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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
139/204

 16 対抗戦5

 西北西に沈みかけていた月は右へと曲がると振り返っても見えなくなる。


 馬の背に揺られながら山道を進む。何度か小休止を取りながら来たが、気が付けばジョージア山系の端から流れ出る川の流れが鼻先山にぶつかり、行く手を遮られて北に流れを変え、そして東に大きく曲がり流れて行くそんな突端に出た。

 よく見ると涸れ沢ともつながりY字峡を作っている。今は水位が低く涸れ沢へは水は流れていないが春、雪解けて水位が上がれば、幾許か涸れ沢を湿らすほどにはなるだろうというのは、明らかであった。まして雨期ともなればどれ程になるのか。


 昨日のあれは何だったのだろうか。ルイは昨夜の晦日行を振り返るが、何も考えられなかった。


 気が付けば南の空が開け砂漠に屹立する奇岩燈籠が微かに望める。午の刻の中刻には入ったろうと鼻先山の最東端、ジョージア山系から流れ出した渓谷の水に洗われる岩塊を見下ろす崖道から、ファーストブレイクに適いそうな狭隘を見つけ荷を解く。


 オーバーハングした岩壁が灼熱の夏ならば日差しを遮り水飛沫と共に快適な空間を作るのだろうが、今は低い日差しが横入りしている。明るいがやはり肌寒い。

 渓谷を隔てて対峙するジョージア山系の最西端は明らかに鼻先山とは違う山であった。植物も良く育っている。雨が降らなくても霧や水蒸気だけで十分そうである。内奥は幾つもの連山が走り広大な山岳地帯を形作っているようだが、帝国の資料にも遠望の記載だけでほとんど未踏の様である。

 

 火を熾こし、湯を沸かし、干し肉を炙ろうと思ったが何か違うような気がして、パンを炙り干し果を齧る。乾燥野菜を湯で戻したものに塩を振り食す。


 グラ二にも餌と温めた水をたっぷりと与えた。水を再度沸かしながらテヒが作ったという茶をクレマが持たせてくれたのを思い出した。


「古いタイプのお茶だって。何かに包むかして粉々にしたのを煮て飲むそうよ。ちょっと試してみて。」


 そんな言葉を思い出し、試してみることにした。巾着に入ったそれを取り出し匂いを嗅いでみる。何だか埃っぽい。ナイフで2片程削り出しカップに入れ湯を注ぎ、暫く待ってから啜ってみる。飲めなくもないが飲みたいとは思わない。テヒには悪いがと思い何気に残りを捨てようとした。


「待て。」


そう声を掛けられ動きが止まる。後ろからカップを取り上げられる。身体が動かない。後ろの人陰は巾着を取り上げて、


「餅茶か、」


そう呟くと巾着を返しながら


「其の方、もしやこの茶の淹れ方を知らぬな。」


「はい。」


「何か槌の様な叩くものはないのか。」


「石か・・手斧がございます。」


「では、四半分を巾着に入れて斧頭で粉砕せよ。」


ルイは言われるままに、荷物から手斧を取り出し、板切れの上で四分割してその一つを巾着に入れ直すと、石を台に粉々になるまで斧頭で叩いた。


「その辺で良かろう。湧いた湯の中に投ぜよ。」


ルイは沸いている鍋に巾着の中で粉々になった餅茶なるものを入れる。


「塩は無いか。」


言われて塩袋を差し出す。老人が前にまわり立ち、一つまみ取り出す。パラっと煙草窩に何粒か落して舐めると


「岩塩か、精製せずとも食せる岩塩だが癖が強い。まあ良い。ひと匙ほど鍋にいれよ。」


はい、とルイはひと匙入れ様とすると


「多い!山盛り入れてどうする。」


半分ほどに崩し塩を入れる。


「味はどうじゃ、ひと掬い当たってみよ。」


上澄みを匙でひと掬いし、吹き冷ましてから味見をする。


「よろしいかと。」


「どれ。」


老人が匙を奪い味を当たる。


「其の方、あか抜けないと言われぬか。」


「・・・・・わかりません。」


「まあ良い。上澄みを器に移して飲め。」


ルイは言われるままに鍋からカップに煮出した茶を淹れると飲む。


「残った茶殻を崖に捨て新たに湯を沸かせ。」


ルイは鍋底に固まる茶殻を崖に捨てようとその場を発ち行く。崖に行くとY字峡の上にロープが張られ、そのロープにぶら下がるように掴まりながら、たぶん、人がこちらに向かってくるのを見た。


「どうした!早くせよ。」


奥から声が掛かると我に返り引き返す。


「遅い。」


「すいません。峡谷に綱が張られ、人が伝わりやってきます。」


「気にせずともよい。それより茶を一杯馳走してくれ。」


「畏まりました。」


ルイは目の前の事に集中しようと水樽から鍋に水を移し、餅茶を淹れる手順を踏み始めた。


「水は四杯分を沸かせ」


はい、と返事して薪を足し、水を足し、残りの餅茶を全て砕こうとすると


「それでは、茶が濃くなる。」


半分だけを粉砕し湯が沸くのを待つ。


「何か食する物はないのか。」


一礼し、詫びの気持ちを表し干し果を五つ、板皿に取り膝まづいて捧げ上げる。


「多少は、学があるようじゃな。」


粉砕した茶を投入し、塩を控えめにいれひと混ぜして泡立つのを待ち、火から外す。


「ご老人、器が一つしかございません、お許しを。」


「気にするな、所望したのは儂じゃ。」


「茶は手巾で濾してもよろしいですか。」


「一杯目は器に四分程入れてくれ。その後は布で濾せ。」


頷くとルイは慎重に鍋を傾け上澄みをカップに入れ両手で老人に捧げだす。


一口啜り、


「良い茶師と知り合いの様じゃ。木の杯でこれほど聞かせるのなら茶器ではさらに繊細に気を付けねばならぬ。心せよ。」


「はッ。」


「ところで、お主は武者修行の旅の騎士か。」


「確かに騎士を目指して修行をしておりますが、今は旅の途中ではありません。」


「何故にここにいる。」


「実は盗賊の隠れ家を探索に出ましたが、この山が気に係り一人仲間から離れてここまで来ました。」


「盗賊の探索とは、どこぞの衛士か。」


「そうではございません。」


「話せぬか。」


「そうではございませんが、多少事情がございます。」


「では、多くを聞かぬがこの山が神山と知って登って来たのか。」


「いえ、ただ変わった山だと、何故か山に呼ばれたように思い、仲間に無理を言って一人別れて登ってまいりました。」


「山に呼ばれたか。何かあったか。」


「・・・、夕べ泊まりました洞窟で不思議な体験を致しました。」


「ほう。」


「言葉には出来ないのですが、初めての体験でした。」


「夢を見たか。」


「いえ、瞑想修行で、です。」


「瞑想・・お主、坐禅を組むのか。」


「ザゼンとは何か分かりませんが、坐り続ける修行です。」


「やって見せよ。」


「はい。少々お待ちください。」


ルイは狼の毛皮を敷き、毛布で坐蒲をつくり靴を脱ぎ坐した。


老爺は手ずから茶をカップに濾しいれ、その様子を見守る。そこへ一人の男が駆け込んでくる。


「師父、おいて行かないでください。・・・師父これはどうされたので、」


「騒がしい。遅い。黙ってお前も坐れ。」


「こんな岩の上にですか」


「つべこべ言わす坐れ」


男は袖なしの毛皮を脱ぎ敷き、渋々と言った感じでその場に坐した。


・・・・・・・


「そろそろかの」


老爺のひとことにルイと男は目を開け坐を解く。


「一柱程坐れたの。先ずはこれを呑め。」


とカップを手渡されルイは一口二口と飲む。それはお茶と言うより甘さを感じる湯液であった。


「お主は変わった男よの。何も疑問も言わず素直に坐って茶を飲む。チャオリーお前もこの茶を飲め。」


チャオリーと呼ばれた少年っぽさを残す若い男はウっと咽ながら苦いものを飲み下すように吞み込む。


「さてと騎士殿よ。その大剣を使って見せてくれぬか。」


「ただ一人稽古に振り回しているだけで、お見せできるような技を持ち合わせておりませんが、」


「それでよい。」


では、とルイは靴を履き場を片付けると鞍に吊るされた鞘から古鉄を抜き構えた。ニ、三度素振りをして


「今、許されている型を披露いたします。」


「うむ。」


ルイは表の型11本を披露した。


「これが今の私のすべてでございます。」


「お主の剣の師匠はそれしか教えぬのか。」


「今はこれだけです。」


「普通の大剣使いとは随分違うが訳を聞いておるか。」


「はい。身長が止まるまで正しく剣筋だけを整えよと。」


「古流だな。」


「・・・・」


「流派の名は教えてもらえるかの。」


「はい。師匠は五業剣と。」


「これはまた珍しい。本当の古流だな。儂も初めて見た。」


「・・・・・」


「騎士殿、儂の弟子に一手教えてもらえんか。」


「・・そう言われましても、私の拙い剣捌きではとてもお相手が務まりません。」


「いや、相対して正面から何手か見せてやって欲しいのだ。」


「そういう事でしたら、畏まりました。」


成り行きをキラキラした瞳で見守っていたチャオリーと呼ばれた若者は立ち上がると帯を締め直し袖なし毛皮を着て居住まいを正している。


ルイは、鎖帷子を脱ぎその上にナイフとシナイと兜を置くと、古鉄に何度か素振りを繰れる。


「では。」


と、老人の前に離れて立ったチャオリーと二間の間合いを取って剣を額前に建てて構えた。


 開始礼の剣の後、自然体で立ち「(もく)の業、風剣」と発し、剣先を立て鍔を神闕前に降ろす。呼吸の気配も見せず、ㇲッスッスッスと突き乍ら歩み寄る。力みもなく速くもなく喉元に寸止めされる。そのままの姿勢で後ろに下がり開始位置に戻る。「火の業、飛剣」と発し、正眼から左足を一歩踏み出し左半身で両腕を引き下げ腰骨の当りで把持。剣身は胸前を通り顔の下にある。些かの()は吐納の為かと思った瞬間、切っ先が喉元に寸止めされていた。残心を取りゆっくりと後退して開始位置に戻る。「()の業、平剣」と発し、大剣を正眼に構え、腰を落とし半身代わりに右、左、右、左と身幅を水平に切り替えながら四歩で相手の中脘前に寸止めした。ゆっくりと後ろに下がり開始位置に戻ると剣先を下に向けてから一礼して剣気を解いた。


「拙いものをお見せしました。」


「うむ。今はそれでよい。チャオリーよ、礼をせぬか。」


そう言われてチャオリーはルイに向かって手を重ね一揖した。ルイは軽く答礼する。


「そう言えば、騎士殿の名をまだ聞いていなかったな。儂の名はフォンじゃ。」


「私はルイ=シモンです。フォン師父。」


「師父と呼ぶな。」


とチャオリーが怒鳴る。


「これ、そう怒鳴るな。シモン殿許されよ。」


「老師、どうぞシモンとお呼びください。」


「まあそうじゃな。シモン殿は儂の弟子ではないので師父と呼ばれる訳にはいかぬが、かといって何も教えておらんのに老師と呼ばれるのもなんじゃな、」


「はあ、」


「かといってフォン殿と呼ばれるのも他人行儀じゃ。ここはひとつ儂の弟子にならぬか。」


「師父それは!」


チャオリーが叫ぶ。


「そうは言ってもシモン殿には剣の師がすでにおる。それを差し置いて剣の師弟というのも失礼極まる。」


「はい。」


「そこでじゃ、茶の弟子にならぬか。」


「お茶の弟子ですか。」


「そうじゃ、茶礼、茶芸の弟子じゃ」


「分かりました。よろしくお願いいたします。」


「今日は餅茶を伝授した、という事で良いかな。」


「はい。ところで入門の儀や束脩などは、どの様にすればよいでしょうか。」


「シモン殿は固いの。この山の中でそのような事はどうでもよい。まあ、あ主の茶師の茶には興味がある。いつか引合わせてくれぬか。」


「畏まりました。フォン師父、機会があればぜひに。」


「そうじゃ、シモン。師父ではなく宗匠と呼べ。チャオリーが怒るでな。」


「畏まりました。フォン宗匠。」


「まだ固いな。まあ良い。ところでチャオリーよ。お返しと言っては何じゃが、お前の拳法を一つ披露してはどうか。」


「師父。人前で披露してもよいのか。」


「シモンには許す。」


「だったら見てくれ。俺も少しは使えるんだ。」


と二人の前に立ち、一人型を演じ始めた。


演武のあとフォン師父がルイに、


「どう思われる。」


と聞いてきたので、


「よくわかりません・・が、手合わせしたくなりました。」


「拳法に大剣で手合わせするか、」


「大剣ではあの速さに対応できません。小太刀でなら何とか形になるかと思います。」


「小太刀をお持ちか。」


「シナイというものを小太刀に見立てて練習しております。」


「見せてもらえるかな」


はいと、ルイは鎖帷子の上に置いたシナイをフォン師父に手渡す。


「これでございます。宗匠。」


「はっはっは。これは良い。チャオリーよ、ここに来い。」


近づき跪ずくチャオリーの頭をポンと打つ。


「チャオリーよ。このシナイというものでお前を打ちたいと言うがよいか。」


「なんだか馬鹿にされているみたいだけど、打てるものなら打ってみろです。」


「ならば、手合わせをしてみるか。シモン殿、ひとつ付き合ってくれぬか。」


「もちろんです。」


「では、為合(シア)うてみよ」


いつしか、若い二人の為しあいが始まった。

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