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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
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 17 対抗戦6

 瞬く間に時は過ぎ、熱中する二人にフォン師父が声を掛ける。


「そこまでじゃ、チャオリーは里へ帰れ。」


「でも、師父。もう少し、」


「お前の猿渡りは遅い。日が暮れる前に里に帰りつけぬ。」


「・・分かりました。師父先に帰ります。ルイまた会おう。」


「ちょっと待ってくれチャオ。」

 

そう言うと、荷物袋の上に置かれていた手斧を待ちだし、


「剣の同門ではないし、茶同人でもないが友に成れた記念にこれを貰ってくれ。」


「手斧は山では必ず要る道具だ。それに手斧は高価だ。そんなもの貰えるか。」


「遠慮しないでくれ。流石にこの大剣は譲れぬが、手斧は町で売っている普通の物だ。特別でもなくそれ程高価なものでもないので私の方こそ気が引けるが、どうか受け取って欲しい。」


「それを受け取っても俺には返礼できる物は何もない。」


「それは気にするな。弟子の身分で余計なものを持っている方がおかしい。それに今度会ったら自慢の茸たっぷりのしし鍋を食わせてくれ。」


「そんなのでいいのか。師父・・。」


「チャオリーよ、許す。ただし、山仕事に大事に使え。」


「分かった。ありがとうございます。ではルイまた会おう。師父お先に失礼します。」


チャオリーが猿渡りしていく様子を見送りグラニの処に帰りながらフォン師父が、 


「チャオリーは儂の内弟子としては八番目の末弟子でな、どうも可愛くて甘くなってしょうがない。どうかシモン殿、数々の無礼を許してやってくれ。」


「宗匠、シモンとお呼びください。それに私はチャオリーの弟弟子です。気になさらずに。」


「茶の弟子は初めてじゃ、末弟子ではない。お主が一番弟子じゃ。もっとも高弟の物には多少教えているがな。」


「ありがとうございます。うれしく存じます。そうそう、宗匠にも贈り物と言っては何ですが、これをお持ちください。」


そう言うと、餅茶の残りが入った巾着ともう一つ巾着を捧げ持った。


「おう、餅茶かこれはうれしい。それとこれもお茶だな。」


「私どもは平素このお茶を使っております。紅茶と呼んでおります。」


「紅茶か、儂も昔、スィアール国に旅した時飲んだことがある。」


「左様ですか。今はデルミエス帝国となっております。私はその帝国の学生です。」


「学生?。学徒、書生の様なものか。」


「はい。正式にはデルミエス帝国学院生です。」


「そのデルミエス帝国では騎士を育てておるのか。」


「いえ、騎士は騎士爵と言う爵位のみで名目上の騎士しかおりません。」


「名のみの騎士しかいないというのに、何故シモン殿は騎士修行をしておるのかの 。まあ、儂はお主の茶の師で剣の事には口出しせぬ。それでよいな、」


「はい。ありがとうございます。」


「ところで、書生が何故、衛士の様な事をしておる。」


「それは、人手が足らないので借り出されたました。」


「そういう事にしておくか。それにしても大剣とは懐かしい。名残りに少し振らせてもらってもいいかの。」


「もちろんです。」


と言うとルイは鞘ごと捧げ持った。フォン師父は袖を帯に挟み始末すると剣を抜き出し一振りする。その後は刃引きの根元(リカッソ)を持ち短槍の様に使ったり、十字鍔(キヨン)の片方を握り込んで回転させたり、柄頭(ポメル)を打ち込んだりと奔放自在に大剣を操った。


「お主の師匠の許し無しに使うなよ。」


「もちろんです。」


「剣の事はこれまでじゃ。この次は新しい茶葉を持ってまいれ。」


「畏まりました。」


「この先の道のどん詰まりに祠がある。隠し口じゃ。神霊に失礼のないように泊まらせてもらえ。それではさらばじゃ。」


そう言うと渓谷に張られた綱の上を走り去って行った。


ルイは見えなくなる迄見送り、踵を返すと日が暮れる前にと支度を急いだ。


・・・・・・・・・・・・・


 祠と言うには申し訳程度の庇の下に人の2倍以上はある壁面が道を塞ぐ。「ここだな。」と急いで担架から薪柴を一束下ろす。冬の夕影の消え入るのに負けないようにと、火口から火を移す。

 山道を塞ぐ岩壁いっぱいに、文様が彫り刻まれていた。文様と言うよりは一つの絵文字に見えるその壁前には一抱え程の石があり、火皿なのだろうその上面は凹と窪み、焦げ跡らしきものもある。


 ルイは火皿の中に薪柴を折り入れ火炎を立てると護摩(ホーマ)供養として乾燥野菜と麦を一掴み投げ入れ祈祷した。一杯の水を頂き捧げ火皿石の前の道に献杯しする。


 右手の山側の崖には、巨大な円盤状の石が立っていた。何か古代文字で書いてあるがルイには読めない、そもそも陽の光もなくなった。「ここが隠し口か」と思い、山壁を塞ぐ円盤の横を手で探る。僅かな手掛かり、指掛かりの様な窪みがありそこに手を当て円盤が転がるように押す。ゆっくりと回転して洞窟の口が開く。グラニが通れるほど開けると急いで引き入れ、護摩の火の灯かりを頼りに松明を取り出し火を付け洞窟の中を調べる。砂も何もなく、人の手堀後のある壁を見ているといつの間にか入り口の壁が転がり戻り閉まる。慌てて壁にとりつくが手掛かりらしいものは何処にもなく壁を転がし開ける術がない。どうすればいいのかと気が動転する。


 ルイはその場に坐り瞑想すると、動転した気持ちを静め気を落ち着かせる。瞑想の中で錯綜する心から情を分離し体を落ち着かせる。心の中で錯綜する思いのうちから理性的考えを分離し心を静める。様々な記憶の中から知識と言えるものを探り出して理性を働かせる。いくつもの断片的イメージや知識に糸を通すように、理と言う(すじ)を通して整理していく。整理され記憶に知性を働かせ新たな意味や展望を見つけていくとやっと知恵と言える形になった。知恵が働き始めた。


 松明の残りを確認し炎の僅かな揺らめきと煙の流れから密室でないと確認する。グラニを引いて歩き出す。少なくとも人の手が入った洞窟である。宗匠が泊まらせてもらえと言ったのだから危険はないと思うが注意して歩を進める。どこかに通じているだろうとトンネルを進む。どれだけ進んだろうか、松明が心細くなってきたころ五、六人が横になれるほどの何もない空間があった。ここに泊まることにする。何か意味のある空間であろうが解らない。危険は無いようである。焚火台を取り出し松明を置き、薪柴や水の残りなどを確認する。予定より使い過ぎた。もって2食分と言ったところか。鞍を下ろしグラニに「今はこれだけだ」と少し餌をやりグルーミングしてやる。寒さは感じないが灰色狼の毛皮を敷き毛布を被って横になる。


 どれほど経ったのだろう、暗闇の中で時間感覚に自信が持てない。端坐して自然呼吸で先ず落ち着く。慎呼吸で身心を整えていく。生気が丹田に生まれるのを待つ。気海丹田に生気が充実したところで瞑想の中でこれからの事に意識を向ける。


「とにかく、先に進もう。」


そう、意識が形になったところで坐を解き、伸びをひとつした。


「グラニ、起きてるかい。」


ブルっと返事がある。


 立ち上がり、細い火を起こす。僅かな灯のなかで荷造りを為直す。担架は解体し残りの荷と大剣を馬の背に振り分ける。自分は鞍を肩に被く。長い担架の棒も今では貴重な物資である。空樽などと一緒に折り割り頭陀袋に入れ、焚き火台を仕舞うとまた暗闇に包まれた。


 手綱を引いて洞窟を進む。真の闇の中を足元に気を使い、シナイで壁を探りながら歩くのは疲れる。


気づかれを感じると立ち止まって休憩を取る。歩計測も忘れさった。唯、前に進む。


 恐怖を感じているとは思わなかったが、真の闇に根源的な恐怖や緊張を感じていたのかもしれない。身体が非常に重く感じる。喉が渇く。それに耐えながら歩き続けた。


 ふと空気の圧が変わった気がした瞬間、壁を探るシナイが空をきる。


「なんだ?。」


そう思い、火種箱をそっと開け弱い灯で確かめる。空間がある事を確かめると、焚き火台を取り出し小さな火を熾す。


「さっきの部屋と同じ様だな。」


中に入り、グラニの荷を下ろしてやると、その場に崩れ落ちるように横になり寝込んでしまった。


 喉の渇きに水筒を手探りし流し込む。咽かえり覚醒する。


「貴重な水を・・・」


身体を起こし反省する。暫く坐り込んでいたが一口水を飲むと、固く栓をし立ち上がる。


「ごめん今、あげるね。」


と、グラニの餌袋からいくらかの飼料を帆布の餌桶に取り出し、最後の水樽の蓋を開ける。


自分の為にも固焼きパンを千切り、乾燥野菜と干し肉を入れパン粥をつくる。


ゆっくりとそしゃくして飲み込むと、また眠る。


目を覚ます。


時間感覚が無い。起き上がり、種火入れの手当てをし、焚火台をかたずけ、荷造りをしたら、


「グラニ、もう少し頑張ってみよう。」


と声を掛け、歩みだす。


・・・・・・・・


「ルイ様がお戻りになりません。」


アンドレがクリスに告げる。


「そうね。」


と、小さな焚火の世話をしながらクリスが答える。


「とにかく、ヴィリーの料理を頂きましょ。それからよ。」


手早く五人は食事を済ませる。食後のお茶をヴィリーが淹れるのを見ながら、


「アンドレとラフォス、どっちがクレマに知らせに行く?」


「姫様は?」


と、二人が聞く。


「私は明日、ルイが辿った道を捜索に行くわ。」


「ヴィリーは?」


「ヴィリーとラハトはここで待機。もしかしたらひょっこりと戻ってくるかもしれないし。」


「クレマ様に知らせに行かない方はどうなります、」


「報告書の作成ね。」


「だったら俺が行く。」


とすかさずラフォスが答えると、


「アンドレ明日、クレマに報告に出て。」


「はい。」


ラフォスが肩をおとすのを見てラハトが笑いを堪える。


「苦手な仕事をゆっくりやれるいい機会よ。ラハトにも教えながらね。」


 五人は、ルイを心配しながら早い眠りについた。


・・・・・・・・・


「明け方、雷の音がきこえたわね。」


「はい、姫様。山の上の方に、ひと雨あったみたいです。」


と、ヴィリーが答える。


「冬のこの時期にしては珍しいんじゃないかしら。雨に洗われて痕跡が消えてしまわなければいいんだけど。」


「姫様。ルイ様は焚火台をお持ちでしたので、焚火跡の様な痕跡はほとんどなかったと思います。」


「そう、とにかく行ってみるわ。」


「「「お気をつけて。」」」


 三人に見送られてクレマはシルバーにうち跨る。後ろには荷鞍に食糧、薪柴を積んだグルトを従えて出発した。


 アンドレは既に出発している。今日は無理だが明日中にはクレマに知らせたい。胸騒ぎはしないが、無事に出会えたとしても帰還の予定の調整が必要になる。


クリスはルイが歩んだと思われるあとを急いだ。


・・・・・・・・・


 12月21日の昼、クレマの姿は鼻先山の南側にある第三中隊の秘密基地(ベースキャンプにあった。


「悪いけど、第1小隊は本当の殿よ。他の小隊は各組の輜重隊の帰還に合わせて帰途についたわ。」


「3年生も帰るのか」


と、トユンがクレマに問う。


「軍専攻の3年生は30日に帝都に帰りつく計画よ。」


「では、1年の輜重隊は今週末の24の聖曜日に着く予定か、」


「何もなければね。」


「ギリギリの日程だな。」


「そうね。今朝、雷が鳴って結構な雨が降ったでしょ。雨が降るのは珍しい事らしいわ。」


「まあ、山の上の方だけどね。この辺はパラっと降った程度だ。」


「ここまで、天候に恵まれて特に問題は発生しなかったけど。」


「ああ、雪ならまだいいが、冬の雨に濡れぬのは勘弁してほしいな。」


「そうね。風邪でも引いて拗らせたら面倒ね。ここに残していく物資は雨に降られてもいいように対策を立ててね。」


「ああ、その辺は抜かりなくやっている。クオンが掘り当てた洞窟も利用する。出口もちゃんと偽装するよ。結界も長期不在様に張り直しておく。」


「それが終わったら帰還ね。」


「今日中には作業を終えて明日の朝一番に出発するつもりだ。」


「トユンとアマンダに小隊の事は任せたわ。私は砦で別働のクリスとルイを待ってから帰るから。」


その時、大男のリュックが


「クレマ。お客さんだ。」


と呼びに来た。

半年間程、物語が全く動かず、遠ざかっている期間がありましたが、やっと物語が動きました。

たくさん面白いお話がある中、付き合って下さった方々にお礼を申し上げます。

私が面白いと思う物語を探していてこの物語に出会いました。

今後ともよろしかったらお付き愛ください。

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