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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
150/204

 27 これってオヤツという茶事?

 太皇太后の車椅子を皇太后が押し、大画の正面に止める。太皇太后の指が動き拝見を終えて上座の個卓に車椅子を付けると、皇太后自ら次客の椅子を正客卓に寄せ席を整えた。ビスバル教授はそのまま三客卓に陛下は御詰めに着座した。


 客が落ち着いたのを見計らい、オルレアが木箱を持つルイを従えて入室し、立礼卓の前に立つ。木箱を受け取り下ろすと姿勢を正し、正客に挨拶をする。


「本日はよくお越しくださいました。御礼申し上げます。」


太皇太后の掌が上がり、下りるのを受けて皇太后が、


義母(はは)に代わりまして、僭越ながらわたくしが口上させていただきます。どうぞ、お許しをお願いいたします。」


「もちろんでございます。皇太后さま。こちらこそよろしくお願い致します。」


「ところで、この構えはモーニングティーともアフタヌーンティーとも随分違うようですが、どうしたらよろしいのかしら、」


「ごもっともなご懸念です。実はこのひと月ほどわたくし共は、皇后さまのご厚意とご指導を承り、新しいお茶とそれに合わせたお菓子などを研究してまいりました。本日はその試食会でございます。よろしければ忌憚のないご意見など賜れば幸いに思います。」


「分かりました。貴重な時間にお邪魔してしまったようですが、よろしくお願いしますね。」


「それでは、始めさせていただきます。皆さまよろしくお願い致します。」


 総礼するとオルレアは木箱を開け、小さな茶器を取り出し卓上に並べる。いったん木箱の蓋を閉め、今度はその上に茶杯10個五組を並べ置く。その隣に茶壷と茶海を置いた。立礼卓の下棚から花瓶様の筒物といくつかの道具を取り出し瓶に入れ立てると水差しの蓋を取り置き一息入れる。正面に一礼して点前に入った。


 卓上の風炉に架かる土瓶横手を取ろうとして、瞬間躊躇し一旦手を引いた。胸元の三角巾(フィシュー)を引き抜くと右掌を包み込み、三角巾の端を左手で捩じり巻き上げ始末する。三角巾で保護した右手で土瓶の横手を取り木箱の茶器すべてに熱湯を注ぎ入れる。


「ルイ、茶片を切り出して。」


 ルイは声が掛かると立礼卓の一段低い脇卓の上にある手の平サイズの丸パン(ブール)の様な塊からナイフで五片程小片を切り出し木皿に乗せてオルレアに渡す。


 オルレアは道具立てから茶挟(ピンセット)茶則(ティーメジャー)を取り出し、3片を湯を空けた茶壷に入れ、残りを茶則に乗せ、目線でクレマを呼ぶ。


 クレマは茶則を捧げ持ち太皇太后の前に立ち茶片をご覧に入れる。指が動くを確認して皇太后の卓に茶則を置きオルレアの脇に下る。


 オルレアは皇太后が太皇太后の鼻先に茶則を持ってい行くのを確認して、話し始める。


「皇后さまの食品倉庫(ストック)から茶摘みして直ぐに火入れした乾燥茶葉を頂きました。それらを一度蒸籠で蒸し戻し、古書の記述を参考に兎杵と臼で突き、和らげた物を丸パン状に捏ね固めました。そこから小片を切り出したものを茶葉代わりに熱湯に浸し抽出したものをこれからお召し上がりいただきます。」

 

 オルレアは茶挟で次々と茶杯と茶海(ゆざまし)の湯を茶盤(きばこ)に空け、茶壷(きゅうす)に熱湯を注いだ。


「茶片の様子などをお楽しみください。暫く蒸らします。」


そう言うと、土瓶の蓋を取り、水差しから水を足す。茶会が始まる前に作り置いた粗微塵の茶葉を木皿から土瓶に入れると蓋をして再び風炉に架けた。御詰(おつ)めから茶則が帰って来たところで茶海にお茶を淹れる。最後の一滴を振り切ると5つの茶杯(おちょこ)に注ぎ分ける。六分目まで均等に注ぐと、茶托に空の茶杯と茶の入った茶杯を一組として置いて行く。社中の四人がクレマの合図で茶托を運んで行く。


()の茶をお試しください。空の茶杯をお付けしました。先ずはお茶を空の茶杯に移して頂きます。」


手元に残った五組目の茶托から茶の入った茶杯を取り上げ空の茶杯に茶を移して見せると、


「器に残った茶の香りをお楽しみください。」


と言い、両の手の三指で挟み持って茶杯を鼻に近づけ聞香する。


 クレマが太皇太后を介添えして茶杯の残り香を聞かせる。皇太后が


「これは茶葉だけの香りかしら、」


「古書によると米糊を入れるとありましたので、糊の匂いがあるかもしれません。」


「そう、思ったより弱いわね。」


「はい。紅茶と違い発酵前に火入れした茶葉なのでどちらかと言うと緑茶に近いかと思います。」


「そうね。団茶とは違うわね。」


「団茶は様々な発酵状態の茶葉を一旦粉にして圧縮し固めたものが多いようです。また、花や香草などを混ぜ込み独特な風味を作り出しているとのことですので、この原始的なと言いますか餅茶と言われるものとは別の物と考えております。」


「味もパッとしないわね。何処か埃っぽいわ。」


「恐れ入ります。取り敢えずはお茶であることを確認して頂けたと思います。」


太皇太后の手が動き、皇太后が耳を寄せる。


「オルレア、正面の絵を選んだのはあなたかしら?」


「いえ。皇后さまが用意してくださいました。」


「絵の画題をご存じ?」


「早春賦と伺っております。 」


「その画題に(はしがき)があるのご存じ?」


「恐れ入ります。存じません。」


「確か、春野のに出で若菜摘む、だったかしら。」


「なるほど、時節に適うかと。」


「何処の風景、お山が描かれているかご存じ?」


「いえ、全く。何処の山なのか検討も付きませんでした。」


「そうね。これはデルミエス帝国の風景ではないのよ。」


「そう申されますと、」


「わたくしも知らないのだけれど、義母上(ははうえ)がシュミセンと、」


「・・・」


「ほら、大きな山と山との間に・・右奥の山間の青い空を背景に小さな白い三角の頂きが見えるでしょ。」


「・・・確かに、」


「それが、シュミセンだと。」


「あれが、そうで・・・・」


途端にオルレアは下棚から文箱を取り出す。用箋にさらさらと何やら書留クレマに渡した。クレマは水屋に下がり、テヒと書かれた内容の検討をする。水屋は途端に慌ただしくなるが、クレマは何事もないかのように茶席に戻り、オルレアに向かうと一つ頷く。


「お待たせいたしまして誠に恐れ入ります。わたくし共がこの度何故このような形でいにしえのお茶を再現しようとしているのかについてご説明申し上げます。」


と、言いながらオルレアは立礼卓を離れ、脇卓にある粉砕された茶葉などが入った(ボウル)を手に持つと茶室中央の吊り下げ鍋へと歩み進んだ。


「昨年末の対抗戦のおり、ここに控えます学院生のルイが現地周辺の物見に出ました。」


オルレアは言葉を切り、鉢の茶葉を一掴み鍋の中に入れると長柄の柄杓でひと掻きして蓋をした。


「ルイがある山の山裾を調査しておりますと一人の老爺と出会います。ルイは餅茶の試作品を持っておりましたのでそのお茶を供して持て成しました。老爺は返礼にと餅茶の入れ方を伝授されました。そうしてルイに茶芸の弟子入りを認められ、ジョージア山に帰って行かれました。」


オルレアは鍋の蓋を取り、匂いを嗅ぐと、


「調うまで今しばらく掛かりますので、お菓子などを召し上がり下さい。お腹の方も整えて頂こうと思います。」


クレマの合図で社中の4人が主菓子を運んでくる。クレマが手助し、皇太后が太皇太后の口に小さな一切れを運ぶ。


「今回古書に当たりますと、いにしえの食べ物についての記載があり、いくつか再現を試みました。今お出した餡餅なるものは帝国以前の五小国時代にはよく食されていたようで製造法の詳細な記載もあり

何とかお召し上げり頂けるものになったのではと思います。いかがでしょうか。」


「これは、何かしら?」


「はい。皇太后さま。小豆なる豆を甘く煮込んで鍋肌で焦がさぬように焼きながら水気を飛ばしたアンというモノを、蒸かした米を臼で突き捏ねてちぎり丸めた餅の周りに付け包んだものです。」


「スィアール王国つまり現帝国は麦が主食で米はあまりなじみがありません。麺や蒸しパンは食しても餅は食したことがありませんでした。アンの甘みが無ければこれと言って特徴の無い味ですね。」


「はい。皇太后さま。主食になるものはあまり特徴的な味はございません。噛めば僅かに甘みを感じる程度でしょうか。ですから、主食として毎日食べる事が出来ると存じます。皇后さまにお聞きした所モチなる性質を持つ穀物は幾つもあり餡餅が米モチであるかは確定しがたいとの事でしたが、今回は米のモチを使用しました。」


「何やらさわやかな香りがしてきましたが、」


皇太后の言葉を切っ掛けの様にオルレアとクレマが吊り下げ鍋に近づく。二人は布で濾しながら茶碗にお茶を柄杓で注ぎ社中が次々にお茶を運ぶ。最後のひと碗を自分で持って立礼卓に戻ったオルレアは目礼すると一口飲む。


「大丈夫なようです。皆さまお召し上がりください。」


太皇太后も二口程啜り飲み、皇太后もゆっくりとひと口含み飲むと茶碗を卓に置いた。


「さわやかな早春の風を思い起こしました。しかし、お茶と言うよりはハーブティーのようですが、」


「恐れ入ります。餅茶が7割のハーブティ―と申しますか、春の野原に若菜摘みに出かけたような野趣をお楽しみいただければと思います。些か粗野ですがルイが茶芸の宗匠と出会った折を参考にしております。」


 そう言いうとオルレアは茶を飲み干した。一碗空けたところで、皇太后が口を開く。


「今年の、いいえもう去年ですね。対抗戦はいつもの歳とは随分様子が変わったという事ですが、ルイなるものも参加したのですか。確か、そなたたちは学院の1年生のはずですが?」


「もっともなご質問です。それについては些か時間を掛けてお話しいたしますので、野立てに見たてて帝国風の軽食も用意しました。二杯目をお持ちしますので合わせてお楽しみください。」


各客に給仕されるのを待って、オルレアは語り始めた。


・・・・・・・・・・・・


「すると、今年の1年生は裏方に駆り出されたのか、」


「そうとも言えます。わたくし共3組の者は審判団付という事でございます。」


「それで、ルイが試合場の鼻先山に連なる塘矛山なる山の周辺を物見に出た時、隣のジョージア山から来たご老人に茶の手解きを受けたのか」


「左様です。」


「するとご老人は帝国の民ではないのだな。」


「はい。ジョージア山系は帝国領ではないのでジョージア国の民という事になりましょう。」


「はて?ジョージア国なる国があったか、」


「恐れ入ります。我が帝国とオディ川流域の各国とは交流がありますが、帝国の南方の荒野に阻まれ、また交易路の様なものも全く無く、今まで交流が無いようです。」


「なるほど、それはそれは、・・して、ルイはそのご老人のお茶の弟子になったと言うがどういうことか。お茶の作法は社交に属するので各家々の流儀がある事は分かるが、剣術の流派の如く弟子入りなどするものか?」


「はい。ただ、茶礼茶芸の道の師に弟子入りした事という事です。」


「ならば流派の名は何と申す。」


「それは唯、茶芸と、」


「では、師の姓名は、」


「ルイ、あなたの茶芸の師匠のお名前は。」


「師匠ではなく、宗匠とお呼びします。わたしの宗匠はフォン・ターレン殿と申されます。」


太皇太后の肘掛に置いた右手の人差し指が天井を指さすように伸びたのをオルレアは目撃した。


「ルイ、フォン・ターレン様ですか、」


「そうです。若い頃スィアール帝国時代に帝都に旅したことがあるとおしゃっていました。」


「そうすると今は100歳に近いという事ですね。」


「たぶん。」


「そうするとかなりお年を召していらっしゃるご様子かしら?」


「いえ、皇太后さま。白髪でいらっしゃいますが、御髪(おぐし)を髷に結われ背は真っ直ぐに、何よりわたくしの大剣を私より華麗に扱われます。」


「大剣を振り回されるのですか?」


「はい。実は剣の師匠ですが、わたくしを剣の弟子にする訳にはいかなぬという事で茶芸の弟子にして頂きました。」


「剣ではなく茶の弟子に、」


「はい。いつか機会があったら、餅茶を作った茶師に合わせる約束です。」


「それは、それは、・・大変美味しいパンでした。ちょっと変わった薄焼きパンですが具の取り合わせも素晴らしい、これも新しい工夫ですか。」


「ピザという郷土料理を工夫してこのような形にしてみました。」


「そうですか。ところで、卓上の炉に架かるお茶は頂けるのかしら?」


「これは失礼しました。これは今日の最後にお出しする餅茶です。ルイはお茶の宗匠に大変美味しいお茶を頂いたという事でその話を元にいろいろ試行錯誤しましたのがこのお茶です。」


「それは楽しみです。」


「ありがとうございます。古書に寄りますと昔はお茶はお薬と同じような扱いで、大変効能が強いので食事の後に召し上がるように書かれたものが散見致しました。それで、軽食を召し上がっていただきました次第です。それではただ今からご用意いたしますので暫しおまちください。」


・・・・・・・・・・・・

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