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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
141/204

 18 対抗戦7

 砂漠から吹く風が髪を巻き上げる。顔に纏わり着いた雌黄色のいく筋かをかき揚げクレマは問う。


「それで、クリスはなんと?」


「はい、姫様はルイ様の後を追う(トレース)てみると。」


「分かったわ、よく休んで。その様子じゃ夜通し駆けてきたんでしょ。グレファを労ってね。」


 クレマはアマンダとトユンとの話し合いを手短に済ませると、毛布を一つ小脇に抱え、今ではクオン洞窟と呼ばれる洞穴へと入っていく。


 入り口からは見えないが、差し込む明かりで奥まったところに平地を見つけ、毛布を敷き座を作る。


 作業靴を脱ぎ坐ると呼吸を整え瞬く間に瞑想に入っていった。


 どれだけの時が過ぎたのか、顔に何か触れるのを感じゆっくりと覚醒する。


「マレンゴ、ありがとう。そうね、あなたにも分かるのね。」


クレマはマレンゴの顔を撫でながら意を決して立ち上がるとひとまず洞窟を出た。


 夕日が砂漠に沈みかけている。トユン達は出発の作業をほぼ終え、別れの晩餐の用意と洒落込んでいる。


「アマンダ、オハニ、偽装用の村娘のドレスなかったかしら。」


「どうするの」


「着替えるのよ」


「こんな砂漠で今から?」


「しょうがないでしょ。騎士に恋する乙女の役周りは私しかいないでしょ。」


「良く判んないけど、分かったわ。用意する。」


「トユン、火を使わなくても食べれるものを二食分と、洞窟の入り口に少し食糧を置いて行って。」


「了解だ。今から出かけるのか。」


「松明を二晩分ほど欲しいんだけど。」


「分かった用意する。」


「それとマレンゴに乗っていくけど飼料を持てる分だけ持たせて。水もね」


「クレマ、ドレスあったわ。こっちに来て、着替えるでしょ。」


「ありがとう。アンドレ、クリスに伝えて、ここで待つようにと」


村娘のドレスに着替えマントを羽織り準備を終えたクレマがみんなの前に立ち、別れのハグをかわしている。


手際よく出立の用意を整える第1小隊の面々を見ていたアンドレがクレマに聞く、


「クレマ様、」


「なに?」


「ルイ様の隊はよく訓練されています。ルイ様の指導の賜物ですね。」


「それは違うわアンドレ。」


「そうさ、隊長があれだから、俺たちがしっかりしなければいけないだけさ。」


「そっれってルイの、つまり、回り回ってルイのお陰ってことかしら。」


「確かに、そうかも。」


全員が大笑いしてクレマを見送った。


・・・・・・・・・・・


 ルイは朦朧としていた。今日は何日なのだろう、何時間たったのだろうという思いも消えていた。唯、グラニを引いてひたすら歩く。時々小部屋を見つけて眠りこける。細々と食いつないだ食料も尽きた。水も水筒に少しだけで唇を湿らすだけにしている。


 いくつ目か分からないその小部屋で目が覚めた。


「空気が変わった?」


そう思うが錯覚かもしれない。何とか立ち上がり、グラニの頸を叩いて


「もう、歩くしかないけど、一緒に歩いてくれるかな、」


そう呟くとトボトボと歩き出す。


前方に光が瞬き、暫くして轟音が響いた。


「出口だ。」


そう思いこむことにして歩みの力を強めた。


風が吹き込んでくる。湿った風の匂い。水が、そう思い、歩が進む。突然視界が開け眩しく感じる。


真の闇から外に出ると星空の光量でも眩しい。しばらく目を閉じ少しづづ目を慣らしながら再び目を開ける。


正面の山の稜線の上に半輪の月があった。


月明かりで周りを見渡せば崖の上に立っている。下は闇で見えない。横を見れば桟道がある。


「これを下りろという事か」


そう呟き桟道を歩き始める。月が稜線に隠れて闇に入る。上天の星明りの向こうの空の背景が青い。


ほどなく、道が尽きる。恐る恐る前に広がる地に足を踏み入れると砂地である。手でひと掬い砂を拾うと乾いている。


「雨が降ったのではないのか」


そう思うが、疲れが襲ってくる。何とかグラニの世話を終え、馬具の点検を終えるとほっと息をつく。


「周到な準備が勝利を招く。か、これで出来ることはすべてやった。」


と言うと、気絶するように眠りに落ちて行った。


・・・・・・・・


 息苦しさに目を覚ます。


 空が青い。


横を見ればグラニが体を寄せて添い寝をしている。流石に重い。


「分かったよ起きるよ。・・・いつの間にか眠ったんだね。」


南国とは言え冬の山も朝は冷える。グラニが居なければ凍死していたかもしれない。


「ありがとう。どころで今は何時だろう。」


見上げれば360度断崖に囲まれ、朝の太陽が見えないようだ。斜めに差し込む日の光が山壁に当たり露だろうかきらりと光る。


グラニが突然立ち上がり、嘶く。


「ルイ。」


「えっ。」


「ルイ!」


「クレマ?・・クレマ~」


と崖の上の人影に向かって叫ぶ。


そんなに急いで駆け下りたら転んじゃうよ。そう思いなが立ち上がる。桟道の終わりに駆け寄り、走り降りて来るっクレマを抱きとめる。思わず顔を両手で包み顔を寄せる。


ズドン。


と言う腹に重く響く音がする。驚いて彼女を強く掻き抱く。


「ルイ、‥ねぇ・・ルイ苦しい、」


「ごめん、ごめん、すごい音だったけどなんだったろう、だいじょうぶ?」


「ルイ、あれ、後ろを見て・・」


クレマを抱き寄せたまま後ろを振り返る。そこには、


「噴水?」


「噴水よね、あれは、」


「どうして?さっき迄あんなものなかった。」


「突然、ドンって光ってそしたら、水が噴き出てきたわ。」


「ドンて光ってって、稲妻みたいな?」


「そうね稲妻があそこに落ちた衝撃で水が出たのよ。」


「稲妻って言ったてこんなに晴れている。雨雲どころか雲ひとつない。」


「晴天の霹靂・・本当にあったんだ、青天の霹靂!」


・・・・・・・・


「ゆっくり・・ゆっくり噛んでから食べて、最後の木屑を集めでお湯も少し沸かせたから・・・お茶っ葉はもうないのね。白湯の方が弱ったお腹にはいいわね。」


「お茶に付いてだけどね・・」


「しゃべらないで、ゆっくり咀嚼して、丸二日ウウン三日は食べてないんだから。」


「・・・・・」


「それに今日は23日よ。晦日行の自主練習の最後を二人でやり切りましょう。」


「クリスとは二人でやったことがある。」


「それを今言う?一寸妬けるけど、いいわ、月は違えど23夜の月待ち行を二人でやりましょう。」


「うん。」


「向かい合わせでやるのよ。」


「でも、山壁の所為で月の出は見えないと思うよ。」


「ッもう、いいのよそういう事は。」


「ごめん、」


「吹き上がっていた水も落ち着いたみたいね。あら、マレンゴ達が水を飲んでいるみたい。行ってみましょう。」


二人が連れ立ってマレンゴ達の処に行く。マレンゴは土を前足で掘り、水を呼び込んで水たまりを作りその水を飲んでいた。


「砂の層の下に土?粘土みたいな土があるのね。もしかしたらここは元は池かしら。」


「う~ん、馬球大会が開けそうなくらい広いから池と呼ぶのはどうかな。」


「もしかして、この広場全部が池なの?」


「だから、池じゃなくて湖と言ってもいいんじゃない。」


「そういう事じゃなくて、この鼻先山は山の真ん中に湖を抱えているという事よ。」


「クレマ、この山は鼻先山じゃなくて、塘矛山(つつみほこ)とかトウミサンとか呼ばれているらしい。」


「誰に聞いたの?」


「宗匠に」


「はあ?」


「この山で茶芸の師に弟子入りしたんだ。」


「何それ、」


「話せば長いんだけど・・」


「長そうね。じゃ先ずは、今夜の準備をしてからその話はゆっくり聞くわ。」


「準備って、」


「日が温かいうちにこの泉の水で体を清めて、あっちを向いててあげるから。」


そういわれて、素直にルイは身体を清める。


「今度は私が清めるからあっていを向いてて、」


「いいけどグラニ達が見てるよ。」


「グラニはいいのよ馬だから、」


「でも、オス馬だよ、」


「じゃ、マレンゴとグラニを引いて行っていいと言うまで向こうを向いていて、」


「分かった。」


クレマの支度もおわり、燃やせるものはすべて焚火に使えるように準備し暮れていく空を見ながら、今までの出来事を話す二人だったが、いつしか二人は抱き合って眠っていた。


ルイは芯から疲れていたのでお腹も満たされさっぱりと落ち着いたら自然と眠りに入った。クレマは毛皮を敷いて、マントにルイをくるむと自分も疲れていることを思い出し、自分のマントに包まる。ふたりで一つの毛布を被るとルイと抱き合ってひと眠りすることにした。


子供の様に眠る二人を内に囲うように二頭の馬が添い寝をしていた。


・・・・・・・・・


 焚火を起こす気配にクレマが目を覚ます。


「ごめん起こしたかな。」


「うううん、もういい時間でしょ。寝過ごさなくて良かったわ。」


「たぶん、戌の刻に入ったころだと思う。」


「夕暮れ時からだと4時間は眠ったわね。」


「疲れがとれたかい。」


「流石に夜通しの山登りは疲れたわ。でも大丈夫。亥の刻参りからはじめましょ。それまでは各自で審アーサナと呼吸法ね。」


「そんなに慌てなくても、ハイ。白湯だけど。」


「ありがとう。」


瞳を見つめながら、木杯(カップ)を受け取り、そのままゆっくりと飲み干す。


「美味しい、泉の水?」


「澄んでいるところをひと掬い汲んできた。」


「ありがとう。」


「それじゃ、かたずけて座を作ろう。」


「うん、ありがとう。」


二人は体操を始め、月待の行に入っていった。


・・・・・・・・・


 稜線の上に、下の弓張月が顔をだし、南中したころ、どちらからともなく繋いだ手を放す。心地よい疲れと湧きあがる興奮を押さえながら、息を吐く。


「時間だね。」


「朝ね。」


「このまま、山を下りよう。」


「はい。」


そう言いかわすと、出発の準備にかかった。


帰りの荷物はほとんどない。グラニに鞍を付け、毛皮と毛布を後鞍に付ける。大剣を鞍角に吊るし揺れないように固定する。焚火台などの僅かな荷物は袋に入れて反対側に吊るした。マレンゴの方は女鞍に残りの飼葉と水樽を一つである。二人はそれぞれ手綱を引きながら桟道を登る。


登りきると振り返り塘矛山の由来となった十本の柱の様な崖に囲まれた明地を見下ろす。


「あの柱の様な崖を矛と見るりも、十本の指に見立てたいわ。」


「どうしてだい?」


「なんだか、蓮華印の中にいたような気がするもの。」


「蓮華印?」


「蓮華をかたどった(ムドラー)よ。今度教えるわ。」


「勝手に教えていいのか。」


「あなたもだいぶ行が進んだから、アンシュアーサ導師も許して下さるわ。」


「それはうれしい。」


「何時かここが本当に池の様になったら、蓮華を植えたいわ。」


「それは、この山の神様の許しがいるだろう。」


「そうね、あなたもらってくれる?」


「俺がか、」


「あなた、この山に愛されているみたいだから、」


そう言い残して二人は洞穴の中に入っていった。


・・・・・・・・・


 クオン洞窟の出口を出た時は24日もだいぶ暮れていた。下りの方が昇るよりも疲れるのでゆっくり時間を掛けてきたせいである。洞窟の入り口にトユンが食糧と燃料とテントをひと張り置いていってくれた。


 25日は砂袋を積み上げて洞窟の入り口を塞ぎ、何もない砂山の様に偽装する。砂袋をルイが積み上げ、クレマが料理をつくり、二人でそれらしく見えるように砂を盛る。半日で終わってしまった。


「どうするクレマ。」


「そうね、クリスなら、たぶん近くまで来ていると思うの」


「分かるのか?」


「クリスの行動力と判断力なら、早ければ今日中にここに来るわ。遅くとも明日の朝にはね。」


「そうか、それで俺たちはどうする。」


「う~ん、もう少し二人っきりの時間を過ごしたいな、」


「何もすることが無いぞ。」


「まあ、お茶でも飲んで空でも見上げましょ。」


「そう言えば、まるまる一週間(6日間)も剣を握っていない。剣の練習をしていいか。」


「バカ!」

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