20 大晦行
二輪馬車は軽快にトロットを刻んで行く。
「ごめんね、ルイ。つい話し込んじゃって、おじ様に出してもらった軽食が昼食になってしまって、でもたくさん食べるわね。育ち盛り?」
「この間からやたらと腹が減るんだ。二人前じゃ足らない感じだ。」
「いやーよ。ぶよぶよちゃんになったら。でも、ぷよぷよなら可愛いかな?」
「太る気配は今のところないけど、それよりずいぶん話し込んだね。翡翠やプレートアーマーや新しい馬具やナイトソードのデザインとかまるで誰か新しい騎士爵が誕生するみたいだ。」
「誰かじゃなくて、あなたが成るんでしょ。」
「でもトーナメント大会とか本当に出来るのか?今時、馬上槍なんか軍でもほとんど使わないだろう。」
「でも、あなたは馬上槍同好会を作るんでしょ。トーナメント出場の為と言う大義名分ができるわ。」
「馬喰に興味がるの?ケッティなんて初めて聞いたよ。何だかひそひそ話していたけど、とっても時間が掛かりそうな計画みたいだね。それに、仕立て屋に陶芸家にお花屋さん、お菓子職人に茶商に茶道具屋に半東やパーラーメイドを持っている貴族の紹介までお茶屋さんでも開くみたいだった。」
「みたいじゃなくて開くのよ。」
「俺たち学生だよ。そんなことできるのか?」
「2年生、3年生になればフィールドワークが重要になるのよ。あなたは軍専だから対抗戦しか頭にないかもしれないけど。茶芸の弟子になったんだから、貴重な助言意見をお待ちしています。」
「なんだか、余計忙しくなりそうだな、さあ着いた。みんな待ってるよ。」
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森の中の古い礼拝堂は既に掃き清め、拭き清められ、毛皮や絨毯が敷き詰められていた。坐蒲を抱えて全員が待っている。一同を見渡し、ゆっくりと挨拶するルイに気負いはなかった。少し変わったな、大人になったなと、クレマは内心うれしく思うが、これから行う大晦の荒行に直ぐに心を引き締める。
「15時30分から入り日の行を行います。入り日の後暫く休憩、17時、酉の刻参りから連続して卯の刻参り迄14時間の長丁場です。その後、そのまま8時まで日の出の行をとなります。足掛け16時間ほどです。いつもの様に体力、トイレや経行、白湯を呑むことは各自の判断で行ってください。今日はオルレアが始まりの鈴を入れます。ではそろそろ坐りましょう。」
オルレア達、黎明の女神は全員を囲み五芒星の形に坐る。
全員が西の地平の日の入る方角を向いて座を整える。ルイが深く吐納を一つ行い、姿勢を作り終えると鈴を一つ入れる。
一時間後、鈴の合図で坐を解き、一度立ち上がると南面するオルレアに向き合う。ルイは筆頭席から立ち上がり鈴をオルレアの前に置き自席に戻る。
オルレアの右手の頂点にクレマ、左の頂点にクリス、クリスの左手の頂点にテヒ、クレマの右手の頂点にアダンが坐っている。
オルレアが静かに吐納をして姿勢を作るとそれに合わせて全員が姿勢を作る。オルレアが真言を三唱するのに唱和する。
オルレアが鈴を一つ鳴らし、酉の行、縮金陰瞑想に入る。
オルレアが鈴を一つ鳴らし、戌の行、滅土陽瞑想に入る。
オルレアが鈴を一つ鳴らし、亥の行、閡水陰瞑想に入る。
オルレアが鈴を一つ鳴らし、子の行、孳水陽瞑想に入る。
オルレアが鈴を一つ鳴らし、丑の行、紐土陰瞑想に入る。
オルレアが鈴を一つ鳴らし、寅の行、螾木陽瞑想に入る。
オルレアが鈴を一つ鳴らし、卯の行、茂木陰瞑想に入る。
オルレアが鈴を三つ鳴らして真言を三唱する。全員が唱和し日の出の方角に向き直り、そのまま日の出の行に入る。
オルレアが鈴を五つならし、真言を三唱する。全員が唱和し日の出の行を終える。
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無言で礼拝堂を出る。全員がすべてをやり遂げたわけではなかったが、各自が今までで、最高の行を遣り遂げたという、感慨に浸っていた。
見上げれば、冬の晴れた青空に積雲が浮かんでいる。
「腹減った~。」
と、誰かの声に全員が笑う。
「正午になったらカフェテリアに集合して、ブレイクファーストを用意したわ。」
というテヒの声に、
「やった~」
と誰かが叫び、みんなが笑う。
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正午前には全員が大食堂に集まって来た。各自、食研を手伝って配膳が滞りなく進む。
小隊ごとに島を作り、時を待つ。城の鐘が正午を知らせた。
「ルイ」
とアダンが囁く。躊躇なく立ち上がり、
「全員でここまで来ました。これで、毎週の晦日行練習は終わりますが、毎月の晦日行は行っていきたいと思います。いろいろ生活が変わっていくでしょうけど出来るだけ参加してください。それでは食前の祈りを捧げます。」
ルイの唱導に全員が唱和して食事が始まった。
羹と蒸しパンの質素な食事だが、堪能した。静かに噛みしめ味わう。涙を流す者もいた。味にだろうか、込み上げる思いにだろうか。
「足りない人はまだお代わりがあるけど食べ過ぎて寝坊しないでね。大晦日行は最後の終の日送りで締めくくりなんだから」
「15時集合でいいかな、15時30分から1時間、黒の道行く太陽の仕舞うを見送ろう。」
そう、ルイが挨拶をして、食事会が終わるとほっとした空気が流れた。
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