卒業生の対抗戦の時、アリシオ学生が居たと思いますが・・評価はどうでした。」
「何でそんなことを聞く?」
「ふと、・・何となく、一時私の上官だったので。」
「フン、上の下とでも答えておく。まさかこっちに引っ張れと言っているのか?」
「とんでもないです。ただ、彼もいい男だったなと思って、」
「・・・・・」
「彼が結婚でもしたら、なんかいい事が起きるかなと思おいません?」
「お前の結婚相手にするのか?」
「滅相もない。」
「マリー少尉に嫁げとでも、」
「それは無理でしょう。あちらが良くても、マリー少尉にあちらの嫁は絶対務まりません。」
「今なら蟻の国の女王マリーだから盛大な結婚式になるだろうな」
「国際結婚ですか?それとも異種格闘技?成る程。外務省と中務省が画策しそうですね。」
「貴様何か情報を掴んでいるのか!」
「いえ何にも。でも、皇后陛下か皇太后陛下に菓子折りの一つでも持って、ご挨拶に行けば何とかなるかもです。」
「貴様、中務省にも手を回したのか。」
「何故一介の士官が王室に関われるのです。そんなこと出来る訳がございません。」
「お前の口ぶりからして、なんかあったんだろう。」
「そんな、オホホホ・・ただ、通りすがりに、皇太后様がお茶をなさっているのを拝見しただけです。」
「一介の人間が何処をどう通りすがったら、皇太后陛下のお茶に出会う。」
「それはそれ、蛇の道は蛇。茶の道は茶事です。」
「また訳の分からん事を。しかし、何とかなるなら・・・期待したいものだな。マージーの為にも。」
「そうは言っても、速くて1年たぶん3年ぐらい先の話でしょう・・・」
「それまで、マージーに他人に有無を言わさせない実績を積ませろという事か」
「流石、大佐、部下思いですね。」
下級士官には想像もつかないやり取りを見て、少尉たちはただポカンとするばかりであったが、マリー少尉は涼し気にお茶を楽しんでいた。それを見て落ち着きを取り戻した少尉たちは流石、女王アリのマリーの二つ名は伊達ではないとしきりと感心するのであった。
・・・・・・・・・・・・
残光の中、夕食を取る兵士たちの話題はその事だけだった。
「なんであいつが曹長なんだよ。」
「大佐の後をついて回るだけでいきなり曹長になれるんだったら、俺も専属従兵に成ろうか、」
「無理だな。」
「なんでだ。」
「大佐はとも角、黄色い悪魔に脛を蹴り飛ばされて生きていけるか。」
「ちがいねぇ。だけど俺も行くとこが無いから仕方なく軍に志願したとは言え、だったらなおさら年金がもらえるようにしたいんだ。」
「俺はグリーンベレーの噂を聞いて志願した。出来るもんならグリーンベレーを被りたい。」
「何だっけマリー少尉が言ってたこと、」
「あれだろ、武技と堀と後一つってやつだろ。」
「武技は分かる、最低自分の身は守って生きて帰れるように。堀も分かる、野戦工兵なんだから塹壕堀は基本だな。」
「それは甘いな、歩兵には塹壕堀はついて回るだろ。工兵なんだからそれなりの土木技術か築城技術は身に付けろってことだろ。」
「もちろん分かってるって、それよりも後一つってなんだ。」
「シャバに居た時、馬車屋に居た経歴を買われて、荷車の修理や木工仕事をやらされている奴がいたがそういう事だろ。」
「お前は鋳掛ができたな。」
「実家の隣が野鍛冶屋で、幼馴染が仕込まれているのを見よう見まねで悪戯していたら、親方が見込みがあるって手解きしてくれたくらいで、まともに剣の一つも打てやしない。」
「それでも、鍋、釜の修理に重宝されたじゃないか。」
「俺には、何も特技なんてないぞ、どうしたら良い。」
「測量が出来そうな奴を集めて測量小隊が編成されたろ、」
「ああ、60名なんて中途半端な数で、半分の30名をマージー兵長がって言うんだろう。」
「マージー曹長並みってことで、フギィ中尉の曹長様だ。間違えるなよ、黄色い悪魔に聞かれたら大変だ。」
「おっ、おー分かっているって、気を付けるさ。それで、」
「測量士を鍛える試験小隊ってことは成功したら増設するかもってことだろ。」
「小隊が中隊になるのか?」
「それは分からんが、中途半端な数じゃなくて正規の二個小隊は確実だな。」
「俺に測量士に成れってことか。そりゃ無理だ。あんな小難しい事は性に合わない。」
「性に合わないんじゃなくて、計算が出来ないんだろ、」
「そうともいう、」
「フン、何も測量士だけで小隊が作られている訳でないだろう。」
「あーいろいろ助手みたいな奴がいたし、手旗降るやつとか、飯炊き専門に荷車引きもいたな。」
「だから、何か仕事があるんじゃないか。雑用係と言われていたけど、」
「雑用かチョット情けないかんじだが、手旗はまとめて訓練してすべての小隊に振り分けると言ってたな。」
「お前、手旗を覚えられるのか?」
「やって見なきゃ分からないだろう。」
「手旗の教官は黄色い悪魔だぞ。」
「ヱー、そりゃ~どうすりゃいいんだ。」
・・・・・・・・・・・・
兵士たちが寝静まり、臥せ待ち月が顔をだすころ、夜警の兵士の間を難なく通り抜けて荒野に集結する一団があった。
「エヴァンス少尉。大丈夫か。」
「はい。大佐。十分休みました。」
「そうか、大尉、確認を。」
「大佐とエヴァンス少尉はガボ中尉と今までの調査結果の現地確認をお願いします。私は第1小隊と残りの調査を行います。」
「エヴァンス少尉。貴様は火魔術士だが今日は厳禁だ。月明かりだけで確認しろ。」
「はい。」
「大尉。無理するなお前には体力が無い。」
「心得ております。」
「では、第4中隊の実力を見せてくれ。」
・・・・・・・・・・・・
3月20日の朝食兼会議にエヴァンス少尉の姿はなかった。マリー少尉が
「大佐、エヴァンス少尉は大丈夫ですか。」
と声を掛ける。
「エヴァンス少尉か?。あいつは私のベッドで寝るのは嫌だと自分の小隊幕舎に潜り込んだ。おっつけ起きてくるだろう。若いと眠いもんだ寝かせてやれ。」
「しかし、あまり特別扱いはよろしくないのでは。」
マリー少尉が苦言を呈する。
「君がいるなら昼間の運営には支障は無いだろう。暫く大尉に特務の仕事を仕込んでもらうのでもうしばらくみんなも我慢してくれ。」
無言で頷く様子を見て、
「では、戦闘訓練、輜重隊訓練、測量隊訓練、それに通信兵の訓練も加わったな。今日も怪我の無いようがんばってくれ。」
大佐が解散を告げると、幕舎の外へ出たクレマが、分隊を指揮するマージー新曹長を手招きする。
「兵長じゃなかった曹長。通信兵の訓練もよろしく。」
「はあ~、大尉の仕事じゃないですか。」
「有能さをアピールするいいチャンスよ。頑張って。」
「小官に訓練兵を押し付けて大尉は何をするんですか。」
「特務よ特務。ベットに潜り込んで今後の計画をネルは」
「ネルんですか。寝るんですね~。」