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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
154/204

 31 クレマの春休み

 つい1週間(6日)前、旅行気分でウキウキと来た道を今はソシ大佐と馬を並べてトボトボと帰している。そう言えば、三日あれば済む道を五日掛けたのはビスバル教授の所為だ。初日は南街道沿いにある駅舎や町、村々を確認しながら物見遊山で楽しかった。ルイの凛々しい騎士姿を頼もしくポーと見つめていたらあっという間に日が暮れた。高低差のない馬車道は整備されていて快適であった。二日目は街道沿いの人家も減り、田園風景の中を牧歌的な気分で馬車を走らせた。クリスと交代してもらい、ルイと馬を並べたり、遠くの集落や山野に物見に出たりしていたら、日の経つのをわすれて無人の駅舎に止まることになった。荷馬車の行程の確認をしたようなものだった。これも教授の仕事のうち帝国領内の視察なのだと思いながらテヒの料理やクリスの狩の腕を堪能した。勿論ルイの上達もうれく楽しい一日だった。三日目からは更に進みが遅くなる。陰護衛だと思っていたガボ達が頻繁に教授と接触し、何処かに消える。教授は道が悪いだの腰が痛いだのと言って盛んに休憩を入れる。小川に架かる橋を渡り、高低差を避けるため岡を迂回する荷馬車道でも一日走れば砦に着く距離である。馬なら直線的にルートを取れるので20キロ程、四半日である。それを朝のお八つ、中食、ひるのお八つ毎に大休憩をとり、土壌や植生、獲物の調査である。鳶色の活動も活発で報告書と引き換えに新たな指示が出ている。そしてそれは4日目、3月10日の事だった。ガボが報告を上げてきた。それを読んだ教授が自ら出向くと言い始めた。馬車を道端の邪魔にならない所に置き、馬を外して鞍を付ける。クリス、テヒ、ルイ、クレマ、そして何故かマレンゴに二人用鞍(タンデム)を付けて教授とヴィリーが同乗してその山に向かった。昼過ぎにその山の麓に着く。ルイが馬をまとめ餌をやり世話をする。ヴィリーが荷物をまとめ昼食の準備に入る。クリスが周囲の探索に出る。テヒがヴィリーを手伝い質素だが美味なる中食を作る。クレマと教授は平地に端然と屹立するその山を見上げる。


「登山口のようなもんは見当たらんな。」


「ハイ、教授。もしかしたらここは裏手でしょうか。」


「高さはどれ程かな?」


「ざっと50メートルほどの円錐形ですね。」


「登れるかな?」


「今は踏み込まない方がよさそうです。」


「どうしてだ。」


「何となく。」


「女神の勘かな。」


「それほどの物ではないですが、先ずはガボ達の周辺調査を待ちましょう。」


「では、先ずは中食を頂くか。」


・・・・・・・・・・・・


 遅めの中食を終える頃にガボ達、ソシ中佐の、今は大佐の自慢の第4中隊(トビイロ)第2小隊の20名が教授の前に集まって来た。


「クレマ君どうしたもんかな、」


「教授どうしましょ。」


「じゃ、クレマ君よろしく頼むよ。」


「はあ~、私ですか~、」


「そうだよ。」


「それじゃ、僭越ながら教授の処に集まった情報を整理して開示ください。」


「そうだな、周囲に似たような山はない。形が整っているので人工物かもしれん。と言ったとこかな。」


「では、ガボ隊長はどう考えます。」


「はい。大尉殿。」


「やめて、その不吉な呼び方はやめて、」


「分かりました。クレマ殿。」


「まあ~いいは、つづけて。」


「周辺10キロには人家は無し。野獣の巣の様なものもありません。高木は無く、低木か草叢がところ何処に生える荒れ地です。」


「それから、西の方の古い集落には、この荒れ地には大昔地面から顔を出した小山があり、二レーサンと名付けられたという伝承があるとの報告がありました。」


「ニレ―山か、」


 教授が呟く。ヴィリーがクリスの袖をそっと引きその顔を耳寄せる。


「クレマ様。」


「どうかして、クリス。」


「話の途中申し訳ありませんが、今夜はここでの野営を提案します。」


「そうね。私もそれがいいと思うわ。」


「それから、馬をアンドレ達の処に返したいので誰かつけて送り届けて下さい。」


「どうして?・・・クリスがそう言うならいいわ。ガボ隊長お願い。」


「それから、魔術士を3名お借りしたい。」


「そうなるのね。指名はある?」


「ならば、彼と彼と彼をお願いします。」


「あら、面白い人選ね。3人で足りるの?」


「私と従者と魔術士どので山に上がります。」


「では、残りで陣を敷いておくから。日の入りまでには帰って来て。」


「畏まりました。」


「では、残りの人はそれぞれの仕事を手早く始末して、野営の準備。入り日の行から始めるから、ガボ隊長命令を出して。」


「はい。では、今日は3月10日。入り日の行を17時から始める。それまで各班で今日の報告書をまとめて野営の準備と行の準備をして待機。」


「ガボ隊長ありがとう。人が足りないのでガボ隊長にも一角を担当してもらうから。」


「自分がですか?」


「もちろんよ。頑張ってください。」


「イエス、マム。」


「やめてよ~。」


・・・・・・・・・・・・


 17時になりガボの指示で入り日の行が始まる。暫くしてクリス達が山を下りて来て陣に加わる。


 北の頂点にヴィリーが入る。その左手の東の頂点にクリスが入り、右手の西の頂点にはテヒが座っている。テヒの右手、南西の頂点にはクレマと、南東の頂点のガボとで五芒星を作る。小高い山を囲む巨大な五芒星の頂点を繋ぐ円周上に魔術士たちが座っている。南東と南西をつなぐ弓弧には山に登った3人の魔術士が座った。


 日は沈み皓々たる月が高く上っていく。


 ニレー山を内包する五芒五行陣の円周の外にルイとビスバル教授が北面して座っている。二人の前には二人を庇うようにルイのロングソードが、その左右にはルイとクリスのナンジャモンジャの枝から切り出した木刀が大地に突き刺されていた。三本の剣に守られて二人は座っていた。


 戌の刻に入ると三月の十間夜(とおかんやの月はいよいよ皓さを増し20時、南中高く大地を照らす。


 山頂から迸る一条の光がルイとビスバル教授に襲いかかる。その光をロングソードと左右の木刀が塞ぎ遮る。漏れた光を身に浴びながら二人は意識を手放す。


 午前零時を過ぎたところでヴィリーが手を挙げ、陣を解く。南の弓弧に居た三人がルイと教授をテントに運び毛布で包む。


「さあ、全員体を労って休みましょう。今日の事は朝、教授が起きられてから考えましょう。」


 クレマがそうみんなに告げると独り言ちた。「これは、オルレア案件ね。」


・・・・・・・・・・・・


 「どうしたクレマ。何か名案でも浮かんだか。」


 轡を並べるソシ大佐が覗き込むように聞いてきた。


「失礼しました。ぼんやりしていただけです。」


「三上は名案が浮かぶと言うからな。何を考えていた。」


「ただ、みんなとお山に行きたかっただけです。」


「山奥に行っても面白い事があるのか。」


「お茶したかっただけです。」


「それは申し訳ない事をした。」


「また、心にもない事を」


「いや、ホントここでの仕事を早く終わらせて帰りはみんなで楽しくお帰り頂きたいとは思っている。」


「ここでの仕事というのはいったい何ですか?」


「一つはマリー少尉を2週間ほど面倒見てもらいたい。」


「はあ~?四月から軍大学に行くのに何を面倒見ろと仰るのですか。」


「いや~君の恋敵の面倒を見ろと言うのも酷な話かもしれんが、」


「いつから恋敵なったんですか?」


「兵たちがいろいろ噂しているようだが、」


「マリー少尉とは親友です。共にゴールデンヴァーム王朝打倒を誓い合った戦友です。」


「君がそう言うなら安心だね。まあ、腕がたって可愛いだけじゃグリーンベレーの将校は務まらんと言う事を自覚させてくれ。」


「それは、上司としての大佐の役目ではないでしょうか。」


「そうなんだがどうも、苦手でね。野郎どもなら簡単に締め上げれるんだが、」


「はあ、大佐にも苦手なものがおありなんですね。それで次は?」


「二つ目は各中隊長がよこしてきた幕僚を叩き上げてくれ。」


「第1からミッシェル少尉、第2はフランク少尉、第3からユンサ少尉ですか。この3人は特殊野戦工兵グリーンベレーにしてはおっとりと言うか、戦闘将校の荒々しさが欠けているような・・」


「流石クレマ君。独立大隊として増員に伴って各地から引き抜いたんだが、中隊長達はちょっと持て余し気味でね。」


「腕と気風の中隊長たちには理解できないタイプという事でしょうか。」


「有能で気概のあるのが戦闘将校向きなんだが、そう言うタイプだけじゃ大所帯は回って行かないからね。」


「大佐が引き抜いてこられたんですよね。」


「そうだが、クレマ君タイプだよね。」


「私は無能ですが、やる気だけは人一倍です。」


「なら、こっちに来なよ。」


「それは~ちょっと。」


「だろ。軍での上昇志向が無い訳ではないが、ちょっと方向とかが違うタイプだな。」


「仰りたいことは何となくわかります。第4のエヴァンス少尉はどうなんですか?トビイロなら変わっていて当たり前ですよね。」


「そうなんだが、民間にいたのを引っ張て来たんでまだ、何かが固まっていないと思う。」


「そうですか。本部中隊から来たイートン少尉は女性主計将校ですね。」


「戦闘以外の事の方が実際は多いのが軍隊だからね。本部要員として引っ張て来たんだが、それだけじゃ無い所を観たいと思ってネ。」


「成る程、ブローケン少佐も持て余し気味と言うとこですか。」


「良く判っているね。そう言う事でよろしく。」


「よろしくと言われても、たかだか2,3週間で何とかなるとは思えませんが、その上マリー少尉でしょ。あの・・大佐お願いがあるですけど。」


「何かな、出来る事なら何でも言う事を聞くよ。」


「それでは、マージー兵長をお貸しください。」


「う~ん、流石クレマ君。いいとこ突くね~。」


・・・・・・・・・・・・


 ソシ大佐率いる調査隊の2小隊ほどが野営地に着いたのは朝のお八つの時間であった。増員された本部中隊の兵は志願兵なので訓練として15キロ程をライフルマーチで行軍してきたので、輜重小隊は置き去りの形になってしまった。


「フギィ中尉、どうする。」


「これも訓練と思い若いものに行軍計画を立たせたのですが・・」


「クレマ君どうする。」


「大佐、野営地はここでよろしいのですか?」


「そうだ。例の小山を遠望するこの辺りを目論んでいる。」


「事前に計画なり決心なりを打診なり下知なりされましたか?」


「誰も聞いてこんので、何も言ってないし、私自身何をしたいのか分からないのが現状だ。」


「ノープランを私に丸投げですか・・・。マージー兵長、幕僚を集めて計画立案。案件はリボン街道の東側に野営地の設営計画。10分で一人一案を提出するように。フギィ中尉、別命あるまで調査隊は小休止。以上何か質問が無ければ状況開始。」


マージー兵長とフギィ中尉が走り去ると、ソシ大佐が、


「いいね~。クレマ君、現場指揮官らしいよ。」


「やめて下さい大佐。今は軍行動中です。君付(くんづ)けはないです。」


「ごめんごめん。ところで私は何をしたらいいのかな?」


「それはご自分でお考え下さい。」


「それじゃ、君に丸投げして暫くブラブラさせてもらえるかな。」


「隊の指揮はどうするんですか?幕僚に指揮権はありません。」


「そうだね。そこはないがしろにできないね。指揮命令はフギィ中尉が取るとして、彼に献策する形でいいんじゃないかな。」


「そうですね。で、大佐はどうします。」


「だから、ブラブラと・・」


「う~ん、エヴァンス少尉を引き連れて2、3日ブラブラして来て下さい。」


「おっ、いいの?。でも何故エヴァンスを付ける。」


「自分の上司を理解する所から幕僚の仕事が始まると思いますので。」


「そうか、分かっているね。」


「ところで何分経ちました。」


「まだ、5分ほどあるよ。クレマ君は時計をもっていないのか?」


「そんな高価な物、持っている方がおかしいです。」


「でも、軍大を出て中尉任官の時、国から下賜されるでしょ。」


「大佐。私は学院生です。それも2年生にもなっていないんですよ。」


「あんまり、堂に入っているんでわすれていた。それじゃ私のこれをあげるわ。」


「そんな高価な物頂けません。」


「いいのよ。何個もあるし。軍の仕事上懐中時計は必須でしょ。」


「それは、そうですが。ありがとう・・・ってこれ恩賜の銀時計じゃないですか。」


「流石に卒業の時のは戦闘中にぶっ壊れたので今はこれを使っているけど、金が良ければ砦から取り寄せるけど。」


「滅相もない。恐れ多くて」


「いいのよ。巻き込んでしまったお詫びの心算で受け取って、私のイニシャルが入っているけど、適当に削っていいから」


「そんな・・・、それでは有難く頂きます。感謝申し上げます。」


「でも、学生が銀の懐中時計なんて・・・軍のおじさんの形見だとでも言い訳して、」


「そんな、縁起でもない!」


「大丈夫。フラグでも何でもないから。」

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