22 冬祭り
1月2日は快晴。
道端に掻き揚げられた雪の高さが昨日の大雪の凄さを物語っていた。帝国最大にして王家も信者である教会の祝祭日は今では帝国全土の祝祭日として受け入れらている。この日は家族と共に静かに過ごし、明けて3日は近所の者と連れ立って教会に足を運ぶ。冬至は古代からどの宗派も祝日、祭日としてきたので今では1月の最初の三日間は三賀日として帝国の祝日となっていた。
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「ちょっとオルレアじっとしててよ。」
「クレマ何故こんな早くから出かけなくちゃいけないの。15時のお茶に呼ばれているだけでしょ。」
「何言っているのよ、15時のお茶の前に何を何して何とかするのが私達のお仕事でしょ。ヒヨコ組と雪遊びをしているから髪が濡れてるじゃない。」
「ジョイを呼んで除いと乾かしてもらえばいいのじゃジョイ。」
「お願いだから今日はおじゃ姫になるのはやめて、王宮のそれも王室の方々との内輪のお茶会なのよ。清楚にお淑やかに菫コードを守ってよ。下ネタ禁止だから!」
「つまらんの~。余はつまらん。」
「あっ、変な古語もやめて。王家は古語が生きてるから、地雷を踏むことになるわよ。」
「もう堅苦しいのは嫌じゃ。う~、クレマ何故に花冠を被せる、」
「いくら家族同様にと言われても、陛下にお会いするのよ。無冠という訳にはいかないでしょ。」
「クリスはどうする。男装でしょ。」
「それでも、女騎士爵の髪紐冠を付けてるわ。」
「クレマはどうするの?」
「私は侍女役よ。結い上げて簪代わりに髪留めで控えめだけど品のあるお付きをやるの・・」
「何を妄想に耽っているの・・・もう、だったら私は宝冠にする。」
「よしてよ、内輪の集まりに宝冠なんて、第一今からじゃ髪を結い上げる時間もないわ。」
「半冠ならよかろう、」
「だめ、ドレスに合わせて緑の花冠にしたんだし、あなた16になったばかりで無理してアップにしてもデコルテが寒いだけよ。侍女の言う通りにして」
「じじょ、じじょってこのトッポ「ダジャレも禁止!」」
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女子寮にルイが迎えに来た。オルレア、クレマ、クリスが外套を着て玄関を出る。外で待っていたルイにいきなりクレマが近づきルイの外套のボタンを外すと合わせを開き、両肩を掴み頬を寄せる。
「クレマ、いくら何でもいきなりルイに抱き着くとは不埒じゃぞ。」
「オルレア、これも侍女の務め、服装点検よ。」
「何処が服装点検じゃ。」
「制服にブラシがきちんとかけられていて、バックルやボタンが磨かれているのを確かめたのよ。」
「だったら見るだけでいいじゃろ。抱き着く必要がどこにある。」
「あら、ピカピカの部分に金属磨き粉臭が残っていないか確かめただけよ。」
「ああ言えばこう言う、じょうゆう奴じゃ。」
「決して役得じゃなくてよ、オルレア。さあ、ルイ行きましょ。」
「ああ、クレマ。でもこんなに早く行っていいのか、14時前にはついてしまうぞ。」
「なに、赤くなっているの。これから重要な任務よ。気を引き締めて。」
「わっ、わかった。でも、任務って何をするんだ。」
「茶話会よ。騎士として女主人の心を掴む事、少なくとも気に入られることが最大の任務よ。」
「そんな無理難題を、俺・・僕は1年生を代表して陛下にご挨拶をとおもっていた。」
「もちろん、陛下ではなくて主人に礼儀を尽くすのは騎士爵としても帝国学院生としても当然。オルレアと一緒にきちんとやって、」
「しかし、帝国学院生としてならオルレアは何故ドレスを着ている。制服でない。」
「もう、固い事言わないの。今日は冬祭り。家族と一緒に過ごす日よ。ごく親しい家族同然の集まりにオルレアをお披露目して、来る社交界デビューの後ろ盾になってもらうとか、いろいろな何が何して何じゃらな第一歩よ。学院の制服よりはドレスでしょ。私の見立てはどう?」
「うん、とっても素敵だと思う。それに・・・その・・君も今日はいつもと違う大人びた感じで・・・」
「王宮からの差し回しの馬車が来たわ。ルイ、この鞄お願い。」
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いつもの戌亥門から出はなく北門から通された所は、王宮の中でも王家の居所の中庭を望む離れであった。暖炉には大きな薪が組まれ部屋を暖めている。案内の従者が去ると四人は広いテラスに出て雪景色の庭園を見たり豪華と言うよりは品格のある内装や調度品を見ていた。
ドアがノックされ先ほどとは違う従者が入って来る。
「お邪魔致します。皆さまには時間までこちらでご寛ぎ頂きたいとの女主人のお言葉です。」
四人が会釈するをの待って、続ける。
「何か入用なものがございましたら、ご遠慮なくあちらの呼び鈴紐をお引きください。」
と言って従者はゆっくりと四人を見渡すと、おもむろにクリスの前に一歩進み出て、
「大尉殿には別室にきて・・」
「あっ、わたし、私。」
一瞬戸惑った翳りを瞼の動きでごまかした従者は立ち襟の白のシフトドレスに黒の上着を重ね着した女が立ち上がるのを見つめ、2秒を掛けてひっつめ髪のアレンジとマジェスタを品定めした。
「失礼しました大尉殿。閣下がお呼びです。」
「ありがとう。じゃ~みんな、イーファンおじ様と打ち合わせがあるから私は席を外すけど、誰もいないからと羽目を外さないでね。クリス、オルレアのお守りをお願い。」
「なんじゃと、クレマ。わらわは子供ではない!」
「ルイも大変なのはこの後だから十分休んでね。では、行きましょうか。あの、この鞄持ってくださる。」
「イエス、マム。」
「やめてよ~」
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大開口を出て、ルイとクリスがテラスに敷き詰められた煉瓦の上に立つ。よく掃き清められた煉瓦は朝からの太陽に温められ乾いていた。
「これならすべらないし、何より空気が清々しい。クリス、小太刀の型を見てくれ。」
「ああ、オルレアが暖炉の前で寝ている間だけなら。」
「じゃ、一の型から・・・」
と、ルイがシナイを振る様子をクリスが眺めて時折、ひと言ふた言声を掛ける。
そんな様子をテラスの前の庭先を通りかかった青年が立ち止まり、興味深そうにしばらく眺めていた。
「剣の稽古ですか。」
と、その青年が雪で埋もれた庭越しに声を掛けてきた。ルイが素直に
「はい。剣の型稽古をしております。」
「型稽古とは珍しい。よろしければ、小さいですが近くに稽古場がありますが、ご案内いたしましょう。」
「ありがとうございます。しかし、私達はここで待つように言われていまして、ここを離れる訳にいかないのです。」
「そうですか。これはご無礼を申し上げました。」
「いえ、親切にお声を掛けて頂きありがとうございます。」
「こちらこそ、では失礼致します。」
そう言うと、青年は去って行った。
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「お城の警備兵だろうか?」
「そうね、服に縁取りがあったのでたぶん、軍の下士官服だわ」
「でもクリス、臂章が無かったよ。」
「そうだけど、袖章に一本入っていたわ。まあ、考えても仕方が無いわね。それより五行剣小太刀の型で良かった、気配を消して見られていたわね。王宮には使える人がそこ此処にいるという事ね。」
「どうして小太刀なら見られてよかったのかい、クリス。」
「それは、小太刀なら、流す、捌く、躱すが当然だからよ。今風な剣で剣をがっしと受けることはないから。」
「そうなのか?。太刀の型にならあるのか?」
「五行剣にはないわ。五行剣とは行くこと、変化すること、周くことだから、受け止めることはしないの。」
「そうなのか。五業剣は攻撃技しかないが。五行剣にも受け技はないのか。」
「攻撃こそ最大の防御。攻防一体が基本の理念だから受け止めるというだけの形は無いわね。」
「何故?」
「まあ、居附くことを嫌うからかな。」
「常に動き回っているのはその為か。」
「ところで、ルイ。一番早い動きとはどんな動きか知っているかしら。」
「う~ん、ジャンプは嫌うよね。火拳の動きか、縮地かな。」
「答えは動かない事。」
「はあ~?な・・・」
その時、訪う声が聞こえたので二人は急いでテラスから部屋に戻って行った。
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部屋の扉から一歩入ったところで先き程の青年が立っていた。いや、突っ立ていた。寧ろ茫然自失としていた。
「先ほどの方ですね。」
とルイが声を掛ける。
「どうかなさいましたか。」
「・・・これは失礼しました。自分はエトワール・デルミエスです。お声を掛けましたがテラスにいらっしゃって声が届かないと思い、勝手に部屋に入ってしまいました。大変ご無礼を致しました。」
そう、弁解する青年の視線の先には、編み込んだ髪を乱さぬよう、背中や首にクッションを当てられたオルレアが暖炉の暖かい光に包まれて眠っていた。いつもは軽やかな金色の髪は暖炉の光に溶け込んで、優し気でしっとりとした輝きを放っていた。
クリスがそっとオルレアを抱き起し、きちんと座らせるがまだ目を覚まさない。
ルイが青年の視線を遮るように歩み寄り、
「何か御用でしょうか。」
と、問いかけるとハッと我に返ったかのように青年はルイの顔をみる。
「はは・・女主人に稽古場に行くことの許しを得てきましたので、よろしければと思いお尋ねしました・・・、」
「わざわざお心遣いを頂きましたが、連れが少々疲れておりまして、こちらで休ませて頂こうと思います。」
といったが、
「ルイ。そのお方はどなたです。」
「エトワール・デルミエス殿です」
「そうですか。これはデルミエス殿。お恥ずかしい姿をお見せしたようで恐縮でございます。」
「いえそのような事は、こちらこそお休みの処、不躾に扉を開けてしまい大変失礼いたしました。どうぞお許しを」
「ご丁寧なお申し出ですがどうかお気になさらず。わたくしはオルレア・エンスポールと申しますが、どのようなご用件でこの部屋をお尋ねになられたのですか?」
「はい。エンスポール様・・」
「デルミエス殿どうかオルレアとお呼びください。わたくしの方が明らかに年下の様です。」
「これはうれしいお申し出です、オルレア様。出来ましたらわたくしのこともエトワールとお呼び頂きたいものです。」
「分かりました。では、エトワール殿ご用件を。」
「はい、改めまして。そちらのお二方がテラスで剣の稽古をなさっていらっしゃるのをお見掛けして、近くの稽古場にご案内いたしたく推参致した次第です。」
「ルイ・シモン騎士爵とクリス・フラクシヌス騎士爵が剣の稽古を。それは見ものです。わたくしも是非、拝見いたしたいものです。」
「お二方とも騎士爵でしたか。それは御見それいたしました。重ねてご無礼をお許しください。」
「いえ、お気になさらずいつものことですので。それより、稽古場にご案内下さいませ。続きを見たいものです。」
「しかし、お二方のご都合をお聞きしないと、」
二人の会話に割って入るようにルイが、
「デルミエス殿、私達ももう少し身体を動かしたいと思っていたところです。オルレアの目覚ましにちょうど良さそうです。そうだ、ご一緒に稽古致しませんか?剣に関心がお有りのようですし、」
「それは、思いがけないお申し出。大変うれしく思います。それでは早速行きましょう、部屋を出で先ずは右手の方に行きます。皆さんどうぞ。」
そう言ってエトワールは三人を送り出すとドアを閉めようと部屋を振り返った。
窓から差し込む冬の太陽の所為か揺らめく暖炉の火の所為か、オルレアが横たわっていたソファのクッションにキラと、光を見たような気がした。
エトワールは何かに引き寄せられるようソファに歩み寄り光の正体を手に取る。
「オルレアの木の葉髪」
そう呟く。
「エトワール殿・・」
ドアの向こうから自分を呼ぶ声に我に返ると、急いで指に巻き付け環にする。手幅を取り出しその間に挟み込み、胸の隠しに仕舞うと踵を返して走り出した。
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