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帝国学院編  5タップ-2  作者: パーナンダ
76年2学期
137/204

 14 対抗戦3

 本隊を離れ、ルイとクリスは別行動でジョージア山系の北側の山襞のいくつかを探索していた。


「12日の昼に1番集落から山に入った騎影が一つ、監視範囲の外へ消えた報告があったけど、たぶんこれね。」


クリスが愛馬(シルバー)から下り地面の足跡を慎重に調べ、足跡が消えていく方向に目を見やる。


「ずいぶん早い反応だけど、戻りの跡はある?」


「何の痕跡もないわ。」


「だったら、変に探索せずに目印だけ付けて戻ろう。こちらの予想を超えて動きが早いし、範囲も広い。第4、第5小隊の増員を受けて計画の練り直しだね。」


「そうね。西の丘陵地帯はどうみても、集落の密造酒用穴蔵がばかりだと思うから、そこは後回しにするか、軍にお願いしましょう。」


「そうだね。監視領域をもっと東に広げてジョージア山系に網を大きく張ろう。」


「それじゃ、一旦帰投して出直しね。クレマ達と接触して軍との連携も調整しましょう。」


・・・・・・・・・・・・


「ルイ、クリスお帰り。どう?監視作戦は、」


「やあ、クレマ。作戦司令がこんな前線迄出てきていいのか。」


「ルイ、何だか含みのある口調ね。」


「それは気の所為さ。」


「ところで、呼び出したのはそっちでしょ。何かあったの?」


「それなんだが、盗賊?の動きが以外に素早いし、広範囲だ。よって、作戦計画の見直しをしたい。交易路の西側の偵察(パトロール)には人員を割けないと思う。」


「分かったわ、詳しく話して。」


・・・・・・・・・・・・


「ルイの報告をもとに対抗戦陣地の候補地が発表されて、青赤白黒各隊の偵察が荒野に入ったのは14日。その結果を受けて陣地構築地点の詳細が今日15日に決定したわ。そこで、監視体制の割り振りの見直しが検討されたの。軍の方との連携も考慮した新しい作戦を言い渡すわ。」


「分かった。それでどうなった。」


「基本、今まで通りで。」


「はあ?何故。」


「まあ聞いて。私達76TG第3中隊第1小隊が監視体制を敷いている東ABCD地区と鼻先岩棚の監視業務はそのまま継続。陣地構築作戦で一番困難なのは鼻先峠の最高地点の観測所よ。その最高地点に上るルートの中腹に建設される前進砦に白組と第4中隊が資材を運び上げるわ。資材運搬ルート周りの探索警戒は私達第3中隊の第4小隊が当たる事。そして白組と第4中隊鼻先砦の支援及び交易路の警備業務の本拠地(ベース)となる砦は黒組と第5中隊によって鼻先山の裾を巡る涸れ沢と交易路の中間に建設されるわ。」


「クレマ、それは交易路の東側に黒組と白組が配置されるという事か?」


「そうよルイ。あなたの報告に沿って高地観測所の有用性と重要性が認められたわ。だけど、たかだか1週間(6日)で高地観測陣地の建設は無理ね。」


「そうだな。前進基地の場所と作業路の選定程度しかできないぞ。」


「それでいいの。」 


「対抗戦の課題は簡易築城の建設ではないのか?」


「そうだけど、現場の状況に合わせて臨機応変最適化への命令逸脱が優秀な士官の資質よ。」


「白組隊長も黒組隊長も了承しているという事か。」


「二人の出した結論よ。」


「つまりどうなる。」


「白組の3年生25人は高地観測所の建設調査に鼻先山に入る。その陰護衛が3-4小隊という事。」


「黒組は?」


「白組の第4中隊1年と白組の資材を黒組本隊の総力を挙げて交易路警備と高所観測所建設支援の両方の機能を持った野戦陣地を完成させることに方針を転化したわ。」


「分かった。他の隊はどうなる。」


「赤組は兎に角もう二日ほど、交易路を南進して最前線警備隊陣地の構築ね。」


「騎馬でもう一日分は先に進む所に警備隊陣地を構築するのか。」


「どれぐらい先に進むかは青組との調整で決まるけど。第1と第2中隊にはとに角走って諸うことになるわね。」


「どうしてだ?」


「あなたが泉なんかを見つけるからよ。」


「どういうこだ。」


「それはこの荒野、砂漠地帯で一番重要な物資は水よ。」


「そうだが、」


「冬涸れしない泉を抑えて於くのは戦略上の基本でしょ。」


「つまり赤組と青組が連携を取って陣地を配置するという事か?」


「そう。高度な戦略眼が要求されるわ。」


「青組が泉を防御警護する陣地を構築しても単独拠点だけではもしもの時には弱いのでそれと連携、援護する役目を負いつつ、なるべく遠くに進出したい欲求をどう解決するかが問われるのか。」


「そう、青組は道なき道を物資を運搬して簡易砦の築城という困難な輜重作戦の実施。赤組は交易路を進めるけど、泉砦との連絡路の探索という二重の作戦。どの隊も特異(ユニーク)で困難を伴うわ」


「棒倒しの方が楽かもな」


「あら、棒倒しだって高度な戦術と実行力を問われる作戦よ」


「しかし、時間が無さすぎるだろう。」


「大丈夫、そのためにソシ中佐の特戦大隊から第1中隊と第3中隊が付いてきているんだから。」


「すべては陽動か、裏の裏があるという事か。」


「上の上の上という事よ。私達は学生の本分を尽くすだけ。」


「俺たちの時もこういうことが起きるのか?」


「それは・・・、情勢次第ね。案外、棒倒しかもしれないわ。」


「そうだな。その時になってみなければ分からないか。」


「そうよ。今回、74TGの3年生は時代の情勢に翻弄されてこんなことになったという事よ。」


「どいうことになったんだ?」


「まあ、国レベルでは帝国実効支配の南限がリボン砦であったのが、少なくとも交易路に沿って5日荷馬車ぐらいは実行支配地を拡げた。ぐらいには印象付けられるかな。」


「帝国は南進するのか?」


「それはどうかしら。上の上の上の事は分からないわ。世間的には大義名分として盗賊対策の為に学生の卒業作品程度の砦を作りましたってところよ。」


「奇岩燈籠砂漠での盗賊は、まずない。砂漠を抜け出た後のジョージア山系荒野の安全を確保したかっただけです。という事か。」


「そういう事ね。ジョージア山系周辺の荒野、交易路の西側の丘陵荒野は人が住むには過酷で未踏の地が多いのは事実よ。今はもちろん今後数十年はこの辺りを開拓して耕作地帯にしていくには無理があり過ぎるし、砂漠を超えて南進するのは非現実的よ。あくまでも盗賊、流賊対策をしました程度に思ってもらえるのが目的かも。」


「それで、対抗戦・卒業試験を利用したのか、」


「そういう事にしておきましょ。そしてこれからが、ルイ。あなたに特命よ。」


「特命?」


「あなたとクリスの偵察報告に基づいて、今回の砦配置案は決定されたの。そこでその高い偵察能力を生かしてジョージア山系の北側、つまり帝国側の山裾の偵察をお願いしたいの。」


「今の作戦区域ABCDを超えて東側を探れという事か?」


「そうよ。」


「軍の仕事だろ、」


「軍は軍で動いているけど、旅の放浪者?探検家?好事家?流浪の騎士の目で見て欲しいという事よ。」


「クリスと二人で?」


「アンドレ達の馬車も来ているから安心して。」


「馬車で何日ほど?」


「行って帰って九日、十日ほどね来週一杯は学院は対抗戦延長でお休みだから」


「来週一杯って、24日の聖曜日までに9日で帝都に帰るのか。」


「う~ん、そこは何してなんとやらかな。」


「またいい加減な、明日の朝出発でいいか?」


「そうね。今夜の満月は二人で観れるわ。」


・・・・・・・・・・・・


 帝国歴76年の最後の満月が西の地平に沈む頃、ルイ達一行は登る朝日に向かって出発した。吐息が長く大きく白い。ルイはグラニに、クリスはシルバーに、アンドレはグレファ、ラファトはグルトに騎乗している。ラハトが操る四頭立ての馬車にはヴィリーだけが乗っていた。15日分の水と食料を積んで右手にジョージア山系を見ながら東進する。


「先ずは先日見つけた足跡のところまで行こう。それの跡を確認してから旅程を考えよう。」


「そうね。ルイはどう思っているの?」


「あの足跡の先の谷に人の住めそうな場所があるのならもっと踏み固められた道のようなものがあっても良いと思うが、偽装かな。」


「そうね、50頭の馬が出入りしている様子はなかったけど。」


「自分たちの足跡で痕跡が分からなくなるのも嫌だし、いちいち立ち止まって捜査の為めに4人で一ヶ所一ヶ所調べるのも時間が掛かる。どうしたものかと思う。」


「その辺は隊長たるルイに任せるわ。黒組砦から足跡の目印迄半日。そこで一旦休憩してそれからね。」


「今回は大雑把な地形の把握と盗賊砦の探索が目的だから、効率重視かな。」


「それでいいと思う。アンドレもラファトも盗賊相手に後れを取るとるような事はないけど、交戦は避けて敵の目からは探検家か宝捜しの様に見えるように振る舞うのが一番ね。」


「四日掛けて前進して三日で砦迄帰るつもりで動こう。」


「初めての土地で何があるか分からないから安全余裕(マージン)は多めにみましょ。」


「馬車は何時でも反転帰投できる場所にいることが肝心か。」


「ヴィリーがいるから護衛に人を割くことはないわね。」


「とすると、一番経験不足な俺が、一番ドジを踏みやすいという事か」


「自分でフラグを立ててどうすの。」


「それもそうか。」


「それより、今日の出で立ち、片袖の鎖帷子に厚手のサーコート、頭巾にケトルハットの鉄兜。ちょっとした騎士崩れっぽくていいわよ。」


「ありがと。黒剣士さん。」


・・・・・・・・・・・・


 以前見つけた足跡の目印の上でルイ、クリス、アンドレ、ラファトが昼食休憩を取っているとヴィリーが帰って来て報告する。


「姫様。」


「隊長はルイよ。」


「はい。ルイ様、此の足跡の先にはヒトの形跡は何もありませんでした。足跡も途中の岩場に入って途切れていました。」


「やはりそうか。」


「ヴィリーがそう言うなら何もないわね。」


「どうする?」


「それでは、四人で別々に山襞や谷に入って取り敢えず探索して行く。馬車は馬車道を探しながら待機という事で。」


「一人づつ探索に入っていってその間馬車は一番東寄りの探索地点の前で待つということね。」


「そういう事。深さや広さで折り返してくるのに時間差が出るからそれをどうするかだね。」


「あまり分散するのは良くないから、一旦は馬車の処で全員が揃うのを待つか、時間が掛かりそうならヴィリーに情報を託して捜索し直すようにすべきね。」


「もしもの時は花火弾を打ち上げるという事でいいかな。」


「馬で入れるところ迄、探索して戻ってくることそれでいいわね。」


・・・・・・・・・・・・


その日の夜の焚火を囲みながらルイとクリスが一日の出来事を話し合っていた。


「十六日の夜なのに月明かりが無いと思ったら鼻先山の山影だからか。」


「ルイ、昨日の十五夜は明るかったという、のろけかしら?」


「いや単に、不知夜月(いざよい)だからと思っていたということさ。」


「そう。それで何を考えこんでいたの?」


「うん。鼻先山の変わった岩肌はまるで壁の様だなと思って。」


「そうね。どこも谷間の様な人の入り込める場所がないわね。」


「それと半日ほど、東に進んでだいぶ登ってきたように思う。」


「ずっと登りだっわね。」


「涸れ沢の川幅が狭くなって、土手の高さが増し、とても馬車では土手を上り下りできない。」


「土手の上り下りは馬でも難しくなってきたわね。」


「で、思ったんだが。ここまで盗賊や人の気配がない所を見ると盗賊団は涸れ沢を渡っていないのではないかと思う。」


「確かに。」


「盗賊団の痕跡を探すなら涸れ沢の北側の荒野を探すべきだではないかと・・。」


「成る程。それで?」


「それで、明日は馬車を涸れ沢を渡れるところまで戻して、向こう側の探索をすべきではないかと。」


「そうね。」


「賛成してくれるのかい。」


「隊長はルイよ。隊長の判断に従うわ。」


「だけど・・。」


「何を迷っているの?」


「鼻先山・・僕らが勝手につけた名前だけど。この山が気になってしょうがない。」


「どんなとこが?」


「まるで大地から生えた様に立っていて山肌も何かが解けて流れ落ちた後の様な感じだ。」


「そう言われれば、蝋燭が解け落ちた文様に似ていると言えば言えるわね。」


「そう。だからこの鼻先山も調べてみたい。」


「う~ん、どうしたいのかしら。」


「クリス、明日はヴィリー達と向こう岸を東に向かって探索してくれ。」


「ルイは?」


「僕はこのまま鼻先山の山肌に沿って東進してみようと思う。」


「日程は?」


「クレマが見せてくれた古地図には鼻先山は一応独立した山でジョージア山系の西の端から流れ出た川が鼻先山にぶつかってこの涸れ沢を流れていたらしい、」


「この川は生きた川だったの?」


「そうだね、今でも夏の増水期には水が流れるらしい。」


「そうなら、水たまりかなんかがどこかにあっても良さそうだけど、」


「その辺も興味があって僕一人で行ってみようと思う。」


「本来の任務を私達に押し付けて、あなたは独り探険に出るのね。」


「そういう事かな、」


「クレマになんて言われるか分からないけど、もう決めてるんでしょ。」


「うん。」


「水もとなると三日分の食量しか持てないわね。」


「明日は17日水の曜日だ。晦日行は一人でやって、18日もうろうろ捜しまわって、19日には急いで引き返してくる予定でどうかな。」


「盗賊はいそうにないし、野獣の痕跡もなかったから多分それでいいと思うわ。」


「ありがとう。ちょっとタイトな日程だけど、無理しないで途中でもちゃんと引き返してくるよ。」


「そうね。危険は回避して、クレマにとやかく言われるのは嫌だからね。」


「分かった。それじゃ明日はそういう事で。今日はこれでお休み。」


「お休みなさい。」

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