24 お茶会2
皆はどうしたものかと考え込んでいた。
「酒杯などに加工してはどうでしょうか。」
エトワールが口を開くが、
「これだけの原石を崩して酒を楽しむのも何か違うように思っての、」
と、陛下が愚痴るように囁く。
「これはこれで趣がある形をしております。盆に載せてそれなりの処にかざるのはどうでしょう。」
と、皇后が言うと、
「一人、夜な夜なこれを磨いては悦に入るようで、それも何か違うような気がする」
と、帝王が溜息をつく。
「腕輪など作って、功ある者に褒美としては。」
皇太后の提案に
「イミンギ老師の思いが散り散りになるようで、」
と天井を仰ぐ。
「おばあさまが・・・」
「どうした、トリウィア。」
「おばあさまが、半分にして、友情の証にと」
「うん、そうか。これを立てに二分し、友誼の証として互いに持ち合うか・・・・しかし、これだけの物をそうたやすく分かつことが出来るのか。誰かそのように翡翠石を切れる。職人がいるだろうか。」
帝王がうつ向く様に床を見る。見かねてオルレアがクリスを見やりクレマを呼ぶ。二人は囁きながら何かを相談する様子に帝王陛下が、
「オルレア殿、何かあるのかな」
と、水を向ける。
「御前をお騒がせして、申し訳ありません。多少、供のものと話させて頂いてよろしいでしょうか。」
「無論だ。苦しゅうない。」
「ありがとうございます。では、クリス、切れるかしら。」
「姫様。切れるかと言うだけの問いならば、諾なり。」
「と言うと、問題があるの?」
「剣がございません。」
すかさず、陛下が外の供回りを呼び入れ耳打ちするが、返答を聞き困惑する。
「オルレア殿の侍衛どのは剣を佩かずに来られたとか。」
「はい、陛下。このものは今は剣を持っておりません。」
「何か曰くがありそうじゃが、そうじゃ、儂の剣を持て。」
と外の小姓に呼びかける。慌てることなく小姓が陛下の剣を捧げ持ってくる。
「これで切れるか、自慢のフルンティングじゃ。」
クリスの様子を見たオルレアが、
「これでは難しいそうです陛下。どうしてですクリス。」
「姫様。そもそも剣は切るにはあまり向きません。それにその剣は突き刺すのを得意とします。」
「ならば、剣蔵を探せば何かあるやもしれん。」
「姫様、」
「なに、クリス」
と、耳打ちするクリスの話を聞き終え、オルレアが
「陛下、誠に不躾ながら二つの願いを叶えて頂ければこの場で真っ二つに切ってごらんに入れたいとクリスが申しております。」
「朕に出来る事ならば聞き入れ様。申して見よ。」
「一つは、お人払いを」
「それは、全員という事か?」
「ご家族はそのままで」
「では、皆の者席を外してくれ。」
小姓や護衛が部屋を出るのを待って、
「これでいいかな。して、次は」
「はい。此の小テーブルに傷をつけてしまう事をお許しください。」
「うむ?なんじゃ、テーブルの上で真っ二つに切るという事か。出来るのなら構わん。ゆるす。何なら床まで切っても良いぞ。」
「ありがとうございます。では、よろしいでしょうか。」
「もちろんじゃ。」
「ではクリスお願い。」
「はい。姫様。」
と、返事をしたクリスは、大テーブルの上に置かれた大翡翠を横にした白木の箱に乗せ、小テーブルの上に置いた。そして、
「ルイ、シナイを」
そう言って、ルイの左腰の剣帯に収まるシナイを受け取る。暫く名目して呼吸を整える様子から翡翠石の前に立ち、間合いを決める。静かにシナイを右半身大上段に引き上げる。
「小太刀、神金剛剣」
シナイは台座となった横倒しの白木の箱の中の何もない空間にあった。
「ご無礼」
そう呟くと、シナイを引き抜く様に手元に引き、丁寧にルイに返す。
帝王が翡翠石を持ち上げ前後に軽く押すと、滑りずれて二つになった。
クレマが白木の箱を取り上げる。これも二つに分かれる。
オルレアが小テーブルのクロスを左右に押し開くと、クロスがテーブルの上の部分だけ、左右に分かれる。木製の天板に一筋あるを見て、
「クリスも、まだまだね。」
と呟いた。
・・・・・・・・・・・・
太皇太后の、肘掛を叩く乾いた賛辞の音だけが、部屋の中にあった。
「ひいおばあさまが、寿命がのびたと、」
ルナの声で一同が呼吸を取り戻す。オルレアが、
「陛下。恐れながら、鏡面の様な切断面は美しいですがそれだけでは些か寂しゅうございます。」
「・・・うむ・・・」
「何か詞書などを刻まれては如何かと存じます。」
「・・・いまは、・・・なにも・・・かんがえられぬ・・・」
「承知いたしました。その件は後日という事で。奥様新しいお茶をお淹れ致しましょう。」
「・・・おねがい。」
オルレアは、クレマに目配せをおくる。クレマはサイドテーブルの炉釜の前に立ち、茶葉を取り出し、新たな茶を淹れ始めた。
オルレアはルイにも目くばせして、ともにクレマの淹れた紅茶を給仕して回った。
「あら、美味しい・・・まあ!お客様に給仕ささるなんて・・・でも、ほんとに美味しい。」
「皇后さま、今は家族だけの時間。誰がお茶を淹れようが配ろうがよろしいではありませんか。」
「そうね、美味しければいいわね。オルレアさん、あなたのメイドはとてもお茶を上手に入れるのね。」
「ルイのお茶の先生ですから。」
「茶芸の宗匠でしたっけ?」
「いいえ、紅茶の社交茶事の教師です。」
「なんだかルイさんは大変そうね。たくさん先生がいて、」
「そうですね。これも立派な騎士になるための試練でしょうか、」
「ルイ・シモンさんは単なる騎士爵でなく、本物の騎士になるのが夢なのね。」
「左様です。」
・・・・・・・・・・・・
「あった、あった、これだ。」
と、叫びながらイーファンは部屋に飛び込んで、いぶかしむ。
「どうしたんだね。虚脱しているようだが、あー、クレマがお茶を淹れているのか。私にも一杯おくれ。」
と言うと、車いすの横に立ち、持ち込んだ一幅の絵を拡げる。
「伯母上、これでよろしいでしょうか、」
太皇太后が頷く。
「良かった。箱書きが、樹下美人となっていたのでなかなかわからなかった。」
と、今度は帝王陛下の前に絵を拡げる。
「・・・絵は良く判らんのですよ叔父上。・・宝物殿にあったのなら名画なのでしょう、」
「そうではないのじゃ、絵の良し悪しではなく、帛画であることが今は重要じゃ。」
「帛画とは?」
「絹織物に書かれた絵という事じゃ。」
「・・それが?」
「この絵はスィアール国の宝物庫から移されたものだ。」
「それが?」
「少なくとも3千5百年以前の物だ。」
「大魔法戦争以前という事は・・、」
「そうだ、この献上絹はこの帛に似ていると、伯母上が仰るのだよ。」
「魔法時代の絹に?」
「そうだ!」
「誰がこの絹を織った。」
「オルレア殿だ。」
「オルレア~!」
・・・・・・・・・・・・
頭を抱えテーブルに打っつぶす陛下の傍らに立った皇太后が、陛下の肩に手を置いて、
「陛下は少々お疲れの様子。」
と言って、自分のカップ&ソーサーを持ち上げるとゆっくりと歩きながら
「少し、話題を変えましょう。」
そう言ってクレマに茶器を渡し、視線でお代わりをと合図を送ると、
「オルレアさんは2年に成ったら、何を研究するのですか。」
「はい。皇太后さま、一応、機織りで研究申請しております。」
「そうですか。少し正絹の織りが甘いようですが、」
「恐れ入ります。」
「帛布というテーマも面白いかもしれませんね。」
「はい、」
「クリスさんはやはり武術研究ですか?」
「いえ、クリスはわたくしの護衛衛士ですので、一緒に機織りをする予定です。」
「ルイさんは剣か騎士に関連する武術ですか、」
「いいえ。」
「では、馬術とか、」
「いいえ、あの、お笑いにならないでください。」
「どうして?」
「どうしてかと申しますと、それは・・、ルイは、文学研究だからです。」
「文学?・・それは、プッ・・それはそれは素敵です。」
「はい。ありがとうございます。本人もお褒め頂いて喜んでおります。」
「そうですね。頑張って頂きたいです、それから紅茶の先生のクレマさんは?」
「クレマは、日頃より自分の道は良妻賢母と称しておりまして、」
「まあー、学院生なのに?」
「しかも生徒会です。」
「ならば、末は博士か大臣か、とりあえず官僚専攻でしょ。」
「しかし、本人は家政学分野に進むと言っております。」
「ちょっと・・、まあ、学院は学生の未来に枷を掛けるような事は致しません、のでそれも良しとしましょう。」
「ありがとうございます。」
「四人の前途が楽しみです。明るい未来のお話を聞くのは心が晴れて、うれしく思います。」
「皇太后さま。」
「なんでしょう、」
「それが、・・・。」
「どうしたの?」
「3人の前途に暗雲がたれこめているのです。」
「どういうこと?」
「このままではルイ、クレマ、クリスの3人だけ2年生に進級出来ないのです。」
「?」
「まあもしかして、3人ともおつむりが多少なの?」
と皇后が思わず会話に割って入るが、
「とんだ失礼を致しました。」
「いえ、これは聞き捨てならない大事件です。このように皇后も大変心配しております。オルレアさん訳をお話しなさい。」
そう皇太后に言われ、オルレアは事の経緯を話始めた。
・・・・・・・・・・・・
「お義母さま、これは飛んだとばっちりです。」
「皇后、お言葉が少し、」
「失礼しました。でも、あなた何とかしてください。」
「皇后さま、それはならぬことです。」
「どうしてです。オルレアさん。陛下がひと言行って下されば、」
「后よ、はしたないです。オルレアさん、何故にならぬのか、」
「はい。陛下が一学生の進級にについて王権を発動するのは誰も望みません。」
「何故に望まぬのか?」
「はい、皇太后さま。学院、学園に陛下が影響力を行使するは学問の府の自主自立・自制自律への介入とみなされる恐れがあります。」
「いらぬ疑惑、摩擦、衝突を避けるべきと、」
「そう愚考いたします。」
「后よ、どうです。」
「申し訳ございません。情に突き動かされ、志を忘れておりました。」
「情に厚いのがそなたの美点。内輪の会話では許されますが、理を忘れて帝王陛下に訴えてはなりません。」
「はい。」
「そなたの言動に宮廷が揺れます。ひいては議会に多大な影響を与えます。今が家族だけで本当に良かった。オルレアもこころするように。」
「はい。ここだけの話とします。」
「ところで、オルレア。学院長のいけずをかわすことなどたやすい事です。」
「と、申されましても、」
「一年生のカリキュラムが簡単で多種多様な訳を考えれば自ずと答えが出てきます。」
「ご教示をお願い致します。」
「では、オルレアさんお耳を拝借。」
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オーバル城からの帰りの馬車を下りた時はすっかりと夜の帷につつまれていた。
「疲れたのじゃ、肩が凝ったのじゃ。」
「もうオルレアったら、はしたない。」
「太皇太后様が生きとるとは思わんだジョイ。」
「オルレア、誰かに聞かれたら・・不敬罪ものよ。」
「大丈夫じゃジョイと。もう馬車は遠ざかったジョイ。」
「なあに今度はジョイ姫なの?」
「ところでクレマ、今日の首尾はどう見るジョイ。」
「もう面倒だから、ジョイはやめて。・・・まあ、第一関門は突破でいいのじゃないかしら。」
「そうなのじゃ。しかし、皇太后と皇后の連係プレイはなかなかじゃった。わしもあーなるのかのー、」
「そうなったらそれはそれで、上々でしょ。」
「そうはならんの~。些か気が重いがまだ先の話じゃジョイと。」
「そうだけど、ルイはどうだった?」
「どうだったと云われてもクレマ。とに角、クリスの技はあれはいったい何だった、」
「ルイにはあれは無理じゃジョイ。五行剣の先の先の五微剣は五端の境地に達したクリスでさえも今だ使えきれんのじゃジョイ。」
「使えきれないって、シナイで固い翡翠石を両断したのに、駄目なのか、」
「まあそう落ち込むな。五行剣をマスターできれば魔術士並みじゃジョイ。精進いたせ。クリスも何かルイに言葉をかけてやるのじゃジョイ。師匠なのじゃから。」
「そうですね、姫様。・・・ルイ、」
「はい。」
「石を切るなど、人を切るのに比べれば簡単です。」
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