26 これはお八つなのか
2月12日聖曜日晴れ。第三中隊第5小隊A分隊2班を中核とする食研はテヒを中心に朝の6時には宿舎を出発していた。そして、クレマはオルレアの支度に余念がなかった。
「どうして、わらわだけドレスなのじゃ。みんなと同じワンピでいいのじゃ。」
「もう何度も言ったでしょ。今日は太皇太后さまを招いてのお茶事だからそれなりの装いが必要だって、」
「でも、茶事だと大ごとになるから、茶会にするのじゃろ。」
「そうよ。でもお茶会だと大勢参加してくることになるから、何かと口実を見つけて人がやって来るから、今日はひいおばあさまがたまたま孫嫁の顔を見るのに寄ってみたという態のお茶会なの!」
「だったら皇后さまがお茶を出すべきなのじゃ」
「のじゃのじゃ言わない。皇后様じゃなくて奥様ね。奥様が所用で席を外していらしたので、奥様のスティルルームメイドの処にお菓子を習いに来ていた学院生がひいおばあさまにお茶をお出ししてお持て成ししたという態で学院生と交流をお持ちになったという偶然のアクシデント風のお茶会なの。」
「めんどくさいの~、」
「爵位の無い学生が王室の方とお会いするにはそれなりの理由が要るのよ。」
「儂はお菓子など作らんぞ、食べるのは好きじゃが。それに爵位ならクレマが持っておるじゃろ」
「何言っているのよ。一応面識のあるオルレアがお相手するしかないじゃない。それに非公式にはあなたの方が爵位は上だし、学生の間では聖女様だし。」
「つまりは、儂の魅力が必要なのじゃろ。」
「ハイハイ、そうです!」
「それにしても、まだ冬の寒い時期にこのドレスはなんとも、」
「お城の中は大丈夫。奥様のスティルルームホールはそれなりに暖かいわ。」
「このドレスはスティルルームホールにそぐわんじゃろ」
「ご心配なく。奥様がスティルルームに直接足を運ばれることはまずないけど、ハウスキーパーが奥様をお迎えするお部屋はそれなりの部屋よ。」
「成る程、それなりの舞台があるのじゃな。後は台本通りに事が運べばいいのか。」
「よしット、そうよ。この髪留めも控えめでいて目立たないけどそれなりのものよ。」
「クレマ、コルセットがキツイ。」
「太った訳じゃないでしょ。朝ごはんの食べ過ぎよ。ローブドレスの前を三角胸当てで留めてと、刺繍されたオルレアの白い花が可憐で水色のドレスに映えるわ。」
「気に入っているのはクレマだけなのじゃ。」
「さあ、自分で織った天繭の絹布を三角巾にしてデコルテを覆うわ。」
「ルイが馬車を回してきたようじゃ。男子の声がきこえるの~。」
「オルレア、ちょと寒いけど玄関を出てから外套を着せてあげるわ。」
「なんでじゃ。この寒いのに部屋の中で着ればいいじゃろ。」
「そろそろ、おじゃ姫はお終いよ。玄関の外にいるあなたの崇拝者達にちょっとだけ可憐なドレス姿を見せてあげるのは聖女さまの義務でしょ。」
「こんなものを見て喜ぶかの~」
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水屋に見立てた続き部屋でテヒは食研の仲間と準備に勤しんでいた。1月の聖曜日毎に皇后と打ち合わせを重ね、スティルルーム長と若手のスティルルームメイドともに餅茶を試作し、それと並行し餅茶に合わせた菓子を検討した。後半はクリスのメイドのヴィリーも借り受けこれまで茶事の準備をしてきた。古代語研究会通称古研にも協力を仰ぎ団茶の資料から餅茶を模索していった。不測の事態に備え皇后のスティルルームの近くに茶室会場を設営し親衛隊とも陰護衛の計画を練ってきた。
今回は皇后は席亭という事で表には出ない事とし、学院生がお茶や菓子の研究で皇后のスティルルーム長に、つまりは王室風を研究する態を対外的には取っていた。そこへたまたま太皇太后がお茶を所望され孫嫁の淹れるお茶を飲みに立ち寄ったという筋書きである。お茶の事は皇后のつまりはメイド長の専権事項であるが、所用で不在。致し方なく冬祭りでお目見えした事のあるオルレアが対応する事になったというのが筋書きである。
配置は5-6テヒが水屋の統括、3-10ジョニスと4-19ジョイはJ*J*Jとして水屋に詰める。手助として3-9カナリーと4-18ユニ、これに2-7グレースが食研理事長として入る。女子学院生6名とヴィリーが小間使いと言う名目で控えていた。客室担当は5-7ジュン、5-8アイタナ、5-9ルシア、5-10ディーナが半東役の5-16クレマの指揮下に入ってスタンバっている。他は侍衛として女騎士爵の略冠を付けた1-6クリスが男装して部屋の片隅に立っている。亭主役の3-20オルレアはこの日の為にあつらえた低めの立礼卓を前に花生けを睨んでいた。唯一例外として学院の制服の左腰にシナイを吊り下げた1-1ルイが主テーブル脇の一段低いサイドテーブルで薬研を碾いている。
「どうしたのオルレア。」
「クレマ。ちょっとこの筒型の花器に白椿の一輪挿しは・・これはこれで風情があるのだけど今日の画題には寂しいわ。」
「どうするの?」
「これ、皇后さまが活けられたのかしら、」
「確認してくる。」
・・・・
「オルレア。ハウスキーパーの指示で此処のメイド長が活けたという事よ。」
「そう、ルイ、悪いけどこの手巾一杯に王宮の外の草地に咲いている花を摘んできて、クレマこの花器を置く飾り台を捜してきて、高さは私の胸よりやや高いくらい、」
ルイとクレマが部屋から姿を消すと、オルレアは薬研を引き継ぎ、考え込んでいた。
正面の壁には残雪に白く染まる山々とその前景に早春の草原、遠景に人影の大画が掲げられている。部屋のほぼ中央にはその大画を背景に床に平炉檀を置き吊り三脚に鉄鍋掛けて湯を沸かしていた。立礼卓が正面に向かって左の壁を背に置かれている。卓上の風炉には横手土瓶が掛けられていた。隣の水屋との境のドアは開け放たれ、仕切りの暖簾の前には踏み込み絨毯が敷かれ通い道となっている。客口から伸びる赤い絨毯を直進し、正面手前で亭主立礼卓に向き直ると個卓が三つ並べられていた。貴人席は設けず、気楽に話をするという趣向である。
クレマが見つけてきた飾り台を後ろ正面の壁際に置き白椿の活けられた花器を飾っていると、ルナが先触れ役として駆け込んできた。
「姫様、走ってはいけませんです。落ち着いて。・・どうされたのです。」
「クレマさん、ひいおばあ様とおばあ様とお父様ともう一人、お客様がいらっしゃいます。」
「え?」
「おばあ様が、あ、い、きゃく?があると、お姉さま方にお伝えなさいと。」
「あ・い・きゃく?・・相客!」
ルナは水屋に入り込むと、お姉さま方があわてる様子を部屋の隅で待機している年恰好の近いヴィリーの横に椅子をもらい眺めていた。
「カナリー、ジュリーと倉庫に行って、個卓と椅子を一組運んできて。ユニ、ひとり分追加の菓子を盛り付けて。ジョニスとジョイは卓と椅子と茶器とお皿のお清めよろしく。」
テヒが次々と指示を飛ばし、その様子をグレースが事細かく記録して行く。
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スティルルームメイドのジュリーは困っていた。食糧や食器の仕舞われている部屋などは把握していたが、テーブルやイスがどこにあるのか、ましてや茶事に使う道具などは今回初めて目にしたのでメイド長の言われるままに動いていただけであった。
「ジュリーどうしたの?」
「すいません、カナリー様。」
「様は要らないと言ったでしょ。今日は私達は裏方として働く同じ仲間よ。」
「あの、道具部屋が分からなくて、」
「そう。・・困ったわね。前は何処から運んだの?」
「たぶんこっちだとは思うんですが、メイド長の後をついて歩いていただけなので自信がありません。」
「落ち着いて、大丈夫よ。ここはお后様のスティルルーム、きちんと整理されているわ。・・・あった、たぶんここよ。」
「どうしてわかるんですか?」
「部屋の扉の上の表札を見て、茶道具関係って書いてあるわ。」
「これがそうですか?」
「リシャ語で書いてあるわ。ジュリーがもしお城のメイドとして上を目指すなら、帝国語の他にリシャ語とあと一つは外国語を読めるぐらいになっておいたほうがいいわ。」
「でも、私は高等小学校を出ただけで田舎からここに来ました。とても勉強何て・・・、」
「私達、お友達になったわよね。」
「滅相もありません。帝国学院のお嬢様とお友達など。」
「そんなことはないわ。この一ヶ月あなたは懸命に働いていたわ。私達にも良くしてくれたのを十分感じたわ。私も商家の普通の娘よ、お嬢様と呼ばれる身分でもないし、これからもよろしくね。」
「そんな、恐れ多い、」
「あった。これね。ジュリーは椅子を持って・・後で手紙の宛先を教えるからあなたの宛先も教えてね。春休みには遊びに来て。さあ、帰るわよ!」
そう言うと二人は茶道具室から駆け出していった。
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茶室の外の回廊に出て様子を窺ていたルシアが部屋に駆け込み、
「到着まで3分」
と言う。それを聞いてディーナが扉の外に顔だけだしすぐさま顔を引っ込める。
「周囲に不審物無し。オールクリア。」
クレマが全員に声を掛ける。
「みんないよいよ本番よ。気を引き締めて。状況開始!」
「クレマ肩の力を抜いて、何も戦闘開始でもあるまいに。クレマ、一旦全員を下がらせて。ジュンとアイタナ、わたくしと一緒に来て手伝って頂だい。」
と、言うとオルレアはいったん水屋に引っ込み二人に床机と水盤を持たせ自身も手桶に水を運んでくる。正面の大画の中心前に床机を置き大振りの水盤を設える。水を柄杓で移していると、
「あら!素敵なお部屋ね。これが后のスティルルームホールなのね、」
その声に振り返り、一瞬戸惑った風に小首をかしげ、笑みを浮かべるとオルレアは水桶をゆっくりおろし、客人に正対するとお辞儀をする。
「これは太皇太后さま、皇太后さま、お揃い遊ばされてごきげんよう。」
「オルレアだったわね。散歩の途中義母上がお茶を所望されたのだけど、后はいるかしら、」
「はい、オルレアでございます。皇太后さま。先日はお招きいただき楽しいひと時をありがとうございました。皇后さまも、メイド長も今は生憎、所用で席を外されております。」
「そう、それはちょっと残念ね。それであなた達はここで何をしているの?」
「はい。私どもはお后様のスティルルームメイド長に王室のお菓子などを習っております。今は新しいお茶の試飲などを学生達だけでしても良いとお許しがでたのでその準備をしておりました。」
「それはちょうど良かった。義母上にその新しいお茶とやらを振る舞ってもらえないかしら。」
「拙いものですが、それでよろしければどうぞおはいりください。」
すると調度そこへ、たまたま通りかかった態で、帝王が部屋を覗き込みながら、
「これは母上、おばあ様、おはようございます。珍しいですねこのような奥に参られるとは」
「おはようございます陛下。散歩の途中お茶が飲みたくなってここまで来たら、何だか学生達がお茶会をしてるので御呼ばれに預かる事になったところよ。」
「それは、面白そうですな。オルレア、朕も呼ばれてよいか?」
「もちろんでございます。陛下。」
「あ~連れが要るのだが、二人追加でよろしく頼む。」
そう言って連れの老人と茶室に入って来るのを見て、クレマは目を見開いた、クリスは彫像と化している。
「先生どうぞ。」
「いや、陛下の上座には、」
「ビスバル、ここは后のプライベートルームよ。年の功で先に座って」
「そういう事なら皇太后のお言葉にしたがって、高上りさせて頂きましょう。」
「オルレア、」
「はい。皇太后さま。」
「押しかけ客四名、よろしくね。」
「では、着席いただいたところで、新作のお茶とお菓子を召し上がって頂きます。」
オルレアがそう宣言した時、手巾一杯に包み込んだ花をこぼさぬようにと視線を一点に集中させたルイが部屋に走り込んできた。
「オルレア、これぐらいでいいかな」
「ルイ、そのお花をこの水盤に入れて、」
「分かった。」
と、手巾の花を水盤一面に浮かべると、ホッと一息ついた自分に視線が集中しているのに気づいた。
オルレアは踏み込み絨毯まで下がると一礼し、目を白黒させているルイを引き連れ、暖簾をかき分け水屋に下がっていった。