19 大晦(おおつごもり)
子供のラハトが手綱を取り、大柄なラフォスが介添えする無紋の馬車の中にクレマはソシ中佐と居た。片袖の鎖帷子の騎士と黒づくめの半仮面の剣士が馬車を先導している。帝国陸軍の将校と六尺棒を抱えた貴族の従者が時々並走する。ひとつは女鞍の、替え馬を二頭引いた馬車の後部ステップには、これも偉丈夫な兵士が外套を着こんで一人立っている。馬車の後方には騎兵の集団が続いていた。行き違うものは必ず振り返って見送る。そして呟く、「どこの誰さまだ。」
「クレマ大尉、朝からご機嫌斜めだけど、私の所為かな。」
「いいえ、お気になさらず。」
「1月1日の宮中年賀の行事に参加しなきゃいけなくて調度、クレマ大尉たちが帰るっていうので馬車に便乗させてもらったのがそんなに気に喰わないかな。」
「いいえ、お気になさらず。」
「馬車の方が楽だし、暖かいし、それにこの馬車は速い割には乗り心地いいし、ラッキーって思ったんだけど駄目だったかな。」
「いいえ、お気になさらず。」
「確か、1年生の学生部隊は先週中には帝都に着いているはずだけど、クレマ達は一週遅れだね。」
「いいえ、お気になさらず。」
「なんだか、3年生の軍専攻100人を引き連れての帝都帰還みたいな格好になって気まずいのかな、」
「いいえ、お気になさらず。」
「今度,大佐に昇進することになったのに、大尉を昇進させてあげれないのが気に障ったのかな、」
「いいえ、お気になさらず。」
「今回の報告はゆっくりでいいからね。出席日数が足らなくて進級できなさそうなのが心配なのかな、」
「いいえ、お気になさらず。」
「今度大佐に成ったら、リボン砦に独立大隊を新設することを相談しなかったのがいけなかったのかな、」
「いいえ、お気になさらず。」
「流石に、軍大学を出ていない者を佐官にすることが出来なくて、ごめんね。」
「いいえ、お気になさらず。」
「よくわからないけど、そのドレスよく似合っているよ、」
「いいえ、お気になさらず。」
「今度、大尉の飾緒2本にしてあげるから、機嫌直してくれないかな、」
「いいえ、お気になさらず。」
「じゃあ、二本にするね。それで年賀の行事の後、お茶会に誘われているんだけど一緒に行く?」
「いいえ、お気になさらず。」
「そうじゃ断っておくね。陛下からのお誘いを断るなんてあんたも豪気よね~」
「はあ~、何言ってるんですか。陛下のお召しをなんで断れるんですか!」
「クレマさんが行きたくないって言ったら、そりゃお断りするしかないでしょ。」
「中佐~!何考えているんですか~!」
大声にお付きのブローケン大尉が馬車のドアをノックする。ソシ中佐が窓を開け。
「大丈夫、お気になさらず!」
・・・・・・・
昼の大休憩に入るとソシ中佐がブローケン大尉に、
「ずいぶん手際がいいな。」
「はい、土地の農民が簡単な昼食と馬の為の煮麦を作って待っておりました。」
「お前の指図か?」
「いえ、ルイと言う騎士の依頼だそうです。」
「学生の各隊から気の利いたものを1名づつ抽出して、騎士に付けろ。」
「監視ですか。」
「見取り稽古だ。騎士が何をするのかを観察させろ。」
・・・・・・・・・・・・
「段取りが良くて、大休憩を1時間ほど早く切り上げることが出来た。なんでもルイと言う騎士の先導がよろしいようだ。」
「ソシ中佐、何が仰りたいので、」
「ルイが陛下からシナイというものの常時帯刀を許された話は聞いている。」
「今回の発端となった秋の叙勲式典の話ですか。」
「いやそういう訳じゃないんだけど、ルイが本当に騎士を目指しているのなら、私の上司から陛下の騎士として、騎士爵を授爵頂く様、上奏するように進言するのもやぶさかでない、のではないかと思い始めたり、いやいや一学生の人生に余計な事だと、と思いなやんだり・・。」
「中佐!ルイは立派な騎士です。」
「立派な騎士と言われてもね。言葉だけではなんとも、」
「実力を証明する方法があれば是非お教え下さい。」
「いや、でも、もうどこかの領主から騎士爵を授爵されているんでしょ。それでいいんじゃない。」
「いえ、それは本人の望んだ形ではなかったので、今こそ本物の騎士として、それも陛下がお認めになった騎士として授爵されるのなら最高の事です。」
「前の領主とのことは陛下からお話があればそれなりにカタはつくと思うけど、陛下が頭を下げるほどの理由が無いとね。」
「理由とは?」
「軍人なら軍功を上げるのが手っ取り早いけど、騎士爵でしょ。武功だけじゃ弱いわね。何か手見上げの二つ三つ、」
「物ですか?」
「陛下がものでつられる訳ないじゃない。小国のひとつもってなら話は別だけど、」
「う~ん、政治的な何かと武勲ですか。」
「一学生が政治的な何かを持っている訳はないしね。」
「ないなら作るしかないないですね。」
「そんなもの作れるわけないでしょ。」
「いえ、中佐を見習って、あれが何してなんとやら~、です。」
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・・・・・・・・・
12月28日金の曜日。帝都の外堀の手前で昼の大休憩となった。
「予定通り順調にここまで来ました。」
「ルイ君の先導のお陰だね。学生達もいい勉強になったようだ。で、どうしたんだクレマ大尉。」
「ここからは学生に戻って中佐とは別行動です。」
「なんで、一緒にオーバル城に行かないの。」
「いくら何でも軍専3年生と行動を共にするわけにはいかないでしょ、」
「それもそうか。1年生の動員だけでも尋常でないのに。それでクレマ達はどうするの?」
「ここから一度お屋敷に帰って衣服を改めます。明日朝、学院寮に帰って行に入ります。」
「そうか、それが最優先事項か。」
「はい。」
「健闘を祈ると言いたいけど、私はどうする。この馬車でお城に乗り込むつもりでいたので馬も馬車もない。」
「自業自得です。」
「つれないな~、それなら私も君のお屋敷とやらにお邪魔して・・・」
「お断りします。」
「即答だね。」
「みんなが落ち着きません。」
「私はお邪魔虫か。」
「疫病神です。」
「酷い言いようだね。それならこのまま取り付くってのもありだよね。」
「馬を二頭お貸しします。」
「あの女鞍の馬、素人の私が見てもいい馬だよね。」
「いいえ、金鬣の尾花栗毛の二頭です。」
「そう。あの二頭もなかなかだよね。」
「グレファとグルトです。マージ―兵長とお乗りください。」
「そのまま貰っちゃっていいかな。」
「だめです。」
「即答だね。」
「ご用が済んだら、お城の近衛第3中隊の厩舎にお預け下さい。」
「近衛にも食い込んでいるのか、流石クレマ大尉。」
「私は生徒会の1年です。先輩。」
「私の黒歴史が~」
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29日の水の曜日の朝早く3人はフローラ館を出た。風はまだない、ぼやけた凍雲が可愛い。
「この辺迄来ると、流石に帝都って感じね。」
「そうですね。フローラ館の周りはまだ木々が多くて、鄙びた感じです。」
「それじゃクリス、15時までには行くわ。みんなによろしく。」
「はい、クレマ様、お気をつけて。」
クリスは単騎、馬首を巡らせると内堀に向けて鞭を入れた。クレマは二輪馬車の手綱をルイに預けクリスに向かって手を振る。
「ルイ次の辻を右に回って、ほらあそこ、ガッパーナ商会の看板がみえるでしょ。」
「分かった、商会の前に止めるよ。」
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「店員さん、給仕さんに二輪車から旅行鞄を運ばせて。」
何だこいつ気取った言い方しやがってとは、顔に出さない。一瞥で客を見定める。冬用の外套の合わせの隙間に覗くのは何処でも見かける町娘の着るドレスだ。ドレスの裾から見えるブーツはいい革を使っているが。
「はい。ただ今」
「それから、バッファ親方を呼んでもらえるかしら。」
はっ、あ~ン?と心の唸り声は出さない。連れの若者もどこにでもいそうな垢抜けない感じだ、訝しいが朝の暇な時間だ。しょうがない。
「馬具制作責任者のバッファでございましょうか。」
「そうよ。ついでに支店長もいたらお願い。」
おいおい支店長はついで呼ばわりか、眉がピクリとしたが、顎で丁稚に合図を送る。
暫くして、老人が店先に姿を現すと、「バッファおじさ~ん」と町娘が走り寄り抱き着く。
何だ、親戚の娘かと、緊張がゆるむ。
遅れて、支店長が現れる。
「これは、クレマ様。」
米つきバッタを見たことは無いが此のことだろうと、あんぐりとしていると、
「特別応接室にご案内しろ、いや私がやるから、お茶を、最高級のお茶を持ってこい。」
訳も分からす全員が走り出した。
・・・・・・・・・
見たこともない高級調度品をきょきょろ見渡しながら、長椅子に座るクレマの後ろにルイは立った。
「ルイ此処に座って」
と、クレマが自分の横の座面を叩く。仕方なく座ると、支店長が如何にも値踏みするといった風情で、
「あの~、クレマ様。そちらのお連れの方は・・・」
「ルイ=シモン騎士爵よ。ガッパーナの学友よ。」
「これはこれは、お坊ちゃまのお友達で、」
お坊ちゃま命の老爺が相好を崩す。
「ずいぶんお若い騎士爵さまでいらっしゃいますね。」
と、支店長が揉み手をする。お茶を一口啜り、クレマが眉を曇らす。
「お口に合いませんでしたでしょうか?」
恐る恐る支店長が尋ねる。
「いいえ、お気になさらず。お茶はなかなかの物です。ルイどう思う。」
「僕にはちょっとフローラル感が強いかな、」
「これは恐れ入りました。直ぐに差し替えますです。」
「いえ、それには及びません。これはこれででいいと思います。オリジナルブレンドでしょう、レシピを教えて頂けたら嬉しく思います。」
店員の一人が駆け出していく。
「ルイは茶芸の宗匠についているので、ちょっとうるさいのよって、お茶を飲みに来た訳じゃないの。時間が無いんでサクサク話を進めましょう。今日はおじ様に相談があって来たの。意見を聞かせて、」
「儂の耄碌した頭で分かるかの~」
「帝国一の職人マイスターのバッファおじ様の意見は貴重です。で、先ずはこれを。」
クレマは二人掛かりで運ばせたドランクを空けて布に包まれた木箱を取り出す。
「これは、ワインボトルが入っているのかな・・・これは、」
「これを扱える職人を知ってるかしら、ティファ貴金属店に持ち込もうかとも思ったのだけど、ちょとね。」
「まあ、そうじゃな。いい判断だと思うよ。この美しさを銭金に換算すべきでなかろ。」
「そうよね。流石おじ様。私もそう思って、些か持て余していたの。」
「どうしたいのかな。」
「本来なら、酒杯や装飾品か何か彫刻でもして献上じゃなくてお渡しするのが慣例だと思うけど、」
「受け取り主が決まっているのなら、受け取り主の意見を聞いてからでも遅くないのじゃないか。」
「やっぱりそうなるわよね。」
「まあ、其のうえで自ずと職人は決まってくる。儂も詳しくないがそれとなく調べて於くよ。」
「では次に行きます。」
「それでいいのか。」
「取り敢えず私が毎日布で磨きます。さて、次はルイ取り敢えずその中の甲冑を一通り付けてくれる。」
ルイがトランクの中の全身板金甲冑を装着している間、
「おじ様、ルイに新しいプレートアーマーを作りたいの。」
「今時、何のためにじゃな。パレードアーマーなら時々注文はあるが、」
「トーナメントに参加すためよ。」
「馬上槍試合?儂も子供の頃に見た記憶があるが、あれをやるのか、」
「そうです。」
「誰が?」
「このルイが、」
「一人で?」
「はっ!、そうよね。相手が要るわ。」
「騎兵はおるが、プレートアーマーを着取らんじゃろ、」
「重装騎兵なら、」
「帝国軍から借りるか、耳族にはおらんじゃろ。他国にはまだおるかもしれんな、」
「分かりました。要相談ですね。でも馬上槍用の甲冑が欲しいんです。」
「馬上槍に特化するといびつな形になるぞ。徒歩戦はせんでもいいのか?」
「はっ?!、そうなんですか。それも含めて・・」
「馬鎧はどうする。」
「そうでした。それもあっておじ様の処に来たんでした。」
「馬はおるのか。」
「はい、表にいます。」
・・・・・・・・・
「いい馬じゃ、特にこのバギーを引いとるのは、いいの~。」
「それは、引退した軍馬です。」
「そうか、引退したのか。では、銀鬣の青鹿毛に乗るのじゃな。」
「そうです。」
「青毛は?」
「大人の仕事があります。」
「そうじゃの、引退したならそれが良かろう。」
「実は、駃騠が欲しいんです。」
「ケッテイ?騾馬の反対のあれか、」
「はい。」
「それは難しかろ、探せば‥いや、馬喰を捜した方がはやいの~、」
「やはり、そうですか、」
「お嬢、何か難しい問題を抱えている様じゃの、中で少し話そうかの。」
「はいお願いします。」