21 1月1日
卍巴と降る雪を ルイは白い吐息とともに 見上げる
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日の出前に有志が集まり、新生太陽が白き道を歩むを寿ぐ「初日の行」を行っていると、古い礼拝堂の軋む扉をそっと開け、覗き込む人影があった。
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「悪いね、邪魔しちゃったかな」
「いいえ、調度終わりの時刻でした。ブラックボード先生。」
「外泊申請表を見たら、まるまる3組が残っていたので、取り敢えず、3組に相談しようと思ってね。」
「どうしたんですか。」
「いや、夜半から急に降り始めた雪が結構多くて、正午から始まる年賀の儀に集まる馬車の運行に支障が出そうなんだ、というよりもう出てるんだけど・・・」
「それで、ご相談と言うのは。」
「いや、王宮から学生に馬車道を空けてもらえないかという依頼が来てね。」
「つまり、雪かきしろと。」
「どうにかならにかな、」
「分かりました。A分隊長は1年の各クラスに連絡して組長を招集してくれ。B分隊長は小隊に雪かき装備・準備を指導。クレマスタッフは雪かき作戦の草案を作成。取り敢えず、この集会場を当分の本部とする。以上状況開始!」
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「空なんか見上げちゃって、どうしたの、ルイ。」
「やあ、クレマお帰り。流石生徒会、助かったよ。」
「3年生も、2年生も先輩たちは、ちゃっかり帝都に下りてほとんど居なかったけど、留守番に総務のトルマ先輩がいてよかった。備品を全部吐き出してもらったわ。」
「そうかい、悪かったね。忙しかったろ。」
「そっちはグレースにまかせたから、何ともなかったけど、食研が大車輪で申し訳なかったかな。」
「カフェテリヤの職員はほとんど王宮の手伝いに駆り出されてたからね。」
「おかげで、各組と協力して炊き出しは食研が仕切れてやりやすかったって。」
「糾える縄の如しだね。」
「学院に残っていた先輩は、くじ運の悪い先輩と、実験で学院を離れられない研究部員だけだけど、」
「1年は?」
「帝都に実家があるものと、トッポイ数人は帝都に下りたけど、各組の大半は残ってたわ。」
「でもこの分じゃ、帝都の方も相当降ったんじゃないかな?」
「馭者や従者の話によると帝都も予想外の大雪で難儀したみたい。」
「軍も大忙しだろうけど、この雪はいつまで続くのかな。」
「ルシアの話では夕方には降りやんで明日は快晴だそうよ。」
「今日は上級貴族の新年年賀だ。明日は冬祭りだからどこも完全にお休みなんだけど。」
「そうね。今日を乗り切ればなんとかなりそうね。」
「雪だまりでいつもの馬車溜まりが確保できなくて、お付きの馬車を臨時の駐車場に誘導するのが大変だった。」
「ご苦労さん。それで今は箒で雪を掃きながら空を見上げていたの?」
「まあ、峠を越えたかなと思って・・・見ていた。」
「それじゃそろそろ、撤収作業ね。命令を出して、雪かき作戦の隊長さん。」
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「ルイ、こんな所にいたのか、探したぞ。1組の撤収作業は完了した。あとはどうする・・って、何してる、」
「ファイ、ご苦労さん。見ればわかるだろ、大根の皮をむいている。」
「なんでお前が布巾をほっ被りして、皮むきなんかしてるんだ。」
「今日は1月1日冬至だぜ。当然、南瓜を食べる日だろ。」
「はあん?」
「冬至、冬中、冬はじめっていうだろ。雪が降って人手が足らないからね、料理の下拵えを手伝ってる。」
「男のお前が料理が出来るのか?」
「帝国は男女平等、第三中隊は全員調理訓練を終えている。仕上げは食研がするから味の方も保証付だ。」
「保証付きって、何を作っている。大根だろ、南瓜じゃないじゃないか、」
「カボチャシチューにかぼちゃ餅、タルトにスープいろいろ作っているみたいだ。何しろ500人分の夕飯だからな。出身地も種族もいろいろ、だから食研がいろいろ工夫している。楽しみにしていてくれ。」
「それで、お前の大根は何になる。」
「おいおい、めいめい煮込んで豆も入ってそれなりにうまい鍋になるらしい。」
「分かった、その鍋だけは食わないようにする。」
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「これ、甥姪煮っていうの?小豆も入って美味しわね。」
「おばあちゃん思い出すな。」
「かぼちゃポタージュも、冬至七草もあるよ。」
「スイーツもあって目移りがするわ。」
「かぼちゃの黄色は悪魔よけって言われるけど、南瓜自体は夏の野菜よね。」
「運もつくって、どうして?」
作業の終了した者から三々五々やって来て、気の合う者同士が好みの料理を食べている。そんな1年生で一杯のカフェテリヤに、教師が一人紛れ込んできた。
「ブラックボード先生も食べにいらしたんですか?」
「やあ、ウヅキ。随分盛況だね。」
「おかげさまで、静かな一日になるはずだったんですが、大変忙しくさせて頂きました。」
「ずいぶん、辛辣だね。僕の所為じゃないんだけど、ところでここの責任者はルイでいいのかな?」
「全体の責任者という事でしたらルイでいいと思います。」
「そう。ところで、ルイは何処にいるのかな、」
「ちょっと待ってください。アッ、テヒ。ルイ、どこにいるか知っている?」
「さっきから裏で、お皿洗っているけど。どうして?」
「ブラックボード先生が、責任者出てこ~い、って。」
「オイオイ、」
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大食堂の片隅に座るブラックボード先生とルイの処にクレマがお盆でお茶を三つ運び来て座る。
「先生、折り入ってお話とはどんなことでしょうか。」
「やあ、クレマ。君の淹れたお茶を飲めるとは光栄なことだな。」
「すいません。大薬缶で作り置いたお茶です。」
「そ、そうだね。今日はみんな忙しかったからね。」
「突然の大雪で皆さんビックリでしょう。」
「ああ、王宮も慌てたらしくいろんな事があったらしい。」
「それで?」
「それでだ。突然の雪かきの要請に粛々と事を進める1年生に、陛下が甚く感動されたという事で、責任者と言うか代表者にお言葉をかけたいという事だ。ルイ明日15時に王宮へ行ってくれないかな。」
「僕一人でですか。」
「あっ大丈夫よルイ。オルレアも行くから。」
「えッ。クレマ君どうして知っているんだい。」
「先生、私は王宮との連絡係です。ルイ隊長の指示を承認して頂きたくイーファン閣下にご報告申し上げてきました。その時にお話は伺っております。」
「そうか。だったら何も私が伝えるまでもなかったか。」
「いいえ、こういう事は形式が大切です。学院の命令?要請かしら?で、ルイとオルレアが拝謁するという事でよろしいでしょうか。」
「そうだね。形式は大切だ。そう言う事で、ルイよろしく。」
「でも、陛下に拝謁すると言っても、働いたのは1年生みんなだし、上手くお答えできるだろうか。」
「ルイ、心配ないわ。明日は冬祭りよ。家族と一緒に過ごす日だから、陛下も家族の様に接してくださるから、」
「そうなんだ。でもそれだと、オルレアが調子にのらないかい?」
「大丈夫、クリスがお付きで上がるから。」
「クリスも行くのか。」
「そうよ、それから私もルイのお付きという事で一緒に上がるわ、」
「そっか。それは心強いな!」
「そうよ、ルイ。安心して♡」
「うっ、うん。あー、その、ところでお二人には悪るいんだが、もう一つ大事な相談事がる。」
「「なんでしょう、せんせい‼」」
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ブラックボード先生がゆっくりとお茶を啜り、天井を見上げて、首をニ三度鳴らしてから、
「今回の対抗戦があんなことになって大変だったろう。」
「はい。」
「想定外と言うか、2週間半、実質12日間の間、1年生の授業が停止した。」
「は、い、?」
「48時間の授業時間が消えた。」
「まあ、そうなりますね。」
「この事態を学院長は大変憂慮されてね。」
「はい、」
「そういう事で、我々教師陣も知恵を絞って解決策を探った。」
「はい。」
「それでだ。試験的に12月10日と11日の8時間を午後に2時間づつを振り分けて25、26、27,28日と行ってみた。」
「?」
「まあ、やってやれないこともないなと。もっとも時間割は相当あれこれ弄ることになるが、緊急事態だからな」
「ご苦労様です、」
「で、だ。新年休暇明けの第2週から第5週までの1月一杯、1日6時間の授業体制になる。」
「そうですか。」
「それはまあいい。1月一杯で授業時間の不足分を解消できるなら、多少の不便は全員で我慢しようというものだ。」
「恐れ入ります。」
「問題は・・」
「まだ問題が、」
「そう、3組だ。」
「私達が!」
「そうだ。8時間ほど足りない。」
「どうしましょ。」
「そこは担任の私が聖曜日に古代史を教えるという事で、空いた時間をあれを何して何したら、何とか目途が立った。」
「恐縮です。」
「問題はそこではない。」
「まだ問題が!」
「ルイ、クリス、クレマの授業時間が、もう2週分足りない。」
「え~、・・・そうなりますか、」
「そうなるな。」
「公欠とか、病欠とかないのですか。」
「だったらこんなに苦労はしていない。」
「・・・・・、」
「さて、どうする。えっ、どうする。さあ~、どうする。」
「そう言われましても・・・。」
「もう一回、1年生をやるか。」
「「そんな~」」
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みんなは明るく楽しく食べている。しかし、其処だけが、暗かった。
「2月には通常に復帰したい。3年生の卒業準備をきちんとしてやりたいし、2年生は人生の最終決断の専攻決めの時期だから、専攻科の教授たちの手を煩わしたくない。」
「そうですね。」
「だから、お前たち3人の為だけに特別授業を組むこともできん。」
「・・・・・、」
「暫く、時間があるので学院の方でも何か考えるが、もしもの時の覚悟は・・・、」
「何とかお願いします。」
「そう言われてもね。課題レポートで済ます訳にはいかないレベルなんだよ。」
「はあ、」
「とに角、伝えることは伝えたから。ルイ、まあ明日を乗り越えてから相談しよう・・・それから、」
「はい、なんでしょうか。」
「それから、明日、陛下に泣きつくのは禁止だからな。」
「だめですか、」
「当然だな。学院には自治の原則がある。一学生の単位の取得に王権が介入することは、王宮も学院も帝国議会も誰も望んでいない。陛下御自身も望まれまい。」
「私事に陛下を煩わせることはいたしません。」
「よろしく頼む。何かいい解決方法がきっとあると思う。」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
帝国歴77年の第1日目は、こうして暮れていった。
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