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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
153/204

 30 春休み リボン砦で 3月11日

 十日余りの月が南中する前に無紋の馬車は砦に着く。半開きの城門をゆっくりと通り過ぎると待ちわびた様に門は閉ざされた。篝火の向こうの建物から迎え人が出て、馬の世話をする。


「これはビスバル教授お久しぶりです。」


「お~、ソシ君か何年ぶりかな。」


「何かの学会でお見掛けしてから10年は経つでしょうか。」


「そうか、退官記念として呼ばれたアレか。」


「はい。」


「まあ、こうして再会するとは夢にも思っていなかったが。」


「私もそうです。」


「君の教え子じゃなかった、部下なかなか面白いな。」


「それも含めまして、夕食、夜食でしょうか。食事でもしながら中でお話ししましょう。昨日までの旅程は報告されていますので。」


「少し酒をくれ。今日の分の報告と今後のことについて少し話そうか。若いもんは寝かしてやってくれ。明日は聖曜日じゃで休みたいじゃろ。」


「畏まりました。では私の執務室にご案内いたします。」


・・・・・・・・・・・


 クリス、クレマの一行が皓月に照らされ兵舎の一画に案内されて行く。

 クリスが部屋割りを告げる。


「テヒ様とクレマ様で一室をお使いください。ルイ様、アンドレ、ラフォスは同じ部屋でよろしいでしょうか。」


「もちろんです。」


「では、ヴィリーと私で一部屋使います。明日からのことについては教授とソシ中佐の話し合いの結果を受けてとなります。」


「クリス、ソシ大佐よ。」


「失礼しました。」


「それではみんな、お疲れ様。十分休んで明日に備えましょ。」


 最後にクレマが解散を告げた。


・・・・・・・・・・・


 朝7時、士官用食堂に当直以外の士官とクレマ、テヒ、クリス、ルイと教授が席についている。ソシ大佐が立ち上がり


「諸君。おはよう。今朝は昨日遅く到着された私の恩師、ビスバル教授と共に朝食をご一緒する栄誉を得た。心して食してくれ。では、頂こう。」


黙々と食事が進み、食後のお茶が給仕され始めると大佐が口を開く、


「さて、概要は以前説明した通りだが、改めて確認しておこう。教授たち一行は明日より鼻先山の奥、段丘を登ってその先に行かれる。段丘下までの護衛は第3中隊トーマス大尉が担当する。お帰りを待つ間の行動予定は別途指示する。次に第2中隊プルコル大尉は青赤二つの前進砦の巡回任務にあたる。第1中隊ポルト大尉は鼻先砦の建設に引き続きあたる事。本部中隊は2小隊と本部要員でブローケン少佐の指揮の下、リボン砦の守備業務を行う。残りの3小隊と私は第4中隊(トビイロ)と共に調査活動に出る。私の留守の間、通常業務、リボン砦の事はブローケン少佐に一任する。期間は取り敢えず今、3月一杯である。それから、各中隊から私の幕僚として幕僚担当士官を一人づつ出してくれ、幕僚班(スタッフ)の班長にはクレマ大尉を当てる。」


「はあ~、ちょっと待ってください、ソシ中佐~」


・・・・・・・・・・・


 2杯目のお茶が注がれる頃にはほとんどの士官は席を立っていた。


「クレマくん、私は大佐になったんだけどね、」


「失礼しました。しかし、大佐、何故私が幕僚班の班長なんですか。」


「だって、大尉クラスは中隊長として現場指揮に出払っているし、本部中隊の幕僚・本部要員はブローケン少佐に付けたから私の幕僚がいないでしょ。マージーはいまだに兵長だし、抽出されてくるのは中尉か少尉だし、第4中隊の事を分かっていて私の副官経験のあるクレマ大尉が上位の士官として幕僚班を率いるのは当然でしょ。」


「確かに論理的帰結じゃな。」


「教授までなんですか。」


「それに、段丘の上に用事のあるのは、ルイ君でしょ、それにテヒさんでしょ。アッ、テヒさん、ガボ達が手ぐすね引いて待ってますよ。厨房の改良をしたいので是非テヒさんのご意見を聞きたいそうです。」


「そうですか。そう言う事でしたら、この辺で中座してよろしいでしょうか。」


「もちろんです。私からもよろしくお願いします。それでどこまで・・そうルイ君にテヒさんにクリス君、そうクリス君も腕自慢が楽しみにみんな待っています。ルイ君とご一緒にお願いできますか。」


「大佐のご要望とあれば喜んで皆さんのお相手を務めたいと思います。」


「ありがとう。よろしく。さて、ビスバル教授は全権大使としてもちろん大切なお仕事がある訳で、そこでクレマ大尉。君は段丘の奥に何の仕事があるのかな。」


「ううううー。教授のお手伝いです。」


「あ、儂に気を使わんてもいいよ。まだまだ若いもんには負けんし。それに、テヒさんのお茶は君より、少し、少しだけだけど美味しいしね。」


「う=。」


「それに、ここに来るまでに教授のお手伝いをしていたのだから、それを引き継いで明日からの打ち合わせをしょう。私の執務室へ行きましょうか。」


「うー、私もお山に行きた~~い。」


・・・・・・・・・・・


 テヒが士官食堂を出るとすぐにガボが近づいてきた。


「ガボさん、お久しぶり。中尉に昇進おめでとうございます。」


「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。」


「こちらこそです。ところで何をすればいいのかしら、」


「単刀直入に言いますと、厨房の能力が足りないので増設しようと思うのですが、新しい試みもしてみたいと思いまして」


「そう。ところで現状はどうなっているのかしら。」


「はい。実はこのリボン砦は中隊規模が守備するというのが基本設計でして、250人から300人がひと月立て籠もれるように作られています。」


「でも、ソシ大佐はリボン独立大隊と仰っていましたよね。」


「はい。以前は3中隊750名と第4が40名ですので、800名ほどでした。今は本部中隊と本部要員で300増えて、1100名でやっています。」


「平時連隊並みと言うところね。でも、300名しか収容できないのなら他はどうしているの?」


「前進砦や本部砦の周りで野営が基本ですね。休暇で本部の宿舎に泊まりに来るというのが悲しい実情です。」


「此の周りには遊びに出るような村も町もないし、本部砦での食事が唯一の楽しみというところかしら。」


「そうなんです。そこで是非、テヒさんのお力をお借りしたいのですが、」


「分かったけど、独立大隊としては何処まで大きくなるのかしら?」


「それは、私の立場では何とも言えないのですが、人員的にはあまり変わらないと思います。」


「根拠は?」


「たぶん、青と赤の前進砦で中隊一つ、鼻先砦に一つ、段丘に一つ、リボン砦は本部中隊と鳶色(ダイヨン)と言う体制で暫くは行くと思います。」


「暫くと言うのどれくらい?」


「分かりませんが、大佐の構想には旅団編成の中核にするというのがあるようです。」


「それはすでに計画があるという事?」


「いえ、大佐の言動からの推測です、」


「・・・そう。分かったわ。それでは、本部リボン砦の厨房能力を二個中隊500名分として考えましょう。」


「500名?600でなく、」


「リボン砦は本部中隊が常駐でしょ。本部要員入れて300あれば足りるはず。」


「では500は多いのでは?」


「そうね。各中隊の休暇組が本部に来るとすると小隊単位でしょ。50×4で多少の増減はその時その時で何とかするという事で。」


「分かりました。では取り敢えず100人規模の厨房と食堂を試作してそれをもとに、後は改良をしていくという基本構想でどうでしょうか。」


「そういう事なら、ここで使う燃料の検討からはいりましょ。薪、炭、石炭、骸炭どれが手に入るかでしょう・・・とその前に、料理好きの鳶色を呼んでもらえるかしら、」


「はい。しかし、どうしてでしょうか。」


「今日のお昼か、おやつに何か作りたいからヴィリーを紹介するわ。」


「ヴィリーさんとは?」


「私のお菓子の先生よ。」


「そういう事でしたら、厨房にも話を通しておきます。」


・・・・・・・・・・・・


 練兵場ではクリスとルイが囲まれていた。サング曹長がやってくるとたちまち兵士たちが整列する。


「サング曹長、お久しぶりです。」


「ルイ中尉、壮健そうで何よりです。」


「中尉はよして下さい。ただの学生です。」


「そうですが、そう、マリー少尉が4月から軍大学に進まれます。」


「そうでしたね。」


「マリー少尉は皆さんをお見送りしたら、帝都の方に旅立たれるので、段丘の関所までは私がお供します。」


「それはよろしくお願いします。ところでマリー少尉は?」


「ここです。」


その声に振り替えると、少尉が完全戦闘服姿で立っていた。軍の第一戦闘服にヘルメットを被り、左手に小盾、後ろ腰にダガーを佩いている。


「これは、マリー少尉。今日は一段と勇ましですね。」


「今日は騎士ルイ殿に一手仕合うてもらいたくて、待ち望んでいました。」


「私もです。雪辱を果たしたいと思います。」


歓声があがり、場が開けられる。ルイは鎖帷子に左腕はプレートアーマー、ケトルハットのヘルメット


「ルイ殿得物は何を、」


「これです。」


「それは、シナイですね。」


「そうです。私は鎖帷子です。あなたは皮鎧ですので、今日は小太刀に見立てたシナイでお相手します。」


「では、私も木刀で、」


「いえ、一番お得意のダガーでお願いします。」


「鎖帷子では突き刺せば刃が通ります。」


「覚悟の上です。」


「そういう事なら、よろしくお願いします。」


サング曹長の合図で仕合が始まる。その場の全員が固唾をのむ。

流石に小太刀の間合いでは、バックラーに有利である。ので、鉄製籠手(ガントレット)の左手がモノを言う。ラウンドシールドより一回り小さいバックラーは小楯の素早い動きで打ち込んでくる。それをシナイでは捌ききれない。自然遠間になる。瞬間、縮地で飛び込むが、がっしとつかみ合いになった。互いの腕を掴み合う。いつの間にか逆手に持ち換えられたダガーの切っ先が肩や首元を襲う。近接戦ではマリーに一日の長があるようだ。蹴り上げたい誘惑に抗しながら体重差で押していく。いけない、引き込まれる。咄嗟に飛び上がり相手の左手の掴みを切りながら前宙ひねりでマリーの後ろに立つ。同時に左右の裏拳を警戒して腕を構えたその隙を飛び込むようなヘルメットの後ろ頭突きが襲ってくる。上半身だけスウェイしてその首を抱き込もうとするが、相手は勢いのままバック宙で高く飛び上がり上から延髄蹴り。それを前に飛び込みながら振り返らずに走り去る。


背後を取れた気配がない。のを確認して。立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


20メートほど後ろにマリー少尉は立っていた。ゆっくりとダガーを後ろ腰に仕舞い立っていた。


「完敗です。」


「いえ、後ろを取られた私が負けです。」


「延髄蹴りを決めれなかったところで攻め手が切れました。すごいダッシュ力ですね。」


「う~ん、走れる奴が最強だとは教えられましたが・・・」


「走れる奴が最強・・成る程。よい教えです。」


「それまで。」


サング曹長の掛け声で二人は歩み寄って抱擁した。


・・・・・・・・・・・・


 夕食後、クレマ達四人が湯浴みは当分できないだろうと、女性宿舎のシャワーを借りて隣室で一息ついていると、シャワー室にやって来た女性兵士達のおしゃべりが聞こえてきた。


「今日のおやつ美味しかったわね。先発隊には悪い気がするくらい美味しかった。」


「テヒさんが作ったのかしら?」


「ウウン、お付きのメイドの少女が鳶色とともに作ったって聞いたわ。」


「こんな僻地に子供のメイドを連れて来るなんてと思ったけど、神様ありがとうって思ったわ。」


「おやつもそうだけど、今日はやっぱりマリー隊長とルイさんよね。」


「そうよね。すごい試合だっだわ。」


「試合もすごかったけどその後よね。」


「そうね。何だか見ているこっちまで、幸せな気分になっちゃった。」


「もしかして、クリス様とルイさんがそんな関係じゃないかって思っていたけど、」


「本当に師匠と弟子なのね。男どもも真剣にクリス様の指導を受けていたもの、」


「テヒ様も色っぽくてキレイよね。」


「でも、ルイさんにはちょっと大人っぽくすぎない?」


「そうね。ガボ達が今日一日中テヒ様にべったりでデレデレしてたわね~。」


「分からない訳じゃないけど、チョッとね。ルイさんにはやっぱりマリー隊長よね。」


「二人が抱き合う姿、美しかったわー。」


咄嗟にクリスとテヒはクレマの腕を押さえた。


「私の名前が何故でない~」


・・・・・・・・・・・・


 明けて12日の早朝、クリス達一行を見送るソシ大佐の横にクレマがいた。


「ちゃんと軍服持ってきでいるじゃない。」


「一応、大佐にお会いするので用意はしてきました。」


「新しい飾緒(ペンシル)はどうかな。気に入ってくれたかい。」


「鳶色と緑の飾緒は初めて見ました。」


「我がリボン独立大隊の幕僚にふさわしい、色だね。」


「何時か、飾緒を二本にすると仰っていらしたのはこの為ですか。」


「たまたまだよ。まさか君がこんなに早くこちらに来るとは思っていなかったしね。」


「しゃしゃり出てきた私が悪いと」


「そうは言っていないでしょ。これも運命かなと。銀色よりはいいでしょ。」


「私は、武術も戦闘も出来ません。ですから参謀には向かないですし、でもなんで私が幕僚なんですか~、」


「だから言ったでしょ。運命だって。さあ、我々も出発しよう。国家百年の大計の第一歩を踏み出すわよ。フギィ中尉命令を!」

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