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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
148/204

 25 2月11日 補習授業

 2月11日水の曜日の午後ルイ、クレマ、クリスの三人はオーバル城の北に広がる広大な学園の中でも東寄りの敷地にある通称、教授街と呼ばれる一角を占める古い石造りの建物の中にいた。


 授業時間が2週間分ほど足りない三人の救済措置として、2月の第1週と第2週の10日間、学院長が指定した教授の処に出向き午後一杯を教授たちの手伝いをするという補習課業を行うことになった。


第一週は教授会の大御所五人について回り、お茶くみから議事録取り、掃除から穴掘り迄言われるままに働いた。


第2週は名誉教授と言われる教授たちである。木の曜日はいきなりベッドに寝たきりの教授のお世話をした。本を音読し、口述筆記をし、食事を世話し、寝かしつけた。火の曜日は未だに現役で毎日授業を持つ名誉教授の野外調査に帯同し荷物持ちをした。土の曜日は片時もパイプを手放さない老教授の書斎で煙に燻されながら部屋中に書き散らされ撒き散らされた原稿を這い蹲って整理した。金の曜日はひ孫の世話をしながら論文チェックする老婦人教授の小言に耐えた。そして今日、水の曜日は最終日を迎えている。


・・・・・・・・・・・・


「教授・・・ビスバル教授!」


「うん?」


「あの~これは何処に置きますか?」


「・・君は誰だったかな?」


「ルイです。今日の午後お手伝いをする学院1年生のルイ・シモンです。」


「そうだった、今日は手助が3人来ると言われていたな、クレマくんお茶にしよう。そろそろいい時間だろう。ルイくんはそれを二階の寝室のサイドテーブルに置いてきてくれ。」


そう言うと、それまで目を落としていた本を閉じた。


・・・・・・・・・・・・


「クレマくんのお茶は美味しいね。今まで~~20本の指には入るよ。」


「・・あ、ありがとうございます。」


「ところで、君達はなんでここにいるの?」


「「「・・・・」」」


「あの~」


「えーと、確かルイくんだったかな。」


「はい、ルイ・シモンです。」


「どうも君は特徴が無いね。何処にでもいる野暮ったい男子学生という感じで記憶に残らない。」


「すいません。」


「いや~、野暮ったいで謝られてもね~。その点クリスくんは変わった色の髪だね。そんな種族の話は聞いたことが無いが。」


「すいません。」


「ご両親か、ご先祖にいらっしゃるのかな?」


「いえ、」


「染めてるわけでもないでしょ。」


「はい。もとは栗色だったのですが、ある日突然こうなりました。」


「どうして?怖い目にでもあったの?一瞬で白髪になる話はよくあるが、」


「学院に入って、アンシュアーサ導師の下で瞑想を行った時にこうなりました。」


「待て、うむ。確か聞いたことがある。そう、暁の乙女とか言われる学院生がいると、」


「たぶんそのお話だと思います。」


「本人か!確か5人いたはずだ。」


「ビスバル教授。」


「なんだい、クレマくん」


「では、私からこれまでの  経緯をお話いたします。」


・・・・・・・・・・・・


 入学時から順をおって学院生活や数々の出来事などのうち、差し支えのないように気を使いながら話をした。時々サイドストーリーに流れることもあったが、ひとしきり話し終えた。


「お茶を淹れ直しますね。教授。」


「ああ、随分話し込んだみたいだ。」


教授はそう言って窓の外に目をやり、立ち上がると窓に歩み寄りカーテンの隙間から外を見て、


「雪か、」


「つもりそうですか」


「いや、風花だな。」


「空はキレイな夕焼けみたいですね。」


「今年はいきなりの大雪からはじまったね。」


「はい。私達は雪かきに駆り出されました。」


「そうかい。この辺りは閉じ込められたな。軍が道を空けたのは三賀日が開けてからだった。」


「そうですか。」


「クレマくん、どうだい、今日はここで夕飯を食ってこのまま三人とも泊まっていかないかい。もっといろいろ話が聞きたいんだが。」


「大変光栄なお話ですけど、明日も予定がありまして、」


「明日は聖曜日だろ、晦日行とやらの練習は終わったんだよね?」


「はい。それは一応修了しましたが、対抗戦の余波がありして、」


「対抗戦も一応無事終了したのだろ、」


「はい。対抗戦自体は無事終了しましたが、ルイが・・・」


「ルイくんが何かやらかしたのかい。」


「ルイが対抗戦の事前現地調査の際、ジョージア山系と鼻先山が別の山である事を発見してしまい、それのあれこれで、餅茶なるものを太皇太后様に明日、献茶しなければいけなくなりまして、」


「その話はまだ聞いていないな・・」


・・・・・・・・・・・・


「ルイは対抗戦の時、塘矛山にてジョージア山の民に出会ったのか」


「教授一応まだ機密事項でして、明日陛下に報告することになる事項です。」


「何故、いち学院生が陛下に報告する。」


「すみません、私たちは成り行きでいくつかの軍および国家の機密事項の当事者となっております。」


「つまり、私には言えないということかい。」


「すいません。」


「成る程、国家機密に関わる事なら無理にとは言わんが、ルイくんがこう言っては何だが、凡庸な学生にしか見えないルイくんが国家機密とは、君やクリスくんならわからんでもないが、」


「教授。ルイが中心で私達はどちらかと言えば巻き込まれた感じです。」


「ヘイ・・チャ・・、餅茶か!読んだ事はあるが飲んだことはないな、お茶会は何時からだい。」


「はい、太皇太后様の希望で、10時の茶会です。」


「王室の茶会となると準備が大変だろう。朝から大忙しだね。」


「はい。ごく内輪の茶会ですが、皇后様が席亭(オーナー) 、メイドを出来るだけ入れず、亭主(ホステス社中(メイド)は黎明の女神が担当します。」


「成る程。すると正客は太皇太后として次客は?」


「皇太后様です。因みに三客は陛下です。」


「あははははは、陛下が三客とはほんとに内輪だね。確かにそのメンバーなら致し方ない。」


「恐れ入ります。」


「餅茶をお出しすると言うが、その手順というか作法というとかあるだろう。今日日の社交茶会(アフタヌーンティー)の様にはいくまい。」


「幸い、挽き茶の心得が有るものがおりまして、皇后さまと打ち合わせしながら、礼に適ったものになったと思います。」


「挽き茶・・碾茶か、なる程成る程、碾茶を団茶の発展形とするなら餅茶の系統と見てよいか、」


「教授はお茶にも造詣がおありなのですね。」


「いや、書物の上だけのことだ。長いお茶の歴史の中で製法が変化し、飲み方も味も変わったろうと想像するだけだ。」


「是非、今度お茶のお話をお聞かせ願いたいです。」


「専門ではないが、なかなか興味深い。暇があったらいつでも来なさい。君達ならいつでも歓迎するよ。」


「ありがとうございます。でも、お忙しいのではないのですか?」


「学院と大学院から頼まれれば少し授業を持つことがあるが、基本はここで本を読んどる。」


「ご家族とかは?」


「この教授街に住まう名誉教授には家族というものが無い独り者ばかりだ。」


「でも、昨日お邪魔したダビチオ教授はひ孫さんがいらっしゃいましたが、」


「もちろんたいていの者は親戚はおるが、ライリは偏屈での子供はもう他界してしまって、孫の世話にはならんと言っとるが、それでも頼まれればひ孫の子守りぐらいはするようだ。」


「そうですか。」


「まあそういう事で、この当たりには若いものがいないんで、たまに遊びに来てくれ。」


「喜んでそうさせて頂きます。しかし、私達は何かと忙しくて・・、」


「分かっているさ、学院生の忙しさは」


「申し訳ございません。」


「クレマくんが謝る事じゃないよ。まあ時々先ほどみたいに卒業生がめずらしい本が手に入ったといって訪ねてきくれるがね。それに2,3人3年生の面倒も見てるんでそれ程人恋しい訳ではないが、」


「そうですか。」


「そうは言っても、研究や専門以外の話も面白いからね。特にクレマくんの話は要領を得ていて心地よい。」


「ありがとうございます。」


「クリスくんは武人と話しているようでこちらの背筋も伸びる。」


「そうですか。」


「ルイくんは・・これからだね。まだ、少年ぽさが残っていてクレマくんにはそこがいいのかもしれんが、学院でどう変わっていくか、楽しみというところかな」


「そ-ですか、」


「さあ、時間だ。日も沈んだが三人で帰るなら大丈夫だろう。」


・・・・・・・・・・・・


 学園の東から中央の研究棟あたりに馬を進めた三人は、ここらあたりで夕食を取っていこうと小ぢんまりとした食堂(レストラン)に入った。


「ルイ、そんなに頼んで大丈夫?」


「ああ、今日も午前の授業が終わってすぐ馬を飛ばして教授の処に行ったろ。携帯食を齧っただけだからお腹が空いて、しょうがなかった。」


「それも今日で終わりよ。」


「クレマ様明日があります。」


「そうね。明日を乗り切れば後は、来週は余裕が出るわ。」


「でもその後、学年末試験だろ。」


「この2週間頑張ったから、試験が受けられるんじゃない。ちょっとは私に感謝してよ。」


「クレマのお陰で試験が受けられるというのは分かるけど、教授達のお世話をするだけで本当にいいのかな、」


「皇太・・おばあさまが仰るには、学院の1年時は広く知識に触れる事はもちろんだけど、いろんなタイプの先生に出会う事も重要な目的だそうよ。」


「それが、次々といろんな専門教師が教えに来る理由な訳か。」


「そういう事。」


「そうだとして、五人の教授会の先生の処に通わされたのは分かるけど、名誉教授はどうしてだ。ほとんど会わないだろろうし、あっても3年のホンとの専門分野の何人かだけだろ。」


「そうね、何故学院長が名誉教授を指名してきたのか分からいけど・・・たぶん、」


「たぶん?」


「私達を紹介したかったからかな?」


「私達を紹介?」


「学生が先生を知るという事は同時に先生が私達を知るという事でしょ。」


「確かに。」


「名誉教授達は本当の碩学の徒よ。この国の宝よ。」


「帝国学院の卒業生はそう言った碩学の薫陶を受け、この国はもちろん世界の為に学院を巣立っていくのよ。」


「で、クレマはどうするんだい。」


「私は良妻賢母よ。」


「世界に羽ばたかないのか、」


「私はいいのよ。でも、他の人たちは、博学な軍将校と篤学な官吏として官僚組織を担っていくのよ。」


「それは軍専と官専の200人だろう。あとの300は?」


「もちろん大学院に進む者もいる。彼らがこの学院(キョウイク)学園(ケンキュウ)を支えて行くことになるわね。」


「それでも半分以上は世間の中に出ていくだろう。」


()に出世するのは同じく大切な事ね。」


「何故?」


「一番大切なものは野に有るから。」


「それは何?」


「人よ。民よ。国民よ。」


「人か、」


「帝国の理想の下、多くの人が各自の幸せを実現するために生きる事が出来るようになったわ。」


「そうかな?」


「もちろん完全とは言えないけど、それでも帝国は国として次に進むべき時期にきていると上への方は感じているわ。」


「次とはどういうことだい?」


「それが私達世代に果たせられたことよ、今は見えないわ。」


「このままでもいい様な気がするけど、」


「そうね。今は割と幸せに感じるけど、建国して77年よ。建国世代、つまり帝国以前を生きて帝国の必要性を感じて、帝国を建国した世代とその子供世代は何とか帝国を作り上げたけど、多少は、もしかしたらかなり無理をしたはずよ。建国後に生まれた世代は無理をした結果の帝国を生きて無理した息苦しさに苦しんで、その解決に情熱をぶつけたわ。それでいろいろあってやっと今の形になったの。」


「俺たちは第4か、第5世代と言う訳か。」


「そうよ。国が人なら、もう寿命ともいえるわね。」


「おいおい!」


「大地は太古の昔からここにあるように見えるけど、その大地さえ悠久の時の中では大きく変化している事は習った通りよ。」


「確かに、体験もした。」


「国だってそうよ。ひとが作り上げたのが国と言うものよ。ひとが変われば自ずと国も変わるはずよ。」


「そうかもしれないけど、第1世代と第5世代じゃ違うという事は分かるけど」


「まあ、帝国は陛下の下、一新計画(リニューアル)を考えていると思うの。」


「そうなのか。」


「私達にそれが分かる訳ないけど、でも何か変化して行くことになるはずよ。」


「俺はどうしたら良いんだ!」


「取り敢えず、目の前の事を片付けていくしかないでしょ。」


「そっか、そうだよな。目の前のこと、小さなことからコツコツとだな。」


「あ~、私は明日のお茶会が心配だわ。」


「準備は順調なんだろう、」


「おきさ・・奥様とテヒと食研とJ*J*Jが準備しているからお茶自体は大丈夫よ。でも、オルレアが何かオジャるような気がして・・」


「クレマ様。大丈夫です。姫様は本番には強い方です。」


「そうだといいけど。それより、ルイ。あなたが調子に乗って頼んだこの大量の食事を何とかして!」


「そんなことはお茶の子さいさい、朝飯前だ。」


「ルイ!これは夕食ヨ!」

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